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03.出逢いは乱闘とともに


   ◆◇◆


 シーナ・レイとラディンは街道を歩いていた。

 王都からは半日ほどの距離だが山の中とあってさびれており、二人の他に人影は見あたらない。

 目の前には白い石畳が細く長く、森林を分断するように続いている。うっそうと茂る枝葉が石畳に緑の陰影を落としていた。


「ほんとによー、驚いたったらないぜ。普通あんな落ち方するか?」

 シーナ・レイがこともあろうに王弟の腕の中に転落してから半日が経過していた。

 シーザリオンは民衆に絶大な人気を誇るらしい。

 彼がシーナ・レイを助けた直後、沿道は大喝采のうずに包まれた。

 シーザリオンを賞賛する声があちこちでこだまし、無事に地に降ろされたシーナ・レイの周囲にまで人が集まってきた。

 握手を求められたり、家に招待されたり、はては赤ん坊に祝福を授けてくれとまで懇願される始末だ。

 下々の者が王族に直接触れるというのは名誉であるだけでなく、相当に縁起のいいことらしい。

 シーザリオンに馬上で抱き上げられたという事実がどれほど衝撃的だったかは、居合わせた女性達の嫉妬にみちた叫びを聞けば容易に想像ができた。

「まったく、おまえが変に目立ちまくったせいで、慌てて王都を出てくるはめになっちまったじゃねえか」

「だからごめんって言ってるじゃないの」

 しつこく愚痴るラディンにシーナ・レイの声も大きくなる。

 二人のずっと前方を歩いていたリヴが立ち止まって首をこちらに向ける。豊かな尻尾をピンと立てたリヴは街道の石畳を外れ、低木の陰に姿を消した。

「そろそろふところも寂しくなってきてることだし、ここらで仕事でも探そうかと思ってたのによ、おまえのお陰でだいなしだぜ」

「あーもう、しつこいわねぇ!」

 これといってあてのある旅ではなかったが、あまり一ヶ所に長く留まりたくない二人は、そそくさと逃げるようにその場を後にした。

 目立ちたくないのもある。

 シーナ・レイの黒瞳はグリンファースでは珍しかったので、なにかと災いを呼びやすい。

 ラディンとの出会のきっかけも、そうだった。

 それにラディンにいたっては、人相書きこそ出回っていないが、すねに傷を持つ身でもあった。

「商隊の護衛のクチでも見つかればよかったけど、まぁ、すんじまったことは仕方ねぇしな。とりあえずは隣のラビエまで行ってみるか」

「ラビエって、セルシアーナ姫が輿入れするって国?」

「ああ。あそこの黒ビールは絶品なんだぜ」

 いつのまにまわりこんできたのか、リヴが二人の背後に姿を現した。ときどき石畳や草花の匂いを嗅ぎながら、のんびりとした足取りでついてくる。

 そのとき。


 ふいに前方で悲鳴がした。

 甲高い、若い女性のものだった。

 シーナ・レイが声のした方に目を向けると、なだらかな坂の上に人影が二つ出現した。

 ひとりは茶色の髪の少女で、侍女らしい服装に身を包んでいる。

 もうひとりは茶色の髪の少女の主人らしい。

 薄紅色のドレスの裾を乱しながら駆けてくる少女は、ひとめで高貴な身分と知れた。ゆたかな金の髪が波打って輝いている。

「なにあれ!」

 少女の後を追って男達が出現した。

 五、六人はいた。うす汚れた衣服と腰にさした蛮刀を見たかぎりでは、盗賊か山賊といったところだ。

 男達は二人をとりかこむと、侍女らしい少女を後ろからはがいじめにした。再び悲鳴が上がる。

「おい、どうするよ?」

 ラディンが期待に目を輝かせた。その声は隠し切れない興奮で、すでにうわずっている。

「行ってよし! ただし気をつけてよ」

「おーし、後で礼金ガッポリいただこうぜ!」

 待ってました、とばかりにラディンが駆け出していく。

 喜び勇んで走っていくラディンの後を、リヴも軽やかな足取りで着いて行った。

 たれ耳を風にはためかせ、ふさふさした金色の尾が楽しげに揺れている。

 すぐ近くに追いついたリヴはふいに加速するとラディンの膝裏に突進し、下からすくい上げるようにして彼を跳ね飛ばし、そのまま追い抜いて行った。

 むろん途中で振り返り、成果のほどを確認することも忘れない。

「てめぇ! やりやがったなっ!」

 地面にひっくり返ったラディンの叫びが、もの悲しくあたりにこだました。




 シーナ・レイがラディンとリヴに追いついたとき、すでに乱闘が開始されていた。

 剣を抜いたラディンは実に楽しそうに暴れており、早くも二人に傷を負わせていた。リヴに蹴倒された恨みを盗賊相手に晴らしているかのようだ。

 リヴは薄紅色のドレスに身を包んだ少女を背後にかばうように立ちはだかり、盗賊に向かってキャンキャン鳴いている。

 シーナ・レイは腰の短剣を抜いた。

「そのひとを放しなさい!」

 侍女らしい少女を後ろからはがいじめにしている盗賊に向かって叫ぶ。隣にやってきたラディンが剣を構えた。

「武器を捨てろ!」

 牡牛を思わせる大男だった。

 盗賊は、だみ声でけんせいすると短剣を振り回した。

 なおもじりじりと距離を詰めようとするラディンを睨みつけ、ふいに目を見開く。

「おめえは……」

 半眼になって、盗賊はラディンに探るような視線を向ける。

「てっきり死んだと思っていたがな、ラディ・リン……まさか、こんな場所で会うとはな」

「おまえ、ハーマンか?」

 ハーマンは白い刃を少女の首に当てた。

「なつかしいな、小僧。何年ぶりだ? とっくにくたばっていると思っていたぜ……おっと、近づくなよ。変な気を起こすんじゃねえぞ。女を殺っちまってもいいのか? さっさと武器を捨てるんだ」

