真終章一節 - 姫の帰還
姫たちが帰還するという報は、公にしなかったにもかかわらず城下中に広がった。城主から文官へ、文官から家族へ、そして近所の人へ――と鼠算式に伝わっていったのだ。
この日、大通りの両側には多くの町人が並び、ゆっくり歩む馬に乗って城へと向かう与羽に声をかけた。いつもは暇さえあれば城下町をうろついていた与羽だ。彼女のいない中州の冬を、ほとんどの人が物足りなく感じていた。
与羽の乗る馬のくつわをとるのは、武官第二位九鬼大斗。
もう一人の同行者――辰海も馬を降り、その隣で自分の馬を引いていた。そのさらに後ろには、女官や荷馬を引く武官が控えめに続く。
与羽は馬上から笑顔で手を振っている。中州城下町に帰ってきたことを、心から喜んでいるようだ。
全ての人が与羽の名を呼び、武官たちは鍛えた大声で大斗の名も叫ぶ。
辰海は恥ずかしそうにうつむいているが、彼の名を呼ぶ黄色い声は町娘たちのものだ。彼が与羽を好いていることは知っていても、その顔や性格のよさは憧れの対象になっている。
「あ! 比呼!」
与羽が一方向に目を向け、大きく手を振った。
「与羽!! おかえり!」
これだけたくさんの人がいる中で気付いてもらえたうれしさに、比呼は精一杯背伸びして両手を振り回す。
「おいおい、羨ましいな兄ちゃん」
「ひっ君、子どもみたいよ」
周りにいるおじさんおばさんが、比呼をそうからかう。池に落ちた子どもを救って以来、城下の人々の比呼に対する態度はわずかにだが、やさしくなった。
自分の命を顧みず、子どもを救った勇気。与羽に対する忠誠心。それらを認められたのだ。今では近所のおばさんたちから、「ひっ君」と呼ばれかわいがられている。
「馴染んだな、比呼」
遠目にもその様子が分かり、与羽は呟いた。
しかし、その声は城下に満ちる歓迎の声にかき消されて、誰にも聞こえない。
「もう少し苦労するかと思ったけど……」
与羽はもう目の前まで迫った城を見た。通りの終わりに、一人の青年が立っている。周りに集まった人々に圧倒されることなく、堂々とその存在感を示している彼は――。
「乱兄!」
叫ぶと中州城主――乱舞はもともと穏やかな顔をさらに和ませた。
「与羽。おかえり」
腕を伸ばして与羽の脇を掴み、馬から下ろしてやる。
「ただいま」
与羽はその場にいた全ての人が嫉妬するほど無邪気にほほえんで、乱舞の首にしがみついた。
乱舞もそっと与羽の背に腕を回す。誰もが感動するほどやさしくほほえましい兄妹の抱擁だ。




