二章四節 - 砕氷
「楽しそうだな」
比呼は独りごちた。
「もっと早く言ってりゃぁ、滑れたのによ」
雷乱が笑んで言う。
「もう春が近いからな。体重の重い大人が乗ったら、氷が割れて落ちる危険性がある。子どもたちも、そろそろここで遊べなくなるのが分かってるから、今のうちに遊んどくんだよ」
比呼は丘の頂からその様子を眺めた。まだ弱々しいが、太陽の光は確実に彼の背を暖めてくれている。
しかし、その時――。
凍っているはずの池から小さな飛沫があがった。音はない。遠かったので、聞こえなかったのだ。しかし、人影がひとつ消えるのははっきり見えた。
「おい!」
雷乱が思わず叫ぶ。
雷乱も比呼も一瞬で何が起こったか察して、池の方へと丘の斜面を駆け下った。
池のふちに立つ幼い子どもたちは呆然としている。
そして、池の氷の中央には大きな穴。穴の中には子どもがひとり――。
池に落ちたのは、氷を踏み抜いたその一人だけらしい。他の子どもは皆安全な場所へ避難している。
年長らしき少年が、助けに行こうとする少年を捕まえながら、他の少年にここから一番近い月日の屋敷に人を呼びにいくよう指示を出していた。
「やっぱりか……」
雷乱が憎々しげに顔をゆがめて言う。
「おい、オレが人を呼びに行ってくるから――。って、お前何をするつもりだ?」
比呼は上着を脱ぎ、その場に投げ捨てていた。
「早く助けないと!」
それだけ叫んで、そっと薄く凍った池へと足を踏み出す。
「バカ、やめろ」
雷乱は比呼を止めようとしたが、氷の張った池へは踏み出さない。長身で大柄な雷乱が乗れば、確実に氷が割れてしまう。
「雷乱は人を呼んできて」
華奢な比呼は、慎重に池の中心に歩みながら叫んだ。
「くっそ……」
雷乱は悪態をつきながらも、すばやくきびすを返す。
「いいか? オレは人を呼びに行ってくる。お前たちは間違っても池に近づくんじゃないぞ」
周りに集まっていた子どもたちにそう言って、雷乱は駆け出した。




