4章 20 パレード②
人の世が混沌に満ちている中、ほぼ同時期に魔の世で行動を開始する者がいた
ジュウベエとレンドである
「ちょっ、ちょっと待って下さい・・・何がなにやらさっぱりで・・・」
テンを抱えながら足早に歩くジュウベエに何とか追い付くとそのまま前に回り込みジュウベエの足を止めさせた
「なに~?急いでるんだけど~・・・」
「説明を・・・『行く』ってどこに?」
不機嫌そうに立ちはだかるレンドを見上げ睨みつけるジュウベエ。そのジュウベエに対してレンドに抱えられてるテンが『うー』と唸り声を上げるとレンドはテンをあやしながらジュウベエに問い質す
ジュウベエに気絶させられたレンドはいつの間にか囚われの身になっていた。場所も分からずただ運ばれて来る食事を食べる毎日。そして、それまで姿を現さなかったジュウベエが突然現れ、レンドとテンを連れ出して現在に至る
「決まってるでしょ~?クオンを助けに行くの~。少年もその為にここに来たんじゃないの~?」
「いや、そうですけど・・・突然過ぎて・・・」
「突然も何も・・・元からこの時を待ってたんだよ~。奴らが人の世を攻め込む時を~」
「えっ!?」
「奴らの目的は人の世と間の世を統べる事。その為にクオンの器を欲しがった。それを手に入れてファストはとうとう動き出した・・・人の世と魔の世を統べる為に・・・」
「ちょっ・・・クオンさんの器を?それに人の世に攻め込むって・・・」
不穏な言葉を平然と並べるジュウベエにレンドが待ったをかけるが、ジュウベエはそれに答えずレンドを手で押し退けて進み出した
ジュウベエの後ろ姿を見た後にテンと目が合う。この子を幸せにするのが今のレンドの願い。その願いを叶えるはずの人の世が魔族の襲撃に合っていると聞いて居ても立ってもいられない気持ち・・・もちろん人の世で暮らす両親や知り合いも気がかりだ。テンを人の世に送り届けた後にクオンを捜索するという目論見は脆くも崩れ去り、ジュウベエの言葉を信じるのならどの場所でも危険が付きまとう事になる
「最悪だ・・・でも・・・」
頭を掻いて再びテンを見つめると、覚悟を決めて先行くジュウベエの後を追う
抱えたテンを決して離さぬようにギュッと抱きしめながら──────
ジュウベエは迷うこと無く突き進む。ここはファストが人の真似をして建てた居城。ファストや五魔将、それに囚われているクオンが居る場所なのだが、現在は少し様変わりしているらしい
「ファストは魔獣を乱獲し、1箇所に集めていた。手持ちの魔族じゃなくて魔獣に人を襲わせる算段らしいけど数が数なだけに別に建物を造らせそこに収容していた・・・今はそっちの建物に全員行っているからクオンを救う絶好の機会なんだ」
「・・・ジュウベエさんですよね?」
「な~に?ボク以外の誰に見えるの~?」
普段のホワンホワンとした雰囲気と狂気を感じる物言いがなりを潜めている為に思わず偽物なのではと疑ってしまうレンド。しかし、普段の会話はいつも通りで少し安心する
「あっ、いや・・・」
「少年が聞きたいって言うから説明してるのに~・・・。今まで居た場所はボクが特別に造らせた建物。で、ここがファストの城。魔族は見張りとか立てないからクオンの所まで一直線で行けるよ~」
「造らせた・・・ご飯も人のものでしたし、いたり尽くせりですね」
「でしょ~?まっ、ファストは人なんてこれっぽちも脅威に感じてないからね~。ボクが何をしようとお構いなし・・・自由に動けるから良いんだけどね~」
『良い』と言いながらもジュウベエは少し悔しそうな顔をしていた。相手にされないイコール取るに足らない存在と思われているようで面白くない
「つまり・・・ジュウベエさんはクオンさんを助ける機会をうかがっていて、今が千載一遇のチャンスであると?」
