4章 28 ファスト対八魔
カーラは救援を要請しに各地へと向かい、クオンは渡された『浮遊』を使いこなすべく修行に入り、シャンドは戦いの場へと赴く
シャンドはジンドの足元に転移すると、戦っているであろうラージの姿を探した
ジンドによって踏み荒らされた大地。そこでちょこまかと動きジンドの攻撃を必死に躱すラージを発見し、シャンドは無作為に踏みつけるジンドの足を躱しながらラージに近付いた
《どうでしょうか?ラージ様》
《どうでしょうか、じゃねえよ!なんなんだコイツは!聞いてねえぞ!》
ラージはシャンドの問いかけに踏み荒らされた大地を整地しながら返答すると、襲い来るジンドの足を飛び退いて躱す。魔獣の討伐の依頼を受けたはずが、送り届けられたらすでに魔獣は一体もおらず、仕方なく無様に掘り起こされた場所を埋めなおしている所にジンドの巨大化・・・転移してきたシャンドに促され戦い始めたはいいものの、そのシャンドは途中でいなくなり一人ジンドの相手をし我慢の限界がきていた
《申し訳ありません・・・むっ!》
釈明しようとするシャンドに襲い掛かるジンド。踏み潰される直前に転移し難を逃れるが、ラージはまた大地が凹み荒れた事に眉を顰める
《大体この魔技はサムラ・ダートのだろう?なぜコイツが使ってるんだ!?》
サラム・ダート・・・万の軍勢を一撃で屠ったとされる魔族。その魔技が『巨大化』だった。同じ魔技は存在するが、サラムの『巨大化』を使えるのはサラムだけと記憶していたラージは上を見上げながら叫んだ
《本人に聞くしかありませんね・・・来ますよ》
これまで踏みつけ一辺倒であったジンドが巨大な手のひらに魔力を溜めると、水で出来た槍『水槍』を2人目掛けて放つ。遥か天空より降り注ぐ巨大な水の槍は防ぐことなど到底敵わず、シャンドはラージの手を掴むと『水槍』の範囲外まで転移する
《くは・・・また地面が・・・てめえ、なにしやがる!》
叫ぶラージに2人の場所を見失っていたジンドが振り向く。やはり見覚えがないと思うラージにジンドが口を開いた
《久しぶりですね、ラージ。息災そうでなによりです》
《ああ!?お前なんて知らねえよ!なんでサラムの魔技を使ってやがる!》
《そういえばこの姿である事を忘れていました。私です・・・ファスト・グルニカルですよ》
《!・・・ファストか。その魔族の身体を操ってやがるのか・・・その身体で何してやがる!》
《質問が多いですね・・・ようやくこの身体にも慣れてきたところです・・・しばし会話にお付き合いしましょう。『巨大化』の魔技に関してはサラムから頂きました。抵抗されましたがね・・・何をするかについては簡単です・・・人の世を滅ぼすだけです。貴方には関係ないでしょう?》
《こいつ・・・ふざけんな!俺を踏み潰そうとしやがって!》
《そこにいるからですよ。邪魔をするなら貴方でも例外なく排除します。従うなら傘下に加えなくもないですが、いかがいたしますか?》
《ああん!?ミソッカスが偉そうに!・・・おい、シャンド!お前魔力はどれくらい残ってる?って何悔しそうな顔してんだよ!》
ラージは振り返ると、そこには二人の会話を聞いて顔をしかめるシャンドがいた
《いえ、サラム・ダートには昔いいようにあしらわれた過去がありまして・・・もう戦えないとわかって少し・・・魔力はまだまだありますが、それが?》
《お前本当に戦闘狂だな・・・俺を連れてしばらくファストの攻撃を回避しろ》
《なるほど・・・魔力切れが狙いですか?えらく消極的な戦い方ですね。八魔の一体に数えられるラージ様にしては》
《うるせえ!おまえもサラムと戦った事があるなら分かるだろ?巨大化した状態の一撃は必殺の威力だ・・・しかも、ちまちま攻撃しても瞬時に回復しやがる。それともあの巨体に回復する以上のダメージを与える攻撃がお前にあるか?俺はない!》
《私もありませんね・・・できればラージ様はラージ様で躱して欲しいのですが・・・二人だと魔力の消耗も多くなりまして・・・》
