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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『統べるもの』
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4章 23 パレード④

薄く開けた目には何かが争う様子が、遠のいた耳には喧騒が微かに聞こえてくる


身体は安眠を求めるが、心のどこかでそれを拒否している・・・寝るな寝るなと身体を揺り起こす


──────もう寝かせてくれ


疲れ果てたゼンは目を閉じようとするが、後頭部がポコッと軽く押された


──────起きれって事か?


再びゼンの後頭部はポコッと叩かれる


ヤレヤレと重たい瞼を必死に開け、動かない身体に鞭を打ち、何とか起こそうと力を入れた


「起きてはダメよ!!」


鋭い声が起きようとしたゼンを制す。頭の上から聞こえた声は、ゼンが良く知る・・・最も良く聞く声だった


「シズ・・・ク・・・か・・・」


喉が予想以上に乾いているのか、思ったように声が出ない。逆に胃液のようなものが込み上げてきて、思わず横を向いて吐いた


「あ・・・ん?」


吐いたのは血の塊


なぜそんなものがと視線を動かすと、そこにあるべきものがなかった


「なん・・・だ?これは・・・」


腹から下・・・下半身がすっぽりなくなっており、本来あった下半身の部分は水で覆われている


「大丈夫・・・大丈夫だから・・・」


何が?と聞こうとした時、頬に水滴が落ちてくる。この顔は見た事がある・・・そう、レイナが死んだ時・・・


「美人が・・・台無し・・・だな」


「・・・あなたのせいよ・・・」


泣き顔をクシャッと歪ませ無理やり微笑む


その表情が物語る。もう長くはないと


「そうか・・・それは悪い事をした・・・てか、起きてはダメとか言いながら・・・起こしたのはシズクだろ?」


「えっ?」


「さっきから頭をポコポコと・・・あれ?」


ゼンが微かに首を傾げる。今の体勢では後頭部を叩くことは出来ない。何せシズクは横たわるゼンを膝に乗せ、両手はゼンの傷口に手を当てており、頭は必然的にお腹の部分にある


「・・・そんな・・・まだ・・・」


「まだ?・・・まさか・・・」


驚愕の表情を見せるシズク。普段は察しの悪いゼンだが、なぜだかすぐに意味に気付く


ゼンが察したと思い、シズクはコクンと頷く


するとゼンは地面に両手を着き、力を込めて地面を抉る


「ゼン!!」


「こうしちゃおれねえ・・・こんな・・・情けねえ姿は・・・見せられねえ・・・」


頭を起こし、一気に起き上がろうとする。しかし、目に入って来た光景に動きが止まってしまう


「なんで・・・アイツらが・・・」


魔獣と死に物狂いで戦う兵士達。待機を伝え、逃げろと伝えたはずの兵士達が魔獣を相手に戦っていた


「起きたか!しばらくそこで休んでいろ!後はあたし達に!」


「アン・・・ズ?」


魔獣の返り血なのか自らの血なのか、血だらけのアンズが駆け寄り声をかける。刀の先を光らせ、その光を残しながら魔獣を斬り裂く


ゼンとシズクに近寄ろうとしていた魔獣を片付けると、肩で息をしながら2人に笑いかけた


「いい部下を持ったな・・・お互い」


「あ?・・・それはどういう・・・」


「オッツがな・・・お前が百足の魔獣にやられた瞬間にこう叫んだ。『さあ、今が逃げ時だ!魔獣から親しい者を守る為に逃げるか、職務から逃げるか決めろ!俺は職務から逃げる!』・・・そう言って職務を・・・正門にて待機という職務を放棄して真っ先に魔獣に向かって行った。他の者達も・・・ほら」


