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06.うるさい囚人



   ◆◇◆


 シーナ・レイは荷馬車に押し込められていた。

 セルシアーナの輿入の際に用意されたもので、荷馬車は全部で七台もある。そのうちの前から二番目に位置する、衣装や装飾品が納められた馬車だった。荷物専用であるらしく、座席は設置されていない。


 あれからどれくらいたったのだろうか。

 陽が沈んだのはずいぶん前のことで、あたりには夜のとばりがおりていた。

 馬車の中は狭く、灯りがないために闇につつまれている。

 もうそろそろ村に到着するか野営の準備を始めるか、どちらにせよ何かしら動きがあるはずだとシーナ・レイは考えていた。

 護衛がいるとはいえ夜間の移動には危険がともなうはずだ。早く今夜の宿となる場所を確保しなくてはならない。

 暗くなれば森の獣も動きだすだろうし、昼間でくわした盗賊がまた襲撃してこないともかぎらない。

 夜になれば、獣より恐ろしいものが徘徊することをシーナ・レイは知っていた。

 シーナ・レイは豪華な装飾のなされたクリーム色の衣装箱のひとつに腰かけていた。

 大きな細長い箱でいかにも重そうだったが、すわり心地はそれほど悪くない。ただ始終がたがたと揺れているのが不満といえば不満だった。

 シーナ・レイは衣装箱の上に何時間も座ったまま、ほとんど身動きすることもなかった。

 ときおり細長い小窓から外の様子を伺ってみるが、逃げ出せそうな隙はみあたらない。

 窓の向こうにはいつでも見張り役の兵士の姿があり、馬車の中の様子に目を光らせていた。

 盗賊の仲間と思われたのかもしれない。きっとそうだ、とシーナ・レイは考えていた。

 あながち間違いとはいえない。出逢ったときのラディンの職業がまさにそれだったし、傭兵を名乗っている今だって、半分は盗賊か詐欺師のようなものだった。

 殴り倒されて気を失ったラディンは、シーナ・レイの足元に広げられた毛織の敷物にぐったりと横たわっている。

 額の傷は手当されていたが意識はなく、無防備に手足を投げ出している。

 そうしていると死んでいるように思えてしまう。

 気絶していたはずが、いつのまにか本当に事切れてしまうのではないか、そんな恐ろしい思いが脳裏をかすめ、シーナ・レイは息を詰めてラディンを見下ろすのだった。

 どのくらい、そうしていただろう。

 やがてラディンがかすかにみじろぎ、うっすらと目を開けた。言いようのない恐怖が少しだけうすれ、シーナ・レイは息をはきだした。


「ラディン」

 青白い顔をしている。

 とても具合が悪そうだった。瞼を上げたものの、翠の瞳は焦点が合っておらず、すぐに目を閉じてしまった。

 しばらくしてラディンは腕を上げると、ゆるゆると手のひらを額にもっていき、悪態をついた。

「……ああ、くそ」

「大丈夫?」

 額に巻かれた包帯には、うっすらと血がにじんでいる。

 捕らえられるとき彼はひどく乱暴されたようで、身体のあちこちに打撲の跡が、青紫の痣になって残っていた。さぞや痛むに違いない。

「気持ち悪い……吐きそうだ」

 シーナ・レイが慌てて器を差し出すと「大丈夫だ」とラディンは答え、再び目をつぶった。

 声は掠れており力がこもっていなかったが、言葉はわりとしっかりしている。

「腹に何も入ってないから、吐いても胃液くらいしかでねぇよ」

 よほど喉が渇いていたらしく、シーナ・レイが差し出した水を、ラディンは一気に飲み終えた。

 器用にも頭をあげることなく、器だけを傾けて中身を飲んでいる。

 手馴れた仕草で二杯目も同様に飲み干した。じつに堂に入ったぐうたらぶりだ。

 いつもなら「だらしない」と文句のひとつも言っているところだが、いまはそんな気にはならず、そのだらしなさをむしろ好ましく感じるほどだった。

「ここはどこだ?」

「馬車の中よ。あたしたち捕まっちゃった」

 先ほどセルシアーナが自分はこの場に近寄らせてもらえないからと、彼女付きの医師を差し向けてくれていた。

 診察してもらったところ深刻な傷はひとつもないと請け合ってくれたのだが、だからといって気が晴れるということはない。

 ラディンが殴り倒される光景を思い出すだけで、身体が震えてくる。

 あんなのはもう二度と見たくないと、シーナ・レイは心から思うのだった。

「あのなりゆきからすると、そりゃあ捕まるだろうな……で、あいつはどうした?」

 あいつとは、リヴのことだ。

「森の中に逃げこんだのを見たわ。たぶん近くにいると思う」

 捕らえられたとはいえリヴがおとなしく森に姿を消したのを考えると、それほど深刻な状況ではなさそうだ。

 もっともリヴが気にかけるのはシーナ・レイの安否のみで、ラディンがどうされようと彼はどこ吹く風だった。

 もしもリヴが喋れたとしたら「シーナ・レイ以外はどうでもいい」と、平然と言ってのけそうな気もする。

