4章 27 決戦開始
ディードグリス王国王都ダムアイトを一望できる丘の上、ハーネット達一行は目の前で繰り広げられる光景を固唾を呑んで見守っていた
突如として現れた巨大な氷の塊。魔獣の能力かと思いきや、次々と魔獣を凍らせていく。何が起きたか理解できない状態が続き、傍観しているしか出来なかった・・・1人を除いては
「急ぎ戻る準備をしよう!シード!もう少しの辛抱だ!」
「戻るって・・・どこに?」
「ダムアイトに決まっているだろ?氷の出現が収まり次第僕がシードを抱えて飛ぶ!」
「ちょ、ちょっと待て、ハーネット!あれが・・・あそこで何が起きてるのか分かるのか?」
「・・・分からない。けどあの氷は魔獣に向けられている。なら、来たんだろ?・・・彼が」
ハーネットはランスの問いかけに答えるとぐったりとするシードを抱き抱えた。もはや一言も話さないシードの様子を見て一刻の猶予もないと感じたハーネットは抱き抱えたまま状況が見える先頭へと歩き出す
氷の出現は収まってはいる。しかし、遠目では正門付近で何かが動いているのが見える。もし万が一それが魔獣でハーネット達が行った途端に襲われたらひとたまりもない。ハーネットは歯噛みしながら目を細めた
「お、おい、ハーネット?・・・なんだ!?」
シードの様子が悪化の一途であり、気が気でないランスがシードを抱え動かなくなったハーネットの肩を掴んだ時、近くに不穏な気配を感じた
空間が歪み、その歪みから一人の女性が現れる。黒いドレスの女、カーラは姿を現すと頬に手を当てて盛大にため息をついた
《ア・・・あの方・・・クオン・ケルベロス様の・・・ご、ご友人で?・・・》
「!・・・は、はい!貴女は?」
警戒するランスを押し退け、ハーネットがクオンの名前が出た瞬間にカーラの前に飛び出す。するとカーラは少し眉を顰めると、身体を横にずらし隙間を指さした
《・・・名乗るほどの者では・・・クオン様の従者と思って下さい・・・ここを通れば・・・あの街の入口まで行けます・・・》
カーラはダムアイトを指さすとそれ以降は口を閉じる。カーラの言葉に半信半疑の兵士達を余所にハーネットはぱっと顔を明るくし、カーラに頭を下げた
「ありがとう!恩に着る!」
「お、おい、ハーネット!」
ハーネットは抱き抱えていたシードを背負い直すと何の疑いもなく隙間へと進む。止めようとするランスだったが、ハーネットは躊躇なく隙間に飛び込みその姿を消してしまった
呆然とするランス。その横でソクシュが何かに気付き驚きの声を上げる
「ラ、ランス・・・あれ・・・」
「お・・・おお!?」
ソクシュが指さす方向・・・ダムアイト正門付近でこちらに向かって手を振る者がいた。遠目で見てもそれがシードを背負ったハーネットであることが分かった
それを見て兵士達は歓声を上げるとカインの指示の下次々と隙間へと入って行く。隙間に入る際、兵士達は隙間の横にいるカーラに感謝の言葉を述べるのだが、一部『女神のようだ』『天使過ぎる』などと発言してカーラの機嫌を損ねるが、カーラは何も言わずに我慢・・・とうとう最後の1人、ランスを残すのみとなった
ランスは隙間の前で立ち止まり、目を閉じて全員が通過するのを黙って待つカーラを見つめる
《・・・なにか?・・・》
カーラがなかなか動かないランスにしびれを切らし、目を開けて尋ねるとランスは戸惑ったように頭を掻いて下を向く
「その・・・あんた・・・魔族だろ?」
《それがなにか?・・・信用ならないと言うのであれば・・・もう閉じますが・・・》
「いや・・・あの魔物達もあんたが?」
《・・・魔物・・・魔獣は他の方が・・・私は魔族を一体処分しただけです・・・》
「そうか・・・」
ランスは呟くと勢いよく頭を下げた。それを見て片眉を上げて訝しげな表情を浮かべるカーラ。しばらくランスは頭を下げた後、ようやく頭を上げたと思ったら今度はカーラの手を取った
《ちょっと!・・・》
「ありがとう!俺に何か出来る事があったら何でも言ってくれ!必ず力になる・・・この恩は一生忘れない!!」
