幽霊憑き
「幽霊憑き?」
「うむ。隣のクラスなのだがそう呼ばれておる女の子がおるな」
「富士野、隣ってどっちだよ」
「あぁ、失礼した。6組の事である」
そう言って富士野君が情報を付け足す。
『山岳部』部室は長机を横に2つ繋げて安定の会議配列を取ってもまだ余裕があるほどの広さはある。しかしごちゃごちゃと山岳用品が転がっていて少し埃っぽい。
今度整理しようと思う。今度。
このひと月ほどの俺たちの放課後は部室に集まって
「超能力者を探す為の情報交換」という名目のグダったアフタータイムをエンジョイしている訳だが、
気になる噂を富士野君が言ったので話を止める。ついでにいうと富士野君は7組で俺たちは3組だ。
「それで?その『幽霊憑き』の子の噂は何があるんだ?」
「いや、僕もそんなに詳しい話は聞いてないんだけどね、6組には幽霊に取り憑かれている子が居てその子の周りでは気味の悪い現象が良く起こるそうだよ」
「…現象の内容は?」
「うむ、僕も聞いたのだが皆気味悪がってるのかあまり話さないんだ。ただドアや窓が勝手に動いたりするそうだね」
「念動力者か!」
なんだかテンションが上がっている辰野が椅子から立ち上がる。落ち着け。
さっき購買で買ってきた唐揚げ(5個入り)を1個やって黙らせる。
やめろ、わかってるだろ1個だけだそれ以上はやらん。
「まぁ超能力者とも限らないがね、幽霊が憑いてる、なんていじめのテンプレだろう」
「…そうだね。本当に超能力者だとしてもそんな分かり易い能力じゃないだろうなぁ、例によって」
三人の視線が交差する、うん。ですね。
なんにせよもう少し噂を集めてから接触しよう。
別に女の子みたいだからどうしたら良いかわからないなんてことはないんだからね。決して。
「そうしたら今日は『幽霊憑き』の情報を集めるということで良いのだな同志よ!」
「いや、今日は『山岳部』の方でしなければならないこともあるんだよこれが」
そういって俺は机の中から書類を取りだす。
「なんだそれ?」
辰野が当然の疑問を口にする。だがお前はこれを見たことあるだろうが。
「入部届け、であるな」
「そう、これは入部届けだ。そして俺たちが今使っている部室は御存じ『山岳部』の物であり俺たちは
『山岳部』の部員ということになっている」
なんで俺たちが『山岳部』を『超能力者』の根城にしているかというと話は簡単。
『山岳部』が絶滅の危機に瀕していたからである。
入学の段階で部員は0人それまでの顧問も転勤。
自然消滅を待たれたのだが、俺たちはそこに目をつけ『山岳部』に入部したのである。
新しい顧問は都合良く若い人間である我らが春ちゃんに投げられている、正直スマン。
春ちゃんは花も恥じらう女子テニスと一緒に山岳部の顧問をしているのだ。
もっとも春ちゃんも山岳の知識はないので俺たちは筋トレとちょっとした山登りでもします!
とかなんとか言ってお茶を濁しながら『山岳部』の形を保っているのであった。
一応山岳部なのでテントやライトなど一式その辺に散らばっており、本気出せば結構楽しめそうなのでたまには山に登っても良いかもなんてぼんやり考えていた。
結局は放課後にダラダラ仲間内で過ごす空間が欲しいというだけなのだ。
だがそれも本日春ちゃんに
「来週までに5人以上部員が集まらないと廃部だそうです」
と通達を受けるまでの話である。つまり
「最優先事項は部員を集めることだ!」
バーン!と入部届けを机に叩きつけて叫ぶ。
「でも俺たちそんなに友達いないし、そもそも山岳部って人気無いから潰れかかってるんだよな」
「うるさいぞ坊主。お前に友達いないのは俺が一番よく知ってるよ!」
「僕には同志達がいるがね!」
「だから俺たち以外が必要なんだよ話聞いてたのかなぁ富士野君!?」
「そういう夢野は知り合い居ないのかよ、この高校に」
「…う」
辰野に痛い所を突かれる。
俺の脳裏にはひと月前の、入学式の映像が呼び起されていた。
―――流れるような黒髪と完璧な二重の眼が焼き付いている。
その横に劣ることなく並び立っているのもやっぱり見覚えのある顔の青年で、
まるでそこだけ別の世界のような光景が、絵本みたいに綺麗だと感じるのに、
なぜだかとても切なかった。
「いないっすよそんなの……死ねば良いんですかね…」
「おおぅ…何か知らんが悪かった、元気出せよ。唐揚げ1個残ってるぞ、食うか?」
おいお前それはどう考えても俺のからあげじゃねぇか。殺すぞ坊主野郎。
とりあえず入部届けを山分けして「隙が有ったら勧誘しろ」と言って解散した。
もっとも知らない人間に知らない部活を勧められて入るやつもいないけどこういうのは努力が大切なんだ。
どっかで人づてに何かあるだろ!きっと!
俺は帰宅部を勧誘する為に放課後の校舎内を散策することにした。
どっかの教室に人が残ってるかと思ったのだが、なんとも皆様お早いお帰りで。
斜陽に色づく放課後の校舎はまさにノスタルジックで、なんとも哀愁が漂っていた。
でも神様はきっと見てくれる!だから助けなさい!求む出会い!
角から女の子!空から女の子!来い!来い!
そんな出会いを求め、モンスターよろしく放課後ダンジョンをさ迷っていた時、
果たして俺は運命と出会ったのである。
むむっ角の向こうから女の子の声がします!おぉ、神よ!
「あんた、気味が悪いのよ」
「なんか言い返したらどうなの?」
「あ、ごめーん。手が滑っちゃったぁー」
放課後の校舎に響くいかにもな感じの有り様。感動した。
これ以上の説明はない見たまま、聞いたまま、そのまま。
写真に収めてコンクールに出展しようかとさえ思った。
角を曲がるとそこはいじめの現場でした。
神様、これ何か違う。