一章三節 - 雪除き
何と言っても、与羽が認めた男だ。
凪はここよりも寒い北の空の下にいるであろう、妹同然の少女を思い浮かべた。
彼女は大雑把で、人と目を合わせるのを極端に嫌うにもかかわらず、人を見る目はしっかりしている。
敵国出身の雷乱を、自身の護衛として中州に引き入れたのも与羽だ。
確かに最初は混乱したものの、その判断が間違っていたと言う者は今では誰もいない。
そしてきっと、比呼の場合も間違ってはいないはずだ。
そうでなくては困る。そもそものきっかけをつくったのは、栗を拾いに山に入ったところで比呼を発見した凪だ。彼は中州の人々の同情を誘って取り込みやすくするために、山賊に襲われたふりをしたらしい。
凪が彼の介抱をかってでたのも、薬師家で育ち医学に秀でていたこともあったが、一番は彼に同情したからだ。
その点で、彼のたくらみは成功していた。ただ、与羽の方がやや上手だっただけで――。
本当に比呼が悪いだけの人間だったのなら、彼に利用された凪は暗殺の片棒を担いだと自分を責めただろう。
――本当に、良かった。
凪は比呼の華奢な背中を見つめた。
視線を感じて、比呼が振り返る。
「もう少し待って」
そう言って、大きな雪の塊に挑戦する。細い体をしているが、筋力は結構あるらしい。
「早くしなさい」
凪は内心を悟られないようにするために、わざときつい口調で言う。
「う……」
ひるんだような顔をして、比呼は慌てて雪を下ろそうと踏み出した。できるだけたくさんの雪を一度に下ろそうと身を乗り出して、遠くに鋤を立てる。
しかしそこで、柔らかな新雪に足をとられ、体の均衡を崩した。
「あ……!」
比呼が声を上げ、体勢を立て直そうとしたが、雪の下――凍った瓦がそれを阻む。
凪は深くため息をついて、冷たくなった片手で顔を覆った。この先の展開は見なくても分かる。
人一人が雪とともに落ちる音を聞きながら、凪は「やっぱり……」と呟いた。




