『嘘発見器』
結果的に言うと彼女、秋月 奏は自分の能力を信じてくれなかった。
実演したら驚いてくれたのではあるが、マジックであるという結論で持って迎えられた。
タネを教えろとせがまれて、これは超能力であると必死に説明したが結果はドン引き。
彼女の中の俺のランクは勿体ぶってマジックのタネも教えてくれない小物ということに相成った。
なんという悲運。俺はその日泣きながら家に帰った。
母さんがその雄大なる懐で抱きしめ背中を擦ってくれたら、
きっと俺は立ち直ってタネも仕掛けも無いことを分かりやすく彼女に証明する、
という冷静な判断まで回復可能だったであろう。
しかし現実はどこまでも鬼畜で、泣きながら家に帰った俺を迎えたのは、
父親の会社が倒産して借金のかたに家を売り払うので少し離れた祖父母の家に引っ越しという
夜逃げさながらのとんでも展開であった。
もう何がなにやら分からない踏んだり蹴ったり神は死んだ。ていうか俺が死んだ。
ドロドロの顔で祖父母の家に辿り着いた時はあの頑固で厳しい爺さんも黙って俺を抱きしめてくれた。
すまん爺さん、8割方別の理由で泣いてるんだよ俺。
そうして美しくない超展開によって地図上では少し、だが確実に住んでいた町から離れたことによって小学校も変わり、俺は幼馴染達と別れを交わす事もできずに離れ離れになってしまった訳だ。
●
「蔦道、醤油取って」
月曜日の朝はつらい。『夢野家』の朝食は和風である。
新聞を読みながら朝食を食べるという日本の親父の伝統と格式に乗っ取った行動を取りながら
親父が醤油を催促する。
そこに威厳がある訳でもなく特徴の無い男だ、私はとても遺伝を恨む。
ちなみにこの親父、借金を返してから態度がでかい。
それまではトイレでコソコソと新聞を読んでいた人間とは思えない変わり身である。
特徴のない男の特徴のない息子はチラ、と母親の方を見る
「自分で取りなさい、新聞も片づけて」
我が家の圧倒的頂点である母さんが味噌汁のお玉を手に注意する。
母さんは美人だと思う。私はやはり遺伝を恨む。
そして借金の時のこともあり親父は逆らえない、すぐに黙って新聞を畳む。
ついでに恨めしそうな目で此方を見る。なんだよ。
俺の中での親父の評価は高校生になった今もまだ完全回復とはなってないのである。
「蔦道もそろそろ出ないと間に合わないでしょ、早く行きなさい」
「あぁ、本当だ。行ってきますよ」
残りの飯をかきこみ席を立つ。
「それじゃあ、行ってきます」
仏壇に飾られる爺さんの写真に向かってそう言い俺は家を出た。
高校まで行くには電車に乗らなければならない。
時間的に歩きでは少しきついので小走りで駅に向かう。
こういう時この土地は坂が多くて嫌になる、自転車もろくに機能しない。
足に乳酸を蓄積しながら道を進んでいると突然後ろから声をかけられる。
「おはよう夢野。電車間に合うかこれ?」
「おはよう辰野。ギリギリだ」
ほぼ毎朝同じ電車なので驚きもせずに返事をした。
この坊主男の名前は辰野 彰浩
潤いのある毎日を迎えたいときにはあまり会わなくても良い人間である。
なんせ身長180㎝の筋肉質坊主。常にケツに気合を入れないとやられそうな外見である
何を、とは言えない。
顔も悪くはないと思うがなにぶん怖そうなのでこれまで女の噂は聞かない、心の友よ。
「んで今日も放課後メンバー探しをするのか?」
「……そうだな」
そして『山岳部』の部員であり
超能力者である。
辰野の能力は『嘘発見器』
中学2年の時に能力に名前が欲しくて2人で考えた。
本当は「断罪する真実の発露」というカッコイイ名前があったのだが、
自然と今の名前に落ち着いている。
俺たちは日々若い感性を捨てながら大人になっているのである。
詳しい能力は嘘発見器の名前通りだ。
そう、彼は人の嘘が分かる。―――――だがしょぼい。
俺たちが出会ったのは俺の転校初日である。
出会ったのは、だ。知り合ったのはその1週間ほど後だ。
転校などしたことのなかった俺は天性の影の薄さとノンアクティブな性格のおかげで友達が出来なかった。
声をかけてくれても良いじゃない、と思うが初日が勝負と言われる転校生がまるで夜逃げしてきたような濁った眼をしていたのだから仕方ない。
しばらくぼっちをお楽しみください。
事態が急変したのは1週間ほどした時だったか。
休み時間という名前の地獄を旅している時に声をかけられた。
独りでシャーペンの芯をケースの細い穴から高速で全部出したり入れたりして遊ぶ
画期的な遊びをしている俺にその質問は来た。5本コース最短記録挑戦中にだ。
「夢野君って超能力とか持ってたりする?」
「な、なななななないです!」
いきなり前の席の坊主がこちらに向かって核心をつく質問である。
これにはさすがに苦笑い、じゃなく尋常じゃなく焦って取り乱した。
くっ、ばれたかこれは…これからは異常者としてこの坊主の少年にいじめられる毎日なのか…と、
いじめっこ(暫定)の顔をみると
「………マジで?」
何故か信じられないという顔をしてこっちを見ていた。
それまで俺は他の人間が超能力を持っている可能性など考えていなかった。
客観的に分かり易いだろう自分の超能力ですら「これはもしかして普通に自然な事なのではないか?」と疑問に思う時があった。
だが俺はこの時、もう一人の超能力者に会ったのだ!
