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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『統べるもの』
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4章 26 答え合わせ

《──────答え合わせ・・・だと?》


ファストの表情は険しさを増し周囲の空気をヒリつかせる。五魔将であるシューネですらこの場から逃げ出したくなるほどに


クオンはその様子を見ても気にすることなくレンド達から離れると歩を進め、地面に膝を落とす魔族の群れの背中を踏みつけヒョイヒョイと移動しファストにほど近い魔族の背中で立ち止まる


「お前がやって来た事と俺がやって来た事の・・・な」


《君がやって来た事?笑わせないでくれたまえ。君は核を奪われ城に居ただけ・・・》


「それはお前が俺にやって来た事。俺がやって来た事とは違う。俺はお前に核を奪われないように工夫し、黒丸・・・マルネスを守る事に徹した」


《・・・奪われ、守れなかったの間違いであろう?》


「じゃあ、この魔族達はなぜ動かない?マルネスはどうした?」


《何をした・・・君は一体何をしたと言うのだ!》


「もう答えは分かってるんだろ?俺は()()も核を奪われていない。お前に渡したのは擬似核の方・・・それを後生大事に持ってる姿は笑いを堪えるのに必死だったよ」


クオンが自ら抜き出し、差し出して来た核は通常の核と一回り小さい核がくっ付いた珍しい形の核。クオンが幼い頃、核が傷付けられた際にマルネスが自らの核を半分クオンに与えた為にそのような形になったのだが、色々な核を見てきたファストも初めて見る形だった。加えてクオンは『核を禁じている』と事前に手紙に残している為にファストは完全に核が本物であると思い込む


《・・・あの時・・・バレて人質が殺されても良かったと?》


「ミーニャか・・・ミーニャには悪いが俺は何でもかんでも守れるほど強くない。あの時言ったはずだ・・・『俺はマルネスの番犬』だと」


《・・・》


ファストは人を観察し研究していた。人はどのような時にどのような行動を取るか・・・魔族のそれとは違い理解は出来なかったが、予測は出来るようになっていた。能力を使わずに人を操るには人質が有効である。その人質が親しければ親しいほど。クオンが核を抜き取った時、初対面のミーニャでさえ人質にしたら思うように事が運んだと思っていた。その後にミーニャを従者としてクオンに付けたのも親しくさせて再び人質にする為であった


「さて、ネタばらしはここまでだ。後はお前を倒せば全てが終わる。ちょっくら一回死んで来い」


《・・・笑わせるな!クオン・ケルベロス!人如きが原初の八魔たる私を?身の程を知れ!》


「さすがファスト1.1・・・言う事が違うな」


《1.1?》


「曲がりなりにもチリの作った擬似核を入れてるんだ。0.1くらいは強くなってるだろ?『禁』を解いた後の擬似核には仕掛けがあってな・・・お前と周囲の声を他の水晶で聞こえるように仕込んである。つまりお前らの声はダダ漏れだ」


険しかったファストの表情は憎悪に染まる。シューネはガタガタと震え、身動きの取れない魔族達の中でファストに近い者達が失神する程の殺気が大気を震わす


ちなみにクオンが背中に乗っている魔族は偶然にもクオンが幼い頃に魔の世で初めて遭遇した魔族、ダンクであった。乗られた事に腹を立てるが隙を見て捕まえてまた核を貰い五魔将にと水面下で息を巻いていたが、ファストの殺気を感じて人知れず断念する


《私を謀った事を未来永劫に後悔し苦しむがよい・・・》


ファストは言うとディートグリスにいるデサシスにパスを繋ぐ。それは呼び戻す為ではなくここにいる魔族を人の世に送り込む為


《貴様と近しい者から順番に蹂躙してやる・・・貴様のせいで人の世は滅ぶのだ!》


「そいつは困った・・・で、いつになったら蹂躙するんだ?」


《くっ・・・〘デサシス!何をしている!さっさと隙間を創れ!〙》


〘申し訳ございません・・・それが・・・いくらやっても・・・〙


〘なんだと・・・〙


「もしかして『隙間が創れない』とか話してるのか?そりゃあ、そうだろう。『扉』じゃ『隙間』は創れない」


《な・・・に?》


「デサシスって奴の能力は『扉』と言われる能力・・・ラフィスと同じで空間と空間に『扉』を創り移動する事が出来る。但し同じ空間に限るがな・・・つまり同じ魔の世と魔の世、人の世と人の世の移動は出来るが魔の世から人の世は無理だ」


