手放してしまった愛
一日一話ペースが崩れてしまった。くそっ。
今日・・・・いえ、日付変わってるし昨日か。昨日投稿しなかった分、今日はもう一話投稿する予定です。
元婚約者目線であります。
「私、今日も一日幸せでしたよ!」
「そうか」
「伯爵様はどうでしたか?」
「つまらなかったな。何の変哲もない日だった」
「じゃあ、明日こそ、いい一日にしましょうね!」
「・・・・勝手に頑張ってくれ」
「はい!勝手に頑張ります!見ていてくださいね!」
「・・・・」
本当に鬱陶しい女だ。
こちらもわざと不愛想にしているというのに、いつまでも煩いまま。
この頃、イルミアナがしつこくてならない。
ことあるごとに俺に近寄ってきては、己の自慢話ばかりしてくる。今日は何ができるようになっただの、今日から何を始めただの。嬉々として語ってくるのだ。
そして最後には、決まってこういうものだ。
私、ディードリッヒ様に相応しい妻になれるよう、頑張ります。ですから、どうか見ていてください。
もう飽き飽きだ。女というのはうるさくて仕方ない。
とくに、俺の婚約者がそうだ。
昔は、他の奴には不愛想な女なのに、俺にだけ熱心に話しかけてくれて、可愛いやつだな、などと思ったこともあったが、今はその微笑む顔、嬉々として世間話を持ちかけてくる顔、すべての表情が憎らしくてならない。
これもすべて、この女が悪いのだ。
ある日、剣術を習いたいと言われた。理由を問えば、俺の力になりたいのだという。多少気分を良くした俺は、珍しく熱心に教示したものだ。
ある日、癒しの魔法を習得したいと言われた。また理由を問えば、仕事から戻って疲弊した俺を癒したいのだという。気分を良くした俺は、やってみせたりしてわかり易く教示した。
するとどうだろう。
ほんの少しの期間で、イルミアナは他を圧倒する剣の才、魔法の才を現した。
傍目に見ても、それは始めて数か月やそこらでたどり着ける域ではないこと明白。なのに、彼女はその期間で剣と魔を操る力をものにしたのだ。
そうこうするうちに、あっという間に俺は彼女に追い抜かれた。
妬んだ、憎んだ。俺の婚約者の圧倒的な才能を。
プライドを傷つけられた気分だった。俺は、卓越した、とまではいかないまでも戦場ではそこそこ功績も上げていたし、そうした戦闘技術は、十年近い死地での経験を経て、培われたものだ。
それなのになぜ、生まれてこの方、血を浴びたことも無いような、日向でぬくぬくと育った娘っ子に負ける?
まるで今まで剣で殺めた人の数さえ、否定されたかのようだった。
そのような愚痴を公爵に話せば、終始ニコニコと、笑みを絶やさず熱心に聞いてくれた。奴はいい男だ。
そうした鬱屈とした日々は続き、公爵に愚痴ることで多少のストレス発散にはなっていたものの、流石に耐えられなくなってきた。
こんな妬ましい女と、生涯共に歩まねばならないなど、以ての外。
・・・・そうだ、こんな婚約など、ただの約束事。
破棄してしまえば、いいのだ。
もうこれからあの女の顔を見なくて済むのなら、多少の親類の非難など、まったく苦ではない。
そうして俺は、彼女に婚約破棄と言い渡すべく、呼び出した。
「なんでしょうか?」
俺と話せるのが嬉しい、といったような笑顔。憎たらしい顔だ。切り裂いてやりたくなる。
流石にそこまでするわけにはいかないので、必死に堪え、伝えるべき事柄のみ、言い放った。
「お前となど、結婚したくない」
元婚約者は、大きく目を見開いた。
その瞳を見て、俺は何故かひどく心が痛んだ。
つまらない。毎日がつまらない。
何かが欠けたような退屈感に晒され、それが何であるかを考える。
憎き婚約者は目の前から消えた。あの女のことなど忘れて、己が人生を気持ちよく生きればいい。
そう思っていたはずだった。
「お前も、そろそろ本格的に結婚を考えるべきだ」
徐々に体に衰えと老いを見せ始めた父が、そう告げ、俺に結婚相手候補たちの情報が記載された書類を手渡す。
「まったく・・・・イルミアナ嬢は、お前に相応しい女性だと思っていたのだがな」
じろりと睨まれ、言外に「せっかく恩を売るチャンスだったのに売り損ねた」という言葉が含まれているように思え、途端に居心地が悪くなった。俺に、相応しい女性・・・・か。
冷静に考えてみる。
