胡椒
南国育ちの娘たちが、海に向かって色とりどりの花びらを撒く。
日差しに負けぬ爛漫な微笑みと、色鮮やかな涙を送る。
遠い異国へ出港して行く帆船、青い海を渡る、その船旅の無事を祈って。
水平線に遠ざかって行く、愛しい人の無事を祈って。
けれども全員が分かっていた。旅立つ彼らのほとんどは、二度とこの地に戻らぬことを。
何処にも行かないでと泣き縋っても、彼らの正義は揺るがなかった。
貧しい島になる胡椒の実が、外の世界では黄金であることを知ってからというもの、島の人間は皆何処かおかしくなってしまったからだ。
クラリッサも泣きながら花びらを撒いた。
君の幸せのためだと言って微笑んだ恋人の、あの慣れ親しんだ眼差しに、もうかつての愛がなかったことを思い出しながら。
彼は二度と再びこの島へ帰って来ることはないのだろう。
船が沖へと去ってしまうと、水面に散らばる白や桃色の花びらの残骸は、まるで二人が教会で誓いあうはずだったあの夢の結末そのものだった……。
やがて商売や見送りのために港に集まっていた者たちが家路につく頃、クラリッサも涙を拭い、そして大きく深呼吸をした。
もう何もかも忘れるのよ。わたしを捨てたあの人のこと、全部、全部忘れてしまうの。そう自分に言い聞かせながら見上げた空は青い。
「もう、気が済んだかい?」
ふとクラリッサの肩に、大きな手がそっと乗せられる。
振り返ると、そこには金髪碧眼の裕福そうな青年が微笑んでいた。彼のすぐ後ろ側には、先刻のみすぼらしい帆船など問題にもならないような豪華船が停泊している。
彼はクラリッサの新しい恋人だった。
クラリッサの前の恋人が、新しい人生に繰り出すための軍資金を得ようとして、あろうことかクラリッサを大陸の金持ち男に叩き売ったのだ。けれども彼が読み違えたことは、クラリッサもまたそれまでの純情な娘のままではなかったということだった。
「酷い男もいたものだけど」
新しい恋人である大陸の金持ち男は呆れ顔で言った。
「あいつ馬鹿なの? 自分から奴隷船に乗っちゃってさ」
「ええ」
クラリッサは晴れやかな笑顔で彼に微笑んだ。
「馬鹿野郎よ」