《バカな事を・・・デサシスは何度もここから人の世に行っている。現にここから人の世へと『隙間』を創り魔獣を・・・》


「それが誰かの手助けによるものだったとしたら?」


《有り得ぬ!だとしたら一体誰が・・・》


「決まってるだろ?『扉』の上位互換を持ってるとしたら一人だけ──────」





《何故だ!何故開かない!このままでは・・・》


ディートグリスの結界の前にいるデサシスは突然の原初の八魔『氷』のダーフォン・スイセンの襲来により撤退を余儀なくされていた。魔獣達はその数を徐々に減らし、迫る『氷』の凍てつく空気に焦りを覚える。ファストの指示もあり、魔の世に『扉』を創り撤退しようにも一向に『扉』を創る事が出来なかった


《早くしなければ・・・!まさかもう・・・っ・・・》


ふと誰かが近付く気配を感じその方向に視線を送る。ダーフォンかと思っていたデサシスは信じられない者の姿を見て絶句した


《やはりここは・・・居心地が・・・でもア・・・あの方の頼みですもの・・・ご期待に添わなければ・・・》


黒いドレスを着込み、しゃなりしゃなりと歩く姿はこの場にはそぐわずひどく目立った。頬に手を当て困り顔でデサシスに歩み寄る


《何故ここに・・・何故です!?カーラ・キューブリック!!》


元アモンの従者であり、ラフィスの母、カーラ・キューブリックがそこに居た。神出鬼没で、『隙間』を創り魔獣を人の世に送り込んできた張本人。再三再四ファストがアモン亡き後に自らの陣営に加わるよう誘うも頑なに拒み続けていた・・・噂では人の世に来る事を嫌っていたはずだったのだが・・・


《確か・・・デサシス・・・でしたか?ファスト様の従者として傍にいるのを何度か見ています。まあ、興味ありませんが》


《答えなさい!何故ここに居るのです!》


《随分ですね・・・これまで散々お手伝いしていたのに・・・手伝わなくなった途端にそれですか?》


《なに?手伝いとは・・・》


《・・・自らの能力と思うのは仕方の無い事なのですが・・・こうも見事に気付かないとは・・・色々と研鑽を重ね・・・能力を得たのは素晴らしいと思いますが・・・所詮は我が子と同じ『扉』・・・魔の世と人の世を行き来出来る訳がないでしょう?・・・魔の世と人の世を行き来するには『扉』を昇華し『門』にしなければなりません・・・『扉』はあくまでも()()空間を行き来する為のものですから・・・》


《で、では、今まで行き来出来ていたのは・・・》


《辛かったですわ・・・見たくもない貴方を見続け・・・見たいア・・・あの方を見れない日々・・・たまにあの方に目を奪われ・・・貴方が『扉』が開かない時に首を傾げてる姿を見た時は・・・肝を冷やしました》


カーラの言葉でデサシスは思い出す。魔の世と人の世に『扉』を創ろうとした時に失敗する事が何度かあった事を。それが1度や2度ではなかった為にそういう能力だと思っていた


《何故そのような事を・・・》


《ア・・・あの方の願い・・・貴方達は自力で『扉』に辿り着いた・・・もしかしたらいずれ『門』にも・・・なので私が手伝う事で・・・魔の世と人の世を行き来出来ると思えば・・・貴方達はそれ以上求めないだろうと・・・それにこちらが行き来出来る主導権を握っていれば・・・いずれ役に立つと・・・それが今・・・》


《理解出来ません。それなら魔獣を・・・いえ、ゴブリンすら人の世に近付けないように出来たものを》


《その辺は・・・あの方に・・・聞いて下さい・・・私はただ・・・貴方を滅しに来ただけ・・・》


《・・・そんなに苦しそうにしていて私を滅する?もし本当に貴女の助けがなければ開けないのならば・・・逆に貴女の核を奪い自らの手だけで行き来出来るようになるまでの事!》