「そそ。ファストは事クオンに関しては慎重だったけど、それも器を完全に奪ってからは緩くなった。それでもまだ完全に力を使いこなせてないからまだ手を出してないけど、使いこなせたら用済みとして処分するだろうね~。だから、今回が最後のチャンスでもあるんだけどね~」
1階の長い通路を渡りきり、2階への階段を目の前にしてジュウベエは立ち止まる。城の構造は外観の人の世の建物と酷似しているものと違い雑な造りであった。長い廊下に各部屋に入る扉がひしめき、廊下を過ぎると上と下に向かう階段がある。1階なのに下への階段があるということは地下もあるのかとレンドが驚いているとジュウベエは驚いているレンドを見て複雑な表情をした
「ここから最上階まで上がればクオンのいる部屋に辿り着く。下は・・・」
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』
「・・・関係ない」
ジュウベエの話途中で下から女性の呻き声が聞こえ、レンドに抱えられていたテンが恐怖を感じてギュッとレンドの肩を持つ手に力を込める。レンドは下への階段とジュウベエを交互に見てパクパクと口を開くがジュウベエは素知らぬフリをして上への階段へと向かった
「ちょちょっ・・・ジュウベエさん・・・今のは・・・」
「関係ないって言ったろ~?どうせどっかの魔族がゴブリンの子でも産み落としてるのさ~」
「なるほど・・・そりゃあ、おめでたい・・・魔族がゴブリンの子を・・・って、えぇ!?」
「うるさいなぁ~。さっさと行くよ~」
ジュウベエは驚くレンドを面倒臭そうに突き放し、1人階段を上がって行く。残されたレンドはじっと下り階段を覗き喉を鳴らした後に首を振るとジュウベエの後を慌てて追うのであった
階段を上りきり、最上階の通路に出ると1つの部屋の前に佇むジュウベエ。ようやく追いついたレンドがジュウベエの後ろに着くとジュウベエは何も言わずに部屋のドアを開けた
「チッ!」
「ジュウベエさん!?」
部屋を開けて飛び込んできたのは部屋の中央で佇む1人のメイド。まだ幼いメイドの少女はスカートの裾を摘み仰々しく礼をする。それを見たジュウベエが柄に手をかけ舌打ちするが、レンドはわけも分からずジュウベエを止めた
頭を下げていたメイドの少女、ミーニャが顔を上げ無機質な瞳でジュウベエを見据えると口の端を上げて形だけの微笑みを作り言葉を発した
「お待ちしておりました──────」
時の刻み方は違えど奇しくも同時刻、人の世では終わりを告げるパレードが開かれ魔の世では希望の種が芽吹き始める
その全てを見、その全てを知る者、カーラ・キューブリックが立ち上がる
魔族には珍しい黒いドレスに身を包み、しゃなりしゃなりと1つの隙間の前まで歩くとドレスが汚れるのも構わずに片膝をついて口を開く
《ディートグリス王国、魔獣多数にデサシス。サドニア帝国、魔獣多数にジンド。バースヘイム王国、魔獣多数にテギニス。シント国、魔獣多数にヘラカト。以上、配置完了しました。戦況から見るに増援が必要な場所はバースヘイム王国及びシント国でしょう》
カーラの報告を聞いた隙間の向こう側の者が何か言うとカーラは各国の細かい情報を話し出す
《ディートグリス王国は結界に阻まれており、デサシスをしても思うように開けられない模様、サドニア帝国は半数かは分かりませんが贄を用意したようで、抵抗は感じられません。少し気になる者が居ますが・・・。バースヘイム王国は恐らく天族と思われる者が孤軍奮闘しており、シント国は・・・現在、壊滅寸前といったところです》
《・・・いえ、それでも増援が必要な場所はバースヘイム王国とシント国だと思われます。・・・はい、それで増援は・・・はい・・・かしこまりました。では、これまで通りに・・・》
隙間の向こう側の者との会話を終えたカーラはしばらく動くことなく跪いていた
《・・・アモン様・・・私は貴方様の遺志を継ぐものにではなく・・・・・・お許し下さい・・・》
1人そう呟くと立ち上がり元の場所へと戻って行く
