一日目〔会合〕中編
その日記にはおそらくこの建物の主であろう人の記録があった。
僕は半ば興味なさげにページをめくる。
ほとんどがインクが滲み読めるわけではない上、作為的に人の手によって破られている。
そんな中に気になるページを見つけた。
9月*日
私はこの年にして自らの罪に気づいた。
ーーーがこの館を訪れた時に気づくべきだったかもしれない。
私はーーーを助けることは一生できない。もしかすればーーーは誰にも助けることのできない存在なのだろうか。
ならば、私は覚悟を決めよう。
ーーーがいつか正しく生きてくれるように。
私は神に血を捧げよう。
このページは他とは明らかに異なるものだった。
この前後のページには、ーーーは出てきていない。
ーーーはおそらく人名だろうが、黒いインクで塗りつぶされた跡がある。
そして、“私は神に血を捧げよう”の一文。
これは明らかな人の死を連想させる。
もし僕の予想が正しければ、この館の主は誰かを殺しているだろう。
そんな人間に僕達は連れてこられたんだろうか?
僕の思考はただ延々と繰り返された。
これほどの不可解さと記憶喪失という状況が、不安を掻き立てる。
当然といえば当然ではあるのだが、僕には今を考える余裕はない。
それは悲劇を助長する。
「ーーーーーっ!?」
この部屋の扉の方角から悲鳴は前置きなくこだました。
余りにも突然であったため、蘭は声を上げた。
女性の驚嘆であり驚愕でもある声だ。
「箭内君。私、様子を見に・・・。」
そう言って走り出そうとする蘭を袖を引っ張って静止する。
「僕も一緒にいく。」
言いながら僕は自分が何を着ているかを確認した。ワイシャツにネクタイ、学生ズボンだ。
これでは先ほどの日記を“隠したまま”移動することはできない。
僕は自分の寝ていたベッドの下に本を滑らせ、そのまま部屋を出た。
部屋を出た後、長めの廊下を渡り大きめの建物に入った。この建物は僕達の居た部屋に比べて比較的に新しく綺麗だ。
建物の扉を開けたとき、僕は少し後悔する。
現場は惨劇だ。
まず目に付くのは、死体である。
食堂であるだろう横長の部屋のテーブルに仰向けに倒れている。
首と手首に出血が確認でき、投げ捨てられたかのように手足は様々な方向を向いている。
歳は20~30の男性。体つきから、アメフトやラグビーでもやっていたような気がする。
部屋全体としてはテーブルや椅子に変わった場所はない。
そして、僕達二人を含めてこの部屋に生きて居るのは5人。
一人は、腰を抜かしていることから先ほどの悲鳴を上げたであろう女性。ジャージ姿だ。
二人目は、死体に対し怯えながらもこちらを見た男性。こちらはサラリーマンだろうか、死体の男性に比べて細くて弱々しい。
部屋の奥にもう二人。片方は僕達と同じ学生らしく種類は違うが制服を来ている青年。もう一人は、白衣に身を包んだ女性であり、印象的な赤い眼鏡をかけ、髪を後ろで結んでいる。教師だろうか?
最後の一人は異質だった。黒いジーンズに黒いコートを羽織っている。珍しいことに、中のワイシャツまで黒である。なにからなにまで黒で統一されたこの男は一度こちらを見据えたあと、死体へと視線を移した。
それから、僕達は互の状況と持ち得ている少ない情報を交換し合った。
そこで得た情報を自分なりにまとめると、
まず、僕達はなにかしらの方法で気絶させられて連れてこられた。そこに、規則性や法則は見当たらない。そして、この館とは全員が無関係であり、またあの死体の人物を知っている人もいなかった。
「そ、それなら。あの死体は、ここにいる誰かが殺したって訳じゃぁ・・・・。」
ジャージの女性、白浜結さんはうわずった声で言葉を発した。
彼女の発言は理想だ。もしこの中に殺人鬼がいるとしたら、それは絶望と表現できる。
いいや、この中にいるよ。
そう、あの男が水を差した。
「俺はたしかに殺人を見たわけじゃない。だけど、僕等以外の人が殺したってのは考えづらいなぁ。
それなら何故俺達はここにいるんだい?連れてこられたんだい?殺人現場でも見て欲しかったからか、いやぁまさかね。」
男は楽しげに口を開く。
「俺が思うに、犯人は“俺達の中の一人と関係がある。もしくは、その一人に何かをする、伝えるために”こんなことをしたんじゃないかなぁ。」
男、月島遥は白い歯を見せて笑った。
その姿に誰もが口を閉ざした。
遥は、楽しんでいる。この状況を、誰よりも。
まるで、新しいおもちゃを見た赤子がケラケラと笑うような無邪気さがある。
隣にいた蘭が僕を少し怯えた目で見た。
「まぁ、ここで歓談会なんてしていても事態は解決しないし。犯人探しの探偵ごっこなぁんてシャレこもうじゃないか。」