 切っ先が白い首筋に食い込んだ。少女がかぼそい悲鳴をあげる。

 沈黙が続いた。

 やがてラディンが諦めたように剣を放り出した。シーナ・レイも同じように短剣を投げ捨てる。

「あいかわらす甘い奴だな。よし、おめぇら男をふん縛れ。ダンとヤンガは女を捕まえろ。そっちの黒い髪の方もだ……へへ、こっちは予定外だが、なかなかの上玉じゃねえか」

 ハーマンは、どうやら盗賊達の頭領だったらしい。指図された仲間がシーナ・レイとラディンを取り囲んだ。

 突然、盗賊の頭領が悲鳴を上げた。

 リヴが右足に噛み付いたのだ。ハーマンが体勢を崩した。

「そうは行かないわよ!」

 シーナ・レイは一気に距離を詰め、交差した手のひらを男の眼前に突き出した。

 その手に火が灯り、次の瞬間、ハーマンの顔を紅蓮の炎が包み込む。

「ぎゃぁああっ!」

 盗賊の頭領は倒れてのたうちまわった。

 炎はすでに消えていたが、茶色の髪が焼けこげ、異様な匂いが充満している。

「……驚いた? あたしは魔法が使えるのよ。嘘だと思うならもう一度ためしてみる?」

 手のひらで炎がひるがえる。

 同時にラディンも動いていた。右側にいた男に蹴りを放ち、一撃で昏倒させる。ラディンは不敵な笑みを浮かべた。

「肋骨の二、三本はいってるぜ。悪かったな、本当はこっちの方が得意なんだ。手加減はしないぜ、さあ、かかってこい」

「消し炭にしてあげましょうか?」

 ラディンの言葉を引き継ぐように、シーナ・レイがにっこり微笑む。盗賊達が一斉に浮き足立った。

「ちくしょう、覚えておけ!」

 不利をさとったのか、お決まりの捨て台詞を残して男達は逃走した。

 地面に倒れていた仲間も頭領の後を追い、慌てて森の中に消えていった。


「さっきの盗賊は知り合いなの? ラディン」

 シーナ・レイが尋ねると、ラディンが顔をしかめた。

「ああ、もうずいぶん昔のな。俺がまだ右も左もわからねぇガキの頃のことだ」

 それ以上は話したくないのか、ラディンは苦々しい表情を浮かべると横を向いた。

 シーナ・レイは、しつこく追求するのは諦めた。ラディンから離れ、少女の方に向き直る。

「お二人とも、怪我はありませんか?」

 シーナ・レイの問いに少女が頷いた。

 念入りにくしけずられた淡い金色の髪が、さらりと頬をすべり落ちる。繊細な花を思わせる、驚くほど綺麗な少女だった。

「危ないところを助けて下さって感謝いたします。本当に、あなた方がいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか。考えるだけでも恐ろしいですわ」

 青褪めたおもてをあげて少女は言った。

 空色の瞳は恐怖を湛えており、声はかすかな震えを帯びている。

「マリサ、あなたからもお礼を言っておくれ」

 侍女が慌てて礼を言う。

「あなたも、私を助けてくれてありがとう」