実際のところ、どうだったのだろう。あの女は、確かにこれ以上ないほどに尽くしてくれたように思う。プライドが傷つけられたように思えて、つい婚約を破棄などしてしまったが。
鬱陶しくも思った。憎みもした。けれども失って初めて気づく、負とは違う感情もあった。
あいつに笑いかけてもらえない日々が苦しい。あいつの話を聞けない時間が空しい。
長年当たり前だったものは、失ってみるとその実、かけがえのないものだった。
「俺は、イルミアナに惹かれていたのやもしれないな・・・・」
何故、婚約破棄などしたのだろう。イルミアナはただ俺の為を思って努力を重ねていたというのに。
思い返せばいつだってそうだ。
全ては、俺を支えるため。それがあいつの行動の根源にあるものだった。
――――謝ろう。きっと、まだ間に合う。
そうして、プロポーズしよう。きっと喜んでくれる。
今までのことはすべて水に流して、また一から始めていこう。
「なっ・・・・」
約四か月ぶりにやってきた社交場。
イルミアナと顔を合わせる気にならず、しばらく避けていた。
やっと心の整理がつき、いざ訪れれば・・・・。
「何故、あの方が・・・・?」
震える声と瞳を向けた先。そこには、仲睦まじく、寄り添っている男女がいた。
男はレイダス・イミラウス公爵。以前、俺の愚痴に嫌な顔一つせず付き合ってくれた気のいい独身貴族。
女の方は、子爵令嬢にして、元婚約者であるイルミアナ・エルドノム。
この組み合わせはいったいどういうことなのだろうか。
ただの友人同士?それにしては距離感が近い。
直接二人に聞きに行く気にはならず、たまたま近くにいた友人に話を聞く。
あの二人はどういう関係なのか、と。
返ってきた答えは、半ば予感していたものだった。
――――――イルミアナは、結婚していた。
目の前が、真っ暗になった。
あの、自分だけに向けられた笑顔、熱のこもった声は、もう俺のものではない、ということ。
何故、手放してしまったのか。何故、鬱陶しいなどと、憎いなどと、妬ましいなどと。
―――――いや、まだ間に合う。
ほの暗い感情が、胸中に宿った気がした。
話を聞く限り、イルミアナとレイダスの結婚は、政略的なもののようだった。
ならば、イルミアナは彼のことを心から慕っているわけではないはず。
一途なあいつのことだ、まだ俺への想いを吹っ切っていないかもしれない。
――――――奪い取れるかもしれない。
醜悪な笑みで表情を染めた。
レイダスを、連れてきていた使用人に呼び出させた。
これで数分間時間を稼ぐことができる。
俺から謝罪し、プロポーズすれば、彼女は嬉々として受け入れてくれるだろう。
そんな確信があった。
イルミアナの元へ歩み寄る。俺の姿が、彼女に認められた。大きく目を見開かれる。
「ディードリッヒ、様・・・・?」
「ああ、久しぶりだな。イルミアナ」
そのまま繋ぎとめるように手をつかもうとすると、
「や、やめてください・・・・!」
大きく弾かれた。今度はこちらが目を見開く。
彼女の顔に浮かぶ感情は困惑、嫌悪。婚約していた時は一度だって見たことのなかった、負の感情だった。
今更どのツラ下げてやってきた、などと思われているのだろう。
「・・・・怒っているんだな」
「・・・・」
「・・・・婚約を破棄したことは、本当に申し訳ないと思っている。すまなかった」
「なっ・・・・」
まさか謝罪されるとは思っていなかっただろうイルミアナは、顔を硬直させ、唖然としていた。
頭を下げる。言葉を続ける。
「・・・・何度だって謝る。だから、俺と、寄りを戻してもらえないだろうか」
「・・・・何を、言っているのですか」
「俺は、お前を愛していた。失って初めて気づく感情だった。今更どのツラ下げて、なんて思われるだろう。だが、頼む。俺に、お前と同じ人生を歩ませてもらえないだろ――――――」
「――――顔、上げてください」
言い切るより先、イルミアナの声がかかった。
彼女の機嫌をこれ以上悪くしたくない俺は、潔く従って、顔を上げた。
―――――ぺチンッ、と。鋭い衝撃が頬を叩いた。
「・・・・?」
「―――――ふざけないで」
涙目のイルミアナと、振り払った後の手。その構図に、俺はたった今彼女にぶたれたのだと気付いた。
どうして?
