二日目〔無為〕前編
随分と不快な夜だった。
僕達は一人一人別の部屋で寝ることになった。そして、眠る際は扉を中から荷物によって抑えた。
これなら、最も危険な睡眠時の被害は防げるだろう。
とはいえ、僕はおとなしく床には就けなかった。
一度は体を横にしたが、その行為に後悔した。
感じたのは、記憶をなくしたことに対する孤独感とこの状況への焦燥感、それ以上に恐怖があった。
結果として、軽く休息を取ることしかできなかった。
そんな中、僕の部屋の扉が叩かれたのは朝の4時だった。
僕はなんの躊躇もなく扉の前の荷物をどかし、扉を開けた。
「おいおい、無用心すぎないか。」
遥さんはそう言うと、僕を連れ出した。
書斎に着いた僕を遥さんは座らせ、手際よく紅茶を二つトレイに乗せて運んできた。
そして、それを僕の前にだす。
「賢くても、やっぱり子供だなぁ。昨日の毅然とした態度はどこにいったんだか。」
遥さんは紅茶に砂糖を入れて一口すすったあと、さらに砂糖を入れた。
「ありきたりな事を言うなら、俺が犯人ならもう証拠は隠滅しきれてるよ。それほどまでに無防備すぎる。」
僕も紅茶をすする。
「本当なら、君と対話をして軽く推理でもしておこうかと思ったけど。今の君には少し荷が重そうだ。そうだなぁ、今日の昼に全員で話し合いの場を設けよう。」
遥さんは指を立てて笑った。
「俺の予想じゃ、あと3人は殺される。だけど、君は死なない。予想が当たったら、君が事件を解決してくれよ。」
席をたって食器を片付けようとする遥さんの背中に僕は違和感を感じた。
“君が事件を解決してくれよ”
それはまるで
「遥さんは、自分が死ぬと思ってるんですか」
死を予期しているようだった。
遥さんは足を止めた。
「言葉なんて、捉え方だよ。必ずしも、そうとは限らないさ。」
笑った。
遥さんは、笑った。
僕が何故この人を信頼できるのか。それは、彼は理解しているから。
僕のことだけじゃなく、この状況の悪さと自らの演じるべき役を。
自嘲気味に笑う遥さんに僕は何も言えなかった。
午前11時、蘭が一人目を覚ますことがなかったので、ここまで遅くなってしまったが、遥さんの言った通りに話し合いの場を書斎で設けることができた。
「さて、事件の情報とこの建物の情報は入ってるだろうから・・・。」
話し始める遥さんに桜さんが口を出した。
「話を進めてもらうのは勝手だけど、私はあなたを信用していないわ。むしろ、言動からあなたが犯人だと私は九割方思ってる。」
桜さんは、立ち上がって声を荒げる。
「正直に答えなさい。あなたが犯人でしょ。」
全員の視線が遥さんに向けられる。
遥さんは、しばらく桜さんを睨むように見ていたが、やがて呆れたように笑った。
「何がおかしい。」
僕より年上であった望さんは、いきり立つ。
全てを見渡したあと、遥さんは表情を変えた。
「座れ。無能なゴミ共。」
豹変した彼に誰もが、言葉を失った。そこには、今まで話していた月島遥の面影はない。
不敵に、見下すように笑う。
「俺を疑うのは構わねぇ。ましてや、その考えは一般的であって悪くねぇ。だが、根拠と理論のねぇ自信は愚の骨頂でしかねぇな。」
月島遥は、証明を開始した。