そばで見守る幸せ
本来なら今回で終わらせる予定だったのですが、気が変わりましたすみません。嘘つきましたごめんなさい。
次回こそ!次回こそ最終回にするはずですのでお許しください。
そういえば書いていなかった某フレンドリーな侍女さん目線。
「どうせ、煩いきゃぴきゃぴ女が来るに決まってるわ・・・・」
そう呟いたのは、ある日の早朝。
今日、旦那様の結婚相手が、この屋敷に越してくるという。
正直、不安でならない。
旦那様・・・・レイダス様は、数年前、両親を喪った。一度は、共に死ねればよかった、とまで塞ぎ込んでいた彼だ。
そんな状態で、イミラウス家当主になった。
心に穴の開いた状態での領主としての職務。日々心労を募らせていき、地位に目の眩んだ令嬢たちには社交場で擦り寄られる。
果てには、女性恐怖症にまでなってしまった。レイダス様とはそこそこ長い付き合いだからか、私には特にその傾向を見せなかったが。
それが、一年ほど前、急激に活力を取り戻し始めた。
毎晩書庫に籠り、書を読み漁るようになるレイダス様。彼の読んでいた本を見てみると、どうやら恋愛小説のようだった。
女性恐怖症であるレイダス様が、恋愛小説を・・・・?不思議でならなかった。
彼は足りない部分は、偏った知識でカバーしようとする困った人だ。それが今、恋愛小説を読み漁っているということは・・・・。
女性でも、口説こうとしているのではないだろうか。
ついに、心労でおかしくなってしまったのか。
いや、すでにその兆候はあった。彼の書斎から、鼻歌が聞こえたり、ため息をついたり、寝言の中に、『いるみあな』という、女性の名前のような単語が混じりこんでいたり。
どれもこれも普段の彼から考えると異常な行動ばかりだった。
そんな挙動不審の数々。夜な夜な恋愛小説の頁を捲る音が響き渡る書庫。暗い部屋の中で、蝋燭一本立てて読み漁る公爵様。
奇妙な日々が一年ほど続いたある日。
「ついにやったぞ!フレデリカっ」
嬉々とした様子のレイダス様。ここ数年見ることが減った表情だった。
これはよほどいいことがあったのだろうなと、私も少し嬉しい気持ちになり、話を聞いてみた。
「どうされました、旦那様」
「イルミアナ嬢に、求婚できたっ」
「は?熱でもおありですか?」
耳を疑った。もしや、私に熱があるのだろうか。
求婚?女性恐怖症のレイダス様が?
一年前から恋愛小説・・・・イルミアナ・・・・求婚・・・・。
そうか、そういうことか。頭の中で、その三つが筋道立てて綺麗につながった。
レイダス様は、一年前からそのイルミアナ嬢とやらに、ご執心なのだ。
でも、何故?
「旦那様、女性恐怖症でしたよね・・・・?」
「あの人は、普通の女性じゃない」
「は?」
「周りの貴族令嬢が持ち合わせていない魅力を、美点を。何個も持っているんだ。一途で、健気で、努力家で、謙虚で、器用で、笑顔がまぶしくて、愛らしくて・・・・」
話を聞いて、確信する。レイダス様は、その娘に相当心惹かれているようだ。
それにしたって、求婚は早すぎないだろうか・・・・。
そう聞いてみれば、
「そんな悠長にしていたら、他の者に取られてしまう。それだけは、絶対に嫌なんだ」
どうやら、そのイルミアナ嬢は、婚約者に婚約を破棄されてしまったらしい。
裏で相当な人気があるらしく、婚約破棄の事実が知れ渡れば、それこそ求婚の嵐になるだろう、とのこと。婚約破棄って、何か性格的に問題があるんじゃ・・・・不安になった。
けれども、一使用人である自分が、主人の決定事項に異議申し立てをするわけにはいかないだろう。
幸い、結婚式まで三か月の猶予があるという。それまでに彼女がぼろを出して、本性を現せば、レイダス様も考え直すだろう。
最初はそう考えていた。
「は、初めまして。イルミアナ・エルドノムです。今日から、お世話になります」
え?予想と違う。
彼女を見て、最初に抱いた感想は、それだった。
もっと、アクセサリーやら、ドレスやら。やたらじゃらじゃらしていたり派手だったりするものを身に着けた女が来ると思っていた。
レイダス様をそそのかして、公爵夫人になろうとしている強かでずる賢い悪女を絵にかいたような女が来ると。
それが・・・・えぇ?なんだこの子は。すごくいい子そう。
ドレスは、最低限、花の装飾がこじんまりと施された黄色いもの。顔立ちはそこそこ整っていて、優しそうなたれ目から、暖かな印象を受ける美人。
この地域では少ない、東の血が混じっているであろう黒髪。さらさら、艶やかで、必要以上に手を加えられていない自然な毛質に好感を覚えた。
第一印象は、優しげな少女。
いや、騙されてはいけない。きっと、この優しげな瞳の奥には、とんでもない悪意が潜んでいる。
「あの・・・・お名前を聞いてもいいでしょうか?」
恐る恐る、といった具合で、イルミアナ嬢が話しかけてきた。