ずっと手を頬に当てて息苦しそうにしているカーラを見て、デサシスは特に脅威を感じなかった。カーラの周りに隙間を幾つも創り、拳を握る


《だって・・・ここはアモン様が亡くなられた場所・・・本来なら一時も・・・居たくない場所・・・息が詰まりそう・・・あっ、後・・・『扉』は使わない方が・・・》


カーラの忠告を聞かずにデサシスは近くにある隙間に拳を振るう。その拳は隙間を通りカーラの周りに出来た隙間の一つから飛び出して来て・・・地面に落ちた


《ぐああああああああぁぁぁ!!》


《だから・・・言いましたのに・・・同じ系統の能力・・・特に格上と戦う時は・・・注意しないと・・・通っている途中で・・・閉じられてしまいますよ?》


カーラが言うようにデサシスが隙間を通してカーラに攻撃しようとした時、カーラはデサシスが創った『扉』を全て閉じた。当然デサシスの腕は元の場所に戻ること無く切断されてしまう


《ああ・・・もう限界です・・・》


カーラは目を伏せると左手をデサシスへと向けた。すると腕を切断された痛みでもがくデサシスの周囲に隙間が創られる


《グック・・・これは・・・》


《通る時は・・・お気をつけ下さい・・・気まぐれで・・・閉じます》


先程の腕を落とされたように通った瞬間に隙間を閉じると宣告するカーラ。四方に囲まれ、上を見上げると当然のように隙間が存在した


通る他道はない。しかし、通ってる最中に閉じられたら、残りの部分は切断され置いて行く事になる。カーラの隙間を閉じようにもそこは格上のカーラが創った隙間・・・一向に閉じる気配はなかった


デサシスは選択を迫られる。この場で身動きを取らないか、猛スピードで目の前の隙間を駆け抜けて、抜けた先で『扉』を創り一旦引く・・・カーラに勝てる気がしないデサシスが選んだ答えは後者。駆け抜けて一旦引き、ファストの指示を仰ぐこと。ファストなら人の世に来ている他の五魔将と連絡を取れるので、連携してカーラを倒せば、とデサシスは考えた


荒くなる息を抑え、魔力を足に集中する。カーラは通った瞬間を見逃さないはず・・・ならばと地面を蹴り、土煙を上げて視界を奪う


周囲に土煙が舞った瞬間、デサシスは正面ではなく右の隙間へと飛び込んだ


身体全てが隙間を通った事を確信すると、デサシスは残った手で『扉』を創ろうとした瞬間、目を疑った


《は?・・・なっ!?》


隙間を越えたと思ったらまた隙間・・・新たな隙間を創られたかとも思ったが、目の前に舞う土煙でようやく理解する


隙間の繋がってる先はこの場所


つまり右を通れば左から出て、正面を通れば後ろから出る


それでは上は?と見上げた時、突然浮遊感に襲われ、デサシスは・・・落ちた


《良かった・・・動かなかったらどうしようかと・・・地面から離れてくれないと創れませんし・・・》


デサシスが隙間を通った瞬間、カーラは閉じる事を選択せず、隙間を増やす事を選択した。離れた場所に隙間を創る時、障害物があると上手く創れない為にデサシスが居なくなった瞬間を狙っていたのだ


これで四方八方隙間に囲まれ、逃れる場所なくデサシスは上から下へと落ち、再び上から落ちるを繰り返す


《そろそろ・・・終わりにしましょう・・・》


舞っていた土煙も収まり、カーラは上から下へと落ちるのを繰り返すデサシスを見つめ魔力を込めた。するとデサシスの身体が通過しきる前に下にあった隙間は閉じ、上半身だけその場に残り、下半身が上から降ってくる


抵抗する間もなく切断されたデサシス。それを見つめるカーラの視線は冷たい


《ここも冷えて来ました・・・ダーフォン様も容赦のない・・・》


振り返ればそこは白銀の世界。魔獣は凍り付き、息をするものは皆無であった。ちょうどそこにダーフォンがやって来て倒れているデサシスとカーラを見た


《あやつは確か・・・ファストの従者だったか》


《ええ・・・魔技を持たず・・・ただひたすらファスト様に尽くした者・・・その点では尊敬に値すると思います》


上半身には何も身に着けず、腰巻だけの偉丈夫が頭の上で結わいた白髪をなびかせる。周囲は氷で出来た彫刻が乱立し、大気を凍てつかているので寒くはないのかと疑問に思う


《見事なものだろう?見た目は悪いがなかなかの出来栄えだ》


カーラが氷の彫刻・・・凍り付いた魔獣を見ていることに気を良くしたダーフォンが自画自賛・・・興味のないカーラはあえて返事はせず微笑むだけに留め、まだ息のあるデサシスへと向き直る


