もう一方の幸せ
ホントは二つに分けるつもりがそれだとあまりに文量が少なすぎるので一つにまとめました。それでもなお少ないのはご容赦を。
旦那視点のこれまでです。
イルミアナに出会ったのは、今から二年ほど前のことでした。初対面で私の顔を見て何の反応も示さない彼女に、少しばかり関心したことを覚えています。
自分で言うのもなんですが、私はかなり美形なようなのです。ひとたび社交場に顔を出すだけで、女性たちが擦り寄ってきました。
両親は領地の流行病にやられ、私が十七のときにこの世を去りました。失意のまま、後を継ぐ形で、公爵家当主となった私でしたが、親戚たちは早くいい相手を見つけろなどと煩く、私の容姿と地位に目がくらんだ令嬢たちもまたより一層目を輝かせて私に付きまとってくるのです。
そのせいもあるのでしょう、軽い女性恐怖症のようなものになってしまいました。女性とうまく話すことができず、むしろ、そんな面喰い共とは話したいとも思わなかったので、そのまま自分の症状を放置しました。
だからなのでしょう、他の令嬢たちとは違うタイプだった、彼女に惹かれたのは。
最初は、珍しいものを見るように、遠くから見つめていました。すると、ディードリッヒ伯爵とだけ、熱心に話をしていて、他の貴族に話しかけられようと、無視するか適当にあしらっているようでした。少し見ているだけで、二人は将来を誓い合った仲なのだろうと分かりました。ディードリッヒ本人にも聞いて、裏を取ります。
するとどうでしょう。ディードリッヒは、彼女の悪口のようなものを洗いざらいぶちまけてきたのです。彼は言いました、『自分よりも優れているのが妬ましい、何をやらせても俺より上達する、煩くて、正直鬱陶しい』と。
彼が彼女の婚約者でなければ、ぶん殴ってやろうかと思いました。コイツは、自分に全身全霊で尽くしてくれる健気な婚約者のことを、そんな風に考えていたのかと。あんなにも、尽くしてくれる人のことを、陰で悪くいうなど許せなかった。
そこで自覚しました。私は、彼女に惹かれていると。
私が真摯に話を聞いてくれるように見えたのか、それからも時々、ディードリッヒは私のところに彼女の愚痴をこぼしに来ました。そのたびに思います。
彼女がお前の為に努力したことを、そんな風に侮辱するのかと。彼女の隣にいるのが、コイツでなく自分であればよかったのにと。
いずれ、この二人は結婚するのでしょう。それが悔しくて羨ましくて妬ましくて。式の日時が決まったら、式の途中で乗り込んで彼女を奪いに行ってやろうかとも思いました。自分の方が、彼女を幸せにできる、と。
ある時、ディードリッヒがいない隙に、イルミアナの元へ、話をしに向かいました。
こんなこともあろうかと、恋愛小説に没頭し、女性とのコミュニケーションの取り方を学びました。他の女性なら、それでもうまく話せなかったでしょうが、不思議とイルミアナとなら普通に会話することができました。
けれどもどうでしょう。あからさまに私を避けるのです。その、綺麗で女性らしいのに使い込まれていると一目でわかる(家事でもしているかのようだった)手に触れようとすれば、警戒する目で、精一杯体を大きく見せようとする子猫のように、私を威嚇してきました。
なんでそこまで避けるんですか、となんとか彼女を捕まえて聞いてみれば、いずれ夫となる人に、誤解を招くようなことをしたくありません、と。強い意志の籠った目で、言い放ったのです。
その後、いかに自分の婚約者が素敵か、と嫌というほど聞かされました。酷く苦痛な時間でした。心惹かれる女性に、嬉々として違う男の話をされるのです。
物静かなところがいい?・・・・それはあなたのことを鬱陶しく思っているから必要以上に喋らないのだ。よく褒めてくれるところがいい?・・・・その裏で、あなたのことを妬んでいるというのに。
ディードリッヒ本人に愚痴を聞かされていたので、彼女が目を輝かせながら語る彼の良さ、の大半が偽物なのだと知っていました。
それを教えるべきだろうか?悩みましたが、それは婚約者たちの問題。赤の他人である私が、首を突っ込んでいいことではないでしょう。ディードリッヒは、愚痴こそこぼすが、彼女の前では素敵な婚約者を演じているようです。ならば、それでいいのではないだろうか?
