イライラ
ここはとある辺境の貧しい村。都会からも遠く、資源にも恵まれず、村人たちはわびしい生活を送っていました。以前は貿易の拠点として栄えていた時期もありましたが、国家間の関係が悪化したことで貿易とともに物資の恵みは途絶えました。
内陸に位置するこの村は、冬の季節になると降雪であたりが白一色に染まります。レンガ造りの家屋、整備されかけた街道、深緑の針葉樹、みんながみんな、雪を被って冬という季節を満喫していました。
そんな村から少し離れた丘に、古ぼけた一軒家がありました。積もった雪で押しつぶされてしまいそうなほど、ぼろぼろの二階建て木造建築です。
「じぃちゃん! じぃちゃん! 目を開けてくれよ!」
一階の寝室。そこには目に涙を浮かべて叫んでいる少年がいました。ベッドに横たわった老人を強く揺すっています。老人はひどく痩せていました。薄く生えた白髪も、骨ばった顔つきも、すっかり衰えた証拠として老人の年期を表していました。
「さっさと起きろよ! なんで……。なんで目を開けてくれないんだよぉ!」
少年は布団に顔をうずめました。すると、後頭部に平たい衝撃が襲いました。おもわず少年は顔をあげます。
「いてっ」
「うるさいわい」
老人は目を開けていました。片目だけ薄く開き、とても眠そうです。どうやら少年の頭を小突いたようでした。身体を起こし、だらしなく大あくびをします。
「朝っぱらからうるさいのぅ。わしがきもちよーく布団のぬくもりを感じて二度寝しとったのにお前ときたら……」ぶつくさと文句を言っています。
「うっせぇハゲじじぃ! さっさと起きろ! 村の連中がもうきてんだよ!」
「おお、もうそんな時間か」
と嬉しそうな声をあげ、ベッドから老人は起き出し寝室から出ていきました。
老人は週に一回、村の子どもたちに食糧となる木の実を与えていました。子ども達ともに、近くにある林に木の実収集を行いに行きます。老人は丘で農業を営んでいました。昔から自然が大好きで、木の実収集ももとは老人の趣味でした。
「ちっ。ったく。あんのはげじじい」
少年は腰に手をあてて嘆息しました。
少年は老人に拾われた子、拾い子でした。まだ村の貿易が盛んだった頃、奴隷の出荷としてこの村を経由している最中に脱走したのでした。
人間を物として扱う。奴隷という世界に慈悲も救済もありません。あるのは孤独というものだけでした。
そんな世界で小さい頃から生きてきた少年には、老人のしていることは理解できませんでした。
村の貧困は影響しない、なんてことはなく老人の生活も貧しいものです。特に冬の時期は農作物を収穫することもできず、微々たる備蓄で乗り越えるしかありません。
なのに老人は、その日あまり木の実が取れなかった場合、子どもたちに備蓄を少しずつ分け与えるのです。
少年は馬鹿らしいと思います。同時にいらつきを覚えます。
自分にとってなんの利益にもならない。自身が滅んだらみんなから捨てられる。食糧を与えられなくなったらただ独りになるだけ。
子どもたちに対しても、ただ与えられ、甘えているだけではなく自力でどうにかしろと憤ります。
そんなイライラが、今日はなんだか強い日でした。