《そなたの技も見事であった。あれだけ隙間に囲まれれば抜け出すのは容易ではないな。いや、抜け出せぬか・・・》


《いえ・・・アモン様が考えてくださったのですが・・・天敵がおります・・・この技『六方全所』は六方面全てに隙間を配置し・・・抜けようとしても全て同じ場所に戻って来てしまうのですが・・・奴だけ・・・あの忌々しい奴だけはどうしても・・・》


《奴?》


《ええ・・・あの・・・私がお傍にいない間にコソコソとア・・・あの方に取り入り、まるで自分が一の従者だと言わんばかりのふてぶてしい態度・・・戦闘だけが取り柄のクセにあの方の従者など務まるとでも思っているのでしょうか?いえ、思っていたとしても自分はあの方にはそぐわないと自ら身を引くのが当然と思いませんか?それなのにぬけぬけと!》


《お、おう・・・》


途中まで苦しそうにしていたカーラだったが、話している途中で苦しさを忘れたのか勢いよく捲し立てるカーラ。奴・・・シャンド・ラフポースの事がよっぽど気に食わないのかそれでも興奮冷めやらぬといった雰囲気だ。確かにシャンドなら隙間で囲まれても『瞬間移動』で抜け出せる。カーラにとっては天敵と言えるかもしれない


《で、あやつの処分はどうする?こちらで処理しても良いが・・・》


《いえ・・・少し寒いので私が・・・暖を取る代わりに火魔法で処分致します》


《・・・当て付けか?》


《ええ・・・そういった意味も・・・多分に含みます》


《・・・》


《・・・》


《おのれ・・・カーラ・キューブリック・・・よくも・・・》


無言の圧力をぶつけ合う2人とは余所に、隙間に囲まれた中でデサシスが地面を握りしめ、身体を起こしながらカーラを睨みつける


《あら・・・まだ話すことが出来るなんて・・・意外と丈夫ですね・・・》


《主は違えど同じ八魔の従者・・・そなたも思うところがあるのではないか?》


絶命寸前のデサシスを見つめ感慨深げに言うダーフォンだったが、カーラはその言葉を聞いて眉を顰めると自分の目の前に隙間を創り出した


《お、おい・・・》


ダーフォンが止めようとするが、カーラは隙間に手を向けると火魔法を撃ち始める。何度も何度も繰り返し


《ダーフォン様・・・冗談でも『同じ従者』なんて言わないで下さい。私はアモン様の・・・そして、今はあの方の従者・・・アレはただのファスト様の従者に過ぎません・・・》


《あ、ああ・・・そうだったな・・・》


違いは分からないが、空気の読めるダーフォンはカーラの言葉に素直に頷き、チラリとデサシスの状況を覗いた


未だに鳴り止まない轟音。初めは呻き声を上げていたデサシスも今では物言わぬ肉片と変わり、消し炭となり消えていく。最後の肉片らしき物体が蒸発したのを確認するとカーラはようやく魔法を放つのを止めて隙間を全て閉じる。デサシスが居た場所はプスプスと音を立て、地面は黒ずんでいた


《さて・・・ダーフォン様はどうされますか?・・・魔の世に送ることも可能ですが・・・》


何事もなかったように振る舞うカーラにダーフォンは苦笑いを浮かべると周囲を見渡し動いている者がいないか確認する。消し炭となったデサシス、氷の彫刻となった魔獣の群れ・・・動いている者はなく、それはアカネに頼まれた事が終わりを迎えたことを指していた


《役目は終わった。帰るとしよう・・・カーラ、そなたは?》


《私には・・・残念ながらやることがまだ・・・》


カーラは街とは反対側の方に振り返り、そう呟くと目の前に魔の世との隙間を創り出した


《すまぬな。では、先に帰らせてもらおう・・・どうも身体が冷えるのでな》


《・・・》


《・・・》


部下達には好評の渾身のギャグを外し、ダーフォンは無言で隙間を通り、魔の世へと戻って行った


残ったカーラはダーフォンが通った隙間を閉じると新たな隙間を創り出し、その中へと入って行く


一部始終を見ていたクゼンは完全に蚊帳の外だった事に対して自嘲気味に笑うとその場に座り込み、帰りを待つことにした。依然戻らない四天の面々を──────




一方その頃、ファストはクオンの言葉からある人物を思い描いていた。その者の力が欲しくて奔走した時を思い出しながらその名を叫ぶ


《カーラ・・・カーラ・キューブリックか!》


「ご名答。カーラには無理言ってデサシスを監視させてた。デサシスが『扉』を使うタイミングで『門』を開き、あたかもデサシスが魔の世と人の世を繋げたように見せる為にね」