アンズが視線を向けた方向にゼンも視線を移すと、何かを庇うように地面に伏せる者達とそれを守る者達が見えた


「あれは?」


「お前の・・・半身だ。踏まれてグチャグチャになったら付くもんも付かないって駆け出してな・・・」


「・・・バカ野郎どもが・・・」


「おっと、悪いな・・・まだまだ魔獣はいる。もう少しの辛抱だ!」


アンズは言うと手薄なところを見つけては駆け出し魔獣と相対す。それを見届けた後、ゼンは戦場全体に視線を移した。オッツら第2部隊、アンズの第3部隊、その他の兵士達とモリト、リナ、ムン、エリオットの姿が見えた。いずれも疲弊しながら戦い、時には目の前で魔獣の一撃で命を落とす


「もう・・・やめて・・・やめてくれ・・・」


「ゼン!みんなは決してあなたの為に戦ってる訳じゃない!国の・・・街の・・・家族の為に戦ってるの!あなたが・・・戦うと決めたから!あなたが戦う姿を見せてくれたから!まだあなたの役目はいっぱい残ってる!だから!」


零れる涙を堪えようとせず、流しながら弱気になるゼンを窘める。落ちた涙は頬を伝い弱った心を昂らせる


「泣かせてるのは・・・俺か?それとも・・・魔獣か?」


「・・・いえ、お腹の子よ」


シズクは涙をピタリと止め、ゼンを見つめてハッキリと言った。ゼンは驚きはせず、目を閉じると両手に力を込めて起き上がろうとする


「そうか・・・悪い父ちゃんだ・・・」


「ゼン!」


ゼンはシズクに預ていた身体を起こすと口に溜まった血を吐き出す。そして、息を吸うと魔力を操り始めた


「見てろ・・・父ちゃんが・・・強いところを・・・」


戦場に落ちているであろう自らの剣を操ろうと意識を集中し、何とか4本全て見つけ出すと必死に操ろうとする。この場から動けずともせめて援護出来ればと思っての行動だったが、それに勘づいたのか一体の魔獣がスルリと抜け出し近付いてきた


「チッ・・・シズク・・・逃げろ」


「・・・いやよ・・・」


「シズク!」


「生きるも・・・死ぬも・・・3人一緒よ」


シズクはゼンの背中に抱きつき離れようとしない。ゼンは剣を操り魔獣を止めようとするが、それよりも早く魔獣はゼン達へと辿り着いた


尻尾がハンマーのような形をした魔獣。その魔獣はクルリと回転し、ゼン達目掛けてその自慢の尻尾を振り下ろす


ぎゅっとゼンを抱きしめるシズク。ゼンは諦めずに剣を操るが、到底間に合わず尻尾はゼンとシズクに打ち下ろされた


「・・・」


ゼンは動けないながらもシズクを守ろうと両手を広げるが、来るはずの一撃は待てど暮らせどゼン達に届かず、何が起こったのかと見上げると、そこには水の膜が展開されゼン達を包み込んでいた


「私の耳がおかしくないのなら・・・シズクさんの口から『3人』と聞こえましたが?」


「あっ・・・」


「父・・・さん?」


振り向くとそこには墓守をしていた男、ジョウゲンが立っていた。ジョウゲン・()()()()()・・・シズクとレイナの父親である


「ゼン君・・・婚前交渉を許した覚えはないのですが?」


「ちょっ・・・父さん!こんな時に!」


「あっ・・・いや・・・」


冷たい視線をゼンに送るジョウゲン。シズクは怒り、ゼンが視線を泳がす。その間にも尻尾ハンマーは水の膜を壊そうと何度も打ち付けられていた


「それにゼン君・・・()()はまだ戦える。なぜ声を掛けてくれないのです?」


「・・・私・・・達?」


ゼンはハッとし、水の膜から望める光景が変化しつつあるのを確認した。魔獣に押される一方だった状況が少しづつだが変わり始めていた


見るとそこにはアカネの父、メラ。フウカの父、フゼン。チリの父、ソイルが顔を揃えて大暴れ。押され気味だった戦況を徐々にだが押し返す


「まさか・・・ムタさん?」


シズクが前四精将のメンツよりも異彩を放つ人物に注目する。着流しを着てスっと歩くと通り過ぎた魔獣は細切れにされていく


剣豪ムタ・タンデント。アンズやムサシ、ファーラの父であり、現役の剣豪である。剣聖が剣を主体に戦う者の頂点であり、剣豪は刀を主体に戦う者の頂点。齢60にしてまだまだ現役であるムタの刀使いの右に出るものはいないとされている