複数の隙間が所狭しと展開するその前に──────
──────ディートグリス王国は揺れていた
結界はより強固となり、ダムアイトを囲む魔獣の群れを拒み続ける。しかし、ただそれだけ。撃退出来なければ魔素が無くなるまで魔獣の群れを見続ける事になる
守る盾はあれど攻める矛の不在
ディートグリス王国は総力を挙げて、その矛である四天の行方を探したが結局間に合わず、宣言通りに現れた魔獣の群れに対して街を守る事しか対応出来なかった
閉じ込められた形となったダムアイトの住民は魔獣の上げる声や音に怯え、家の中で震え上がる。店という店は閉じられ、閑散とした状態が続いた
その中を1人闊歩する者がいた
着流しで大きい包丁のような武器を肩に担ぎ、誰もいない街中を正門目指して歩いている
「父上!」
呼ばれて足を止めた男は顔を声がした方向に向けると、そこには腰にムチを巻き付けた女性、ミゼナ・クロームが眉間に皺を寄せて仁王立ちしていた
「なんでぇ、おめぇも来るか?」
「馬鹿な事を・・・今の父上が外の魔獣に何か出来るとでも?」
「やってみなくちゃ分かるめえ」
「分かります!以前の父上ならいざ知らず・・・今の・・・人の身の父上では!」
ミゼナが怒鳴りつけている相手・・・それはレッタロッタに核を破壊されたクゼンであった。魔族であるクゼンは核を失えば消滅するはずであった・・・が、どういう訳か消滅せずに生きていた
「人の身か・・・ユキナが生きてる内になりたかったもんだ・・・」
クゼンは消滅しなかった事に関して考え、ひとつの答えを出していた。永い時、もしくは核を抜かれた時に人に擬態し、人として核を抜かれたから生きているのでは?と。もしそうであるならば、最愛の人と共に同じ時を過ごせたのではないかと考えてしまう
「・・・父上は死ぬ気ですか?」
「バカヤロウ!人の身になって限りある人生を過ごすんだ・・・そんなもったいない事出来るかってぇんだ!」
「ではなぜ!?」
「・・・人になったからとか、弱くなったからとか関係ねえ・・・街のみんなが怯えてるんだ・・・俺に出来る事って言えば相も変わらず刀を振る事よ・・・知ってるだろ?」
「し、しかし・・・」
追いすがるミゼナを背にクゼンは正門へとひた歩く。ミゼナは止められないと理解し、それならばと駆け足で横に並ぶとそのまま共に歩き出した
クゼンはチラリとミゼナの顔を見るが、ミゼナは身を合わせようとせず、怒った表情のまま真っ直ぐに正門を睨みつける
「・・・なあ、寿命ってのが出来ちまったから早目に孫を・・・」
「うっさい!」
「・・・こわっ・・・」
それから2人は会話なく突き進み、ようやく辿り着く。固く閉ざされた正門の奥からは音と共に奇妙な熱気が感じられた
「おーい、開けてくれ!」
正門の開閉を担当する兵士に声をかけると、2人の兵士は慌てて首を振った
「だ、ダメです!たとえクゼン様でも・・・」
「なーに、冷やかしに来ただけだ。結界は正門の外側だろ?見えねえから怯えが来る・・・ちゃんと守られてるって分かりゃ住民も安心して眠れるさ」
「しかし!!」
「ちょっと、ほんのちょっとだけだ。な?」
「そんな言い方で規律を破る訳ないでしょう・・・2人とも責任はクゼン・クロームが負う。開けてやってくれ」
ミゼナの言葉に2人の兵士は互いに顔を見合い、再びミゼナを見るとコクンと頷いた。そして、ゆっくりと門を開くとクゼンの目に熱気の正体が映り出される
「・・・はっ・・・クソが・・・」
「・・・」
クゼンは吐き捨てるように言い、ミゼナはただただ息を呑む。魔獣を知るクゼンは魔族が引き連れて来る時点で魔物ではなくて魔獣である事は予見していた。だが、予想を遥かに超えた数であった。ミゼナは魔獣をあまり知らない。人の世に落ちて来た魔獣は何度か見ているが、それは目の前で父であるクゼンがいとも容易く倒しておりそこまで脅威に感じていなかった。だが、頼りになる父は力を失い、いざ魔獣の前に出てみると足が竦む