《いつからだ・・・一体いつから気付いていた・・・》


ファストの中で怒りよりも疑問と興味が勝る。カーラがクオンに手を貸す可能性はファストも考えていた。しかし、ファストには疑問が残る。それは時期・・・二度目の晩餐会を開く前からデサシスは人の世に訪れていた。カーラを介さないと人の世に行けないとしたらクオンとデサシスが遭遇する前からということになる


「ディードグリスで黒丸とジュウベエがラフィスの手下と戦っていた時、覗いていただろ?その時のお前の目を見たときに思った・・・こいつは何か企んでいると」


《・・・それだけで?目を見ただけで何が分かると?》


「自分じゃ気付かないかも知れないが、結構いい目してたけどな・・・羨望の眼差しってああいう目の事を言うんだろうな。それが気になって色々と調べたのがきっかけだ」


《調べた?》


「ああ。初めて魔の世に訪れた時に見た城から人の世に興味があるのは薄々勘付いていた。そこでラフィスと組んでいることも視野に入れたけど、その様子もない・・・となると、あの場面でお前が覗いていた意味は?どうやって?・・・答えはあの後に初めて敵としてラフィスと会った時にあった」


《ラフィス・・・カーラの子か・・・》


「そう。俺はラフィスの能力を『門』と言ったら、あいつはそうだと言った。だが会話の最後にあいつは『僕の『()』は・・・』って言ったんだ。『門』と『扉』・・・ただの言い間違いの可能性もあるし、同じ意味なのかもしれない。だから、『門』と『扉』を調べた。調べたと言っても知ってる奴に聞いただけだがな」


クオンは思い出していた。それはラフィスとの戦いが終わり、ダムアイトで戦いの疲れを癒している時の出来事──────




ある日の午後、マルネスとニーナを振り切って来たのはダムアイトに近い森の中。木々に囲まれ木漏れ日の中、クオンは目を閉じ神経を集中させていた


日頃から感じていた視線・・・その正体の検討はついている。遠くから覗いているだけなのと、知られたくない時は『禁』じれば良いと思い放っておいたが、ある事を確認する為にわざと一人になり誘い出していた


「!・・・居るんだろ?カーラ・キューブリック・・・」


気配に気付き、クオンが話しかけるとしばらく間が開いた後、目の前に歪みが出現する。ちょうど人の大きさの歪みはすぐに隙間となり、カーラ・キューブリックがその姿を現した


《お初目にかかります。クオン・ケルベロス様》


丁寧にお辞儀するカーラ。しかし、その身を晒せど魔の世から決して出ようとはせず、顔を上げても微動だにせずにじっとクオンを見つめていた


「こっちに来ないか?薄いとはいえ魔素もある。短時間なら大丈夫だと思うが」


《いえ。アモン様がお決めになった事を従者である私が破る訳にはいきません。失礼とは存じますが、ここで・・・》


「無理強いをするつもりはないが・・・アモンが決めた事というのは?」


《アモン様は魔の世と人の世が繋がっている場所に通る事を『禁』じる結界を張られました。それは魔族が人の世に訪れるのを『禁』ずる為・・・アモン様の遺志であると思っております。それに私にはアモン様がお亡くなりになられた土地・・・しかも、怨敵である天族が住まう場所など耐えられる自信はございません》


「そっか・・・だけどカーラ、君は勘違いしている。アモンは決して魔族が人の世に訪れるの『禁』じた訳ではないよ。アモンは・・・」


《お待ち下さい!貴方様がどう解釈するかは勝手ですが、貴方様の考えを私に押し付けないで頂きたい。私はアモン様と過ごした時間を元に解釈したのです・・・貴方様にとやかく言われる筋合いは・・・》


「じゃあ、その時間は全くの無駄だった訳だ」


《貴様に何が分かる!!ただ核を有するだけで図に乗るなよ小僧!!》


それまで恭しい態度だったカーラの様相が急激に変化する。目が吊り上がり、恫喝する様は正に鬼母。殺気は溢れ出し、魔の世から人の世へと侵食する。それでもクオンは冷静に、微笑みすら浮かべて相対す


