表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『統べるもの』
103/160

4章 22 ゴブリンの巣

《・・・なるほどな。ディートグリスはデサシスが手間取っており、サドニアでは差し出された贄は処分するも魔獣はほぼ全滅・・・バースヘイムに至っては1人の少女に翻弄され、シントは交戦中と・・・なかなかやるではないか、人も》


《ファスト様のお言葉に従ったのはサドニアという国だけ・・・しかし、そのサドニアも贄の数は少なく、勝手に魔獣を始末しております・・・いかが致しましょうか?》


《捨ておけ。4つの国で唯一従う意思を見せたのだ。贄の数も魔獣の処分も問題あるまい。それよりバースヘイムだ。ディートグリス以外の天族の邪魔がこうも早いとはな・・・》


ファストは困った顔をしてため息をつく。しかし、切羽詰まった訳ではなく、少し面倒が増えた程度。余裕は随所に見られた


現在ファストは新たに建てた城にいる・・・と言っても魔獣の収容場所として簡素に建築された物であり、1階部分にだだっ広い魔獣を収容する部屋と2階にファスト専用の部屋があるだけだった


そこで人の世で行われている魔獣を使った人減らしの途中経過を聞いていた


報告しているのは魔獣を管理するシューネ


椅子に座りため息をつくファストを見て口を開く


《各地に増援を送りますか?》


《・・・サドニアには不要、ディートグリスもデサシスが天族めの結界を開かねば魔獣が増えたところで魔素をいたずらに消費するだけだ。送るならバースヘイムとシントにだな。合わせてテギニスとヘラカトに動くよう伝えろ。テギニスは天族の相手をし、ヘラカトは・・・シントにいるであろう『禁』の持ち主を連れてまいれと伝えろ》


《未だ・・・》


《うむ・・・これ程手こずるとは思ってもみなかった。確実に力は感じるのだが・・・他の『禁』を取り込んで同じように使えぬのか調べたい。もしかしたらマルネスの『黒』が邪魔してるやもしれんしな》


《かしこまりました。ではテギニス様とヘラカト様にはそのように・・・》


《・・・シューネよ。同じ五魔将となったのだ・・・敬称は要らぬだろう》


《ついクセで・・・慣れるよう努力します》


《仕方がないか・・・君にとっては突然の出来事だったからな》


《私にとっては・・・つまり、ファスト様にとっては偶発的ではないと・・・》


《もちろんだ。少々思い描いた展開とは違ったがな・・・》


ファストの言葉でシューネは思い出す。それはようやくファストが核の『禁』を取り除く事に成功した後の事──────




ゴブリンの管理をしていたシューネはマルネスを抱えるファストとニーナを連れたデサシス、そして、レッタロッタと共にゴブリンの住処へと向かっていた


《いやにご機嫌ですね・・・レッタロッタ様》


《そう?・・・そうね、あの男・・・いつも余裕ぶっていたから気絶するまで痛め付けて清々したのかも・・・それよりもゴブリンの住処はまだ?》


《ちょうど着きました。こちらです》


階段を降り、地下に到着すると重厚な扉があり、シューネは扉を押し開けた


ファストの居城の最下層・・・地下に当たるその部屋は扉を開けるとすぐに通路が左右に分かれており、中央部分は空洞となっている


《この部屋は二重構造となっております。今立っている場所が上部・・・そして、ここより望める場所・・・下部の広間にてゴブリンを繁殖させているのです》


シューネの説明を聞いてレッタロッタが空洞部分を覗き込むと蠢くゴブリンが見え顔を引きつらせる


《醜悪ね・・・ゾッとするわ》


魔族は総じて美形揃い。色白で体型もスラリとしている。一方ゴブリンはと言うと目が異様に大きく鼻が歪に伸び、口は大きく裂けており、耳は尖っており、腹が出ていて背も小さい。魔族とは対称的な生物であった


「うっ・・・ここは・・・」


蠢くゴブリンの奏でる不快な音が原因なのかマルネスは意識を取り戻し状況を確認する。異臭、呻き声、気絶する前のファストの言葉から凡その見当を付けたマルネスが視線を鋭くしファストに向ける


