4章 34 アモン・デムート⑤
「・・・肉・・・」
《悪かったって言ってんだろ!あんな簡単に爆散すると思うか?普通・・・》
「その言い訳何回目?少しは学習したらどう?頭膿んでるの?」
《あー、うるさいうるさい!仕方ないだろ!たまにしか近寄って来ないんだ・・・ただでさえ加減が難しいのに久しぶりだと緊張して・・・》
「だったら森の奥まで行って取ってきなさいよ!」
《アホか!お前を置いて行ける訳ないだろ!》
「ガキ扱いするな!だったら私も一緒に・・・」
《それこそダメだ!何かあったらどうするんだ!》
日課のような言い争い。肉を欲するサーナと身重のサーナを心配するアモン。村の近くには森があるのだが、アモンの影響か警戒して動物は村の近くになかなか来ない。たまに来る事があり、今回サーナが見つけて久しぶりのお肉が食べれると期待しアモンに伝えたが、力加減を知らないアモンが動物を仕留めようと魔法を放つと跡形もなく消え去った
喧嘩の原因はいつも些細なこと
心配し過ぎるアモンに対してサーナが怒る
2人だけの村だったが、静かになる時間はそう多くはなかった
「いたっ・・・おかしいな・・・前はこんなに・・・あっ、ごめ・・・」
《おい、大丈夫か?てか、何を謝ってんだ?》
「いや・・・前って・・・」
《ん?ああ、ケナンの時と比べた事を俺が気にすると?カッカッ、ケナンがいて今のお前がいるんだ!謝ることじゃないだろ?》
「・・・そうだな。その・・・ケナンの時と比べて少しお腹が大きいような・・・」
《・・・太ったか?》
「・・・太るわけねえだろ!太らせたかったらさっさと肉を取ってこい!この甲斐性なしがぁ!」
時代に取り残された村で、2人だけの日々が続いていた。そして──────
《・・・誰か来る・・・》
「肉?」
《アホか・・・誰か、だ。迷い人かそれとも・・・》
「残念・・・ちょっと、行くならドアはゆっくり閉めてよね・・・せっかく寝たのにこの子達が起きちゃう」
《お、おお・・・》
サーナは出産していた。しかも双子。通りでお腹が大きい訳だと納得したサーナの前でアモンは大声で泣いていた。子供達が上げる産声より遥かに大きい声で。それからアモンは初めての連続・・・初めて自分の子を抱き、初めて下の世話をし、初めて子供達を寝かしつける・・・アモン曰く『サラムと殴り合ってた方がマシ』と言わしめるが、サラムを知らないサーナには伝わらなかった
やっと寝付いた子供達を起こさぬようそっと部屋を出たアモンは、村に近寄る気配の元へと向かった
そこには村の入口で入ろうか入るまいかと右往左往している人物。怪しさ満点だが、その人物にアモンは見覚えがあった
《イム!》
「あっ!アモンさん!やっぱり・・・」
エンデの村の新たな村長となったイム。出会った当初の面影を残しつつも立派な大人となったイムはアモンに声をかけられ破顔する
《どうした?こんなところに・・・何かあったのか?》
「いえ・・・その・・・この付近でアモンさんらしき人を見たと聞きまして・・・」
《そうか!てか、お前1人で?》
「ええ・・・その・・・折り入って頼みたいことがありまして・・・」
《あん?》
「知り合いかい?」
「あっ・・・」
イムが言い淀んでいると、奥からサーナが歩いて来た。イムはサーナに気付くと頭を下げ、サーナはアモンの横で立ち止まり会釈する
《おいおい、子供達は平気なのか?》
「ぐっすり寝てるよ・・・で?」
《ああ、俺が初めてこっちの世界に来た時に世話になった村の子・・・じゃねえな、もう・・・男だ。俺が居た時から代替わりして今では村長をやってるイムだ》
「へぇー・・・で?何の用なんだい?」
《さあ?それは・・・》