「無駄じゃなかったら何だって言うんだ?解釈の一つも出来ないのに・・・」


《黙れと言っている!!》


「来るか?来るなら来いよ・・・俺はラフィスを使ってやった事を許した訳じゃないぞ?来るならお仕置きしてやるよ」


思わず隙間から出そうになるカーラを見てクオンは挑発した。その言葉を聞いてカーラははっと何かに気付き冷静さを取り戻す。隙間から少し出た手を引っ込め、深くため息をついた


《・・・失礼致しました。貴方様が違うとおっしゃる根拠をお聞きしても?》


「根拠もなにも・・・アモンが遺した言葉は『魔と人と天の共存を』だ。それに・・・」


《それに?》


「俺が違うと思うからだ」


《・・・まるで貴方様がアモン様のような言い草ですね》


「『魔と人と天の共存』とか言う奴だぜ?そう考えるのが普通って俺は思うけどな」


《確かに・・・その遺した言葉が本当でしたらそうなのでしょうね。私には・・・何も遺していって下さらなかった・・・》


「今際の際に遺した言葉じゃなくても、長い年月共に過ごした日々で本当は分かってるんじゃないのか?アモンが何を考えそうなのかを」


《・・・》


寂しそうに呟いていたカーラにクオンは優しく語り掛ける。それはアモンと一番長く居たという自負のあるカーラにとっては当然の事だった。アモンならクオンの言った通り魔族が人の世に行くことを『禁』じることはないだろう。それが分かっていて尚、分かっていないフリをするのは自らが人の世に行くことに忌避を感じているから。アモンの死んだ場所に、アモンを殺した天族がのうのうと暮らす場所に身体が拒否反応を示しているからだった。それを見透かされ、カーラは口を閉ざす


「今回の件で少なからず人に被害が出た。それは自分の主張を通そうとするラフィスと俺達の戦いによる犠牲。お前らを憎む奴もいるだろう・・・殺そうとする奴も・・・俺はそいつらを止める気もお前らを庇う気もない・・・けど、俺自身がこれ以上何かをするつもりはない。ラフィスに味方した魔族は死にラフィスも()()()()()


《・・・》


「後は裏で糸を引いていたカーラ・・・お前の番だ」


《全て・・・お気づきになっているのですね・・・》


「ラフィスは生きている。そして、そのラフィスに魔の世と人の世を行き来出来る能力は・・・ない」


《・・・どうしてそれを?》


「生きているかどうかは勘だ。俺の仲間がちょうどラフィスが攻撃された時に隙間が開いたのを感知してるしな。能力に関しては自分で白状していたぞ?『門』が退化した能力が『開閉』と言ったり、自分の能力を『扉』と言ったりな。人と魔族から生まれる子が能力を退化させて引き継ぐ時がある。その典型じゃないかと思ったのさ」


必ずしも能力が退化する訳ではなく、そのまま引き継ぐ可能性もある。人はそれを繰り返し退化させてきた実績があり、クオンらケルベロス家はそれを避ける為に同族交配を続けてきておりその辺の知識は魔族より上だった


《フフ・・・勘と言ったり少ない会話で見抜いたりと・・・豪胆さと繊細さを併せ持つ・・・まるでアモン様のように・・・》


「そりゃどうも。で、だ。お前にはやってもらいたい事がある」


《それが罰であると?》


「罰っていうよりは禊かな?それが人を、魔族を、天族を救う事になる・・・かもしれない──────」




「──────俺はカーラに聞いた。どうやってラフィスが人の世と魔の世を繋げているように見せていたのかとお前と組んでいなかった事を。そこで分かったのがお前が、もしくはお前の仲間がラフィスと同じ『扉』の能力を持っている可能性・・・以前から持ってたのか、新たに持ったのか・・・新たに持ったのなら、なぜ?どうやって?それを調べるのをカーラにお願いした」