「いつからこんな悪趣味となった?」


《趣味ではなく、飽くなき好奇心だよ。どんなゴブリンが出来上がると思う?使えそうなら先兵にでも採用してあげよう》


「それを悪趣味と言うのだ・・・今の妾は人ぞ?魔族で試すと言うてなかったか?」


《おお・・・なるほど、つまり魔族に戻るのにその布を外せと?》


《ファスト様!》


心配するデサシスがファストを止めようとするが、ファストはそれを手で制し、マルネスに巻かれた封印の布に手をかける


《クオン・ケルベロス・・・奴が生を全う出来るか否か・・・分かるね?》


「・・・」


シュルシュルと封印の布は解かれ、マルネスは本来の魔族へと戻る。見た目は変わらないが、雰囲気はかなり変わり、デサシスとレッタロッタは警戒し、シューネは息を飲む


《妾が死してもクオンの命はない・・・逆らっても同じ・・・だが、ここにいる者達を瞬殺しクオンの元へと向かうとは考えぬのか?》


《出来はしないさ。君とは長い付き合いだ・・・出来ないのは知っている》


《くっ・・・知ったげに・・・》


睨むマルネスの視線を背後に回り躱すと、ファストは耳元で囁く


《100体だ・・・それで解放してあげよう。なーに、100体などすぐだ・・・なんならそこの人と合わせてでも良いぞ?》


何を100体か・・・言われずとも理解しマルネスは目を見開く。ファストの囁きは俯くニーナにも届いていた。青白い顔は一層青ざめ、もはや生気を感じられないほどであった


反面、マルネスは拳を握り、顔を紅潮させ歯を食いしばる。このまま全てを投げ出しファスト達と戦えればどんなに楽か・・・しかし、マルネスの全てとはクオンを指す。それだけは・・・と強く拳を握り締め、血を滴らせた


自由奔放なマルネスに少なからず翻弄されてきたファストはマルネスの様子を見て支配欲は満たされ悦に入る。これでマルネスがゴブリン如きに襲われ、犯されている様を見た時、どれほどの快感を得られるのか・・・想像しその顔を部下に見られまいと手で隠す


《・・・フッ・・・そこな人よ・・・喉が乾けばゴブリンの尿を喰らえ、腹が減ればゴブリンの糞を喰らえ・・・ハハッ・・・せめてマルネスの負担を減らすよう50体は産むよう心掛けるのだな・・・ハハッ・・・フハハハッ!》


込み上げてきた笑いが堪えきれず、隠していた悦の表情は隠しきれず、ファストはニーナを見下ろしながら言い放つ


これから待つ最低最悪の仕打ちが確定する


100体という数字の意味を理解しないようにしていた。しかし、ファストはハッキリと言ったのだ。『産め』と


身体が震える


デサシスに腕を掴まれていなければ立つことすら難しいほど力が入らない


ファストはデサシスに視線を送ると、デサシスは頷きマルネスの腕を掴むと中央に広がる空洞の傍までと連れて行く。1歩進めば奈落の底・・・その手前まで連れて来られ、2人は息を飲んだ


近付くと見えてきた薄暗い中で2人を待ち侘びるゴブリン達。見ないようにしていたものが見えてしまい、途端に現実味を帯びる


「ヒィ・・・イヤ・・・」


ニーナの足元に水滴が溜まる


それを恥じる余裕すらないニーナを見てマルネスが後ろを振り返った


《・・・後生だ・・・妾だけにしてはくれぬか?》


《ほう?せっかく負担が減ると言うのに・・・自ら100体を孕むと?》


《・・・そうだ・・・》


《・・・くくっ・・・いや、失礼。良いだろう・・・ああ、ちなみに記念すべき100体目の時にはクオン・ケルベロスを連れて来てやろう。目の前で醜悪なゴブリンを産み落とす姿を見て彼がどんな顔をするか・・・今から楽しみだ》


《ファストォォォ!!!》


《・・・やれ・・・》


怒りが沸点に達し、猛るマルネスは無情にも奈落の底へと落とされる。不意な事でバランスを崩すが、何とか足で着地し身構えた


《威圧するな!抵抗するな!受け入れろ!少しでも抵抗の意思を見せた時、クオン・ケルベロスは亡きものと知れ!》


《くっ!》


上からファストが叫ぶ。まだゴブリン達は警戒してか落ちて来たマルネスを囲み襲っては来ていない。しかし、その目はマルネスを舐めるように見回し、ヨダレを垂れ流しこれから行われる事に思いを馳せている