「子供達・・・お子さんがいるんですか?そうですか・・・なら・・・アモンさん!うちの村に戻りませんか?もちろん皆さんも一緒に!」
《あん?》「は?」
イムの突然の申し出に2人が同時に素っ頓狂な声を出す。イムは何故か目を輝かやかせ、アモンとサーナは互いに目を合わせ首を傾げた
《独立?》
「ええ。アモンさんやファストさんのお陰で村は発展し、魔族発祥の地として色んな人が訪れたりして・・・急速に人口も増えました。国も無視出来なくなったんでしょう・・・使者が来て村を国の管轄にと・・・もちろん逆らうつもりはありません。小規模な村が街になるのです・・・ただ使者の方がもう一つお話をされていきまして・・・」
《その条件が俺・・・って訳か》
場所を変えて家の中に招き入れ、アモンとサーナはイムの話を聞いていた
使者が言うにはイムの住む村を街とし、国が介入する・・・そうなると納税の義務が発生する代わりに国が色々と援助をするようになると。だが、村から王都リメガンタルからは遠く、交通の便も悪い。管轄下に置くとしても管理しきれないというのが本音らしく、国はある条件を満たせば村の独立を認めると言ってきた。その条件が『アモンが村に居ること』だった
「国としても遠い地を管理するよりも友好的な独立地にした方が良いと判断したみたいで・・・それに魔族の世界と繋がっている場所をバースヘイム王国が管理していると知ったら他国から何を言われるか・・・魔族は今や大陸中にいます・・・そして、その魔族が人に多大な恩恵をもたらしています・・・私の村を管理する事が魔族を管理していると思われるのを嫌ったのでしょう」
《で?なんで、俺なんだ?ファストでも良いだろうに》
「ファストさんは魔族を広めた第一人者として知れ渡っていますが、バースヘイム王国はアモンさん以外は認めないと・・・」
《イーサンめ・・・》
「私としては村から街に変わり、国に納税するのは吝かではありません。しかし、その場合、かなり厳しい条件を突きつけられまして・・・」
聞くと条件は確かに厳しいものがあった。まずは村から街に変わる事により国から領主を派遣する。村長であったイムは領主の補佐的な位置になるという。次に軍設備。表向きに魔族はしっかりと管理していると対外的に思わせないといけない。その為に兵士を常駐させるという。周囲の村を強制的に吸収し、魔族の協力を仰ぎリメガンタルまでの道程を一本化まで折り込まれていた。要するに今までの村とは全く別物になる事を示唆していた
《なるほどな・・・イム達はこれまで通りに過ごしたいが、国の管轄に入るとそうもいかない・・・ならば独立しかない・・・で、俺のところに来た訳か》
「ええ・・・勝手な言い分ですが、アモンさん達さえ良ければと・・・たまたまアモンさんらしき人を見かけた人がいまして、藁にもすがる思いで来てみたら・・・」
「いいんじゃない?」
《お、おい、サーナ・・・》
「ここにいる理由はないし、肉も食べれるし・・・ケナン達の墓はそんなに離れてる場所に行く訳でもないから、いつでもお参りに行けるでしょ?アンタがしっかり荒らされないように周りを囲めば問題ないわ。デハク爺が望んでいたのは村に残る事じゃないしね。それにアンタが行かないとこの村の近くが国の奴らで溢れかえるんでしょ?別に国が嫌いって訳じゃないけど、なんか堅苦しいし・・・肉も食えるし・・・」
《肉か!結局肉か!?》
「本当に・・・よろしいので?」
「・・・あの子達も閉鎖的なこの村にいるより、同世代の子と遊べた方がいいでしょ・・・それにアモンの作る食事も飽きてきたし・・・」
《飯か!決め手は飯か!?》