《魔力切れになる前に踏み潰されるわ!俺は元々戦闘は得意じゃねんだよ!》
《大地と一体になれて本望では?》
《そうだなー・・・踏み潰されて大地と一体化・・・って、全然本望じゃねえわ!八魔舐めてんのか!?》
《相談は終わりましたか?逆らうなら貴方の核・・・それにシャンド・ラフポース・・・貴方の核もいただきましょう》
《へ・・・取れるもんなら・・・おい?シャンド?》
ラージの魔力切れまでシャンドの『瞬間移動』で逃げ切る作戦は脆くも崩れ去る。ファストの方を向いている隙にシャンドはいつの間にかいなくなり、一人置き去りにされたラージはファストの殺意を一身に浴びた
《あの・・・くそ野郎!!》
《貴方の核は私が有意義に使いますよ・・・貴方は望み通り大地の一部となりなさい》
《誰もそんな事望んじゃいねぇ!!どいつもこいつも・・・うわっと!》
再び動き出すファスト。先ほどの言葉に偽りなく、今までのぎこちない動きとは比べほどにならないくらいスムーズな動きでラージに襲い掛かる
辛うじて躱したラージは両手を地面につけると、魔力を流し込む。するとファストの両脇から地面が隆起し始め、その形を龍へと変貌させファストへと咬みついた
しかし、両腕へと咬みついたラージの魔法、『地龍』の牙はファストの腕を咬み千切ることはできず、ただブランと両腕に垂れ下がるだけに終わり、うっとおしいと言わんばかりに払われその身を崩す
《柔い!・・・良い土だけど・・・柔い!》
パラパラと落ちてくる土。誰にというわけでもなく言い訳するラージにファストは渾身の拳を振り下ろす
咄嗟に地面を動かし避けるが、ジンドの身体に慣れてきたファストはそのまま追撃・・・ラージはまともに攻撃を喰らってしまう
《ほう・・・耐えますか。ですが、次で・・・》
吹き飛ばされ全身を強く打ったラージだが、致命傷には至っておらず、弱々しくだが立ち上がる。その姿を見てファストは再び攻撃すべく構えるが、そのファストの後頭部で何かが弾けた
《フン・・・延長戦で貴様と戦うことになるとはな。随分会わない内にでかくなったものだな、ファストよ》
《ベリス・・・カグラァ!》
ファストの後頭部に炎を放ったのはカーラからの救援要請を受けたベリス。シントから隙間を通り、ファストの背後に立つと挨拶代わりに後頭部への一撃を喰らわせる。振り向き高台にいるベリスの姿を確認したファストが苦々しくベリスの名を言うと反転し右拳を振り下ろす
《バカが!燃やし尽くしてくれる!!》
迫り来る巨大な拳に対してベリスは先程放った方とは逆の手に魔力を溜めており、その魔力を開放し巨大な炎を放つ。ファストの拳は一瞬で炎に包まれ爆発を繰り返すと腕ごと吹き飛んだ
呻き声を上げるファストに対して、ベリスはアカネに対する鬱憤をぶつけるが如く魔力を溜め炎を放った。爆炎が辺りを包み込み、轟音がサドニア帝国に鳴り響く。煙が視界を塞ぎ、目を凝らして見ていると先程までの巨大な影はなく、ベリスは傷つき肩で息をするラージの元まで降り立った
《ラージよ、無事か?》
《これが無事に見えるか?流石火力だけならトップクラス・・・だが、終わってねえぞ》
《分かっておる》
ベリスとラージが見守る中、晴れてきた煙の中に佇むのは片腕を失ったジンドの姿をしたファスト。失った腕の付け根を押さえ、傷だらけの身体をさらけ出す
《へっ・・・ざまあねえな、ファスト》
《人の世に手を出し、何するものぞ?ファスト・グルニカル》
《・・・》
ファストはラージとベリスの言葉に対して口を開かず2人を睨みつけた。その様子を見て勝敗は決したと判断したラージは警戒を解き、その場に腰を落ち着かせた
《なあ、ファスト。俺らだって別にお前と事を構えたい訳じゃない。お前がもう人の世と関わらないって言うならそれでおしまいだ・・・後腐れなく今まで通り・・・どうだ?》
《そもそも我らと人では住む世界が違う。我らは無限の時を生き、人は有限の時を生きる。その二つが交わるべきではない》
