傍から見た幸せ
とある男から見た夫婦の様子。
子爵令嬢・・・・いや、今はすでに公爵夫人か。
公爵夫人イルミアナとその夫、イミラウス公爵。
二人は、仲睦まじい新婚夫婦として、社交界でも、嫉妬と羨望の的だ。
今もここから少し離れたテーブルで、幸せそうに二人きりで談笑している。
「はぁ・・・・」
ため息もつきたくなるさ。だって、独身貴族たちのアイドルがついに結婚してしまったのだから。
子爵令嬢イルミアナ、彼女の肩書がそれであったころ、その娘はそれはそれは大人気だったね。
まぁ、婚約者がいる身だったから、誰も手出しできなかったが。
ミーナ嬢・ファンクラブなるものまで密かに作られ、夜な夜な彼女の魅力について語り明かしたのはいい思い出だ。彼女の結婚と同時に解散されたが。
イルミアナの人気の秘密、それは、その内面の尊さからだ。
貴族令嬢には珍しく、努力家で謙虚なところ。大抵の令嬢は、我儘で煩い娘に育ちがちだが、親の教育がよほどよかったらしいイルミアナは、その例に入らない。
もちろんその容姿も抜群だが、何より人を引き付けたのは、婚約者に一途なところである。
どんなに美形な男に声をかけられても、冷たくあしらう。それとは打って変わって、婚約者に対してはいつも笑顔を絶やさない。
どんな男にも靡かない健気そのものな姿に、心打たれた男は数知れず。
ディードリッヒ家当主暗殺して奪っちゃおう計画などという物騒な話も、クラブ内で一時期流行ったものだ。
それが実行されるよりも早く、彼女の婚約が破棄されたことが社交界に知れ渡り、独身男性たちを震撼させた。
さらにそれと同時期、レイダス・イミラウス公爵との結婚の話も広がった。
自分にもチャンスがあると歓喜した矢先、結婚の知らせだ。イルミアナに魅了された男連中は、揃って、血の涙を流しそうなほどの剣幕で、発狂してたね。もちろん俺もさ。
レイダスは美形であるため、イルミアナに強い嫉妬の目を向ける令嬢も数多くいたが、それ以上の数の男たちが、レイダスを恨みまくって憎悪しまくった。
おのれ、公爵野郎。お前が女とうまく話せねえの知ってんだぞ何で結婚出来てんだよクソがッ、と。
そのころ、某離れたテーブルでは。
「それで、フレデリカさんたら、旦那さんとすごい仲がいいらしいんですよ!近々お子さんの顔が見られるかもしれません」
「それは私もよく聞きますね。フレデリカの夫婦関係はなかなか良好だとか」
「私たちも、その、いつまでも仲睦まじくいたいですね。子供だって・・・・欲しいです」
「っ!・・・・もちろんですとも!何人でもつくりましょう!ああ、可愛いっ!最近のあなたは、本当によくいじらしいことを言って下さる」
ああ、幸せです。
素敵な旦那様、私には勿体ない男性で、この世で最も愛おしい存在。
「イミラウス様、少し来ていただけますか?お話が」
「おや?なんでしょうか・・・・」
後ろから来た召使らしき男性に呼ばれると、露骨に面倒くさそうな表情を露わにします。
私との時間を大切に思って下さるのはとても嬉しいのですが、表情に出してめんどくさがるのはどうかと思いますよ、レイダス。
心中苦笑していると、それが本人にも伝わったのか、ため息交じりにレイダスが椅子から立ち上がりました。
「では、手短にお願いします。妻との時間を一秒も無駄にしたくないので」
「わ、わざわざ言わなくていいですよ!早く行って下さい!」
「ああ、照れないでください。・・・・すぐに戻ります。他の男性に話しかけられても、相手はしないでくださいね」
「もちろんです。私は旦那様だけのものです」
やっと照れずに言えるようになってきたセリフを言えば、レイダスはとても嬉しそうに頬を赤らめます。・・・・あ、無理です。やっぱり照れます。
「いちゃこらしおってからに・・・・お?」
イミラウスの方が、誰かに呼ばれてどこかへ去っていった。
一人取り残されたイルミアナは、どこか寂しそうだ。それでも他の男性のところなんかに話をしに行かない辺り、彼女の一途さが筋金入りであることを物語っている。
話しかけてみようかな・・・・いやいや駄目だ。もう彼女は人妻、あらぬ誤解を招くことになる。
考えていると、レイダスへの憎悪が増大してくるので、いったん思考停止することにした。
すると、一人の男が目に入ってきた。
「・・・・?アイツ、まさか話しかける気か・・・・?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、イルミアナに近寄っていく男がいた。
俺は奴を知っている。名はポルダーズ。女好きで有名な独身貴族だ。
まさか、人妻に手を出す気概はないだろうが・・・・ないよな?