シズクが驚くのも無理はない。ムタは武者修行として各地を転々としており、姿を見るのはこれで2度目というレアな存在であった


「父上!?いつシントに?」


「アンズか・・・母さんから危急の手紙が届いてな。『獲物が沢山来る』とな」


「・・・相変わらずですね・・・」


ふらっと帰りふらっと出ていくを繰り返すムタ。それは長女であるファーラが産まれた時から変わらない。そんな放蕩父が戻って来る理由は国の危機ではなく己の力を試したいだった


「ムタか・・・今頃ノコノコと・・・」


「ムンさん・・・引退したんじゃないのか?」


「無理やり駆り出された・・・孫のこともあるしな。お互い歳を取りたくないものだな」


「私は全盛期ですが?」


「・・・相変わらずだな・・・」


ムンがムタの姿を見かけて魔獣を相手しながら近付くと、ムタは涼しい顔で答え、ムンが引き連れて来た魔獣を一刀の元で斬り伏せた


ゼンが倒れてしまい1人に掛かる負担が大きくなり、兵士が突入して来て混乱を極めていた状況での元四精将とムタの参戦は心強く士気も上がる。劣勢から盛り返し、勝利の道筋が見えてきた



「ウローン!!」


「後は・・・任せ・・・た・・・」


「まったく・・・いつもいつも・・・さて、どうなっている?」


通りすがりの魔獣に跳ねられ気絶するウロンを引きずり踏まれない位置まで運びながら、オッツは戦況を確認する。魔獣は残り少ないが、一体一体が強力な為に気も抜けない。援軍である元四精将達を全面に、兵士達や最初から戦っているモリトやムン達を下げようかと考えていると戦場に変化が訪れた


魔獣の群れが左右に分かれて道を作ると、その道の奥から見知った魔族が現れる。オッツはその魔族を見た瞬間に駆け出し、水の膜で守られているゼンの元へと急いだ


《存外粘るな・・・数の多さだけが取り柄の虫けらの分際で》


「ハアハア・・・隊長・・・薮ドラならぬ薮マゾです」


「・・・あ?・・・薮・・・マゾ?」


「薮を突っついたら魔族が出ました」


「・・・まんまじゃねえか・・・」


魔族、ヘラカトの登場に冷や汗を垂らす。前回のヘラカトからは殺気を感じなかった。しかし、今のヘラカトからは明確なる敵意を感じる。オッツは第2部隊の隊員達に視線を送り、何とかゼンをこの場から逃げ出させるよう合図を送る