アモンのツッコミの声で隣の寝室で寝ていた子供達が泣き出してしまった。サーナにギロりと睨まれしゅんとなるアモンを見て、イムは苦笑するしかなかった──────
サーナが起きてしまった子供達をあやしている頃、アモンとイムは外に出ていた。向かった先は村の者達が眠る墓。アモンが魔法を使い獣に墓を荒らされないように囲いを作る
「もう・・・本当にお2人しかいないのですね」
《おう!まあ、今は4人だけどな。このまま4人でって漠然と考えていたが、確かにこのままじゃ子供達にとって良くねえかもな・・・話しを持ってきてくれてありがとよ》
「いえ・・・こちらこそありがとうございます。それで・・・私は戻りますが、アモンさん達はいつ頃・・・」
《あん?そんなに荷物もある訳じゃねえし、今から行く・・・カーラ!》
《ハッ!》
「うわっ・・・カーラさん!?」
アモンが呼ぶとカーラがすぐさま扉を開きやって来た。驚くイムをそのままに、カーラはアモンの前で跪く
《イムの村に繋げてくれ。・・・どうだ?捗ってるか?》
《はい。ほぼ全域を記憶しました。今は見逃しがないか確認中です》
《おう!引き続き頼む・・・さて、あとはサーナが何を持っていくのか・・・そう言えばイム・・・俺達の住む所ってあるのか?》
「は、はい。既に用意させています。まあ、作ってくれたのは魔族の方々ですが、アモンさんが来るかもと伝えたら嬉々として・・・家具なども全部揃えてますので何もなくても大丈夫ですが、何か大きい物でもありましたら村の者に言って・・・」
「何もないわ。全部ここに置いて行きましょう」
《サーナ・・・って、寝なかったか》
「もう目はパッチリよ・・・誰かさんのせいで。カーラさん、久しぶり」
《奥方様もご子息様もご健勝そうで何よりです》
サーナが子供二人を抱き抱えやって来た。それに気付いたカーラがアモンに向けるよりも更に深く頭を下げる。カーラには村で生活を始めてから何度か会っている。出産の時もオタオタするアモンの代わりにカーラが全て取り仕切り、事なきを得た。全く役に立たないアモンだけだったらと今でもカーラには感謝している
《なんかお前ら・・・俺に対する態度と違くねえか?》
「アモンだから・・・」《アモン様ですから・・・》
《どういう意味だ?それ・・・》
アモンがサーナから一人子を受け取ると抱っこして同時に言った2人を軽く睨みつけた。何故かイムがウンウンと頷いているのがひどく印象的だった・・・
支度する事はほとんどなく、アモンとサーナ、それに子供達はすぐにカーラの扉でイムの村へ行く事となった。サーナはしばらく村を眺め、大きく息わ吐くと振り返り扉を通る。続けてアモン、そしてイムが通ると村にはカーラだけが残った
ガーラは扉を閉じ、居なくなった後を見つめながら呟く
《・・・人如きが・・・》
扉を通り村に入ると立ち止まるサーナに当たりそうになる。危なく子供を抱えているサーナを倒しそうになったと文句を言おうと正面に回るとサーナは口を半開きにして固まっていた
《おい・・・サーナ?》
「何これ・・・これが・・・村?」
言われてアモンも村の様子を伺うと・・・目を疑った。サーナの村とさほど変わらなかった村が見違える程の変貌を遂げていた
舗装された道に向かい合う家。その家も木ではなく石で出来ており、平屋ではなく二階建て。所々に王都で見た店や露店などが立ち並び、人の数も多く賑わっていた
「アモンさんがいた頃と大分変わりました。バースヘイムの人はもちろん、他の国からも来る人がいて・・・こんな辺境の村に店なんてと思っていましたが、ご要望が多くて・・・お金もその時流通するようになり、今では他の村や街に買い出しなんかもしています・・・数年前まではとても考えられませんでした」
