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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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85 友好的説得方法

「おはよう、由紀子ちゃん」


 かな美は前庭の掲示板の前に立っていた。

 由紀子は自転車をおしながらかな美に近づく。


「……由紀子ちゃんって、バス通学だったわよね?」


 かな美は首を傾げながら由紀子にたずねる。


(ええ、バスで一時間ですとも)


 由紀子はその距離を自転車でやってきた。理由は、もちろんヤツと会わないためである。

 学校までの直通バスは、由紀子が乗る便が始発なので次のバスにすると授業に遅れてしまうのだ。


「ちょっと痩せようと思って」

「いや、あんだけ食べて太らないのに? ってか、滅茶苦茶遠いじゃない」

「そうかな」


(一応、体重は百キロ近いんだけどな)


 無理な言い訳だ。

 たしかに最近、身長よりも体重の増加が多いが、今更気にするものでもない。


「うん、まあ、とりあえずクラス替え。かな美ちゃんどうだった?」

「私はE組。由紀ちゃんはA組だったよ。織部たちも一緒」


 由紀子もかな美も上位クラスに入っている。

 本当なら喜びたいところだが、由紀子はAクラスの名前の中に今は見たくない名前を確認した。


 明らかにうなだれる由紀子を見て、かな美が首を傾げる。


「そういえば、あの馬鹿は? 山田のことだから、由紀子ちゃんの真似してくるわよね?」


 かな美の言葉に由紀子は表情を明らかに変える。

 唇をぎざぎざに閉じて、目は伏せる。そこはかとなく、頬が赤くなる。


 かな美が由紀子をのぞきこんでくる。


「どうしたの? 由紀子ちゃん?」

「な、なんでもないから」


 由紀子が両手をふって否定していると、校門のほうから見慣れた姿が見える。

 薄紅色の頬が一気に真っ赤に色づいてしまった。


 その様子にかな美は目を見開きながら、由紀子と近づいてくる影、すなわち山田を見比べる。


 山田はいつものにこにこした様子ではなく、うかがうように由紀子を見ている。


「あの、由紀ちゃ……」


 山田が何かを言いかけたがそれは最後まで続かなかった。なぜなら、山田の顔面に自転車がぶつかっていたからだ。


 見慣れた赤いママチャリは、どう見ても由紀子のもので、なぜか自分の右手が大きく振り上げられていた。


 どうやら無意識のうちに投げていたらしい。


「なにやってんだよ、日高」


 ふわふわ頭の織部が何事か、とやってきて、顔に自転車籠の網目がついた山田を起こす。


「いや、あ、あの……」


 由紀子はしどろもどろになった。

 周りでは他にもざわついて由紀子を見ている。場所が悪かった。クラス替えの掲示板を見るために、新三年生がたくさん集まっている。


「ゆ、由紀子ちゃん。どう見たって変よ、山田がまたなにかしたの?」


 『なにかしたの?』という言葉を聞いて由紀子はまたわけがわからなくなり……。


 その場を逃げ出した。






(なにやってんだろ)


 由紀子はぼんやりと空を眺める。

 非常階段で空を眺める。芸術棟のこの場所は本当に穴場だ。


 携帯電話を見るともうすぐ八時半でホームルームが始まってしまう。


(どうしようか)


 あれだけ騒ぎを起こしておきながらのこのこと教室に入るのは緊張する。

 だからとてクラス替え初日でさぼりとなれば、どう噂が広がるかわからない。


 由紀子は頭をかきむしり、そのままコンクリに突っ伏した。


 なんで由紀子がこんな目にあうのか、何もかも山田が悪いのである。


 そんなとき、かつかつと階段を上ってくる音が聞こえてきた。

 由紀子は鞄を抱えたまま、そっと下を見る。


 そこには強気な眉をした友人がいた。


「やっぱりいた。探したのよ」


 かな美は、顔を少し赤くしてやってきた。由紀子のことを探し回ったらしい、ほんのり汗の匂いがする。


「あの馬鹿となにかあったの?」

「……」


 うつむく由紀子を見て、かな美は何かを感じ取ったらしい。

 何も言わず、由紀子の手を持つ。


「とりあえず教室行こう。私も一緒に行くからさ」

「で、でも……」

「いいから行くわよ。出鼻くじかれると、あとからずるずる引きずるんだから」


 かな美の言葉はもっともだ。


 由紀子はこくりとうなづくと、教室へと向かうことにした。






 教室に入るとざわざわと騒いでいたクラスメイトたちの視線が由紀子たちに集まった。

 山田少年の周りには何人もの生徒がおり、朝の出来事はなんだったのかと聞いていたことが簡単に想像できる、


(うわー、つらいよ)