ランスはカーラの手をぎゅっと握り締め、涙を流しながらそう伝えると手を離し再び礼をして隙間へと入って行った
1人残ったカーラは握られて手を見つめ、その手を無造作に振ると隙間を閉じる。そして、隙間の先・・・ダムアイトの前で集結した者達を見下ろした
《だったら・・・自ら命を絶てばいい・・・》
ぼそっと独り言を呟くカーラ。その時、あの方から連絡が入る
〘カーラ!そっちはどうだ?〙
〘恙なく・・・どうかなされましたか?〙
〘終わったのなら至急こちらに戻って来てくれ。頼みたいことがある〙
〘承知致しました。すぐに〙
カーラはその場で新たな隙間を創り出しダムアイト正門前にいるハーネット達を一瞥するとすぐさま隙間へと入って行く
ダムアイト周辺にようやく訪れた静寂。今にも動き出しそうな魔獣が封じられた氷の彫刻を眺めた兵士の1人は、彫刻の処理は誰がするのだろうと思いながら結界が解除されるのを今か今かと待っていた──────
カーラが魔の世に戻るとクオンを探り始めた。いくつもの隙間を創り、その姿を見つけるとすぐにその隙間へと飛び込みクオンの前に姿を現す
《お待たせしました、クオン様》
「戻って来た所悪いがすぐに人の世のサドニア帝国に繋いでくれ」
《それは構いませんが、ご同行しても?》
「ああ、それはいいけど面白いもんはないぞ?」
《サドニアに気になる者・・・不快を極めた者がおりまして》
「・・・天族か?」
《恐らくは・・・しかし、群を抜いて不快でした。不快の塊、アレの臭いは草木を枯らし、アレの視界に入ろうものなら肌は爛れ、アレの通った道は生涯私が通る事はないでしょう》
「・・・化物か?とりあえずここは黒丸達に任せて急ぎサドニアに行く。現地ではシャンドも待ってるから急ぐぞ」
《・・・アレもいるのですか?》
「お前・・・従者同士なんだから仲良くしろよ・・・ん?」
カーラはシャンドがいると聞いて更に嫌そうな顔をすると、クオンがため息を漏らす。そこにマルネスが寄って来てカーラを見上げた
《久しいのう、カーラ》
《これはマルネス様。お久しぶりでございます》
《クオンを・・・クオンを頼んだぞ》
《もちろんでございます。マルネス様もお気をつけて》
マルネスの言葉に頷き、カーラは今からここにいる魔族の相手をするマルネスを気遣った。その様子に少し驚いた顔をしてクオンはカーラを見つめる
「マルネスには優しいのな」
《当然です。マルネス様はアモン様の妹のような存在でしたので・・・私も懇意にしていただきました》
《おいおい、今はクオンの嫁と言ってくれんと・・・》
《・・・死ねばいいのに・・・》
《お、おい!カーラ・・・今なんと・・・》
カーラがぼそっと言った言葉に目くじらを立てるマルネスをクオンがなんとか引き留め、ようやく人の世へと行く準備が整った。クオンは残るメンバーを見て状況を説明する
「ちょっくら人の世に行ってファストの野郎を止めてくる。ここにいる魔族は今は俺の能力で動いてないが、何かきっかけがあれば再び動き出す可能性がある。それは俺が行った後か魔法、能力を使った後かは分からないが、とりあえず最初の一発目で決めるくらいのつもりでぶっ放せ。残ったら黒丸が処理するが、サポートを頼む。ジュウベエは・・・勝手にやってるから気にするな」
既にシューネと戦い始めているジュウベエをチラリと横目で見て言うと、クオンはニーナ、そして、カーラを見て頷いた
カーラは頷き返すと隙間を開き、人の世に繋げる。クオンに続けてニーナが入り、最後にカーラが入るとすぐに隙間は閉じられる
クオン達3人が去ったのを見届け、マルネス達は中央へと集まりどうするか相談していた
《なに?意見を聞く?》
「魔族にも操られているだけの人がいるんじゃないかなっと思って・・・いきなり動けないところに魔法をドカンじゃ可哀想かと・・・」
《マーナ・・・さすがに妾もこの魔族の数は厳しいぞ?》