最後に扉を通ったイムがニコニコと笑いながら説明した。確かにアモンは魔族の世界とこちらの世界の繋がっている場所で番をしていてあまり村には関わっていなかった。しかし、数年でこれ程発展するものかと驚いているとイムがクスリと笑い補足する
「ファストさんですよ。アモンさんが交流が好きだと言ってたにも関わらずあまり身動き出来ないのを知って・・・バースヘイムの各地や、他の国でこの地の事を広めたんです」
《ファストが?》
「ええ。それとこの国の貴族の方まで・・・」
《貴族って・・・確か何か・・・何だっけ?》
「端的に言えば階級ですね。功績や血縁などで国から与えられる階級・・・私からしてみれば貴族ってだけでも雲の上の存在なのですが、その方は貴族の中でもかなり上の方らしく・・・」
《まさか乗っ取りかなんか企んでんのか?独立した時の保険で潜り込ませた・・・って可能性が高いよな・・・》
「どうでしょう・・・私も何度かお会いしたことがあるのですが、全然そんな風には見えないのですが・・・」
《ふーん・・・村の見学がてら見に行くか》
「お、お願いします!」
様変わりした村の案内をしてもらい、着いた先は平屋のかなり大きな建物の前。ここにその貴族が住んでるのか尋ねるとイムは首を振った
「ここはその貴族様の道場です。貴族は国から支給されるお金で充分生活出来るらしいのですが、この村が独立した後のことを考えてお金を稼ぐ手段として剣術道場を建てたいと申し出がありまして・・・」
《そいつ・・・居着く気満々だな》
「え、ええ・・・」
イムは苦笑しながら道場の門を叩くと中へ。アモンとサーナも子供を抱きながら門をくぐった
「ようこそ、イムさん。それに・・・ええええぇぇぇぇ!!?」
20代後半位の若者がイムに挨拶し、その後にアモンを見ると盛大に仰け反りながら声を上げた
《なんだよ!うるせえな》
「アモンさん!アモンさんですよね!?ほら、覚えていませんか?20年前・・・よく稽古をつけてもらった・・・」
《稽古・・・んー、ああ、ガキになんか教えてた気もしないでも・・・》
「その時のセイルです!いやー、懐かしいなぁ・・・てか、全然変わってないですね!」
《その時の子か?名前は知らんけど!まあ、面影があるっちゃ・・・あるのか?》
「知らないよ!」
サーナに聞いたら怒られた。それもそのはず、その時共に居たのはカーラであり、サーナは全く知らない
「うるせえな。何をゴチャゴチャ騒いで・・・おっ」
図体の大きい男が道場の奥からノシノシと歩いて来た。そして、アモンに気付くと立ち止まり目を細め口の端を上げた
「相変わらず騒がしいな・・・アモン」
《おめえは老けたな・・・ジラテン》
リメガンタルに滞在中、アモンの監視役として常に行動を共にしていた男、ジラテンがそこにいた
「随分な挨拶だな。退役して暇になったから遊びに来てやったのに」
《遊びに来て道場建てるんじゃねえよ。こっちに住むのか?》
「住むのかって、もう住んでるよ!家族ごと引っ越して来て永住するつもりだ・・・変な魔族の監視をする日々から解放されて第二の人生を謳歌中だよ!って、てめえの腕の中の物体はなんだ!?」
《物体言うな。俺の息子だよ・・・同時に娘も出来た。双子と言うらしいが、可愛いだろ?》
ジラテンは後ろにいたサーナに気付き、サーナも子供を抱いているのを見て目を白黒させた
「そ、そうか・・・まあ、そういう事もあらぁな・・・そういやあ俺の息子には会わせたことがなかったな・・・おい!ジュウベエ!」
ジラテンが呼ぶと門下生に指導していた男が呼ばれたことに気付き、門下生に何か言うとアモン達の元にやって来た