今の彼女は、とても幸せそうです。悔しいですが、今のところ問題は起きていない様子。ならば、このまま引き下がって、二人の幸せを祈るべきでしょう。
いつか彼も、彼女の魅力に気づくと信じて。痛む胸で、彼女に笑いかけました。無視されましたが。
それから、また数か月が経ちました。
「はぁ・・・・」
イルミアナが、珍しく一人で社交場の隅にたたずんでいるのです。
ディードリッヒはどこへ行ったのだろう?酷く落ち込んだ様子だったので、見るに耐えず、声をかけました。すると、あからさまに動揺していました。
以前までのような、強い意志がきれいさっぱり消失した目は、弱々しく、涙をため込んでいました。どんな時も、強い意志を目に宿し、婚約者のために奮闘していた彼女は、今とても小さく見えました。
いえ、それが本来の彼女の姿なのでしょう。今まで気丈に振舞っていたため、反動で弱々しく見えるだけ。
何かあったのだ、と私でなくとも、この状態の彼女を見れば、誰もが思うでしょう。やはり、イルミアナのことが好きな私でしたので、彼女の力になりたいと思いました。
事情を聴けば、
「実は、婚約者に、婚約を破棄されてしまったのです」
神様がいるのなら、自分に今この瞬間味方してくれたのだろうと思いました。親戚に提示された婚約者候補たちに目を向けないでよかった。
世界が色変えました。やっと自分に、チャンスが来たのです。焦るな自分、と己に言い聞かせながら、私は彼女に求婚しました。彼女は酷く驚いて、理解できないといった顔をしました。でもその中に、明確な拒絶の色が含まれていないのを見て、安堵します。それなら自分にも、十分機会があると。
その後、彼女の母親がやってきて、何事か吹き込んでいました。すると、ぎこちない笑みとともに、私の求婚を承諾してくれたのです。
どうせ地位向上の為、彼女を道具に仕立て上げたのでしょう。そういった貴族令嬢の親は、何人も見てきました。
ええ、最初は愛がなくても構いませんとも。けれども絶対、彼女を振り向かせて、ディードリッヒのことなど忘れてしまうくらい、幸せにしてやりますとも。俄然、やる気になりました。今まで以上に、恋愛小説を読み漁り、女性をときめかせるための話術を学びました。
そうして愛を囁き続けて、いつか彼女が自分に心を預けてくれる日まで。結婚を三か月後にしたのは、互いに愛し合った状態で、式を挙げたかったからです。
本当は今すぐにでも挙げて、彼女は自分だけのものだと宣言したかったのですが、彼女の気持ちが自分に向いてないのなら、それは意味がありません。下手に外へ出して、他の男になびかせるわけにはいきません。正直、三か月で彼女を落とせるか不安ですが、ただでさえ、私の将来を心配して結婚を急かしてくる親戚たちです。それ以上結婚を長引かせるというなら、別の結婚相手を連れてくるかもしれません。それだけは絶対に嫌でした。せっかく回ってきたチャンスを無駄にしたくはありません。
三か月、彼女には社交場へ行くことを禁じました。他の男に、今の傷心の彼女を見せれば、庇護欲やらで、惚れてしまうかもしれません。普段の彼女には及びませんが、傷ついた様子の彼女も、不謹慎ながら、非常に愛らしいのですから。
イルミアナが、他の男――――――――使用人も既婚者のみを屋敷に残して一旦分家に回しました。彼女が使用人に恋をする可能性だって、ゼロではありません――――――――に接触することがないよう、屋敷に半ば軟禁するような状態が続きました。
幸い、彼女はインドア派な女性であるようで、いくらか本を渡せば、目を輝かせ、笑顔で承諾してくれました。本当に可愛い・・・・。
そうして、結婚式が間近に迫った頃。流石に焦りました。いつまで経っても、彼女が心を許してくれないのです。やはり、本の知識だけではうまくいかないのだろうか・・・・途方に暮れました。使用人のうち、一際フレンドリーで、旦那とも仲睦まじく生活しているという、フレデリカに声をかけました。