今は動けないとはいえ大勢の魔族に囲まれた状態で動き出した魔族からマーナとレンドを守れる自信はなかった。それでも囲みの中心のいる理由は一網打尽にするには囲いの外からでは難しい為・・・クオンが去ってから能力がどれほど持続するか分からない状態であり、答えは急を要した
「い、一度この囲みから出て決めませんか?このままだと・・・」
《・・・時にレンド、お主はなぜ残っておる?マーナにはステラがおるが・・・》
「僕もその・・・縁あってギフトを頂きまして・・・あ、見ます?『纏』ってギフトなんですけど・・・」
《お、おい!待て・・・》
レンドは照れながらマルネスにテイラーを纏う姿を見せた。女性、テイラーの形をした魔力がレンドを守るように展開する。しかし、マルネスはレンドが能力の発動しようとした瞬間顔を青ざめさせ手を伸ばし制止しようとする
「え?」
今までのレンドならニーナと共に人の世に連れていかれていただろう。しかし、クオンはレンドを連れていかなかった。それは自分をクオンが認めてくれたと思ったレンドは気が緩んでいた・・・今の状態がどういう状態か知っておきながら能力を発動してしまったのだ
レンドが能力を発動した瞬間、辺りを不穏な空気が包み込む
危ういバランスの中で成り立っていたクオンの『禁』は解かれ、魔族達が自由になった身体を動かし始めた
「え?・・・え?」
「バカレンド!さっきクオンが言ってたじゃない!『何かきっかけがあれば動き出す』って!」
《喚いても仕方あるまい・・・妾の準備が終わるまで龍共は四方を固めよ!・・・来るぞ!》
「え?・・・僕?」
クオンの能力の限界が来たのか、レンドの能力が原因なのかは不明だが、魔族達は立ち上がり視線を中央へと向けた。マルネスは魔力を集中し始め、古代龍達はマルネスに言われた通り四方を囲むように陣取る
魔族達との死闘が再び幕を開ける──────
一方、サドニア帝国に移動したクオン達は首が悲鳴を上げるほど上を見上げていた
《お待ちしておりました、クオン様》
「シャンド・・・あれはなんだ?」
《あれは・・・五魔将の一体と存知上げますが・・・》
「五魔将にあんなでかいのいたか?」
クオンは駆けつけたシャンドに目もくれず、見上げたままシャンドに問う。雲にも届かんばかりの巨体を震わせ、一人暴れている姿はここにいるとされていた五魔将、ジンドにはとても思えなかった
《さあ・・・私は五魔将をあまり知らないので・・・そちらは見た事があるのではないですか?カーラ・キューブリック》
《・・・私に振らないで下さる?そもそも話しかけないでもらえます?》
シャンドがカーラに話を振るが冷たい視線で一瞥し突き放す
「コラコラ・・・状況を考えろよ。とりあえず暴れてるみたいだが、何かと戦ってるのか?」
五魔将ジンドと思われる巨人はサドニア帝国帝都センオントに攻め込む事無くその場で暴れていた。シャンドはクオンの問いかけにある場所を指さすとそこには必死に巨人の攻撃を躱す者がいた
原初の八魔『地』のラージ・ドモン
アカネの説得により人の世に攻め込むファストを止めるべく各国に配置された原初の八魔の一体であり、シャンドの『瞬間移動』でセンオント前に置かれた。しかし、魔獣は既におらず、居たのは1人佇むジンドだけ。無反応なジンドを攻撃するのは引けてなぜか兵士達に混じって掘り起こされた場所の整地に勤しんでいた
すると突然ジンドが巨大化・・・ラージは兵士達を街に誘導しジンドと戦い始め今に至る
「八魔と言えどあれだけ巨大だと攻め手がないか・・・さてどうするか・・・」
巨大なものを相手にする時は足元を崩し、倒してから攻撃するのがセオリーとなるが、巨大なジンドが倒れると街に甚大な被害を及ぼしかねない。そうなると街から引き離してからとなるが・・・
《ラージ様と私で試みましたが、誘導に失敗しました。更に傷付けても『再生』か『回復』の魔技を使用してるのかすぐに傷は塞がってしまいます》
「その辺はファストも考えてるか・・・」