《ほう、前回威勢が良かった貴様がやけに大人しいと思ったら・・・半身を失ったか》


「るせぇ・・・オッツ下がれ!・・・コイツは・・・」


「私が相手をしよう」


ヘラカトとオッツの間にスっと割り込んで来たのはムタ。これまで魔獣相手に構える事がなかったが、刀に手をかけしゃがみ込みヘラカトの殺気をいなす


「ムタ・・・さん!・・・ダメ・・・だ!」


「無理をするな、ゼン。今はシズクの治癒で何とか延命してるに過ぎないのだろ?機会を待て・・・その機会は私達が必ず作る!」


《機会・・・機会か・・・まるで勝機でもあるような言い方・・・まだ分からないのか?そんなものは存在しないと言う事に》


「どうだろうな?案外あっさりと私に負けてしまうかもしれんぞ?」


「ムタ!気を付けぃ!奴は普通の魔族とは一線を画す!」


「・・・ええ・・・分かってます・・・腕どころか身体全体が粟立って仕方ない・・・心以外の全てが逃げろと警告してきている・・・だが!」


1度戦った事のあるムンが叫ぶとムタは承知していると頷き、一瞬更に身体を落とすと大地を蹴った


獣のような俊敏な動きでヘラカトの背後を取ると間を取らず首筋に一閃


本来なら首が飛ぶような鋭い一撃も、ヘラカトには通じない


しかし、それを予想していたのかヘラカトが動く前に二撃目を放つ


五輪終之型『天刀』


返す刀は先程とは違い、光を帯びてヘラカトに迫る。光の残像を残し一撃目とは反対側の首筋へと到達した


これで終わるとは思っていない。しかし、ある程度の傷、上手くいけば致命傷すら与えると思っていたムタの思惑は外れる


「・・・化け物が・・・」


手の痺れから、切れない刀で岩を打ち付けたような感覚に囚われる。しかし、実際は長年使っている名刀に加え、奥義とも言える剣技での一撃。この世で切れぬものはないと自負していた一撃だった。その一撃が傷一つ付けることが出来ないことに衝撃を覚える


《その評価は正しくない・・・貴様らが貧弱なだけだ》


化け物と呼ばれて振り向くヘラカト。拳を握る姿を見て、アンズは直感的に父の死を連想し、慌てて飛びかかる


「父上!助太刀します!」


胴に一閃、もちろん『天刀』を使っての一撃だったが、結果はムタと変わらない


《揃いも揃って・・・理解に苦しむな》


「お主らどけ!!『千の剣』!!!」


予め創り出していた無数の魔力の剣。ムタとアンズが飛び退くのを確認すると一気に全ての剣をヘラカトへと放った


まるで集中豪雨がヘラカトの居る場所にのみ降り注いでいるかのように、激しい剣の雨はしばらく続いた


前回はバラバラになったヘラカトが指を飛ばして攻撃してきた。それを警戒してかムンは兵士達に下がるように指示をする


剣豪ムタとと元とはいえ剣聖であったムンの連続攻撃・・・シント国最強の破壊力と言っても過言ではない攻撃を目の当たりにして兵士達が息を飲む


それは凄いという感想で息を飲んだ訳ではなく、通じなかったら為す術もないという緊張から息を飲んでいた


間もなく『千の剣』が起こした土煙が晴れる。全ての者が目を見開き注目していると、絶望がその姿を現した


全くの無傷


『千の剣』が降り注ぐ前と変わらぬヘラカトが佇んでいた


「ここまでハッキリと歩んで来た道を否定されると・・・諦めもつくな」


「そうですか?まだまだ道半ば・・・そう考えればわくわくしませんか?」


「・・・普通、孫が半身失くした状態でわくわくするか?」


「幼き頃を思い出します」


「たわけめ!だから剣豪一家は嫌いだ!」


ゼンはムタの孫にあたる。ムンならば孫があのような姿になっているのを見たら発狂していただろう。しかし、ムタは違う。強敵に出会い血が滾っているのだ


一緒にしないで欲しいと思うアンズであったが、それよりも目の前のヘラカトの事が優先であるとツッコミを止めた。そして、考える・・・今の一撃を超える一撃・・・果たしてそんなものがこの世にあるのかと


《次は何だ?それとももう終わりか?ならば・・・》


トンとヘラカトの頭頂部に何かが当たる。さして気になる衝撃ではなかったが、周囲の者達の視線はヘラカトの上に集中していた。さすがに気になったヘラカトが顔を上げようとすると、頭の上から怒号が響き渡る