手に魔力を込めながらゴブリンを睨みつけるマルネス・・・しかし、クオンの顔が過ぎると魔力はフッと消え去った


次の瞬間、ザッと音が聞こえ振り向くとそこにはニーナが立っていた


《ニーナ!?・・・ファスト!貴様!!》


「違う・・・私が自ら飛び降りた」


《なっ!!》


ニーナは首を振り、真っ直ぐにマルネスを見つめる。その表情は先程までの恐怖に歪んだ表情ではなく、どこか吹っ切れいつものすまし顔であった


「貴女に助けられ・・・『助かった』と思った瞬間、『法の番人』ニーナ・クリストファーは死にました。死人が何をされようと・・・恐れることはありません・・・」


《・・・はっ、死人でも尿を垂れ流せば恥じると思うがのう》


「・・・クオンには黙っててくれませんか?」


《・・・ならば数で決めるか?妾より上回ったら考えてやろう》


「びっくりするほど下劣な勝負ですが・・・受けて立ちます!」


何の数かはあえて言わない。ちょっとした事で保たれた精神は崩壊しそうなのは互いに分かっていた。マルネスとニーナはゴブリンに向き合い深く息を吐く・・・自然と2人の手は繋がれていた


《理解出来ぬな・・・助かったものを自ら放棄するとは・・・》


《ここで残っても・・・と、悲観したのでしょう。やはり合わせて100体で?》


《下らん・・・自ら約を違えたのだ・・・合わせて200体だ》


《かしこまりました》


デサシスは返事をし、ファストの意思を聞いたかとシューネに視線を送る。シューネはその視線を受け取り頷いた


《・・・にしてもゴブリン共は何をしている?無抵抗のものを襲う気概もないのか?》


《どうでしょう・・・シューネ!》


デサシスはゴブリンを管理しているシューネを呼び寄せる。するとシューネは下を覗き込みゴブリン達の様子を見た


《恐らくですが・・・マルネス様に漂う雰囲気に気圧されているのかと・・・無抵抗と分かれば容赦なく襲いかかると思われますが、それを確認するのに犠牲になるのは嫌だと押し付けあってる・・・そんな状態ですね》


《言葉も意思も通じないとは面倒だな・・・マルネス!このままではいつまで経っても100には到達出来ぬぞ?自ら脱ぎ、無抵抗をアピールしたらどうだ?それともそのまま飛び降りた女が朽ち果てるのを待つか?私はどちらでも構わないぞ?》


上からファストの声が響き、マルネスは顔を歪めた。魔族は魔素さえあれば水も食事も必要としない。だが、ニーナは人・・・水はもちろん食事、それに睡眠も必要となる。ずっとこのままゴブリンが躊躇している状態でやり過ごす事は不可能であった


《・・・くっ・・・》


「マルネス!?」


左手はニーナと手を繋いだまま右手で胸元を広げる。ファストの言葉通りに動くのは癪だが、このままでは埒が明かないのも事実。服をはだけさせるとゴブリンの目の色が変わり、ジリジリと距離を詰めてくる


《どうした?手の汗が凄いぞ?もう負けを認めてクオンに恥部を晒すか?》


「多汗な年頃なのよ!」


《そんな年頃はない・・・ほれ、来るぞ!》


辛抱堪らなくなったのか、先頭にいたゴブリンがマルネス目掛けて飛び上がる。それに続こうと更に距離を詰める周りのゴブリン・・・反撃する訳にもいかず、マルネスがぎゅっとニーナの手を握ると胸元から何かが飛び出した


《クーネ!!》


胸元から飛び出したクーネがゴブリンの顔に体当たりし、そのまま旋回する。まるでマルネスとニーナを守るように飛び回ると威嚇するように鳴いた


〘魔の世・・・と・・・人の世・・・では・・・難しい・・・か・・・〙


鳴いた後、クーネからは人の言葉が紡ぎ出される。ゴブリンは再び警戒し、ファスト達は何が起こったのかと眉をひそめた


《魔物・・・でもないな。ゴーレムか?》


〘何を・・・言っているか・・・聞き取れぬが・・・見えているぞ・・・無粋な真似を・・・しおって・・・〙


《・・・》


《・・・!!》


ファストが顎に手を当て、飛び回るクーネを凝視する。マルネスは声の主に気付き、そんな機能は聞いていないと困惑するが一先ず助かった事に安堵した


すると更に物陰から誰かがゴブリンの待つ奈落へと飛び降り、マルネスとニーナの前に立つと剣を構える


《・・・どういう事かな?・・・ジュウベエ》


「それはこっちのセリフかな~?ファスト様・・・約束が違いますよ~?」


現れたのはジュウベエ。剣先はゴブリンに向けているが、視線はファストを射抜く。ファストはそれが気に食わず、上機嫌だった表情を曇らせた


《約束?マルネスは君の親族か何かとでも言うのか?》


「・・・約束はボクの親族とクオンに手を出さない事・・・ボクの親族は爺ちゃんだけだから実質2人だけ・・・覚えてるよね~?」


《確かにそのように言った覚えはあるが・・・》


「なら、マルネスに対してクオンを人質にするのはどういう事かな~?クオンはボクとの約束で手を出さないはずなのに、マルネスに対して『抵抗すればクオンを殺す』って言うのは道理に合わないと思うけどなぁ~」


