一章一節 - 温かな部屋
薬師家は、凪と祖母の二人暮しだ。
凪の両親は優秀な医師で、中州や北の天駆、月見川を渡った東の青原をはじめ、様々な場所を旅して病人や怪我人の治療をしているらしい。この城下町には、年に数回帰って来ると言うが、ここに居候をはじめて間もない比呼はまだ会ったことがなかった。
凪は、幼いころから薬草や医学の知識を叩き込まれて育ったと言う。
薬師は代々、医学・薬学に携わる家系なのだそうだ。
比呼もいくらか薬学の心得があるが、凪の知識もなかなかのもので、その師である彼女の祖母にかかれば、怪我の手当てから病気の治療、赤ん坊の取り上げまで何でもこいだ。
比呼は部屋の壁に無造作に並べられた薬草を眺めながら、内心ため息をついた。
「そのうちうまくなるよ」
凪がその心中を察して言う。
比呼が手伝ったために屋根の雪下ろしは、いつもの倍近く時間がかかってしまった。
「そうそう、中州で雪かきができんかったら生きていけませんからねぇ」
凪の祖母――香子は暖かい汁を椀によそっている。屋根の雪を下ろし、玄関先の雪を脇にどかした後、暖かい朝食を食べるのが、中州の冬の習慣なのだそうだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
比呼は、香子の差し出した椀を両手で捧げ持つように受け取った。椀の熱が指先から、冷えた体をじんわりと温めてくれる。
渡された具沢山のすまし汁には、この年末についた餅が四つ入っていた。比呼は首をかしげた。いつもは三つなのだが……。
「凪を手伝ってくれたお礼ですよ」
足手まといにしかならなかった比呼だったが、香子はそう思っていないらしい。
「それに、比呼は痩せてるからね。もっと食べないと」
凪も言う。
「そうですよ。うちの孫を見習いなさいな」
香子の言葉に、比呼は凪を見て首をかしげた。彼女も細身だが――。
「ほらほら、この大きな胸。私がたくさん食べさせた賜物ですよ」
「その代わり肩こりに効く灸が手離せなくなったけど……」
照れるのかと思いきや、凪は普通に会話を成立させている。思わず彼女のふくよかな胸元に目がいって、慌てて視線を逸らした比呼とは大違いだ。
彼女らにしろ、辰海の父親――卯龍にしろ、中州の人々は明るくて豪快だ。
寒くても、外からは雑踏のざわめきが聞こえてくるし、どこかで鳥が鳴いている。
「かまくらつくる人、こ~の指と~まれ!」
ひときわ大きな子どもの声が、大通りを駆け抜けていく。それを追いかける高い声に笑い声。
――ここにとどまってよかった。
比呼はそう思った。
まだ、中州の人々の多くは冷たいが、それも次第に変わっていくはずだ。そうなるように、努力しなくてはならない。
比呼は改めてそう決心し、汁を吸ってやわらかくなった餅にかぶりついた。