「人の息子に・・・なにしとんじゃい!!」


叫び声と共に身体に流れる雷撃。頭上にいたのはファーラ。ナイフをヘラカトの頭に突き立て、その柄に片足を乗せて立っており、怒りと共に足からナイフへと雷撃を流した


《グッ!》


ムタとムンの攻撃では傷一つ付けなかったヘラカトだが、身体の内部まで焦がさんとする雷撃に多少のダメージを受け膝を落とす


「ゼン!!」


ファーラはヘラカトの頭上から飛び降りるとすぐさま横たわるゼンの元へと駆け寄る。ジョウゲンは水の膜を解き、ファーラがゼンの状態を間近で見ると動きを止めた


「ははっ・・・情けねえ・・・」


ファーラは自嘲気味に笑うゼンを見た後に振り返るとキッとヘラカトを睨み付ける


「おのれ・・・おのれ・・・」


口の端から歯を食いしばった時に出た血を垂れ流し、髪を逆立てながら怒り狂う鬼母、ファーラ。近寄りがたいその姿に誰もが言葉を失っていると、アンズが兵士を掻き分けてファーラの前に出た


「姉上!ダメだ!」


「・・・ゴリ・・・」


「誰がゴリだ!・・・そんな事よりも1人で向かっても拉致が明かない!みんなで協力して・・・え?」


アンズが必死に怒れるファーラを止めようとするが、ファーラはヘラカトの更に上空を指さして呟いた


「無理よ・・・あの人も大分怒ってるから・・・」


アンズが指さす方向を見上げると、そこにはヘラカトを見下ろし鬼の形相で浮かぶシンの姿があった


一国の君主として、一人の父としてこの場の惨状を見て穏やかでいられるはずがなかった。ファーラと同様に髪を逆立て、ありったけの魔力を使い能力を発動する


「うわっ」「なっ!?」「剣が・・・」


兵士達の持つ武器が次々と宙に舞い、ヘラカトを中心に乱舞する


《ほう・・・ファスト様の力、それなりに使いこなすか》


「黙って死ね」


武器は徐々に感覚を狭め、武器で出来た竜巻はヘラカトに襲いかかる


ヘラカトの姿が見なくなる程濃密な武器の群れ。武器同士が当たっているのか金属音が辺りに響く


鳴り止まない金属音。次々に地面にへしゃげた武器が落ちていき、見えなくなっていたヘラカトの姿が見え始めた


「これでも無傷か!・・・ムタ!!」


「シンめ・・・私の刀にまで魔力を伸ばしおって・・・ムン爺!準備は?」


「行くしかなかろう!!」


シンやゼンの『操』は自分の魔力を流したものを操る能力。シンは兵士達の武器に魔力を流す為に魔力を放出し、それに触れた武器を操っていた。危うく自らの愛刀までも持っていかれそうになったムタは直前で躱し、ムンの言葉に答えると刀を構えた


「父上、邪魔」


斬りかかろうとするムタを押し退け、ファーラがスっーと息を吸い込むと両手を上にあげ叫んだ


「『雷槌』怒りバージョン!!」


轟音を轟かせ眩い光を放ちながら、極太の雷がヘラカトに落ちる。突然の出来事に全員光を避けるように顔を背けるが、しばらく耳と目が機能しなくなる


この一撃ならもしや・・・と徐々に戻る視力でヘラカトを確認すると三度の絶望に追いやられる


《随分刺激的だな・・・一つだけ・・・生き残る機会をやろう。クオン・ケルベロスの家族・・・父、母、妹を差し出せ。さすれば今回は引き下がろう。なんならそこの男の治療もしてやろう・・・我ならば出来るぞ?》


まるで何事もなかったように喋るヘラカト。ファーラは膝を落とし、シンも魔力が尽きたのか無言でゆっくりとファーラとヘラカト間に降り立った


「・・・クオンは天涯孤独と」


《ジュウベエ・ハガゼン・・・奴から聞いた。もしこの機会をふいにするのであれば我と魔獣が力づくで奪い去ろう。3人の身柄とここにいる者達の命・・・天秤にかけ答えを出せ》


ジュウベエの名を出され、クオンに親兄妹は居ないと告げようとしたシンの言葉は止まる。昔の勘を取り戻したファーラの一撃を凌がれた時点でシンは勝利を諦めていた。シンが君主としてやるべき事はこれ以上犠牲を増やさない事・・・もしくは最小限に抑える事だった