あの一途な彼女のことだから心配いらないだろうが、少し不安だ。
早く旦那もどってこーい。
どこからか、見知らぬ男性が現れました。
赤みがかった髪は短く、顔の造形もなかなか凛々しい長身の男性。レイダスには敵いっこないですけど。
「ミーナ嬢、こんばんは」
「こんばんは。えっと、あなたは・・・・?」
「僕は、ポルダーズ。しがない独身貴族です」
「は、はあ」
どちらさまでしょう。私が一人になったのを見計らってきたということは、私個人に用があるということでしょうか。
「ああ、何度見てもお美しい。その瞳は、透き通る宝石のようだ・・・・」
「あ、ありがとうございます・・・・?」
なんでしょう、この人。私を口説こうとしているのでしょうか。
そういえば、聞いたことがあります。地位の高い人に嫁ぐと、ご機嫌とりをして、力を分けてもらおうと擦り寄ってくる輩がいると。
この・・・・ポルダーズさん?も、その類いでしょうか。
そうです、きっとそうに違いありません。私に魅力なんてこれっぽっちもありませんし。だからこそ、そんな私でも愛してくれるレイダスが、私も大好きなのです。
「あの、そういうのやめてもらえませんか?迷惑です」
「なっ・・・・」
久しぶりにスイッチ入れました。ディードリッヒ様と婚約していたころによく使っていた、私のもう一つの顔です。
通称辛辣モード。相手を無視したり、適当にあしらったりします。その分、相当心と胃に来ます。
案の定、すでにポルダーズさんがギョッとした目で私を見ていました。
「私に夫がいることはご存知ですよね?愛する夫に、誤解されるような行動は極力取りたくありません。ですから、用がないのなら、どうかお引き取り・・・・」
「言わせておけば、このアマが。――――――調子に乗るんじゃねえぞ」
「ひっ・・・・」
ボルダーズさんが睨みつけてきました。思わず悲鳴が漏れます。
たまにいるのです、こういう言ってもわかってくれない輩が。
口で通じないとなると、もうお手上げです。この人、結構怖そうな人です。
やばいです、殴られたりしないでしょうか・・・・!
「かちんときた、ちょっとこっちこい、お前」
「や、やめ・・・・」
「―――――うるせえぞ、大人しくしろ」
「ひっ」
「人目がつかないところで、存分に可愛がってやる」
「い、いやっ!」
そんな、嫌です!レイダス以外の男性にそんなこと・・・・!
考えるだけで嫌悪感を拭いきれません。
れ、レイダス・・・・助けてっ・・・・!