 足元にまとわりついて愛想をふりまくリヴを見下ろした。少女は腰を屈めるとリヴの黒い目を覗き込む。ピンクの唇から笑みが零れた。

「まぁ、なんて可愛いのかしら」

 少女になでられて、リヴは嬉しげに尻尾を振っている。

「あの野郎、普通の犬のふりしやがって」

 少し離れた場所で眺めていたラディンは舌打ちすると、剣を拾い上げた。

「お二人とも、お強いのですね。それにしても、そちらの方の魔法というのは……驚きましたわ」

「い、いいえ。あれは魔法じゃないんです……そのう、手品っていうか、単なる目くらましなんですよ」

 シーナ・レイは慌てて訂正した。助けを求めてラディンを見たが、目をそらされた。

「まあ、手品なんですの? 私はてっきり本物の魔法かと……」

「やだなぁ、そんなわけないじゃないですか」

 視線をあちこちにさまよわせたまま、シーナ・レイは能天気に笑った。

 その時――


 突如、轟音があたりを揺るがした。

 重いひづめの音が、砂埃をまきあげながら近づいてくる。

 シーナ・レイの目前を黒馬に騎乗した騎士が通り過ぎ、ラディンに向かって一直線に突進した。

「危ない!」

 白刃がラディンに襲いかかる。

 ラディンは反射的に上体を逸らした。かろうじて避ける。銀色に光る刃が胸元をかすめた。

 騎士は手綱をふりしぼり、馬首をめぐらせた。背を覆う灰色のマントがひるがえる。

 再び、稲妻のごとくラディンに切りかかる。

「……っ!」

 避ける間もなく、正面から打ち込まれる。

 金属音が響き、交差した刃に青白い火花が散った。

 衝撃で後ろに吹き飛ばされそうになったのを、ラディンはかろうじて堪えた。けれど次の攻撃で後退を余儀なくされる。相手が馬上とあっては明らかに不利だった。

 ついにラディンの剣が弾き飛ばされた。

 ラディンの敗北に決定打を打つように、次々と騎士が姿を現した。

 盗賊などとは違う統率のとれた動きでシーナ・レイやラディンを包囲する。リヴは尻尾を丸めて樹木の陰に逃げ込んでいった。

 騎士は、ざっと確認しただけでも十人以上はいた。みな抜き身の剣を手にしており、槍をたずさえた者も何人か混じっていた。

 剣が振り下ろされる。

 ラディンは転がるように横に逃れた。

 黒馬にまたがった騎士は、ラディンを古木の根元に追い詰めると馬を停止させた。

 両刀の剣の切っ先を、スッとラディンの眼前に差し上げて、低い声で告げる。

「身のほどをわきまえぬ盗賊め。ただではおかんぞ」

 藍色の双眸は、冬の湖面のように冷たい色を湛えていた。

「やめて、違うの! シーザリオン!」

「ラディン!」

 少女――セルシアーナ姫が叫ぶのと、ラディンの前にシーナ・レイが飛び出すのは、ほぼ同時だった。

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