三章三節 - 晩冬の日射
「悪かったな。いつもはこの時期になると、長男が城下町周辺の氷を割って回るんだが、今年は遅れてしまった」
「長男……って――?」
今中州城下町にいない長男と聞いて、比呼が思い浮かぶのは二人しかいなかった。
一人は文官筆頭古狐家の長男。もう一人は――。
「大斗だ。俺は親父の北斗」
中州武官第一位。中州最強の男。
比呼は彼の顔を見ようとしたが、肩に担がれた状態では背中しか見えなかった。
「いつもは息子が世話をかけて申し訳ない」
あまり申し訳ないと思っていないような口調で北斗は言う。
「いえ……」
「だが、大斗は気に入った奴にしかちょっかいを出さないはずだから、お前は大斗に気に入られたんだろうな。どうでもいい奴には無視、無関心を貫く」
「そうなんですか」
それが幸か不幸かは分からないが……。
「と言うことは、お前はそれなりの使い手なんだろう」
少しだけ北斗の雰囲気が変わったが、比呼は気にしないことにした。たとえそれが、大斗の纏う好戦的な空気にとても近かったとしても――。
「そんなことないです。与羽に負けましたし」
「与羽はまだ『それなりの使い手』に含まれる。彼女に負けたからと言って、お前がそれなりの使い手ではない証拠にはならない」
だから自信を持てと言いたいのか。
「……はあ」
どう反応すればいいのか、分からない。それきり北斗も口をつぐんでしまった。
しばらく肩に担がれて揺れを感じていると、不意に体が暖かい空間に入った。日のあたる場所に出たらしい。
「おっ?」
何を見つけたのか、北斗が声を上げるが、やはり比呼には見えない。
しかし、その必要もなく北斗が呟いてくれた。
「雷のガキに水月の大臣、あの童顔チビは漏日の息子か」
雷のガキは何となく雷乱のことだろうと察せたが、後の二人は分からない。
「お前……、九鬼の――、何でここに――?」
全力で走ってきたのだろう。息を切らせながら雷乱が言う。
「もう十分か」
雷乱の問いには答えず、北斗は少年を雷乱に渡した後、比呼も降ろした。足を地面に叩きつけるような乱暴な降ろし方に、内臓が大きく揺れる。一瞬吐き気を感じたが、文句を言う余裕もなくその場にへたり込んでしまった。安心したのかもしれない。
北斗は置いてきた竿を取りに行くのか、きびすを返してもと来た道を引き返していく。
「凪も……呼ぶよう、使いを出したからな」
それを見送りながら、聞いてもいないのに雷乱がまだ荒れた息をつきながら告げる。
彼の後ろには呼んできたらしき男が二人。程度の差はあるが、彼らも同様に息が上がっている。
特に幼さの残る顔立ちをした方はひどく汗を流し、しきりに息をついている。もう一人は、数回深く息をついただけで落ち着いたのか、今は余裕の表情で額の汗をぬぐうのみだ。
「……そう」
比呼は、できるだけ声を震わせないように努力して答えた。




