真終章二節 - 春の訪れ
「よく帰ってきたな、息子よ」
それに見とれていた辰海の頭を、父――卯龍が肘で小突く。
「ち、父上。……ただいま、帰りました」
辰海が頭を下げると、卯龍はいつものさわやかな笑みを見せて辰海の頭をなでた。武官としての精進も怠らない彼の手は、大きくごつごつしている。
一方の辰海の手は、左手にはそれなりの厚みがあるものの、右手のひらは柔らかい。辰海はさりげなく拳を握った。
九鬼親子の方は、短く言葉を交わすのみで、その声も小さくこちらまでは聞こえてこない。
「そう言えば、乱兄」
乱舞の腕に抱かれたまま、与羽は呟くように話しかけた。
「なあに?」
やさしく乱舞は応える。
「じいちゃん、天駆に残ってもらったけど、よかった?」
「うん。これ以上、苦労かけさせたくないからね」
「よかった。――あとさ」
「ん?」
やや歯切れの悪い与羽を促すように、乱舞は自分のものとよく似た色の長い髪をなでている。
「比呼のこと、帰りながら少し考えたんだけど」
「奇遇だね。僕も絡柳の報告を聞いて思うことがあるんだ」
「じゃぁ――」
「けど、今は仕事の話はなしだよ」
乱舞に止められて、与羽は口をつぐんだ。
しかし、ふと思うことがあって顔を上げる。彼女の顔には、乱舞も良く見慣れたあのいたずらっぽい笑みがあった。
少しだけ、乱舞の表情が引きつった。
「沙羅さん、嫉妬しとんじゃない?」
その名前に乱舞はかすかにたじろいだが、またすぐ与羽の背をなではじめる。
「大丈夫。沙羅は理解があるから」
「どうかなぁ」
与羽は含みありげに呟いて、いっそう乱舞をひるませた。
その隙に兄の腕を離れ、町の人々の方へと駆け出す。そうしながら、笑みを抑えることができなかった。
――いいこと、思いついた。
しかし、それを実行に移すのはまだ先のこと。今はただ、城下町中にこだまする自分の名前を呼ぶ声に包まれていたい。
強く風が吹きぬける。
ほのかに温かみを帯びた、春の風。
陽だまりのように暖かな、中州城下町。
人々はいつでもほほえんで彼女を迎えてくれる――。
何ヶ月離れていようとも確信できる――。
――ここが、私の帰るべき場所。
<完>
そして、これで本当におしまい。
と言いつつ、書きたいおまけ短編が他に二つほど――。
まだ構想段階ですから、載せられるのはいつになるやら。
温かな話になるよう努力したのですが、いかがでしたでしょうか。
与羽と乱舞、そして城下町の暖かさを春の訪れとともに感じていただければ幸いです。
比呼はオバサマうけする韓流スター的な感じ?(※2010年時点:イメージヨン様)
ちなみに、今回あからさまに伏線を張りました。伏せてないですね。伏線とか言いながら。「沙羅」って誰なんでしょうね。いや、皆様のご想像の通りでしょうが。
まぁ、そのあたりは龍神の詩4「龍姫の恋愛成就大作戦」というあからさまなタイトルの作品に続きます。
間に外伝を入れますが、こちらは与羽の子ども時代のお話です。
よろしければこちらもあわせてお読みください。
ではでは、毎度、こんな最後の方まで読んでくださってありがとうございます。
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最終更新日2016/8/12