「私は、イルミアナに嫌われているのだろうか?」
言った途端、フレデリカは噴き出しました。
「なっ・・・・笑うことはないんじゃないのか!?」
「す、すみません・・・・つい、的外れな質問が来たもので・・・・」
「それで、どうなんだろう」
「それはないと思いますよ。奥様、旦那様のことを、優しい方だと仰っていましたし」
「本当か!?それは嬉しいな!いいことを聞いた。ありがとう、フレデリカ」
どうやら、使用人の話では、私のことを、イルミアナはそこそこ好意的に見てくれているようです。ひとまずは安心し、これからどうやって彼女の気を引こうかと、頭半分で考えつつ、もう半分で書類整理をしていると、
「旦那様、お話があります」
不意に、彼女が現れました。以前見た、強い意志が宿る瞳。何か大切な話なのだろうと、私は休憩していたフリをして、彼女が遠慮して話さないなんてことがないように、にこやかに笑って続きを促しました。すると、この世で何よりうれしい知らせが私の耳に届いたのです。
「私は、あなたのことを愛しています。例え、あなたが真に私を愛していなくても」
待ち望んだ言葉でした。顔を真っ赤に染め上げて、彼女が愛を告白してくれたのです。そんな私の妻になる存在は、あまりに愛らしく、途端、跳ね回って、彼女を抱きしめて、そのまま無茶苦茶にしたい衝動に駆られましたが、必死に耐えました。
無欲の精神。悟りを開くかのように、自分でも驚くくらいに感情を抑えた声を出しました。
すると、彼女は何を勘違いしたのか、ひどく落胆した表情になったのです。これはまずい、という気持ちと、彼女に自分の想いをぶつけたい衝動に押され、ついに耐えられなくなった私の精神が、半自動的に体を動かしました。
「よっしゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
今まで出したことが無いような、歓喜の奇声を上げ、全身全霊でガッツポーズをとりました。もう完全に、ブレーキが壊れました。
「今の言葉、嘘ではありませんよねっ!?」
「は、はひ・・・・」
「やっと、やっとです!あなたの心が!あなたの心が!手に入りました!!これで、心身共に、あなたを手に入れることができたっ・・・・!嘘では、嘘ではないんですよね!?」
イルミアナが困惑しているのもお構いなしに、私はその言葉の真偽を問いました。すると、彼女の方も、私の愛の言葉の真偽を問うてきたのです。半年間、ひたすら囁き続けた愛は、彼女へ完全には届いていなかったのでした。それに加え、何か別の打算があったのではないかと、いわれのない疑いがかけられていたのです。酷い話です、私はこの三か月間・・・・いえ、出会ってからずっと、あなたに首ったけで、家柄などどうだってよかったというのに。
悲しくなって、この思いを伝えるためにはどうしたらいいのかと自問し、私は一つの大勝負に出ました。―――――彼女に口づけをしたのです。
本当に可愛らしい声を漏らしながら、イルミアナは私を受け入れてくれました。その後の彼女の仕草、言動は、どれをとっても可愛くて可愛くて。彼女に耳元で「だいすきっ」と囁かれた後は、理性が焼き切れました。そして、
「え?えっ・・・・?だんな、さま?」
寝室まで運び込み、ベッドに押し倒して・・・・。後のことをこの場に書くのは憚られるので、結果だけを簡単に。
私と彼女は、本当の夫婦になることができました。
なんか男が地の文で敬語使ってると気持ち悪く感じてしまう。やっぱり直すべきだろうか・・・・。
本作の閲覧数がホントに伸びてて・・・・ありがとうございます。
いつも見てくださっている読者様、本日たまたま見かけたからと、読んで下さった読者様も。
ご拝読ありがとうございます。
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