「そんな自分勝手、許されるとお思いですか?私は、すでに結婚している身です。私が旦那様と話しているところを見ませんでしたか」
「そんな政略結婚、真面目にとらえることはなかろう。そんな愛のない結婚より、俺と共に過ごした方が幸せに決まっている」
「確かに、傍目には政略結婚かもしれません」
「ならば―――――」
「傍目にとっても。両親にとっても。政略結婚だったとしても、私と旦那様――――レイダスの間には、確かに愛が存在します。愛のない結婚などではありません」
強く言い切るイルミアナの瞳は、強い意志が宿っていて。
それが、婚約していたころ、彼女に擦り寄ってきた男へ向けるものと酷似していたことに、俺は唖然としていた。
イルミアナが、俺を拒絶している?そんなはずはない。
そんな俺の独白は、無情にも否定される。
「私はもう、ディードリッヒ様になんの気持ちも抱いておりません。あれだけ強く想いを否定されたのです。吹っ切りました。それに、私は今、すごく幸せなんです。私を愛してくれる旦那様がいて、温かく接してくれる方々がいて。恵まれていると思います。これ以上ないくらいの幸福です。だから、この幸せを、壊したくない」
「だ、だがっ・・・・俺はっ・・・・!」
「もう、互いに忘れて生きていきましょう?婚約していたことなど、水に流して。別々の道を歩みましょう?―――――私が言いたいのは、それだけですから」
「ま、待て!」
どこかへ向かおうとしたイルミアナの手をつかむ。逃がすものか。お前は俺のものだ。
「失って、やっとわかったんだ!俺はお前が好きなんだ!お前を愛しているんだ!だから、だからっ・・・・!」
必死さを装って、引き留める。どんな手を使ってでも彼女を取り戻したかった。
俺のその言葉に、イルミアナの瞳が迷うようにいくらか揺れた。内心ほくそ笑む。
だが、
「失わなければ、確認できない思いなど嘘です。もし仮に私があなたの想いを受け入れたとして、これから何度、私はあなたの愛の確認のために、想いを否定され、捨てられるのでしょう。失わなければ、愛を確認できないのでしょう?そんなのごめんです。もう二度と、努力を無意味に踏みにじられたくありません」
「待ってくれ!話せば、きっとお前もわかってくれる!だから!話を―――――」
「―――――私、あなたのこと、嫌いです」
「っ!?ぅ、あ・・・・・」
「さようなら」
振りほどかれ、つかんでいた手が離れる。イルミアナも離れていく。立ち去っていく。
だが、もう引き留める気力は残っていなかった。
イルミアナに、拒絶された。その事実だけで、何も考えられなくなった。
そんな頭の中でも、一つだけ考えられることがあった。
――――想いを否定されることは、こんなにも辛いことだったのか。
己のプライドに固執し、醜い矜持から、彼女の努力を否定し、婚約を破棄した。
あの時の、酷く驚いて、それ以上に傷ついた様子のイルミアナの表情が、鮮明に思い起こされた。
本当に、本当に。申し訳ないことをした。
何も考えられない頭の中を、純粋な謝罪の気持ちが駆け回った。
その時の私の表情は、晴れ晴れとしたものだったと思います。
「―――――レイダス」
「? おや、何故ここへ?待っていてくださればよかったのに」
「無性に、あなたの顔が見たくなりました。駄目ですか?」
「・・・・!いえ。いえいえ!駄目だなんて、そんなわけないじゃないですか。ああ、本当に可愛いっ、そんなことを言って下さるあなたが大好きだ!」
「私も、あなたが大好きです。これからも、ずっと一緒にいてください」
突然の物言いに、いくらか驚いた様子のレイダスでした。
けれどもそれも数瞬の間。すぐに嬉しそうな笑みを浮かべ、こう返してくれます。
「―――――もちろんですとも。あなたが嫌がっても、ずっと一緒にいますよ」
失ってから気づく愛って、よほど強い愛情か、思い出補正から来る偽物であると、考える僕であります。
もうまもなくこの作品も完結させる予定です。
ブックマーク、感想、評価。どれも励みになります!たくさんの方々に支えられ、僕は今日も作品を投稿しているのであります。