クオンはカーラとの会話を思い出しながらファストに告げた。まさかクオンとカーラが繋がっているとは思っていなかったファストは歯噛みする


《・・・なるほど。あの時・・・人の世と初めて繋がった時は偶然カーラが子の為に使っていた『門』の能力にデサシスの能力である『扉』の能力が繋がった為・・・》


「そういう事だ。で、お前の目的が何となく分かった時点で今度はカーラに陰ながらデサシスが人の世に行く手助けをしてもらう事にした」


《分からないな・・・なぜそのような事を・・・》


「だって、人の世に来る為に研究してたんだろ?もしデサシスが人の世と繋げない事が分かったら?」


《研究を続ける・・・そして、いずれは・・・》


「本当に手に入れるかもしれない。だったら、研究をさせなきゃいい・・・だろ?」


《確かにな・・・すでに持っている能力を研究するほど暇ではない。まんまと嵌められたか・・・だが、それなら魔獣の襲撃、いや、それ以前のゴブリンですら止められたのではないか?》


《それでは準備が整う前に色々と気付かれてしまうだろうて。クオンは妾の・・・ゴホン・・・()()()()だ。妾を守れると確信するまで動かぬよ・・・ファスト》


《・・・マルネス・・・》


突然会話に割り込んできたのはマルネス。ニーナと共に魔族の合間を縫って歩み寄り、照れながらも『妾の番犬』部分を強調して言うと、隣のニーナがひどく嫌そうな顔をする


マルネスの出現にファストは眉を顰め、視線を動かし状況を再確認する。魔族はクオンに立ち上がることを『禁』じられ、この場にいる五魔将はシューネのみ。方や相手はクオンにマルネス、それにジュウベエに古代龍も四体いる。状況としてはかなり不利な状態だった


《・・・恐れ入ったよ・・・計画を邪魔された怒りよりも感心が上回る・・・本気で部下にしたいと思うほどに》


「自分より弱い奴につくか?普通」


《『自分より弱い』か・・・君がどれほどのものか知らないが確かに私は弱い・・・原初の八魔の中では断トツにな・・・『操』は同格にすら効かず、他の八魔の能力は私に効く・・・八魔最弱と言われても仕方ないかもしれないな・・・今までは》


ファストは笑う


それは負けを確信した自虐的な笑いではなく、勝利を確信した笑い


雰囲気が変わったファストを見てクオンが警戒するが、マルネスが横に並ぶと首を振る


《クオン、あれはチリの創ったゴレームだ。大した力もない》


「ああ・・・だが、妙な胸騒ぎがする。ていうか、遅かったな・・・何をしていた?」


《少々野暮用を・・・》


ゴブリンの巣より解放されたマルネスとニーナは魔の世を彷徨っていた。クオンを助けに行く事も考えたが、ジュウベエの真意が分からない内に動くのは危険であると考えたのと、クオンから来た手紙の中に『決して助けに来るな』という一文が入っていた事がマルネスを悩ませる。現状は攫われたと言えば言い訳も成り立つが、今から助けに行けば言い訳は成り立たなくなる。クオンにはクオンの考えがあって、『助けに来るな』と書いたのか、今が不測の事態なのか判断が難しいところだった


そこにある人物が訪ねてくる。クオンの側付きをしているミーニャであり、ミーニャはクオンからの伝言とリングを渡すと去って行った。伝言の内容はその場から動くなとリングを使ってニーナの食事を、とだけ。マルネスとニーナはクオンの言いつけを守り、その場でクオンを待つことにした。そして、クオンが現れ、ファストと決着をつけると言い、奪われた神刀『絶刀』を探しに行くと言った。そこでマルネスは後で合流すると言い、珍しくクオンと離れ別行動を・・・向かった先は・・・


「あれは同じ魔族として?それとも同じ女として?」


ニーナが横からマルネスの野暮用に対して質問する。クオンはその言葉で何となく理解し、マルネスはそっぽを向いて口を閉ざす


マルネスの野暮用は居城の地下にあった。正直思い出したくない場所・・・だが、マルネスはクオンと別れてまで向かった先がそこだったのにはマルネスについてきたニーナも少々驚いた。そして、目を覆いたくなるような惨状・・・目を背けるニーナとは違い、マルネスは目を凝らしその惨状を・・・レッタロッタを見つめていた


