11.宝剣
ラディンは今まで手にしていた剣を地面につきさすと、短剣をしっかりと握りなおした。
顔の前で短剣を横にねかせる。
輝く宝石の象嵌された銀の柄を右手に、絹で裏打ちされたなめし革の鞘を左手で持つ。
「できるか、できるよな……たのむ!」
かすかな不安を封じ込めるように独白すると、瞼を閉じ、心をしずめる。
沈黙が流れ――ラディンは目を開けた。
目を開けて、ゆっくりと鞘から剣を引き抜く。
陽光を受けて柄の宝石がきらめき、次いで刃に文字がくっきりと浮かび上がった。
文字は魔道国ヨークシアで遥かな過去に使用されていたという、古代ヴェテル語だった。
刃の漆黒の表面には『我は同一にして対なるものなり』純白の裏面には『光と影、太陽と月、虚無と無限』とあった。
古代ヴェテル語の文字から青白い光が溢れて、刃全体に広がる。
溢れ出た光は刃のみには収まらず、短剣ににじみ、ついには光の奔流となって周囲を眩く照らした。
オオオオォォォウウゥッ!
地の底から這い出た屍体の群れが、青白い光に包まれる。
黄色い骨や干からびた皮膚を、焼き尽くし青白い光が圧倒する。
光が霧散したとき、屍体の姿はもはや一体も残ってはいなかった。
「今のはいったい何事だったのか……夢ではあるまいが」
シーザリオンはにわかに信じられないというように首を振り、呆然と周囲を見回した。
短剣の青白い輝きが散り失せた後には、何も残っていない。
闇の眷属は焼け落ちるように姿を消し、盗賊どもはとっくに逃げ出した後だった。
「夢じゃねえよ」
夢であるはずがない。ラディンは陰鬱に頷いた。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように辺りは静まり、目の前には無残な光景がわだかまっていた。
累々と死体が転がっている。
皆この数日間でラディンが顔を覚え、なかには二言三言、言葉を交わした者もいた。
シーザリオンの部下であり、セルシアーナの護衛役として輿入れ行列に同行してきた騎士達の変わり果てた姿である。
折り重なって死んでいる彼らは、地の底から這い上がってきた化け物に体を食い荒らされ息絶えたのだった。
苦悶に歪む死に顔は無残としか言い様がなく、ラディンにはきつく奥歯を噛み締めるしかない。今は埋葬している余裕すら無いのだ。
生き残ったのはラディンとシーザリオン、アルスターとマリサ、それに六人の騎士だけだった。
皆あちこちに怪我を負っていて、うち二人は深手を負っていた。幸い命に別状はなさそうなものの、歩くことは不可能だ。
シーナ・レイとセルシアーナは馬車と共に姿を消したきりだ。
走り去る馬車をなす術もなく見送ったラディンだったが、次にどうするかはもう決めてある。
ラディンの考えを代弁するかのように、シーザリオンが呟いた。
「セルシアーナを探さなくては」
「ご無事だといいのですが」
不安に表情をくもらせて、アルスターが頷く。
「大丈夫なはずだ、リヴがいる」
走り出す馬車の後を追って駆け出すリヴの後姿を、ラディンは目撃していた。
目にしたのは一瞬のことだったが、それでもリヴがシーナ・レイを追って行ったのは確実だと断言できる。
薄茶色の柔らかな毛並みではなく、狼めいた黒い姿をしているときのリヴの獰猛さなら痛いほど理解している。
たがが外れたときの本来の姿と、その恐ろしさも。
何かあったらシーナ・レイも今度は躊躇しないだろう。ただし暴走すれば、それこそ取り返しのつかない事態を招きかねなかった。
「私はセルシアーナを救出に向かう。皆はここに残って死者の埋葬と、怪我人の手当てを頼む。明日の昼過ぎまでに戻らなかったら、私のことは死んだと考えてくれ。その時は国に戻り、上の指示を仰いでくれ」
「待ってください、お一人で行くには危険すぎます。ここは一旦レクザスに戻り援軍を呼びましょう」
「援軍を待っている時間は無い」
異を唱えるアルスターにシーザリオンは首を振った。生き残った部下達をひとりずつ見回すと、低い声で告げる。
「盗賊どもよりも先にセルシアーナ達を探し出さなくてはならん。一刻を争うのだ。いますぐ出発する」
声には、確固とした決意があった。
「それならば私もお連れください、シーザリオンさま」
「駄目だアルスター、おまえには私の代わりに部下をまとめて貰わねばならん」
ずっと沈黙したままで会話を聴いていたラディンだったが、おもむろに口を開いた。
「俺は行くからな」
「……本気か?」
シーザリオンの問いに「もちろん」と答える。
真剣な面持ちのシーザリオンとは対照的に、その声はやけに明るく気軽な調子を帯びていた。
ラディンは寄りかかっていた古木から身を放すと、宝石の散りばめられた短剣を腰のベルトに無造作に差し込む。
「あんたが行かなきゃならない理由があるように、俺もシーナ・レイを探さなきゃならねえ……ここは不本意だが手を組むしかねぇだろ」
そうして二人は出発した。