「――――――妻から手を放していただけませんか?」
「レイダスっ」
颯爽と現れた最愛の人。ナイスタイミングです。
ああ、来てくれた・・・・!ヒーローです!私のヒーロー!大好きです。
すぐに私の方へ顔を向けると、レイダスはニコリと笑いかけてくれます。その仕草だけで、いくらか安心できました。
「うるせえ、どけ!俺は今腹が立ってんだよ!」
「―――――いいから放せと言っている」
その時のレイダスの表情は、今まで見たこともないほど怒り狂ったものでした。
助けてもらっている私でさえ、少しばかり恐れてしまうほどの。
その怒りのオーラをじかに食らっているポルダーズさんは、ひどく怯えていました。
「ひっ・・・・!な、なんだよお前」
「―――――お前こそなんだ。私の大事な、大事な人を、そんな汚らしい手で触るな。怖がっているのが見えないか?早く放せ。さもないとその腕へし折るぞ」
「ひぃっ・・・・!」
ぴゅーっと効果音が付きそうな勢いで、ポルダーズさんが逃げていきました。
途端、どっと、疲れのような、安心感のような・・・・いろいろ入り混じったもので、体勢を崩しそうになります。
「イルミアナっ!」
レイダスが支えてくれます。すでに彼の表情に先ほどの怒りの感情はなく、ただ私を心配してくれているようでした。
「大丈夫でしたか・・・・?何も、何もされていませんね!?」
「・・・・はい、大丈夫です。旦那様が、来て、くださいましたから・・・・」
「まだあのような輩いるとは。流石に結婚してまであなたに手を出す者はいないと思っていたのですが」
レイダスが突然意味の分からないことを言います。
その口調ではまるで、私が誰かに好かれているかのようではありませんか。有り得ません。
そう思って発言します。
「そんなまさか。あの人は、公爵夫人としての私に目を付けたにすぎませんよ、きっと」
「謙虚なのは美点ですが、無自覚すぎるのも考えものですね・・・・」
ハァーっと、レイダスがため息をつきました。いつもニコニコしている彼には珍しいです。
そして、その発言の意味も、ため息の意味も。私にはさっぱりでした。
「どういうことですか?」
「いえ、言ってもわかっていただけないと思いますよ」
一種の諦観に満ちた響きでした。
「?」
本当にどういうことなのでしょう。ああ、夫の考えが察せない、至らない妻でごめんなさい。
「とにかく、この辺りで、あなたが私のものであることを、もう一度よく知らしめる必要がありそうだ」
「それって、どういう・・・・?」
「こういうことですよ。――――――皆さん!!ご注目をっ!!」
「んふっ!?」
口づけされました!?
しかも、皆さん今の大声でこちらに注目しています。結婚式の時以上に恥ずかしいです。
顔が熱くて暑いです。なんてことするんですかっ・・・・!
必死に離れようともがきますが、男性特有の力強さの前では無力。より一層引き寄せられ、彼の瞳を見ると、どこか危うげなものが宿っているように見えました。
背筋が震えます。まさか、これ以上のことを・・・・?
行動で駄目なら言葉で。拒絶するべく声を荒げようとしましたが、キスされたことで息も絶え絶え。掠れた情けない音しか、喉に残っていませんでした。
「や、やめっ・・・・」
「やめませんよ」
連続で、何回も、何回も。触れるだけのものから、深いものまで。
呼吸ができません。このままじゃ、死んじゃうっ・・・・。
おぉーーっと、場違いな歓声上がります。やめて、恥ずかしいっ・・・・!呼吸困難と、羞恥心で死んでしまいます。
でも、まあ。
恥ずかしくはありますが、嫌だという気持ちは湧きませんでした。
やはり、私はレイダスのことが大好きで、心から愛しているようです。
そう、改めて実感できた日でした。
「でもっ恥ずかしいからっやめっ・・・・・!」
「やめませんよ」
一時はどうなるかと思ったが、レイダスが間に合ったみたいでよかった。
レイダスが助けに来た瞬間の、彼女の心底嬉しそうな顔を、俺はしっかりと脳裏に焼き付けた。だって、可愛いかったし。
「ったく、人目もはばからずイチャこらイチャこらしやがって」
いや、むしろ人目があるからこそ大胆にああしてるのかもな。
妖しく光るレイダスの瞳を遠目に見ながら、俺は考える。
イルミアナの方も、恥ずかしがってはいるが、嫌がってるわけじゃあなさそうだし、結構お似合いなんだよなぁ・・・・あの二人。
「何よりもだ」
イルミアナが、とても幸せそうである。
何より大事なのは、それだ。
下手をすれば、ディードリッヒといた時よりもはるかに嬉しそうな顔。レイダス爆ぜろ。爆散しろ。
「あんな顔見せられちゃ、ファンクラブ会員最古参の一人としては、祝福するしかねえよな」
おめでとう、仲良くやれよ、二人とも。
その意を込めて、あの仲睦まじい新婚夫婦に、エールを送るのだった。
何事もなければ次回で完結の予定であります。
あまりにも番外編引っ張ると本編より番外編の方がやたら長々としてる、というひどい状態になりそうです。
読んでいただきありがとうございます!
閲覧数、ブックマーク件数、評価、感想。どれもこれも励みになります!