《・・・デサシス、私はそのような事を言ったか?》


《さあ?私は聞いておりませ・・・》


「『威圧するな!抵抗するな!受け入れろ!少しでも抵抗の意思を見せた時、クオン・ケルベロスは亡きものと知れ!』だっけな~。廊下を歩いてるボクの耳にもハッキリと聞こえたよ~」


白を切ろうとするファストだったが、ジュウベエがファストのモノマネをすると無表情となり目を細める


《ここにはゴブリンしかいないはずだが・・・一体何の用で廊下にいたのかな?》


「マルネスとは顔見知り・・・連れて行かれるのを見て気になるのは仕方ないと思わない~?別に助ける気はなかったけど、クオンをダシにするのを少し違うんじゃないかな~?」


《少々言葉が過ぎるのでは?貴女との約はクオン・ケルベロスに手を出さない事。ファスト様は約を違えてる訳では無い》


「そう~?手を出さない者を脅しの道具として使うなんて・・・安っぽい詐欺師みたいだけど~・・・」


《貴様!言葉を慎め!!・・・ファスト様?》


声を荒らげるデサシスを手で制し、ファストはジュウベエを見つめた。そして、険しい表情から一転、表情を和らげる


《確かにな。些事ゆえ忘れていたが、確かにクオン・ケルベロスの安全は保証されている。ならばやり方を変えればいいだけの事・・・私がマルネスを操り、ゴブリンに襲わせればいい・・・それだけの事》


《ほう?黙って聞いておれば・・・お主に妾が操れるとでも?》


《マルネス・・・原初の八魔と呼ばれていた時と同じと思うなよ・・・今の君は核も半分、私は自らの核とアモン・・・そして、君の核を手に入れたのだ!》


《にしては余裕がないのう・・・もしかしてクオンと妾の核・・・上手く操れてないのか?》


《・・・》


先程までとは打って変わって余裕の笑みを浮かべるマルネス。飛び回っていたクーネも落ち着いたのかマルネスの肩に止まり羽を休める


マルネスはジュウベエに目配せするとニーナを担ぎ飛び上がる。デサシスとレッタロッタはファストとの間に入り、身構える


《核は元の主人に似るらしいね。ガサツで身勝手だ》


《繊細で従順な妾を御せぬからと言って存分な物言いだのう。さて、それではそろそろ試してみるか?お主が妾を操れるか・・・妾がお主らを屠れるか》


ニーナを地面に下ろすと指を鳴らし威嚇するマルネス。単純に核だけで言えばファストが遥かに格上であり、操れるはず。が、その確証はなく、失敗すればこれまでの全てが露と消える。無理に戦う必要がない分、ファストは迷っていた


「勝手に話を進めないでもらえるかな~?ファスト様はボクとの約束を守ってくれてる・・・だから、これ以上暴れるならボクは君の敵だよ・・・マルネス」


《お主も存外ややこしい立ち位置におるのう・・・》


「そうでもないよ~。クオンの弱点を教える代わりにクオンの命を助け、人の情報を教える代わりに爺ちゃんの命を助ける・・・他は要らない・・・マルネスも『他』ってだけだよ~」