「・・・ここには居ない・・・街にも・・・探してくるから猶予を・・・」


「俺がモリト・ケルベロスでこっちがリナ・ケルベロス。クオンの父と母だ。シンの言う通りクオンの妹であり、俺らの娘のサラ・ケルベロスはここには居ない。俺ら2人だけではダメだろうか?」


「モリト!!」


《3人だ。1人も欠けてはならぬ》


「くっ・・・後生だ・・・頼む・・・」


《くどい。貴様らは何かを頼める立場でない事を知れ。主の言葉を至言とし、即座に行動に移せ・・・種を存続させたいのであればな・・・》


「・・・誰かサラを連れて来てくれ・・・」


「あなた!」「モリト!」


誤魔化しは一切通じないと判断し、モリトはキツく目を閉じると兵士に頼んだ。リナとシンが同時に叫ぶとモリトは首を横に振る


「殺される訳ではないだろう・・・連れて行かれたとしても生き残るチャンスは・・・」


《ああ、言い忘れていたな。クオン・ケルベロスの家族を必要としている理由はその身にある核に用があるだけだ。主が核を抜き去った後、女はゴブリン共の苗床に・・・男は魔獣か魔族の種馬にでもしてやろう。核を抜かれてどれだけ生きれるか知らぬがな》


クオン二対する人質にでもなると予想していたモリトの身体が粟立つ。連れて行かれれば死は確実・・・そんな所に妻を・・・娘を・・・連れて行く訳にはいかない・・・が、連れて行かねばゼンは疎かこの場にいる者達や街の者達が殺されてしまう。モリトはジレンマに陥り動きを止めた


「・・・ゼン・・・キック・・・」


誰もが苦渋の表情をしている時に弱々しい声が聞こえた。意味の分からない言葉を発したのはゼン。『ゼンキック?』と疑問に思っているとゼンから離れていた下半身がふよふよと浮かびヘラカトの顔面に蹴りを放つ


《・・・これが答えか?》


「ああ・・・くたばれクソ魔族・・・」


その蹴りを避けもせず顔面で受け止めたヘラカトはゼンを見つめる。そして、答えたゼンへの返答代わりに蹴りを放った下半身に魔力を流した


パンと音を鳴らしゼンの半身は跡形もなく消え去る。シンやファーラ・・・モリトらはその光景を見て言葉無き叫びをあげる


《そこの2人以外用済みだな・・・ジュウベエの親族含めて許可は出ている。灰となれ》


火球と言うにはあまりにも巨大な火の塊がいくつもヘラカトの頭上に展開される。辺りの温度は一瞬にして上昇し、熱風顔面押し寄せる。何が起きるか即座に理解した者達が行動をとる開始するが、ヘラカトはそれを嘲笑うかのように無言で火球を放つ


鳴り響く轟音


モリトとリナを避けるように火球は次々と着弾し、地面を弾けさせ、人を燃やし尽くす。一瞬の出来事にモリトがようやく振り返ると死屍累々たる惨状が広がっていた


「そんな・・・そんな・・・」


力の差をありありと見せつけられ愕然とするモリト。視線の端に辛うじて水の防御膜が張られて無事だったシン達が映るが、それ以外の者達は倒れ、焼かれ、息絶える


《さて、後始末は任せて我はクオン・ケルベロスの妹やらを探すか・・・素直に聞いてれば良かったものを・・・今後の教訓とするが良い・・・生き残れたらな》


止まっていた魔獣が再び動き出す


更に奥にある隙間から新たな魔獣が続々と出て来るのが目に入る


誰もが思考を停止し、死を受け入れた


半身の男以外は


「さっさと・・・来やがれ・・・クソクオン・・・」


薄れゆく意識の中悪態をつくゼン。周囲が地獄のような光景に悲観し絶望しても、ゼンだけが生気を瞳に宿し、ヘラカトと魔獣達を睨み付ける。死は確実に近付いていた


「早く・・・早くしろ・・・クオン──────」

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