「・・・・私でしょうか?」
「はい」
「私は、フレデリカ・レディリックと申します。よろしくお願いいたします」
「フレデリカさん、ですか。よろしくお願いします」
「はい」
頭を下げ、顔に浮かぶ動揺が相手に見えないようにする。
侍女にわざわざ名前を聞くとは、好感度上げでも狙っているのだろうか。
それは違う、と、心の中で自分の考えを否定した。
何故だろう、この少女には、そういった打算があるようにはまるで見えなかったのだ。
でも、まだ信じてはならない。初日だから、やたら礼儀正しいのかもしれない。
そう結論付け、私は他の使用人にも名前を聞いているイルミアナ嬢を目で追った。
ぼろを出さない。どういうことだ。
なんなんだ。あの子いい子過ぎるだろう。
まず、侍女に優しい。まるで友人のように扱ってくれる。特に、私へは気さくに接してくれてるように感じる。私がまだ二十代だからそれほど距離感を感じないのかもしれない。
何より特筆すべきは、努力家なところだろう。
この屋敷の決まり事も、常人ならすぐ音を上げそうなものを、一日で暗記した。勉強だって、この屋敷に嫁ぐのだから必要ないだろうに、「一般教養くらい、つけておきたいんです」などと言って、毎日欠かさずこなしている。早くこの屋敷に慣れようとしてくれているのか、自分から挨拶もするし、使用人の手伝いも、何故か進んで引き受けてくれる。
真面目で現実的な子なのかと思えば、温かで幸せな家庭を持つことに憧れているという。人並みに幸せでありたい、あと子供も欲しいとか。
彼女の両親はどのような教育を施したのだろうか。貴族令嬢全員彼女の実家に養子に出させれば、社交場での醜い争いもなくなるんじゃないだろうか。
というか、あれが本性なのか?そうだとしたら、レイダス様には勿体ないくらいの優良物件ではないか。
彼女が屋敷に訪れて数日。イルミアナ嬢・・・・もう奥様と呼び始めた方がいいかもしれない。奥様は、だいぶ環境に馴染んできた様子だった。
今日も、レイダス様に言われた通り、庭園で静かに読書している。
そろそろ喉が渇く頃だろうかと、紅茶と茶菓子を準備してきた。
テーブルにそっと置けば、それに気づいた奥様は目を輝かせた後、私を見つめた。
「ありがとうございます、フレデリカさん。ちょうど喉が渇いていて」
「そうだろうと思って、持ってきたんです。甘いもの、お好きですよね」
自然に笑みがこぼれる。
奥様には、人の心を開かせる魅力があるようだった。
道理であの女性恐怖症が心惹かれるわけだ。
「はい、大好きです。よかったら、フレデリカさんもご一緒していただけませんか?」
「私なんかでよろしければ」
「フレデリカさんがいいんです」
笑顔でそう言われれば、断りづらい。
渋々、といった体で向かいの椅子に腰かけた。
私が座ったのを確認すると、奥様は早速、といった具合に質問してきた。
「あの、フレデリカさんは、新婚さんなんですよね」
「はい、そうですね。つい半年前、籍を入れたばかりです」
「へぇ・・・・!あの、夫婦ってどういう感じなんでしょうか。すごい興味があるんですが」
「よろしければ、少しお話しますよ。惚気話みたいになりそうですが」
「全然いいです!むしろ惚気てほしいです。幸せな夫婦の話って、憧れるんです」
こういうところだ。普段は真面目そうな努力家なのに、こういう家庭に関係する話になると、普段では考えられないくらいに、目を輝かせ、頬を赤らめ、質問攻めにしてくるのだ。
甘いものを食べると嬉しそうな顔になって、幸せな家庭の話になると瞳をこれ以上ないくらい輝かせる。
そんな彼女のチャームポイントと言っても過言ではない魅力を、すでに私も見つけていた。
一通り話せば、奥様はとても興奮した様子だった。
「仲良しなんですね・・・・私も、旦那様とそんな関係になれるでしょうか・・・・」
開口一番のその発言に、思わず吹き出す。
「ふふっ、これからそういう関係になるんじゃないですか。あと三か月ほどで、奥様と旦那様はご結婚なさるんですよ」
「そう、なんですよね・・・・」
「奥様?」
不安そうなその物言いに、思わず怪訝な声が出る。
そう、何故かこの子は、自分がレイダス様に愛されているわけではないと思い込んでいるのだ。
政略結婚か何かだと思っているらしい。
見ていてわからないのだろうかと、つくづく思う。
レイダス様の必死さと言ったら、もう見ているだけで笑えるくらいだ。
慣れない口説き文句を、さもいい慣れているかのように口にする姿は、子供が一生懸命背伸びして自分を大きく見せようとしているかのようで微笑ましい。というか、笑えるくらいおかしい。
多少はその言葉で心揺さぶられているようだが、奥様もまた疑い深いらしく、その言葉が嘘であるなどと思い込んで心を閉ざしている様子。
