二章一節 - 三寒四温
比呼が雪下ろしにかける時間は、次第に短くなった。暖かくなるにつれて雪の量が減ったこともあるだろうが、凪たちは比呼が雪下ろしの腕を上げたと喜んでいる。
彼女たちは本当にやさしい。自分を暗殺しようとした比呼を、臣下にした与羽もそうだ。
町の人も、彼を胡乱な目で見ることはあっても、出て行けとは言わない。
中州の人は、皆やさしい。
ここでは当たり前のやさしさが、比呼はとてもうれしかった。
* * *
「お~い、比呼。監視……いや、遊びに来たぜ」
玄関先でわざとらしく声を張り上げたのは、与羽に忠誠を誓うもう一人の臣下――雷乱だ。
「雷乱、いらっしゃ~い」
凪が言いながら慌てて玄関へ出て行く。
中州城下町でもまれにみる長身かつ大柄な雷乱は、少し身をかがめるようにして居間にやってきた。分厚い着物を着てはいるが、上着は身につけていない。冬にしては薄着だ。
「今日は結構あったかいぜ」
いぶかしげな比呼の表情を見てか、雷乱が戸口の方を親指で指しながら言う。
「雪が解けはじめて、通りがべちょべちょだ。裾を汚さないように来るのが、大変だったぜ」
雷乱は中州出身ではない上、あまり高い身分でもないので、城下に家を持っていない。寝起きしている城の一角から大通りの中ほどにあるこの薬師家までは、確かに距離がある。
がさつな性格の雷乱にとって、ここまで神経質に歩いてくるのは結構な苦痛だったろうと、比呼は推察した。
「雪が解け始めましたか。冬ももう終わりですねぇ」
香子が雷乱のためにお茶を入れながら、しみじみと言う。
「新たに巡ってくる春のあなうれしや。冬が厳しいと、春の暖かさはいっそうすばらしく感じますからねぇ」
「本当よね」
雷乱のために茶菓子を出しながら、凪も噛みしめるように相槌を打つ。
――まだ、寒いけど……。
そう思うのは比呼だけのようだ。
比呼が住んでいた華金国は中州よりも暖かい南にある。雪が積もることさえまれな華金の王都に慣れた彼の体では、今も冬と変わらない。
「まだ寒いって顔をしてるわね」
凪が比呼の顔を覗き込みながら言う。この冬の間だけで、彼女は比呼の表情を読むのがうまくなった。
「ハハッ、中州は寒いからな」
比呼同様、華金出身の雷乱には、比呼の気持ちがよく分かるようだ。
「だが、やっぱりもうそこまで春は来てるぜ。見に行ってみるか?」
疑問形で言いながらも、雷乱は茶と茶菓子を流し込むように食べ、もう腰を上げている。比呼を案内する気満々だ。
凪も比呼のために綿のたくさん入った上着を取って渡してくれた。
ここまでされたら、行かないわけにはいかない。
冬の間、雪かきの時以外極力外出を控えていた比呼だが、意を決して立ち上がった。