しかし、なんだか嬉しそうな坊主からそれは嬉しそうに自分の能力の説明を受け、
徐々にショックから立ち直った俺の心境はこうである。
なんでここで美少女じゃないんだよ。
ていうかなんだよその超能力(笑)は。
大体がおかしいのである、傷心の僕ちんが転校先で出会うのは美少女だろう?
しかも精神系の能力者である。
これは人間不信で闇堕ちしそうな少女と俺が友達になり、
そっからキャッキャウフフの壁ドン(2回目)展開だろう。と
そして問題は彼の能力の驚愕の詳細である。概要はこうだ。
能力『嘘発見器』
相手に質問して、答えで《それ》が嘘か分かる。
・1日1回
・成功確率10%(10回に1回くらい)
成功の場合は何となく分かる。だそうだ。
え…なにそれ……しょぼい……
もうなんというか勘で良くないかレベルですよこれ。
実際さっきの質問もダメ元で聞いたら成功した。というより君の反応で確定したということである。
馬鹿な、動揺なぞしとらぬわ。
これを超能力と呼んで良いのかは分からない。
そして俺と同じように辰野も自分の能力に確信を得ていなかった。
それならば、まずは自分の能力を証明しなければならない。
――それが孤独ではない証明になる。
俺たちは実証を開始した。
何度も何度も試しているうちに本物だということは分かった。
気が遠くなる作業だったが毎日質問したのである、ひたすらに。
質問を用意して成功したと辰野がいう時だけのウソかホントかの正答率は100%であった。
もう少し良い判断基準があったのかも知れないが小学生の俺たちではこれが精一杯の証明だった。
正直しんどかった。
10回に1回は低すぎる、確信を得るのに1年以上かかった。
その後も『いきものがかり過失致死傷事件』での新たな発見とその事件の解決などで当然仲は良くなったが、なおさらこれが可愛い女の子であったら、と悔やんだ。
まぁどうこう言ってもこれが俺と辰野の関係である。
ダラダラと話している内に高校に着いた。そしてクラスも一緒である。これが(略
我らが一年三組の教室は気だるい月曜日の朝も変わらず学徒を迎え入れる。
なんの変哲もない教室だが床は木ではなくタイルだ、学校全体がコンクリとタイルなのでいちいち靴を脱がなくても良い。もちろん体育館などは別だが。
始業まではもう少しあるな、と初回の席替えで窓際をゲットしたのは良いが前から二列目という微妙な自席に腰かける。
正直ここは最後尾かその前を取得したかった、主人公補正なんて無かった。
教室真ん中の方の席のモブキャラも荷物を置いてこちらに来る。
「しっかし高校に入学して『山岳部』部室を手に入れたはいいが、かれこれひと月になるのに1人しか『超能力者』を見つけてないんじゃにっちもさっちも行かないよなぁ」
「いやいやいや…まだまだだろ。大体1人でもそんなに都合よく見つかるものじゃないと思ってたし……むしろアイツを見つけられたのも奇跡だと思ってるよ」
「…まーそうかもな。なんせアイツは分かり易かったからな……」
2人とも出来るだけ朝一のテンションでは思い出したくない『山岳部』メンバーを思い浮かべる。
噂をすればなんとやら。間髪いれずに
「おはよう同志達よ!今日もこの『時間停止』が朝の挨拶をしよう!」
変態が現われた