 あのとき殴られたのがラディンでなくシーナ・レイだったら、大変なことになっていたはずだ。いったんたがが外れたら、誰にも止めることなど出来やしないのだから。

 二人が捕まるときラディンが静止をかけてくれなかったらシーナ・レイは我を忘れ、危うく取り返しのつかない命令を下すところだった。

 その事実を裏打ちするようにラディンが言った。

「まあ何にしろ良かったよ、おまえが怪我をしてなくて」

「良くないわよ! こんな怪我をさせられて、いいわけが」

 思わず反論しようとして、言葉を飲み込む。相手は起き上がる気力もない怪我人だった。

「何だ、おまえ……もしかして泣いていたのか?」

「違うわよ、泣いてなんかないわ」

 本当はさっきまで泣いていたのだが、いらぬ心配をかけたくはかった。シーナ・レイは何でもないふりをした。

「嘘つけ、目が赤いぞ」

 知られたくなかった事実を目ざとくも察知して、ラディンはうすく笑む。けれどそれ以上は何も言わず、ラディンは静かにシーナ・レイを見つめている。

 目の下にある青あざが痛々しくて、胸が痛くなった。

 いつものように憎まれ口を叩かないラディンは珍しくて、シーナ・レイは対処に困ってしまった。

 ラディンはいつのまにか眠りに落ちていた。

 眠っているときの彼はとても安らいだ表情をしていて、ときおり見せる殺伐とした気配はなりをひそめている。

 ラディンが目覚める前のはりつめた空気はどこかへ消えて、いまは穏やかで暖かい雰囲気が辺りに満ちているのだった。




 二度目に目覚めたときには目眩もおさまったようで、ラディンは身体を起こして、馬車の木の壁に背をもたれていた。

 それでも動くのは辛いらしく、苦労して身を起こした以外は微動だにしない。

「おい、短剣がなくなってるぞ」

 外から見えないように隠し持っていたはずの短剣が消えていることに気づいたらしい。ラディンは困惑したようにシーナ・レイに視線を向けてくる。

「ここに閉じ込められるときに取り上げられたのよ」

 当然といえば当然だが、ラディンの中剣も、シーナ・レイの短剣も同様に奪われていた。

 けれどもラディンが気にしているのは自身の中剣ではなく、隠し持っていた短剣のほうだ。

「くそっ! ありゃあ、どこから見ても値打物だしな。だから外から見えないように隠し持っていたってのに。まさかあれの真の価値に気づいたなんてことは」

「それはないと思うわ。言及しているのは見た目の価値だけだったから」

「まったく嫌になるぜ。あのいけ好かないおすまし野郎! 冷血漢だけじゃなくごうつくばりときてやがる。覚えてやがれ、後で目にもの見せてくれる」

 尻尾を巻いて逃走する盗賊の下っ端みたいな台詞を並べ、ラディンは盛大に溜息をつく。誰のことを言っているのかは、聞かなくても想像がついた。

「何でおまえ達がこんな物を持っているんだ、みたいなことは言っていたけど、別に物欲しそうではなかったわよ。たぶん盗んだとでも思ったんじゃないかな」

 ラディンは忌々しげに舌を打った。そんな見慣れた所作が、不思議なほど新鮮に映る。

「そうだ、頼みがあるんだけどよ」

 声にも張りが出てきている。シーナ・レイは嬉しくなって、笑顔で頷いた。

「なに?」

「そこの箱あるだろ? それじゃなくて……そう、その奥の一番上にあるやつ」

 シーナ・レイは立ち上がり、指し示されるままに狭い車内を移動した。

 やがて目当ての小箱を手に持ってシーナ・レイが振り向くと、ラディンが満足げに「ふたを開けてみろ」と指示する。

「……わぁ!」

 エメラルドやルビー、サファイヤ、そしてダイヤモンド――なかにはいくつもの指輪が入っており、眩い輝きを放っている。

 うっとりとして中身に見惚れるシーナ・レイにラディンは聞いた。

「何が入っている?」

「指輪よ、ものすごく……綺麗」

「そりゃあそうだろう、なんたってレクザスの姫君の輿入れ道具だからな。どれでもいいから、その中から二、三個ぱくっとけ」

「ぱくる……?」

 一瞬、言っている意味がわからなくて聞き返す。するとラディンはにやり、と口の端で笑ってみせた。

「ふところもさむくなってきたことだし、姫を助けた代金はちゃんと徴収しないとな。俺の慰謝料と合わせてそれだけなら、まぁ安いものだろ? もちろん奪われた短剣は取り戻すけどよ、それとこれとは別だ。貰えるものはちゃんと貰わないとな」

 訂正、ラディンは間違われたのではなく、正真正銘の盗賊だ。

 シーナ・レイは思いっきり首を左右に振った。冗談じゃない。

 とはいえここにある指輪を全部合わせたことろで、奪われた短剣の価値には遠く及ばない。

 あれは二つとない逸品なのだ。

 見ためも、目の玉が飛び出るくらいに高価だが、真の価値を合わせれば、それこそ値段のつけようもなかった。


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