男の名はジュウベエ。ジラテンの息子で道場主である。ジラテンに比べてかなり寡黙な男であり、アモン達に会釈するだけに留まったが、代わりにジラテンがジュウベエの事を延々と話す。やれ剣の天才だの、やれジュウベエの娘、つまりジラテンにとって孫がとても可愛いだの・・・
アモンがその話をうんざりしながら聞いていると、一人の門下生がアモンの視界から何とか逃れようとコソコソしている事に気付く
《ん?・・・ほう》
「おい、聞いてんのか!?・・・ああ、気付いたか。驚いたろ?まさか魔族が人に教わってるなんて・・・」
《別に人に教わる事は驚くことでもないが、俺達は基本素手で戦うからな・・・なぜ剣術を覚えようと思ったか興味はあるが・・・》
アモンの視線の先が道場で唯一の魔族に向けられている事に気付き、ジラテンはその魔族を呼んだ
魔族の名はクゼン。ジラテンに呼ばれて恐る恐るやって来ると上目遣いでアモンを見て身体を硬直させた
《ご挨拶遅れて申し訳御座いません!俺・・・わたくし名はクゼンと申します!アモン様にお会い出来て光栄の・・・至り?です!》
《おう!で、なんで隠れてた?》
《い、いえ・・・その・・・あの・・・》
《質問を変えるか・・・なんで剣術を学ぼうと思った?》
《そ、それは・・・あの・・・その・・・》
モジモジとしながらなかなか言わないクゼンに少しキレそうになったアモンだったが、クゼンがチラチラと視線を送る相手を見て何かに気付いた
《ハッハーン・・・さては女だな!》
《!・・・いえ!決してそのような!》
クゼンの視線の先にいる女性・・・その女性が目当てで道場に通っていると睨んだアモンがそれを口するが、それが悲劇の始まりだった
「ん?なんの事だ?まさかてめえ・・・ユキナ目当てか!?」
《め、滅相もない!そんな・・・》
「・・・滅相もない・・・か・・・」
孫娘が狙いと聞いてジラテンが叫び、満更でもなさそうな視線の先の女性、ユキナが呟くと、クゼンの額からはダラダラと冷や汗が吹き出す。前門の虎に後門の狼状態のクゼンがジュウベエに助けを求めるもジュウベエは首を振った
「クゼン君・・・言いたい事があるならはっきり言いなさい。君はどうしたいんだい?」
ジュウベエに聞かれ、どうしてこうなったと心の中で叫ぶクゼン。追い込まれたクゼンにジラテンが顔を近付ける
「可愛い俺の孫娘を狙うたぁいい度胸だ・・・もしユキナと付き合いたいんなら俺を・・・・・・・・・アモンに勝ってからにしろ」
《おい!》
《そんな・・・アモン様に勝てるわけ・・・》
「ハン!しょせんその程度の男か・・・良かったな、ユキナ!コイツは挑む事もせずすぐに諦める軟弱な男だって付き合う前に分かって」
「ちょいとアンタ!そこまで言われて黙ってんのかい!?男ならドーンとぶつかってみな!」
何故かサーナも参戦してクゼンを煽る。引くに引けなくなったクゼンは目をぎゅっと閉じると、意を決してアモンを指さした
《ア、アモン様!尋常に勝・・・負・・・》
《なんで俺が戦わなきゃいけねえか分からねえが、ご指名とあったら仕方ねえ・・・サーナ》
半分勢い任せであったが、クゼンが声を張り上げる・・・が、すぐに後悔した。原初の八魔であり、その中でも最強と目される・・・つまり、魔族の中で最強の男。そんな男に勝負を挑んでしまったのだ
子供をサーナに預け、振り向いたアモンは笑顔だった。それもそのはずこちらの世界に来てから戦いなど皆無であり、人と触れ合うとしても細心の注意を払わなければ傷付けてしまうと常に気を配っていた。そんな中、魔族の世界でもなかなか喧嘩を売られないアモンが喧嘩を売られたのだ。笑顔になるなという方が無理であった