《そうか・・・そうだな》


マルネスは一人呟くと手に魔力を集中し、魔法を放つ。すべてを無にする『黒』魔法。ゴブリンもレッタロッタも・・・すべてを無に帰す


こうしてマルネスの野暮用は終わった


「で、黒丸・・・あいつは何してんだ?」


《ん?あ、ああ・・・あれは抜け殻だのう・・・》


物思いに更けていたマルネスにクオンが聞くと、マルネスは動かなくなったファストを見てそう言った。抜け殻・・・つまりファストはゴーレムを動かすのを放棄した事となる


「逃げたか?・・・いや・・・」


〘クオン様、よろしいですか?〙


ファストの雰囲気から逃げるように思えなかったクオンが考えていると、人の世にいるシャンドから連絡が入った


〘ん?ああ、どうした?〙


〘朗報です。サドニア帝国と呼ばれる土地にいた五魔将の一体が突然動き出しました〙


〘それのどこが朗報かは別として、それがどうした?サドニアにも八魔の一体がいるだろ?〙


〘ええ。おりますが、止めるのは難しいかと〙


〘なに?〙


〘恐らくですが──────〙



「・・・やってくれる・・・」


シャンドとの会話を終えたクオンはファストを模したゴーレムを見ながら呟いた


《何が起きた?》


「人の世で・・・サドニアで五魔将が暴れているらしい。現地にいる八魔でも敵わないって話だ」


《バカな!誰だそこの担当は!》


「知らん・・・原初の八魔でとびきり弱い奴でもいるのか?」


《いや・・・おらんな。ぶっちゃけ横並び・・・誰がいても同じはずなのだが・・・》


「それじゃあ、シャンドの仮説の方が確率は高いか・・・」


《シャンドの仮説?》


「シントでシャンドが相手をした五魔将は四つの核を持っていたらしい。本来核は同時に持つのは三つが限度で、三つ以上だと精神に影響するらしいんだが・・・もし五魔将っていうのが人数じゃなくて、核の数だとしたら?」


《矛盾しておるぞ?三つ以上で精神に影響するなら五つなら無理があろう》


「ああ・・・だが、精神に影響を及ぼす事を見越した上で五つ与えてたとしたら?」


《だから、意味がなかろう。そんなものまともに動けるとは・・・まさか・・・》


「まともに動けないなら動かせばいい・・・『操』ればいい・・・」


他にもその考えに至った理由がある。シャンドが相手をしたヘラカトの能力の中に『高速化』があったという。なのに、晩餐会の時にマルネスを追うように指示されたのは五魔将、ジンドだった。その理由は分からないが、もしかしたらジンドならマルネスに勝てると判断したか、ジンドの存在を隠したかったか・・・どちらにせよジンドが特別な事には違いはなかった


《しかしどうやって人の世にいる者を操っておるのだ?》


「主従を結んでれば越えれるらしい。その証拠に俺はシャンドと会話出来るしな・・・さて、俺はちょっくら人の世に戻る。あの五魔将・・・任せられるか?」


《誰にものを言っておる・・・あんなもの・・・むぎゅ》


「あれはボクに任せてよ~!マルネスはこの辺の魔族をお願い~」


マルネスを押し退けてジュウベエが呆然として動かないシューネを指さして言う。文句を言おうとしたマルネスにジュウベエは唇に指を当て呟いた


「ボクに借りがあるでしょ~?あれはボクの獲物だ」


マルネスの脳裏にゴブリンの巣の時の事が浮かぶ。危うくゴブリンに襲われそうになったところを助けてもらった光景・・・マルネスは肩を落とし素直に頷いた


「どっちでもいい・・・ニーナは俺と共に。そんなに強い力で押さえつけた訳じゃないから、俺がいなくなったら効果が切れるかもしれない・・・少し減らしておくか?」


《いらんいらん・・・それよりもニーナを連れていくならマーナとレンドも・・・》


「いや、あの二人は置いていく」


《クオン?》


なぜ?と見つめるマルネスにクオンは微笑むだけで何も言わなかった。それに対してニーナが少しむくれていた


「どうした?ニーナ」


「なんか・・・釈然としない・・・」


「適材適所ってやつだ。お前の戦場はここじゃないだろ?」


「むう・・・」


ニーナは不満げな表情を浮かべながらも渋々と頷いた


それを見て苦笑しながクオンは視線を動かし、魔族に囲まれているレンドとマーナを見る。二人はクオンが何も言わずに微笑むのを見て力強く頷いた。二人は何も言われずとも理解していた。この場に残りマルネス達を手伝うという事・・・守られる立場から手伝える立場になったという事を


2人の返事を聞いたクオンはカーラに呼びかけ人の世に戻る。クオンにとっては一年近く離れた人の世に──────

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