ファストの目的は不明だが、最後のセリフを聞く限りではジンドの身体を操り人の世で暴れる事。今はラージが何とか食い止めている状況と考える
《隙間を創りますか?》
「いや、足場がないと厳しいな。動きは速くないが一撃でも喰らえば終わりそうだ・・・シャンドの攻撃でもすぐに回復するとなると一撃でかなりのダメージを与えないと意味がないだろう。と、その前にカーラはディートグリスのダムアイトに繋げてくれ」
《承知致しました》
すぐにその意味を理解したカーラはチラリとニーナを横目で見るとすぐにダムアイトへの隙間を創る。ニーナもここに居ても何も出来ない事は分かってはいる・・・が、少し悔しそうな表情をしてクオンの前に進み出た
「・・・ニーナ・・・」
「分かってるわ。ここに残りたいと思うけど、それでクオンの重荷になるのはイヤ・・・だからここは素直に行くけど一つだけお願いがあるの・・・必ずまた会いに来てくれる事と、せ、接吻を・・・きゃあ!」
クオンに上目遣いで言うニーナの首根っこをカーラが無造作に掴み、無表情で隙間へと放り投げた。ニーナは抵抗する間もなく悲鳴を上げながら隙間の奥へ消え去り、すぐに隙間は閉じられた
「・・・おい」
《一つだけ願いがあると言いながらの二つ目・・・そもそもクオン様にお願いする事自体が厚かましいと判断致しました》
投げられて消えて行ったニーナを見送り、投げたカーラに視線を送るが、当の本人は素知らぬ顔。それを見ていたシャンドがため息をついて口を開く
《・・・判断するのはクオン様ではないのですか?》
《従者として言われてから動くのは二流ですよ・・・自称従者殿》
《その判断が間違ってるとは思わないのですか?第二従者殿》
《そもそもアモン様に仕えていた私がクオン様に仕えるのは必然。戦闘狂の貴方がクオン様に仕えること自体が間違えのような気がしますが?》
《アモン様はアモン様。クオン様はクオン様ですよ。それに年若い女性に嫉妬の目を向けるのは見苦しいかと・・・貴女は立派な子がいるのではないのですか?》
《恋に年など関係ありません。言うなれば私のジャンルは未亡人》
「・・・おい」
冷静さを保ちつつバチバチと火花を散らすカーラとシャンド。間に挟まれたクオンがくだらないと止めようとした時、一際大きい地響きで身体を揺らされる
「まずいな・・・潰されたか?」
《どうでしょう・・・クオン様、これを》
シャンドが差し出したのは直径5cm程の黒い玉。クオンがそれを見て片眉を上げながらも受け取り眺めた
「器?・・・何の?」
《先程手に入れた核でして、魔技は『浮遊』》
「・・・有能過ぎるだろ・・・って、カーラ・・・顔がえらい事になってるぞ・・・」
クオンがシャンドを評した瞬間にカーラの目は鋭く釣り上がり、鼻の頭の上にシワが刻まれる。歯を剥き出しにして威嚇するカーラを嗜め、クオンは迷わず受け取った核を飲み込んだ
「使えるようになるまでシャンド・・・八魔のフォローを。カーラは他の八魔が空いていれば連れて来てくれ」
《かしこまりました》
シャンドが返事をする横でカーラは少し思案顔をする。八魔の一体、ダーフォンはディートグリスの戦闘が終わった後に魔の世へと送っていた事を思い出していた
《クオン様・・・『氷』のダーフォン様は魔の世に帰られたのですが、連れ戻しますか?》
「・・・出来れば頼む。シャンド、『炎』はシントに?」
《はい。こちらに来る前にはアカネ様に怒られてました》
「そ、そうか。カーラ、シントへ行き協力を仰ぎ、バースヘイムの様子を見て来てくれ。その後に『氷』を」
《承知致しました》
シャンドはすぐに『瞬間移動』でラージの元へ。カーラも隙間を創り、シントへと向かった。残されたクオンは飲み込んだ核に意識を集中・・・シャンドに聞いた『浮遊』という名からイメージして身体を浮かそうと努力する
「さて・・・間に合うか・・・」
少し感じた浮遊感。マルネスの『黒』よりは修得は早そうだと思いながらも、目の前で暴れる巨人を見て逸る気持ちを抑え切れずにいた──────