他者に心を開かせるのは上手いくせして自分は閉じこもっているままとは、本当に呆れてしまう。
けっこうお似合いな二人なんじゃないかと思う。ややレイダス様が見劣りする位、奥様が優良物件ではあるが。
「まあ、使用人一同、奥様を応援していますから」
これ以上の優良物件、もう二度と現れないだろう。レイダス様も、よくもまあここまでの人物を引き当てたものだ。
それだけに、奥様を逃したくはなかった。この子を逃せば、次こそ絶対悪女が来るに決まっている。
当初は屋敷から出ていくことを期待していたが、いつからかむしろ出て行ってほしくないと思うようになった。
しかし、気がかりが一つ。
何故、こんないい子が婚約破棄などされたのか、だ。
「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか。私に答えられることなら」
「それでは・・・・」
機嫌を悪くするようなら、即座に聞くのをやめよう。多少不安は残るだろうが、奥様の為人はおおよそわかってきた。この子になら、十二分にレイダス様を任せられるだろう。
「何故、奥様は婚約を破棄されてしまったのでしょうか?」
「・・・・それを聞きますか」
苦笑して、イルミアナは考え込む。訳を話すべきか考えているのかもしれない。
やはり、聞くのはやめるべきだろうか。心に傷でも残っているのやも。
「・・・・私が悪いんだと思います」
奥様はぽつりぽつりと話し始めた。
「・・・・それは、どういう・・・・?」
「お前は何をさせてもすぐに上達する。それが腹立たしいのだ。お前は、夫になる存在である俺の後をただついて回ればいいのだ。貴様のような夫の顔を立てられない女、必要ない・・・・婚約破棄された時の、元婚約者様の言葉です。衝撃が大きかったもので、一語一句違わず覚えてしまって」
「つまり、その元婚約者様は、あなたに嫉妬したと?」
「そうなのでしょうか。今でもよくわからないんです。ただ、私が悪いのだろうな、とはわかっているのですが」
「―――――ぜんっぜん、わかってないじゃないですか!?」
「へ?」
つい大声を出してしまった。驚いた様子の奥様。いいや、お構いなしだ。だって、おかしいではないか。
「奥様は、何か悪いことをしたのですか!?聞けば、婚約破棄の理由が、何をさせてもすぐ上達するから腹が立つから必要ない・・・・?バッカじゃないですか!?それは奥様が頑張り屋だから、その努力に結果がついてきたというだけではないですか!」
「え、えぇ・・・・?」
「それに、優しい奥様のことです、その方のために努力したのでしょう?それを・・・・腹立たしい?ふざけてますよ、その方・・・・いいえ、そいつ!そいつ一発殴りたいです!いいですか!?いいですよね!?」
何故自分はここまで熱くなっているのだろう。たかだか、数日の付き合いであるこの子に、もう感情移入したというのだろうか。
いや、確かにそれもあるだろうが、少し違う。
破棄の理由があまりに理不尽であったから。この、人のいい奥様が、あまりに不憫だったから。喚かずにはいられなかったのだ。
そんな怒り狂った私を正面で受け止めた奥様は、どこか嬉しそうだった。
「・・・・ありがとうございます、フレデリカさん。私の為に怒ってくれたんですよね」
「だって、おかしいじゃないですか」
「私にはよくわかりません。努力して、でもその努力を踏みにじられたような気がして悔しかったのは事実です。でも、もういいんです。彼とは、もう赤の他人です。私はこの屋敷に嫁ぐのですから。いつまでもぐちぐちぐちぐちと前の男性のことを引きずっていては、旦那様に申し訳が立ちません」
「―――――ああもう!本当にいい子っ!」
「へ?な、なんですか!?」
もう抱きつく。いい子過ぎる。駄目だ、レイダス様には勿体ないくらいいい子だ。
絶対に、この子には幸せになってほしいと思った。
理不尽な理由で破棄された婚約。その不幸の分だけ、幸福になってほしい。
「私、奥様の味方ですから。ずっと、支えますから」
「あ、ありがとうございます・・・・?でも、離してもらえると・・・・」
「嫌です」
「フレデリカさん!?」
レイダス様には、奥様をこれ以上ないくらい幸せにしてもらわなければ。でなければ絶対許さない。
もう完全に、奥様に心を開いてしまった瞬間だった。
出会って数日で、侍女の心掌握するとかイルミアナさんすげえな・・・・。
次回で終わるはずです。重ね重ね申し訳ないです。これ以上番外編ばかり分厚くする暴挙、許してなるものか・・・・!いや本当にごめんなさい。
いつもご拝読ありがとうございます。閲覧数ももうすぐ10万PV!ブックマーク件数も500突破!感想だって5件もいただいて、評価もたくさんいただいています!
本当にいつも励みなります!ありがたいです!次回もぜひ読んでいただけると嬉しいです。