《なるほど・・・確かに分かりやすいな・・・で、この場の落とし所はどこだ?》


「ん~・・・ファスト様、どうします?」


《・・・その話は当初の予定を済ませてからにしようか・・・デサシス!》


《ハッ!》


デサシスはファストに呼ばれると、構えを解きシューネの元へと歩き出した。シューネは訳が分からず首を傾げるが、次にファストは目の前で身構えるレッタロッタに命令をする


《レッタロッタ・・・自らの核を抜け》


ファストの魔技『操』が発動し、レッタロッタは無意識に自らの胸を貫き核を抜き出す。それと同時にデサシスはシューネの胸辺りを『開き』核を抜き去った


《なっ!?》


なぜ私の核を・・・驚きに目を見開くシューネに何も言わず、デサシスは抜き取った核をファストに渡すと代わりにレッタロッタから核を受け取りシューネの元へ


《さて、どっちがレッタロッタで・・・どっちがシューネだと思う?》


マルネスを見て微笑むとファストはレッタロッタにデサシスから受け取ったシューネの核を埋め込み、デサシスはレッタロッタの核をシューネに埋め込んだ


魔族は核が本体と言われている。その言葉が正しいのならシューネの身体を持つレッタロッタが誕生し、レッタロッタの身体を持つシューネが誕生するはずだ


《バカが・・・何を・・・》


《疑問に思わないか、マルネス。核が本体ならば、この身はなんだ?ただ存在するだけなら核のみでも充分ではないか?私達は・・・魔族とは何なのか・・・その一部を解明するための実験だよ。さあ、答えろ・・・君は誰だ?》


魔技を解き、髪を掴んでレッタロッタの身体に問う。するとレッタロッタは掠れる声で答えた


《私は・・・レッタロッタ・・・ファスト様・・・なぜ・・・》


《やはりそうか!シューネ・・・君はシューネか?》


《は、はい・・・妙な気分ですが・・・私はシューネです》


核を入れ替えても人格は変わらない。つまり魔族は本体が核というのを否定する結果となる。その答えに満足しているファストにレッタロッタが縋り付く


《ファスト様・・・なぜ・・・私は・・・》


《君には言ったはずだ・・・『次はない』と。聞いていなかったのか?》


《それは・・・次の失敗がない・・・という意味では?・・・》


《それは勝手な解釈だ。君にはもう・・・次はない・・・ただそれだけだ》


《そ、そんな・・・》


ファストの言葉を聞き崩れ落ちるレッタロッタをデサシスが髪を掴み引きずる。向かうのはゴブリンが待ち受ける奈落の底・・・


《お、お待ち下さい・・・ファスト様・・・次こそは・・・必ず・・・》


《傷は浅いようだな。魔族がゴブリンの子を産めるか・・・その産まれた子の強さは如何程か・・・次のない君が行き着く場所としては最適だろ?》


《そ・・・いや・・・いやあああぁぁぁ!!!》


ファストへと手を伸ばすが、デサシスに落とされたレッタロッタ。転げるように落ちるとマルネスのような強者の雰囲気を感じなかったのかゴブリンはすぐにレッタロッタへと群がった


突然の事で頭がついていかなかったマルネス達。頭を整理してようやく理解する・・・本来自分達が受ける可能性のあった恥辱をレッタロッタが受けていると


《ファスト!!貴様!!!》


《優しいな、マルネス。敵であり、弟子の核を奪った者の心配をするか?》


《な・・・に・・・》


《クゼンだったか?その魔族の核を砕いたのは紛れもなくレッタロッタ・・・今ゴブリンと戯れている魔族。ちなみに私はレッタロッタに命令などしていない・・・自らの判断で核を砕いたのだ。・・・それでも君は彼女に同情し、助けると言うのか?》


《クゼンが・・・》


《私の実験を妨げると言うのなら、代わりのものを出してもらおう。魔族とゴブリンの子を作る実験・・・今の君には自らの身を差し出す以外に手はないと思うが・・・どうだね?》


レッタロッタを助けるならマルネスがゴブリンの子を産め・・・そうファストは言い放つ。眼下で行われる非道を許す事は出来ない・・・しかし、マルネスには身を張る理由も、危険を冒して助ける理由もなかった


《出来ぬであろう?あっちもこっちも助けられるほど、君に力はない・・・ジュウベエ、もしマルネスがレッタロッタを助けると私に牙を向けた時、君はどっちの味方となる?》


「・・・当然、ファスト様の味方に~」


《なっ・・・ジュウベエ!?》


「勘違いしないでよね、マルネス~。ボクは君を助けた訳では無い・・・君がクオンの進退を握ってるのが許せなかっただけ・・・クオンの進退を握ってるのはボク・・・このウォール・ミンだけなんだから~」


《お主・・・》


奈落の底からは絶え間なくレッタロッタの助けを求める声が聞こえてくる。そして、ゴブリンの歓びの声も・・・聞くに絶えないその声にマルネスは顔を歪め身体を震わせる


《さあ、では本題に戻ろう。クオン・ケルベロスの命はジュウベエが握っている・・・そうなるとマルネス・・・君は私の命令に従う理由はない。ちなみに私は今の君には興味無い。私の邪魔をしなければそこな人と共に何処となりと行くがいい》


