三日目〔喪失〕前編
ここは、蘭の部屋だ。
部屋といっても、所詮割り振られたものでしかない。
それでも、彼女の部屋だ。
多少埃っぽいベッドも、ちゃんと埃を落としておいた。
そんな部屋で、
しょうがないね。こんな状況だもん。
なんて少し嫌そうな顔をしていた彼女を覚えている。
昨日の彼女は僕の隣で、遥さんの話しに聞き入っていた。
皆で作ったパスタ料理を、品性なんて感じさせずにほおばっていた。
その姿に、新田さんまで頬を緩めていた。
明るく、記憶のない僕を気遣ってくれた彼女は、
自室で自らが出した赤い液に横向けに沈んでいた。
その瞳は閉じることなく、虚空に向いている。
栗色の髪は元の艶やかさを残したまま、赤い液に浮かんでいる。
白かったワイシャツも今では、外に見えるレンガより鮮やかに赤い。
その手は、命を逃さないようにもがいていたかのように伸ばされていた。
嘘じゃない。
この光景は、嘘じゃない。
その時、遥さんや他の人だって駆けつけてくれていたんだろう。
そんなこと、目どころか耳にすら入らなかった。
ただ、膝を折りその場にへたりこんだ僕は喚いた。
喚き散らした僕の視界は、暗転した。
目を覚ましたのは、薄汚れた天井が視界に入る僕の部屋だった。
「大丈夫ですか・・・。」
僕を心配そうに覗いたのは、白浜結さんだった。
「少し休むといいわ。身体的な疲労と精神的なショックが重なったのよ。」
結さんは始め見た様子と違い、落ちついていた。
「全く、遥に気遣って上げるように言ったのに・・・。」
結さんは苛立ちながら、僕の頭に乗っていた濡れタオルを取り替えてくれた。
「私の説明を軽くするなら、昔女優と詐欺師をやってた医者だよ。」
そう言って、結さんは僕にタオルを乗せた。
と同時に遥さんが部屋に入った。
「状況は最悪だなぁ。皆、彼女が殺されることはないと高くくってたからなぁ。疑心暗鬼で部屋に引きこもってるし、諏訪なんか家族への遺書書いてたよ。」
そうですか、
僕は弱々しく返した。
「悪いが俺は、優しい言葉はかけられない。・・・、結。一日面倒見てやってくれ。」
遥は・・・、
結さんの言葉に、遥さんは一度足を止めた。
「俺は、やるしかない。・・・、悪いな、結。」
遥さんは、振り向かずに部屋を出た。
その後ろ姿を、僕は見送るしかできなかった。
遥さんの居なくなった部屋で、結さんに勧められるまま僕は休息をとった。
寝返りを打つフリをして、結さんに見られないように泣いた。
自分の非力さや現状の悲惨さ、なにより人の死が辛かった。