今回アカネの交渉により各国に配属された原初の八魔の四体、『炎』『氷』『嵐』『地』は約500年前の魔族と人の交流に参加していなかった。原初の八魔で人の世に渡ったのは『禁』と『操』の二体のみ・・・後はその二体を慕う魔族や興味本位で訪れた魔族のみ。参加しなかった理由はベリスの語った交わるべきではないとの考え方から。その考えは今も変わっておらす、ゆえに今回の魔獣討伐に手を貸したとも言える
説得を試みるラージとベリスに対し、ファストはある場所を指さした
《ラージ・・・あの建物を作れますか?》
ファストが指したのは街の中心に佇む城。ラージは城を見ると鼻で笑う
《造作もねえ。なんなら一晩で街ごと作れるぜ?》
《なればなぜ魔の世に作らないのです?》
《ああ?必要ねえからだ・・・何が言いてえ?》
《そうです。必要ないのですよ・・・私達には雨風をしのぐ建物も、子孫を残すと言った行為も、生きる為の食事すら・・・》
《貴様・・・まさか人に憧れを抱いているのか?》
《まさか!・・・では、ベリス、貴方は何の為に生きているのです?》
《なに?》
《答えられる訳ありませんよね?ただ漠然と生きている貴方達には・・・無論私も答えを持っていません。しかし、人は生まれながらその答えを持っています・・・》
《ほう・・・その人が持っている答えとは?》
《人は・・・生きる為に生きています》
《は?》《・・・》
ファストの答えにラージは素っ頓狂な声を出し、ベリスは無言で眉を顰める。二人の様子を見てファストは顔を歪めた。歪に・・・答えを知らぬ二人をあざ笑うように
《・・・私の言う生きる為というのには種の存続や寿命の全うも含んでいます。それを人は至極当然に行っているのです。劣等種である人が答えを持っているのですよ・・・私達が持ってない答えを!》
《バカか、てめえは!『生きる為に生きる』が答えだと?んなもん、『歩く為に足を動かす』って言ってんのと同じじゃねえか!》
《ええ。そうですよ。その二つは同じ事です。ですが、ラージ・・・私達は先程も言ったように答えを・・・生きる意味を持っていないのです。寿命もなく、衰える事もなく、ただ生きているだけ・・・ベリスは私に言いましたね?『人に憧れているのでは?』と。あるいは共に人の世に訪れたアモンは憧れを抱いていたかも知れません。ですが、私は違います。私は答えを持つ人に対し、思ったのです。劣等種である人にあって私達にないのはおかしい・・・と。だから、私は出しました。魔族の答えを!》
《で?大げさに言うくらいだから、大層な答えなんだろ?聞かせろよ》
《人を統べ、天族を排す・・・魔族が人の世と魔の世を支配する》
《・・・くだらねえ・・・答えを聞いて損した気分だ。ベリス、お前は?》
《同感だ。そこに何の意味がある?》
《意味?意味ならあるでしょう?ただ生きているよりずっと!》
《こりゃだめだ・・・頭異次元だな。・・・ベリス》
《うむ・・・アモンを欠いて尚ファストまで欠くのは惜しいが仕方なかろう・・・せめて我の手で葬ってくれるわ!》
ベリスの両手から激しい炎が出現する。ラージは地面に手を付けファストの足元からいくつもの土の手を出現させてファストを拘束した。ファストはされるがまま身動き一つせず、小さい声で『残念だ』とだけ呟いた
『巨大化』した腕すら焼き尽くした炎が迫っているにも関わらず、ファストは焦った様子もなく、拘束されたまま立ち尽くす。炎がファストを捉え、激しく燃え上がった瞬間に2人は終わったと確信した。熱風が2人の視界を奪い、ファストがどうなったか目を細めて確認しようとした瞬間、ベリスの右腕が吹き飛ぶ
《がっ!》
《お、おい!ベリス!》
傷口を押さえ膝を落とすベリス。何が起こったか分からなかったラージがベリスを見た後に、ベリスの腕を奪った攻撃の正体を探ろうとファストの方を見た
ベリスの放った炎が起こした煙が晴れ、出てきたのは右腕をベリスに向けて構えるファストの姿。その姿を見てラージは絶句する
《なっ!・・・お前腕が・・・》