《・・・》


相手にされていないような物言いに苛立ちを覚え睨みつけるマルネス。しかし、ここで暴れればジュウベエをも敵に回す事になる。マルネスがグッと我慢をしていると、その様子を見ていたファストがある事を思い出す


《・・・ジュウベエ、情報を・・・マルネスの肩にいるものを創った人物、分かるか?》


「ん~、恐らくチリだね・・・シント国四精将『土』のチリ・ネイダル」


《バッ!ジュウベエ!!》


《ファスト様・・・確かその名は・・・》


《うむ、あの情報の提供者か・・・》


平然と答えるジュウベエにマルネスが驚く。デサシスはチリという名前を聞いて思い出し、ファストに振り返るとファストも思い当たったのか呟き頷いた


マルネスは自然と手の平に魔力を集め、ファストの命を絶とうと動こうとするが、それを制するように首元にジュウベエの剣がスっと置かれる。殺意はない・・・が、動けば殺られると瞬間的に理解した


「言ったろ~?ボクはファスト様の味方・・・君の出る幕じゃないよ~」


《ジュウ・・・ベエ・・・》


ジュウベエを良くも悪くも恋敵として見ていたマルネスはジュウベエの行動に疑問を持つ。たとえこれがクオンを助ける行動だとしても・・・クオンの命が助かったとしても、クオンに嫌われては意味はないのではないか・・・そう考えるマルネスの眼差しを受け、ジュウベエはフッと笑う


「これが()()だよ・・・マルネス」


見つめ合う二人。真意までは理解出来なかったが、マルネスは矛を収め、それを確認した後にジュウベエも剣を収めた


《それでいい・・・後は自由にしたまえ。もし逆らえば・・・いや、止めておこう・・・充分理解しているだろう。シューネ、しばらく経過観測を・・・手足の自由は奪っているが、もし逃げようとしたら取り押さえろ》


《ハッ!》


ファストは元五魔将のレッタロッタに視線を送る。その視線は憐れみでも悲しげでもなく、ただのモノを見るかのような視線。とても部下だった者に向ける視線ではなかった


踵を返しマルネス達をまるでいないものと言うようにそのままその場を後にする。それに付き従いデサシスが続く


《デサシス、先程ジュウベエの言っていた人物を確保せよ。それとテイラーだったか・・・捜索にジュウベエを充てよ》


《ハッ!・・・しかし、なにゆえジュウベエを?》


《奴は鼻が利く。利用価値としてはそれで最後・・・お役御免となる》


《なるほど・・・では、そのように・・・》


デサシスは立ち止まり礼をし、ファストが立ち去るのを待つと振り返る。ジュウベエのいる部屋に戻る為、再び歩き出した




《いつまでいらっしゃるおつもりで?》


新たな五魔将となったシューネが動かぬマルネスを見て言うと、マルネスはキッとひと睨みして部屋を後にする。慌ててニーナも続き、最後にジュウベエが剣をしまうと両手を頭の上に置き、ゆっくりと部屋を出た


《・・・ああ・・・私の核が・・・汚されていく・・・》


シューネは下を覗き込み、眉をひそめる。新たな核が自分の胸の中で脈動するのを感じながら──────





《そのジュウベエですが、何やら怪しい動きが見られます・・・どう致しますか?》


自らが五魔将になった時の事を思い出していたシューネは思い出したようにジュウベエの行動をファストに報告する。ファストは少し考えた素振りを見せると立ち上がり部屋の外を見た


《ジュウベエの行動はイマイチ読めん。聞いていた『人』という生物の動きとは少し違う・・・いや、逆にあれが『人』本来の姿か・・・もう奴には利用価値はない・・・殺せ》


《ハッ!》


《・・・いや待て・・・奴の核は少々気になる。殺すにしても核は壊すな》


《ハッ・・・連れている人とテイラーの子は・・・》


《興味無い・・・核ごと始末しろ》


《ハッ!》


ファストの命を受け、シューネは足早に立ち去った。残されたファストは再び部屋の外を覗き込み、満足気な笑みを浮かべる


《もう少しだ・・・もう少しで我が手に・・・》


手で何かを掴む仕草をし、その握ったものを見つめるファスト。部屋にあるデサシスが残した隙間には各地の人と魔獣の争いが映し出されている。それすらも興味無くファストは自らの手の中を見続けた


手中に収めた未来を──────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