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[長編/完結済]『月でウサギを飼う方法』――シニカルでペシミストな少女の、夢と希望と浪漫の近未来青春小説

 月にはウサギがいる。

 それは日本人なら誰もが知っていることだし、同時に、実際はいないのだとも知っています。

 だったら、月に本当にウサギを連れて行っても、何の問題もないはず。

 これは月でウサギを飼うことに挑戦する、少年少女たちの近未来青春小説です。



 舞台は恐らく数十年、あるいは数年ほど未来の日本。

 人の暮らしや環境はほとんど何も変わっておらず、違いを上げるなら次世代エネルギー開発に成功して石油の価値が下がっていること、それが原因で遠く離れた中東諸国で泥沼の戦争が起こっていること。

 そして、月面に有人基地が開発され、各国の研究者や技術者がそこで生活を送っているということぐらい。


 しかし、一般人が月旅行に行けるのはまだ何十年も先の話だし、日本の普通の学生たちはバイトや趣味に勤しんだり、麻雀や煙草といった不健全な娯楽に耽ったり、あるいはいかに楽に卒業するかを競ったりと、実に平和な日々を過ごしています。


 主人公である五所川原葵は、工業高等専門学校に通う五年生です。

 彼女は他大学に通う友人と合同で漫画を描いており、そこそこ人気が出ている同人作家。

 世界的に有名な教授が多忙すぎるせいで、完全放置され楽チンと評判の研究室に配属されたのをこれ幸いと、漫画の執筆に全力を注いでいます。

 お蔭で、研究課題に取り組むどころか、同じ研究室仲間とも顔を合わせたことがないという有様。

 しかし、そんな不真面目な学生である彼女たちに、とんでもないピンチが訪れます。


 なんと、彼女たちの教授を含む幾人もの研究者たちの乗った輸送機が、紛争地域で爆撃され墜落してしまったのです。

 放任主義の担当教授が亡くなってしまったがために、明るみに出る彼女たちの燦々たる研究状況。結果訪れる留年の危機。

 それを回避するため、そして厭味ったらしい代理教授をぎゃふんと言わせるために、彼女と、初めて顔を合わせることになった同じ研究室の男子三人はようやく重い腰を上げ始めます。


 そんな中、彼女たちが偶然目に止めたのは、輸送機撃墜事件の影響で急きょ行われることになった、月基地での事業計画のコンペ。

 一発逆転のチャンスに掛けて、彼女たちはそれに応募することを決めるのです。

 月でウサギ牧場を経営するという、突飛な案を携えて……。



 

 そんな形で始まるこの作品は、月でウサギを飼うなんてロマンティックな主題に反して、かなり現実味に溢れた作品です。

 ペットとして飼うのではなく、肉を生産するために行う訳ですから、限られた予算の中でいかに経費を削減し、キロ当たりの単価を落とすかに知恵を絞ります。

 基地内部の需要はもちろんのこと、リットル当たりの水の価格、廃棄物の処理費用、月まで材料を運ぶための運送費。計算に入れることはいくらでもあります。

 そうした問題を一つ一つ潰していき、アイディアを出し合っていく様は、まるで彼女たちの一員になったかのような気がして、とてもわくわくします。


 また、彼女たちの案は無事採用されるのですが、その理由が亡き教授の遺志を引き継ぐという美談と現役高専生という話題性により、衆人の注目を集める広告塔にするという実にシビアなもの。

 決して実力を評価された訳ではなく、それどころか客寄せパンダでしかないと知りながら、それでも彼女たちは月に行けるという魅力的な誘いを振り切れず決意をするのです。


 さらに月でも、問題は次々降りかかります。

 地球の六分の一という月の重力が、ウサギに与える予想外の影響。同じくコンペに採用された他チームとの不和。水不足に、遠い世界の話だと思っていた戦争とテロ事件。

 しかし、そんな諸々の問題を乗り越えた結果、彼女たちと月基地の人々が辿りつく一つの答えは、とても感動的なものなのです。



 この作品は、キャラクターも実に個性的です。

 主人公は皮肉屋で、自分や周囲、世間を冷めた目で見るペシミスト。それは彼女が描く作品にも表れてきます。

 自分を曲げてまで大衆に迎合するのを嫌い、独尊的で、潔癖。けれどそんな彼女が、月での生活を通じて少しずつ考えを変えていくところは、なかなか説得力があります。

 彼女の仲間たちも、不真面目だったりやる気がなかったりと、最初は駄目な部分が目につきますが、理由あってのことだったり、得意とする部分で活躍したりとどんどん頼もしくなってきます。

 さらに素敵なのは、大人が魅力的なこと。彼女たちに協力してくれる栄養士さんや月基地で働く大人たちは、誰もが自分たちの仕事に誇りを持っているスペシャリストばかり。

 そんな彼らが、学生である主人公たちに与える影響は少なくなく、また生き生きと働く姿には私たちも憧れと羨望を抱きます。



 第一部は無事に完結し、現在第二部を連載中。

 そちらも非常に気になる、実におすすめの作品です。





『月でウサギを飼う方法』 / 吉田エン様 (http://ncode.syosetu.com/n2464ci/)

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