炎の威力は申し分なかった。八魔のラージですらまともに喰らえば生きていることが困難であると思えるほどに。しかし、ファストはまるで何もなかったように無傷。更に失ったはずの腕が元通りになっていた
《本当に・・・残念です。貴方達を『六長老』に据えて天族と戦うのが理想でしたが・・・仕方ありません。核だけで結構です》
ファストは言い終わるや否やベリスに向けていた右腕をラージに向けた。五本の指先に魔力が灯り、その魔力が手のひらへと集まっていく。そして、その魔力の塊がラージ目掛けて放たれた
《うおっ!》
辛うじて躱すラージ。これがベリスの腕を奪った能力の正体かと思っていると駆け寄るファストが目に入る。魔技に頼りない肉弾戦。原初の八魔として魔技の火力には劣るも肉弾戦には自信のあったラージだったが、力、技、速度全てにおいてファストが上回る
ようやく止血を終えたベリスが参戦し、劣勢を覆せると思いきや、ファストは二体同時でも怯むことなく圧倒する
ベリスが片腕とはいえ、二体の・・・しかも八魔に対して圧倒するファストに戦慄を覚えるが、それよりも欠損していた腕と傷付いた身体が瞬時に戻った事を考えていた
複数の核を持っているのは理解出来る。しかし、『回復』でも『再生』でもあれだけの短時間で傷を癒す事は出来ないはず・・・ラージはその謎を解明するべく戦いながらも注意深くファストを観察する
《どうしました?この程度ですか?》
《ちっ!・・・ベリス!燃やしちまえ!》
ラージはベリスが魔法を放てるように一旦飛び退く。ファストとラージの距離は空き、その瞬間を見計らってベリスは左手から炎を放った
アカネの八七岐大蛇の口から出る熱線に似たような炎がベリスの左手から放たれるとファストの身体を貫く
ファストの腹に穴が開く。今度は煙も立たず、ラージとベリスはどのようにファストが回復するか見る事が出来た。瞬時に元通りになる異様な光景・・・見ていても何が起こったのか理解出来ずに2人は目を見開く
《なるほど・・・まずは能力を暴きにきましたか》
《回復にしては早すぎる・・・何が起きた?何をしやがった?》
《ラージ、どっちにしろ燃やし尽くせば問題あるまい。退いておれ》
ベリスは残った左手に魔力を溜める。ダメージを喰らわないのではなく、喰らったダメージを回復しているのは明らか・・・ならばと一撃で跡形もなく消し去れる程の魔力を
《ベリス・・・貴方は口からも炎を出せますか?》
《なに?》
《ファストォ!》
魔力を溜めた左手、その肩口を狙ってファストは右腕の手のひらを向ける。ベリスの右腕を奪った攻撃をしようとしていると判断したラージが叫び地面に手をついた瞬間、ファストは左手をラージに向け握るような仕草をする
《なっ!?》
《終わりです》
突然身動きの取れなくなったラージ。ファストはその様子を見て動こうとするベリスに魔力を放ち、呆気なくその左腕を奪う
両腕を失ったベリス、突如身動きが取れなくなったラージ・・・二体の魔族は生まれて初めて格上との対峙に戸惑いを隠せず、動きが止まってしまった
ラージの時間が止まる
もはや勝ち筋は見えず、硬直した身体を動かす事が出来ず、唯一動かせる視線を動かす時間は永遠にも感じた。視線の端には傷口を押さえる事も出来ないベリスが膝を落とし、視線の中央には握った左手をこちらに向けほくそ笑むファスト。喉が急激に乾き、口内の唾液で喉を潤わそうと飲み込むとゴクリと大きい音が鳴った
もしかしたら、この光景が最後の光景となるかも知れない・・・そう思った時、ベリスとは反対側の視線の端に何かが映り込んだ
《・・・シーフ!!》
ラージが叫ぶと同時にファストの身体は吹き飛ばされた。新たに現れた原初の八魔の一体、『嵐』シーフ・フウレンの魔法によって
《なに?何なのよ、この状況は・・・もう本当最悪っ!》
両腕を失いうずくまるベリスに棒立ちのラージを見て盛大にため息をつくシーフ。風の力で浮かせた羽衣を着込み、黙っていれば天女と人から崇められる程の風貌なのだが、性格は厳しめだった