《あ、あの・・・アモン様?》
《本気で来い!弾け去りたくなければな》
クゼンは弾け去るってどんな状態だよ!と心の中でツッコミを入れながら後退る。道場の中央まで戻るとユキナが木刀を持って来て『頑張って』と言いながらクゼンに手渡した
俄然やる気になったクゼン・・・しかし、再びアモンに目を向けるとやる気は地に落ちた
《おいおい・・・木の棒でってお遊びかよ?》
《アモン様・・・これはあくまで模擬戦・・・勘違い召さるな》
《勘違い・・・召さるなぁ?お前それ・・・誰に言ってんだ?》
《あっ・・・いや・・・くっ!覚悟ぉ!》
アモンの威圧に気圧されそうになる前にクゼンは木刀を構え飛びかかる。たとえ相手が原初の八魔であるアモンでも、リーチの長さでは分があると先手を打った
これまでジュウベエより教わったのは所作。たとえ人より何倍も力のある魔族でも、その力を上手く使わなければ宝の持ち腐れ・・・力を上手く使うにはどう動き、どう伝え、どう放つかを覚える。型と呼ばれる先人が修めた所作を繰り返し身体に染み込ませる。その染み込ませた身のこなし・・・所作が今初めて解き放たれる
木刀は綺麗な軌跡を描き、アモンの右腕にヒットする
あのアモンに当てた・・・その興奮が相手が誰なのかを一瞬忘れさせていた
「クゼン君!」
ジュウベエが叫んだ時にはアモンが屈み、拳を握った後だった。攻めた後の残心をしていた訳ではなく、ただアモンに攻撃が当たったという慢心をジュウベエは見抜いていたのだが、時すでに遅くアモンの拳はクゼンの腹部を捉えた
《天に召せ!》
クゼンの身体はくの字に曲がりそのまま道場の天井を突き破る。まさに天に召す勢い
「クゼン!!」「クゼン君!!」
ユキナとジュウベエ、そして門下生が見上げるが、クゼンはなかなか落ちて来ない。まさか本当に弾け去ったのかと全員が思った矢先にクゼンが喚き散らしながら落ちて来た
さすがにこれ以上道場を傷付けるのは不味いと判断したアモンがクゼンの身体を受け止めた
アモンがそっとクゼンを床に置くとユキナが駆け寄り状態を確かめる。道場の主の娘であり、怪我人には慣れているとはいえクゼンの状態を見て自らの口を両手で押さえた
「これはいけませんね。早急に手当を・・・」
《・・・大丈夫・・・です・・・》
クゼンはしんぱいするユキナとジュウベエを押し退け、息も絶え絶えにアモンの前に立つと頭を下げ、そのまま気絶した
「・・・やり過ぎ」
《そ、そうか?かなり手加減してたはずだが・・・》
サーナがジト目で注意するとアモンは肩を落として項垂れる。ジラテンが満足気によくやったとアモンの肩を叩いていると気絶したクゼンをユキナと門下生達に任せてジュウベエがアモンの前に立つ
「一つ質問してもよろしいですか?」
《ん?なんだ?》
「クゼン君の一撃・・・木刀とはいえ当たり所が悪ければ死に至ります。避けなかったのか、避けれなかったのかお聞きしたいのですが・・・」
《避ける必要がなかった・・・ってもしかして避けた方が良かったか?》
「ええ。模擬戦で命を落とさないよう木刀を用いますが、真剣ならばと想定して戦うのが常。よって・・・」
《ああ、なら大丈夫だ。木が鉄に変わろうが何に変わろうが同じ事だ。どっちにしろ避ける必要はない》
クゼンを介抱している門下生、そして、他の門下生が一斉にアモンを見る。ジュウベエを慕い、リメガンタルから道場の移転と共にこの村に来た者達であり、アモンの言葉が剣術を否定しているように聞こえザワついていた
「・・・そうですか。クゼン君は筋が良いので・・・」
ヒュンと音が鳴り、突如アモンの額からは鮮血が滴り落ちる
《おい》
