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夢の魔法  作者: 天窓
13/13

弁当



「…あのっ。もう1つ…要りますか…?」


「もらいます」


今日も平和である。

俺と雪野さんはお昼休み、部室で絶賛お弁当タイムである。




―――


あれから未だ筋トレ中であろうワンコこと鈴野さんの事を雪野さんに軽く説明して

俺たちは解散となった。

鈴野さんには筋トレのあと直帰して良いと言ってあるので来ないだろう。

各部室の鍵は体育教官室という部室棟の近くにあるガチムチ空間にあるので

何か部室に用がある時は各自開閉可能である。もちろん閉め忘れるとペナルティである。

もっとも俺たちは既に鍵を複製済みなので教官室に用はない。これもペナものだ。

個人的には雪野さんとゆっくり帰りたがったが彼女の家は学校の近くにあるらしく校門で解散となった。

富士野君も電車の方向が反対なので駅まで共に帰っている。

つまり結局俺はこの坊主と毎日仲良く登下校なんですかぁー……



「やれやれだなしかし。明日の事を考えないとね」


帰路、辰野と話しながら電車に揺られる。この時間は混んでいていつも座れない。


「なんだ?部員も人数集まったし何か問題でもあるのか?」


「いや、山岳部の事じゃなくて雪野さんの問題だよ」


「ん?あぁ…あいつらの事か……」


雪野さんの問題は『山岳部』に入ることで大部分が解決したはずだ。

彼女の心にあった影は全てじゃないが消えただろう。

だが彼女は未だ現在進行形でいじめられている訳なので、ここからが正念場とも言える。

もっとも今日の最後の雪野さんを見ればその内いじめも無くなるだろう。

影が無くなったゆきのんに死角はない。


「一番怖いのは明日だな、昨日の今日だからあの馬鹿共がどう動くか分からん」


「うーん。大丈夫だと思うけどなぁー」


「なんでだ?いきなり殴って来る奴らだぞ」


頭おかしい。


「いやぁ、富士野にこてんぱんにやられてたからなぁ。むしろ明日学校来るのか…」


富士野君、あんた何者なんだ。

ていうかそれって結構問題になりそうで不安なんですけど。

発足直後に解散宣言とか俺の青春終わっちゃうぞおい。


「なんにせよ、富士野に3人倒されました。なんてあいつら口が裂けても言えないだろうな」


「おいおい、そんな能天気な……」


はははは。と笑う辰野が羨ましい。

何度も言うがそんな都合のいい話はない。起こった問題は消えることはない、

根回しなりなんなりして変な噂や大きな問題になる前に対処しないと…


「とりあえず明日のお昼は雪野さんを誘って部室で食べようか」


「あぁ、分かった。そうしよう」


後で富士野君にもメールしておくとして…雪野さんのメルアド聞いてないな。

…携帯持ってるよな?友達いないから持ってない可能性も……



         ●



田舎だが住宅街にある駅なので降りる人は多い。駅周辺はにぎやかだ。

だがそれも駅から離れて家に近づくに連れてまばらに少なくなってくる。

辰野と別れる坂の下の交差点からは、周りに歩く人もない。

―携帯が震える。


「はい、もしもし」


「夢野か、僕だ。明日の山岳部なのだが―――」


「富士野君か、どうしたの?」


ちょうど良いので明日のお昼の事を話そうと思ったが


「―――そう、分かった。気にしないで良いよ、お大事にね」


「うむ。すまない。また後日会おう」


富士野君は明日学校に来れないみたいだ。

どうやら妹さんの調子が悪いので明朝病院に連れていき、その後は看病したいとの申し出を受けた。

富士野君、妹さん居るんだ。しかもシスコンだったか。病院は分かるが1日看護て。


まぁ、知り合いに妹が居る人間は居ないので――



突如脳裏に金色の髪を持つ幼い少女が浮かぶ。


なぜここで金髪幼女が脳裏に?