魔獣の群れは結界の外側で暴れる訳でもなくてユラユラと体を揺らしながら佇んでいる。時折鳴き声は出しているものの暴れることなく結界の外を埋め尽くす。その光景が逆に気味悪く感じ門が開ききった後も2人は身動きが取れなくなっていた
「ク、ク、クゼン様?」
兵士の1人が早く視界から魔獣の群れを消したいが為に動かないクゼンに声をかけ、その声で我に返ったクゼンが唇を噛みしめた
「あ、ああ・・・どうやらミゼナの忠告が正しかったらしいな・・・これは・・・どうにもならねえ」
「私もこれ程とは・・・父上・・・聞くのはどうかと思いましたが、お聞かせ下さい・・・以前の父上ならどうにかなりましたか?」
「・・・やってやれねえ事はねえが・・・な」
正直やりたくない・・・上級魔族であり原初の八魔であるマルネスの弟子であったクゼンすら気が引ける程の魔獣の群れ。人の手でどうにか出来る事態とは到底思えない。そうなると逆に現在の状況が不思議に思えて来た
「なあ・・・結界の強化ってどういう仕組みだ?浄化からの強化にしては優秀過ぎんぞ?」
今までのダムアイトを包み込んでいた結界は王女ゼナが魔素を浄化しているだけであった。ダムアイトに存在する魔素を浄化する事により魔力が回復出来ない状態にするのみ・・・つまり街に入る事は可能だった。それが今は街に入る事すら出来ないのは強化にしては出来過ぎと感じる
「私も深くは・・・ただ姫は『シードにもらった』と・・・」
「・・・もらった・・・だと?」
その言葉の意味をクゼンは一瞬で理解した。能力の譲渡は通常では有り得ない。それは魔族でも天族でも同じと認識していた。では、それをどうやって成したか・・・クゼンは魔獣の事も忘れミゼナの肩を掴む
「おい!四天は全員ダムアイトに居ないんじゃなかったか?」
「え?・・・はい、それでカイン殿が兵を率いて探しに・・・それが何か?」
「バカヤロウ!それじゃあ・・・あん?」
ミゼナに怒鳴りつけていたクゼンが不穏な気配を感じ言葉を止めた。そして、視線をミゼナから魔獣の群れへと移すと、いつの間にか魔獣の群れに通り道が出来ており奥より一体の魔族がその姿を覗かせる
「・・・てめえは確か・・・ファストの腰巾着・・・」
《ファスト様です。貴方は確かマルネス様の所で棒キレを振っていた・・・クゼンでしたか?》
「クゼン・クロームだ・・・腰巾着は否定してねのな・・・」
《小虫にどう言われようと・・・ただ我が主に関しては看過出来ませんがね》
「おーおー、さよけ。で?ファストの腰巾着がこんな所に何用だぁ?」
再び敬称を付けないクゼンに眉を顰める魔族、デサシス。魔獣の作りだした道を通り結界の前で立ち止まるとドアをノックするように結界を2度を程叩いた
《聞いてたものと違いますね》
「分かったんなら周りの魔獣と一緒に引っ込みな」
《何を仰いますか・・・それでは私が来た意味がないではないですか》
「あん?」
デサシスの言っている意味が分からずに素で聞き返すとデサシスは不敵に笑い結界に対して手刀を繰り出す
ザスッと音がして結界がデサシスの手刀によって斬られると隙間ができて魔素が街中に勢い良く流れ込んでくる
「なっ!?」
「バカな!!」
結界が破られた・・・クゼンとミゼナが驚きの声を上げると同時にデサシスの周囲で蠢く魔獣達の襲撃を予想し身構えるも魔獣達は動かず、更に斬られた結界は逆再生するようにその隙間を埋めていった
《やはり・・・そう簡単にはいきませんか・・・》
「びっ、びっくりさせんな!」
《・・・ですが時間の問題ですね》
「あ?」
「・・・不味い・・・父上・・・これは・・・」
「あん?何が不味い?コイツに結界は壊せないってだけだろ?」
《そこのお嬢さんの方が物分りがいいようで・・・さて、何度目ですかね?》
ミゼナの言葉にデサシスは更に口の端を上げ同じように手刀を繰り出した。同じように斬れ、同じように戻る結界・・・それを見てもクゼンには何が不味いのか理解出来なかった