「これくらいならすぐに到達しますよ?」
いつの間に斬りつけ、いつの間に刀をしまうジュウベエ。チンと鍔が鳴るとようやく何が起きたのか気付いた門下生が目を輝かせる
剣術は弱くない・・・ジュウベエが身をもって証明してくれたと
「ア、アモン・・・すまねえ。ジュウベエ!てめえいきなり斬りつけるたぁどういう・・・」
《いいんだ、ジラテン。なかなかの腕だ・・・危なかった》
「・・・」
血はすぐに止まり、アモンは笑顔で言うと道場を後にする。ジラテンが出口に行くまでずっとアモンに平謝りしているのがジュウベエには不思議に思えた
アモン達を送り出し、深くため息をつくジラテンにジュウベエが近付く
「父上・・・どうしてそんなに・・・」
「ハア・・・命拾いしたな、ジュウベエ」
「・・・彼が怒ったら殺されてたって事ですか?」
「ちげぇよ。アイツが躱さなかったお陰でてめえは命拾いしたんだよ」
「?父上何を・・・」
「アイツは反応出来なかった訳じゃない。反応しなかったんだ。王都で一緒に狩りに行った時・・・アイツがいると獣が全て逃げてしまう・・・苦肉の策でアイツに出来る限り気配を殺してもらうと・・・いるんだよ、襲ってくる獣が。で、アイツは気配を殺すのに集中してるからギリギリまで攻撃を躱さずにいると・・・」
パンとジラテンが手を鳴らす。なんの事か分からずにジュウベエが眉を顰めるとジラテンは口の端を上げた
「弾け散るんだよ・・・その襲ってきた獣が。猟師としてはせっかくの獲物を台無しにされたとアモンに文句を言っていたが、横で見ていた俺は分かった・・・コイツは無意識にやってやがると・・・。攻撃を躱し、相手に攻撃する・・・その一連の流れはまるで決まっていた事のようにスムーズだった。俺らが型を覚える為に何度も繰り返すのと一緒だ。攻撃されたら、躱して打ち込む・・・つまりお前がアモンを攻撃し、それをアモンが躱したとしたら・・・どうなってたかを考えるとゾッとするぜ・・・だから、アモンは言ったんだ・・・危なかったと」
確かにクゼンに対する動きは早く、たとえ不意打ちとはいえ全く反応出来ないアモンに違和感を感じていた。それがまさか自分を攻撃しない為にわざと攻撃を受けたのだとしたら・・・ジュウベエは口と目を閉じた
思い返すは斬りつけた時のアモンの表情。目を閉じることなくしっかりと見ていた・・・剣筋を
「・・・精進・・・せねばなりませんね・・・」
「だな。上には上がいる・・・アイツも殴り合いなら負ける気はしねえが、魔法とか使ったら勝てねぇ奴がいるって言ってたぞ?確か・・・クロ・・・とか言ってたかな」
「あの御仁にして・・・ですか。これほどまでに老いを憎いと感じた事はありません・・・」
「ハッ、お前はまだまだ強くなれる!良かったろ?ここに来て」
「・・・はい!」
ジラテンの問いかけにジュウベエは微笑み頷いた
気絶していたクゼンが2人の会話をまどろみの中聞いており、また意識を失う。頭の中で、アモン様でも勝てないクロ・・・と復唱しながら──────
「いや、なんかすみません・・・」
イムがアモンの額を見ながら謝る。血は止まって、ほとんど跡も分からない状態だが、案内した手前傷付いたのは自分のせいだと自らを責める
《気にすんな。村に着いたその日に人を殺したとなったら、村に住みづらくなるしな》
「え?ころ・・・」
《まあ、良いじゃねえか!それより今度はどこに向かってるんだ?》
「あ、はい。アモンさんが来てくれると信じて密かに準備してたんですよ・・・気に入ってくれると嬉しいのですが・・・」
《何を?》
「ふふ・・・こちらです!」
タイミング良く目的の場所に着き、イムは誇らしげに腕を広げた