やばい病気なのかと思い歩きながら記憶の館を家探しする。

…あぁ、居た。昔のことなので忘れていた、たしかあいつにも妹が居たんだ…

良かった良かった、妄想ではなかったのだ。これはセーフ。

封印された記憶ってガラでもない、二度と会うこともないはずだがな、と




そんなフラグを建てていた。



           ●



翌日


「すまん夢野、昼休みパスだ!」


「なんでだよ!なんでそう計画性がないのよ君は!」


午後の授業を確認した辰野が切羽詰まった顔でパス宣言をした。

本日の午後はHR&HRである。

2限ぶっ通しのこの時間は色々な事に使われる。

文化祭前はクラスの作業時間となったりするのだが、先週は講演会であった。

その時のレポートをこのあと提出なのだがこの馬鹿は忘れていたらしい。


「俺だって雪野さんとご飯食べたいわ!でもレポートが!」


「だから先週の内にやっとけって――」


「うるさいうるさい!パソコンルーム行ってくるから後は頼んだ!」


ばたばたと出ていく辰野。どうしようか。

とりあえず俺は1人で6組に向かう。


――自然に、そう自然に行こう。意を決して6組内部に潜入する。

大丈夫、サッと行ってサッとゆきのんを確保すれば良いんだ。

良し、目標捕捉。今日も可愛い。ちょうどお弁当出した。やはりぼっち飯。


「こんにちは、雪野さん」


「あっ……。…こんにちわ…夢野くん」


6組内部の空気が僅かに揺らいだ気がする。

昨日まで完璧ぼっちの少女に素姓の知れない男が声をかけたのだから当然か。


「え、えっと。今から一緒に部室でお昼食べませんか?」


「……え………は、はいっ!」


今度こそ完璧にざわめく教室。思わずあたりを見渡す

いじめっ娘と目があった。すっごい勢いで逸らされる視線。

なんかめっちゃ怯えてるような…

…富士野君、あんた昨日マジであの後何やったの?

とりあえず雪野さんを教室から連れ出し部室に連れていく。

今回は手は繋いでいない、あれは緊急事態用である。



         ●



部室の中で雪野さんに一番のパイプ椅子を提供し、やっとの思いでお昼ご飯を食べ始めた。

雪野さんのお弁当はとても小さく可愛らしいものだった。

こういうのを見ると女の子って感じするなぁ…としみじみ感動する。

小さくても中身はとっても豪華、というか質が良いのか。

自分の弁当の冷凍食品詰め合わせとは違う。お母さん、これ愛情足りない。

中でも雪野さんの玉子焼きは輝いていた、黄色の色味が違う。絶対高級な卵を使用しています!

あまりにおいしそうな玉子焼きに俺の視線が釘付けになっていると雪野さんに声をかけられた。


「…あの、お一つ食べます……か?」


ちょーはずかしかった。穴があったら入りたかった。


「も、もらいます」


やっぱり食べたかった。この気持ちは押さえられない。

では失礼して、と雪野さんのお弁当に箸を伸ばそうとする


「………じゃあ……あ、あーん」


伸ばそうとした箸と共に俺の時間も停まる。

これが『時間停止(ストップ)』の世界なのだろうか富士野君――

彼女は恥ずかしそうな顔をしてその黄金の玉子焼きを、

これまた雅な朱色の箸に挟んでこっちを見ている。潤んだ瞳で。

…この子は絶対的に人間関係の経験値が足りてない。男子高校生にあーんはやばい。

下手したら死人が出るであろう。みだりに使用して良いものではないのだ。

どうすれば良い、すでにあーん。は発動している。

俺の弁当箱にワンクッション置いてもらうか?いやそれもここまで来たら手遅れだ。

既に眼前に玉子焼きは差し出されているのである。

どうする?どうしたらいいんだ?駄目だ、思考がまとまらん――

あ、ゆきのん泣きそう。これはいかん。


「あ、あーん」


雪野さんの朱色の箸と玉子焼きが俺の口に入って来る。

出来るだけ箸に触れない様に、玉子焼きだけを歯で受け取る。

咀嚼。うまい。

適度な塩加減があるのにむしろ甘いと感じさせるほどに濃厚で焦げの味が全くしない。

魔法でも使って焼いたのか?


「……ど、どうですか……?」


そしてこの反応、この玉子焼きは雪野さんの手作りだっ!


「すっごく、おいしいですよ」


「よ…良かった…です」


トドメのはにかんだ微笑みというフルコンボを喰らって俺は死んだ。

何かもう、マジで死んでも良いやぁー。思い残すこととかないしー


「…あのっ。も、もう1つ…要りますか…?」


「もらいます」


即答。もう1つ食べてから死のう。



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