「おい!何が不味いんだ!」
「・・・結界は・・・姫が創り出してます・・・浄化の時は無意識に・・・ですが今は創り出しているのです・・・何も無ければ創り出した結界を維持するだけでしょう・・・しかし・・・」
「傷つけば修復する必要が・・・ある?」
「・・・恐らく。維持している時は普段と同じくリラックスした雰囲気でしたが、創り出している時はかなり集中されていました・・・もし修復するのにも集中が必要だとしたら・・・」
「・・・マジか・・・」
《2回目の方がより早く修復してきましたね。さて・・・後何度斬ればいいですかね?それとも回数より規模?時間?天人は一体どれくらい起きていられますか?》
天人とは天族の核を持つ人を指す呼称。魔人は魔族と人の間の子であるが、天人は魔族の核ではなく天族の核であるただの人・・・寿命はもちろん寝食も人と同じである。つまり・・・
「コイツが張り付いている間、寝る事も食べる事も・・・」
《これだけの結界、一旦壊れたら次に創るのに一体どれだけの時間を要するでしょう?果たしてその時間で魔獣がどれほどの食事にありつけるでしょう?・・・知りたくありませんか?》
「くっ!」
ミゼナは知っていた。シードにもらったと言っていた結界を街全体の規模までに拡げる為に要した時間は2時間・・・それから安定して維持出来るようになるまでに1時間。次に創り出すのはもう少し早くなるだろうが、一度創り出してから維持をしてきただけなので早くなったとしてもたかが知れている。もし仮に倍の速度で創り出せるとしても住民全てが魔獣の腹の中に収まるには充分過ぎた。つまり一度でも結界を破壊されたらダムアイトはこの世から姿を消す事となる
再び結界を斬り付けるデサシスに対して腰に巻いたムチを手にするミゼナ。その様子を見てクゼンはミゼナの肩に手を乗せ首を振った
「ミゼナ・・・姫さんの所に行ってやれ」
「父上!しかし!」
「ここで指くわえて結界が壊れるのを見てるか?それよりももっと出来る事があるんじゃねえか?」
「・・・父上は?」
「俺ぁここで昔話に花を咲かせておくさ。積もる話もある・・・なあ?」
クゼンはデサシスに話し掛けると『鬼包丁』を地面に突き刺しドカリと地面に腰を落とした。話し掛けられたデサシスはそれに答える事はせず、何回目かの結界の攻撃を繰り出す
ミゼナは座る父の背と結界を攻撃し続けるデサシスを交互に見て、一旦目を瞑ると大きく息を吐いた
「・・・分かりました・・・」
はっきり言って手詰まり状態の中、ここでただ結界を攻撃されるのを見ているよりはゼナの近くで支える方が大事だと判断したミゼナは父の背中を目に焼き付け、そのまま無言で踵を返し王城へと向かった
「・・・いい子だ。・・・ったく、次から次へと厄介な・・・もう少し穏やかな余生を過ごさせてくれよ」
《ご安心を。もう次などありませんから》
「ああ、そうかい。・・・なあ、そっちの結界の外の魔素は濃いかい?」
《?・・・ええ、貴女方のお陰で充分に・・・それが何か?まさか魔素切れで撤退を期待してるのですか?》
「てめえらじゃねえよ・・・てめえらじゃ・・・」
デサシスの答えにクゼンは舌打ちをしてデサシスではなく、魔獣達でもなく、その場に居ない人物を想いため息をつく。結界もそうだが、その人物にも時間が無い可能性があった
「・・・シード・・・」
呟き、膝を握る。何も出来ない不甲斐なさをぶつけるように──────
カイン達の必死の捜索により四天であるハーネット、ランス、シード、ソクシュ達はようやく見つかり王都ダムアイトを目指していた
解き放たれたホブゴブリン・・・それらを街の領主や冒険者達と協力し全て始末した後であった為に4人は素直に帰還命令に従ったのだが・・・
「シード!しっかりしろ!もうすぐダムアイトだ!」
「・・・あ、あ・・・」