《どうやったらそこまでボロボロになるわけ!?こっちは天族のクソガキの相手してて疲れてるのに・・・》
《天族のクソガキ?》
《そうよ!魔獣を倒してくれって言うから仕方なく行ったのに、行った先で天族のアホガキが魔獣相手に暴れてるわ、あっしをオバサン扱いするわ、魔族は取り逃がすわで・・・しかも魔獣が居なくなったから天族のツルペタをシメてやろうと思ったらカーラが今度は五魔将がうんたらかんたら・・・で、来てみたらベリスの腕はないわ、ラージはボーッとしているわで・・・もう・・・キィー!》
シーフの話では上手く状況が飲み込めず、ラージの頭の上にハテナが浮かぶが、それよりもと動けるようになった身体を動かし、傷付いたベリスへと駆け寄る
腕は付け根からごっそりと失われているが、出血は自ら焼くことにより止まっていた。魔法は腕を失っても出せる。しかし、腕は魔力の集中、及び方向性を持たせるのに不可欠であり、両腕を失ったベリスの戦線離脱は確定的だった
《カーラ!!ベリスを別の場所へ!》
《カーラならダーフォンを迎えに行くって言ってたわよ?別に急ぐ必要ないでしょ?血は止まってるんだし》
《ファストに殺られる!早くここから逃がさないと・・・》
《は?ファスト?どこにいるのよ?》
《お前が吹き飛ばした奴だ!》
ファストの姿を探してキョロキョロするシーフにラージが叫ぶ。勢いよく吹き飛ばされていたが、ラージは間違いなく生きていると確信していた。未だジンドの身体を手に入れたファストをどのようにすれば倒せるか見当もついていない
《ああ・・・ファストの玩具って訳ね。大丈夫でしょ?あっしもいるしそれに・・・》
《このダーフォンもいるからな》
隙間が開き現れたのは魔の世に帰ったはずの原初の八魔が一体、『氷』ダーフォン・スイセン
これでこの場に『炎』『氷』『嵐』『地』の四体が揃う
《たかがファストの玩具にあっしら4人が集まる必要あるんかね?》
《油断してたら我みたいになるぞ・・・あの身体・・・複数の核を有しておる。しかも、『巨大化』以外は不明のままだ》
《『巨大化』・・・サラム・ダートか。あやつほどの者が・・・して、他の魔技の特徴は?》
《戦った感じだと俺の知ってる魔技じゃねえな。瞬時に傷はおろか欠損部分まで元通りにしてしまう能力、魔力を溜めて放つ能力に動きを封じる能力ってところか》
《待て!動きを封じる?》
ラージの説明にダーフォンが待ったをかける。それをきっかけにラージもある事に気付いた
《そうか・・・おかしい・・・なぜ俺の動きを封じられる?》
《・・・戦闘中で気付かなかったが、我らに能力をかけられるとしたら、我らと同等のみ。ファストに操られているとはいえ、あの身体が我らと同等とは考えにくい・・・》
《確かに同等とは言えませんね。同等とは。なぜなら貴方達より格上なのですから》
シーフに吹き飛ばされたファストがようやく4人の元に戻ると微笑みながら答えた。全員警戒し構えるが、ファストは気にすることなく歩み寄る
《格上だと?バカバカしい・・・あっしら八魔を凌ぐ存在などありはしない!》
《ただ漠然と生きてるからそう思う》
《なに?》
《貴方達は考えた事がありますか?私達は・・・核とは・・・人とは・・・天族とは何なのかを。考えた事ありませんよね?貴方達は何も考えずに魔の世にただ存在するだけ。そんな貴方達だから気付けない・・・貴方達が置かれている現状に》
《俺達の現状?》
《ええ・・・ラージ、私は貴方達に下るよう言いました。その時点で貴方達の・・・そして、魔の世にいる貴方達の仲間の消滅が決定しました》
《そんな話は聞いてないけど、聞いていたとしてもあっしも下る気はないね。で、あっしらはともかく、あっしらの子分を消滅ってどうするつもりだい?アンタが出向いて殺して回るか?》
《それも可能ですが逃げ回られると手間です。なので、私の部下にやらせます》