村の他の建物とは少し趣が違う石で出来た家。様々な形の石を組み合わせまるで模様のように見える壁に、広い玄関、そして、王都でしか見かけなかった窓がいくつも付けられていた。二階建てで奥行きもかなりありそうで、屋敷と言うには小さく感じるが、家族4人が住むには充分過ぎるほどの家を目の当たりにしてアモンとサーナは思わず呆然としてしまう
《これって・・・》
「ええ!アモンさんが来てくれる事を信じて魔族の方々に話したら快く手伝って下さり完成しました!」
「・・・凄いねえ・・・私達の村の家とは大違い・・・」
《ああ・・・でも良いのか?古いままの家とかもちらほらあったのを見かけたけど俺らがこんな立派な・・・》
「いいんですいいんです!この『シント』にはアモンさんが必要なんです・・・ですから、アモンさんが良い家に住むのは当たり前なんです!」
《シント?》
「はい!まだ遠い先の話ですけど・・・話に聞くようなバースヘイムの王都みたいに多くの人が行き交い、笑顔で暮らせる新しい都・・・『シント』・・・それがこの村の・・・いえ、この街の名前です!」
誇らしげに言うイムにアモンとサーナがパチパチと拍手していると、アモン達が住む事になった家から見知らぬ女性が出て来た。どこか見覚えがあるとアモンは思い、じっと見ていて気付いた。ジェラに似てると
《ジェラ・・・じゃないよな・・・》
「ははっ、ジェラじゃないですよ。この子は私達の娘、リラ・・・どうかアモンさん達の側仕えとして置いてやってくれませんか?」
《あん?どうして・・・》
「私もやる事がありますし、ジェラも体調が優れず・・・こうして私がずっと側に居れれば良かったのですが・・・なのでその代わりと言ってはなんですが、アモンさん達が村に慣れるまでリラに仕えさせようと思いまして。まあ、花嫁修業も兼ねてとジェラが考えたんですがね」
「あの・・・よろしくお願いします」
引っ越して来たばかりで右も左も分からない状態で、更に2人の子供を面倒見ながらとなるとどうしても人手が欲しくなる。少し気が引けたが、アモンとサーナは顔を合わせ、やれやれと言った感じで頷いた
「ありがとうございます!なにぶん不慣れな事で御迷惑をかけるかもしれませんが・・・頑張ります!ところで・・・お子様はお2人ですか?」
「ああ、そうだよ。抱いてみるかい?」
サーナが抱いている子をリラに向けて差し出すと、リラは目をキラキラさせて子を抱っこした
「うわー、可愛い・・・なんてお名前ですか?」
リラの質問にアモンとサーナが固まってしまう
「まさか・・・アモンさん・・・」
《いや・・・なかなか決まらなくてな・・・そのままズルズルと・・・》
頭を掻きながら言うアモンと横でため息をつくサーナ。永い時を生きてきて初めての名付けは難航し、サーナが決めてしまおうとすると頑なに拒み、自分が名付けると言い張る始末。呆れてるサーナをキッと睨み、アモンがサーナのせいだと言い出した
《サーナがあれはダメこれはダメって言うからだろ!?》
「はあ?女の子にバッピーナとか、男の子にブルゴンとかってセンスの欠けらも無い名前を付けようとするからだ!」
《そこはかとなく可愛くてかっこいいだろ!?》
「どこが?私がバッピーナと名付けられたら親を恨むし、誰かに呼ばれたらぶん殴るレベルだよ!」
《やーねー、野蛮よ、あの人》
アモンがサーナを見ながらリラに耳打ちするように言った瞬間、サーナの堪忍袋の緒が切れた。ヤバイと咄嗟にアモンはリラの後ろに隠れ、子をリラに預けている為に身軽になったサーナが追う
リラは目を回し、イムはその様子を眺めて目を細め思った。騒がしくなるなと──────