共に馬に乗るランスがぐったりとしたシードに声を掛ける。だが、シードの反応は薄い
「止めるべきだった・・・まさかこれ程進行が早いとは・・・」
ハーネットが2人の横に並びシードの様子を見ながら悔やむ。四天として放たれたホブゴブリンを放置出来ずに討伐に出ようと提案したのはハーネットだった。ただその時にはシードは国王ゼーネストの命令により王女ゼナに能力を返上し器無しとなっていた
器がない者にとって魔素は毒である
魔の器は魔素の受け皿に。天の器は魔素の抵抗力になるのだが、両方の器を持たない人は魔素が徐々に身体を蝕み死に至る
それでもこれまでのディートグリス王国であったのなら数年・・・いや、数十年は器無しでも生きていられた。しかし、前回のゴブリンの襲撃でディートグリスの魔素は急激に高まりたった数日でシードの身体を蝕んでいった
「体調を崩している街や村の人も居ました・・・やはりそれも魔素の濃さが原因?」
「おそらくな。魔素の過剰摂取・・・ギフトを使えない者にとって体内に溜まった魔素・・・魔力を減らす術がない。そうか・・・それで・・・いや、今はそんな事よりもシードだ。早くダムアイト内に入らなければ・・・」
ソクシュに答えながらハーネットはクオンが話していたシント国の話を思い出していた。シント国はギフト・・・シント国では特殊能力と呼ばれる能力を国民全てが有している。それは国の政策と言っていたが、恐らく魔素の濃さが起因しているのでは?と思ったのだが、その思いは振り払い、今は一刻も早くダムアイトを目指す事に集中した
ダムアイトはゼナの浄化の能力により魔素が存在しない。なので回復するかは不明だがこれ以上の悪化は防げると考えていた
「ここを抜ければ!」
先行する兵士達が丘を駆け上がり、ダムアイトを見下ろせる場所まで辿り着く。帯同するソフィアのギフトも効かない状況で刻一刻と症状が悪化して見えるシードをこれ以上魔素に晒すのは危険・・・焦るランスは何故か丘の上で足を止めた兵士達を押し退け先頭に立つ。そして、絶望を目にする
「・・・なんだ・・・これは・・・」
眼前に広がるのは王都を取り囲む魔獣の群れ。薄らと光を帯びているゼナの結界が消えるのを今か今かと待ちわびている見た事もない化け物達の狂宴だった
「・・・ウソ・・・なんで・・・」
ようやく追い付いたソクシュもそれを目にして口に手を当て絶句し、同じく追い付いたハーネットは歯噛みする
「くっ・・・こうなったら僕が上から・・・」
「無駄だよ・・・ハーネット・・・あれは『天墨守』・・・何人たりとも通さない・・・無敵の盾・・・」
シードがランスの背中越しに王都を包み込む結界を見て呟いた。数日前まで自分が使っていた能力・・・一目見れば分かる。たとえ上空からでも侵入は出来ないと
「なら!結界を解けるように奴らを!」
「・・・ランス・・・それが出来ないのは・・・分かるだろ?・・・それとも・・・ここにいる者達を・・・全員死なす気かい?・・・」
槍を掲げて魔獣の群れに突撃するよう言い放つランスにシードが窘める。一体一体がホブゴブリンなどとは比べ物にならない位の化け物・・・四天の3人とカイン、そして、兵士達が全力で向かっても勝てるイメージはおろか数分生き残れるかも怪しかった
「待つ・・・しかないか・・・」
「何をだ!アイツらが何もせずに帰るのをか!?ダムアイトが陥落するのをか!?シードが・・・くそっ!」
苛立つランスが『待つ』と呟いたハーネットに食ってかかる。ハーネットはそのいずれでもないと首を振り上を見上げた
「友を・・・だ」
「あ?」
ハーネットの言っている意味が分からずにランスが聞き返すが、ハーネットは答えず天を見上げる。結界もシードも何時まで耐えられるか分からない。かと言ってハーネット達に出来ることなどない。もし出来ることがあるとすればそれは・・・遠い地で戦う友を待つ他なかった──────