《ハッ、アンタこそ気付いてないんじゃないのかい?昔ならそれも可能だったかも知れないが、今はアモンの能力が効いている・・・アンタの部下があっしらの子分をどうにかできっかよ!》
《そこですよ、シーフ。アモンの遺した能力・・・禁忌は未だにいきています。それゆえ魔族同士の争いはなくなり、良くも悪くも安寧が続きました。当然ですよね?争う事を禁じられたら私達魔族は何もすることがない・・・ただ私は貴方達とは違う・・・私は考えました・・・貴方達が甘んじて受け入れたアモンの禁忌をどうやってすり抜けるかを・・・そして、遂に成功したのです!八魔を超え、現存する魔族を根絶やしにする方法を!》
《もったいぶらずに早う言え!》
《・・・情緒の欠片もないですね。私の苦労を少しでも味わって頂きたかったのですが・・・まあ、いいでしょう。私達原初の八魔・・・既に六体なので私は『六長老』と呼んでいますが、その力を超えるのは簡単です。核を四つ以上有すればいい。四つ以上有すればアモンの禁忌すら破る事は可能です。しかし、問題があります・・・核が増えればそれだけ制御が難しくなるのです。恐らく時間が経てば使いものにならなくなるでしょう》
ファストはヘラカトに三つの核を与えた。それ以降アモンの禁忌はヘラカトに通じなくなり、魔族を殺しても全く問題がなかった。しかし、時間が経過するにつれて感情の起伏が激しくなり、あまつさえ主であるファストの命令に異を唱える事があった。1番如実に出たのはレッタロッタを庇った時とその後。ファストがレッタロッタを処分したと告げた時、ヘラカトは明らかに動揺し敵意とまではいかないものの不信感を顔に滲ませていた。ファストはその様子を見て核の複数所持が影響しているものと判断していた
《四つで徐々に・・・五つですぐに影響が出ます。つまり超えることは可能ですが、超えたとて上手く扱えない・・・私以外は》
《・・・それがその身体って訳か・・・》
《ええ。この身体には五つの核が入っています。当然四つ以上の影響があり、言葉はほとんど失われ、簡単な事しか遂行出来なくなりました。ですが・・・事前に主従関係を結び、私が操ればこの通り・・・》
ファストが身体中に魔力を込めると大気が震え、ラージ達の肌を突き刺す。ただ魔力を込めただけなのにハッキリと分かる・・・自分らより格上であると
《それと・・・貴方達の部下を襲わせる予定の私の部下達・・・その作り方はもっと簡単ですよ。アモンの禁忌は魔族同士の争いを禁ずるもの・・・ならば部下を魔族でなくしてやればいい》
《魔族で・・・なくす?》
《そうです・・・貴方達は魔人というのをご存知で?》
《魔人・・・魔族と人が交わる事により生まれた子が・・・それがどうした?魔人を育てて部下にしたか?》
《まさか・・・そんな手間暇はかけませんよ。魔族と人を交じ合わせるまでは同じです・・・ただ用があるのは生まれてきた魔人の核だけ・・・》
《お前・・・まさか・・・》
《そうです!魔人として生まれてきた子の核を抜き去り、それを魔族の核と入れ替える・・・そうする事により魔族は魔人となり、魔族への攻撃が可能!それをマルネスに教えたら彼女は激高しましたが、なぜ怒る必要が?核を抜かれる為にだけ作られたのだ・・・抜かれ朽ちるのは当然であり、必然・・・だろ!?》
興奮し喋り方まで変わるファストに嫌悪感を露わにする四体。その中でもあまり表情を変えていないシーフが口を開く
《・・・魔族の核を入れた子ってのは生きてんのかい?》
《馬鹿な事を・・・入れ替えたのは魔族だけ・・・魔人の核を抜いたものに魔族の核など入れるはずもないだろう?もったいない》
《・・・そうか・・・分かった・・・もういい・・・》
《抜き取った時の傷で死ぬのが大半・・・残りは魔素が吸収出来ずに・・・》
《もういいって言ってんだろうが!!》
シーフが動き出す。それに合わせてダーフォン、ラージも動き出し、ベリスは歯を軋ませてその様子を見ながら魔力を溜めるのに徹した
五魔将ジンドの身体を手に入れたファストと原初の八魔四体の戦いが始まる──────