 由紀子は教卓に貼られた座席表を見る。席順は由紀子の二つ後ろが山田少年である。出席番号が次でないだけましだった。


 由紀子が顔を伏せながら自分の席につくと、その後ろにかな美がついてきた。


「かな美ちゃん? ホームルーム始まっちゃうよ?」

「うん、大丈夫よ」


 かな美は由紀子の後ろに座っている男子生徒のほうを向いた。


「ねえ、そこ、私の席にしたいんだけど」


 かな美はいきなりとんでもないことを言い出した。


 「はあ?」と、野球部らしきスポーツ刈りの男子生徒は言った。


「だから、私、そこの席がいいの。ゆずってよ」

「か、かな美ちゃん?」


 由紀子はかなり横暴なことを言っている友人を見る。


 かな美の理不尽な申し出に野球部員(仮)こと堀川は、首を傾げるだけだった。

 周りの生徒たちもざわざわと集まってくる。


「おい、そこ、ホームルーム始まるぞ」


 教室に担任がやってきた。たしかバレー部を受け持っているまだ若い男性教諭だ。


 教諭は首を傾げながら騒ぎの中心たるかな美を見る。教卓の上にある名簿と見比べて、自分の受け持ちでないことに気づく。


「おい、おまえはたしか他のクラスだろ。早く戻りなさい」


 かな美は、相手が男だと気づくと露骨に嫌な顔をしたが、気を取り直して担任の前に立つ。


「先生、私、やっぱ理系クラスに入りたいんですけど駄目ですか? 成績は問題ないと思うんですけど」


 かな美は表情を一転させにっこりと笑う。

 だが、その要望はなんとも無茶なことである。


「馬鹿なことを言わないで、さっさと自分のクラスに戻りなさい」


 先生がはっきりとした口調で言うと、かな美は目を吊り上げる。そして、頭一つ大きい先生のネクタイをグイッとつかむ。


(一体なにを!)


 周りが『おおっ!』とざわめく中、かな美は先生の耳元で何かを囁く。一見すると、教師と生徒の危ない関係に見えないこともないが、由紀子の耳にはしっかりその内容が聞こえていた。


「(先生、判子の押し過ぎはいけませんよ。そのうち、内臓売られたり、マグロ漁船にのせられたりしますよ)」


 担任の顔が真っ青になる。

 かな美はさらに物騒なことを続ける。


「(今のうちに自己破産とか勉強したほうがいいんじゃないですか? そのうち、逃げられちゃいますよ。まあ、相手は先輩か何かで断りにくいんですか?)」


 先生はびくりとなってかな美から身体をはなす。勢いがついて、引っ張られたネクタイで首がしまり、げほげほとむせる。


(か、かな美ちゃん)


 一体、かな美は担任のどんな悲惨な未来を見たのだろう。


 かな美はネクタイをはなしてやると、にっこりと笑う。


「先生の一存で決められないなら、学年主任とお話しさせてください。それでだめだったら、諦めますので」

「……とりあえず話だけは通す」

「ありがとうございます」


 そういうと、かな美は当たり前のように坊主頭の堀川くんを押しのけると、由紀子の後ろの席に座った。


「由紀子ちゃん、よろしくね」

「……よろしく」


 由紀子は自分のためとはいえ、滅茶苦茶やってくれるかな美に対してどういってよいのかわからなかった。

 でも、正直助かったというのが本音だろう。


 由紀子が注目を浴びるべきところをすべてかな美が持って行ってしまった。


 かな美は、今度は後ろを向き、まるで毛虫でも見るような目で山田を見る。


「ああ? あんたいたの? ふーん」

「ひどいね」


 山田は普段ほどにこにこしておらず、落ち着いた顔のままかな美に返事する。かな美越しに由紀子を見るが、由紀子は思わず目をそらしてしまった。


「うわあ、すごいめんどくさそう」


 面倒見のよい山羊さんこと織部は押しのけられて行き場を失った堀川のために椅子を用意してあげるのだった。





 

 かな美はどんなことを言ったのかわからないが、放課後には三年A組のクラスメイトの一員になっていた。


 聞いたら教えてくれなくもなさそうだが、蛇の道は蛇である。知らないほうが幸せなこともあろう。

 学年主任のみならず教頭もかな美に頭が上がらない態度で、丁寧な言葉づかいで接していたという証言がある。


 味方にすると頼もしいが、決して敵にはしたくない。


 由紀子は、フレームが曲がった自転車を見てため息をついた。

 山田にぶつけた自転車は、親切な誰かが自転車置き場に持ってきてくれていた。


(これじゃ乗れないかな?)


 物を大切にしなさいと躾けられているのに、こんな風にしてしまうとは自己嫌悪になってしまう。


(帰りはバスかあ)


 今、バスに乗っても会いたくない奴に会う可能性が高い。


 由紀子は、きこきこと嫌な音をたてるママチャリをおす。


(近くに自転車屋さんあったよね)


 いくらくらいかかるかな、と財布の中身を思い出しながら考える。痛い出費だが、自業自得なので仕方ない。


 由紀子はため息をついて学校を出るのだった。






「じゃあ、明日また取りに来てください」


 自転車屋さんのおにいさんから見積もりを貰い、由紀子はさらにため息をついて店を出る。


 外の並木道にはサクラが散っていた。春らしい光景である。


(もう少しだなあ)


 由紀子は、商店街のショーウインドウに貼られたカレンダーを見る。由紀子は四月生まれで始業式が終わってすぐ誕生日があるので、大体他のみんなから知られていないか、忘れられがちである。


 彩香やかな美からは誕生日を祝ってくれるが、他に由紀子の誕生日を覚えている貴重な人物は毎回やらかしてくれるのだ。


(今年は肉の詰め合わせが来ませんように)


 にこにこと笑いながら、玄関先で山田家(天然三人)が並んでいたときの恐怖といえばなんだろうか。

 上等の桐箱に笹の葉が敷かれ、その上にきれいな赤身肉が並べられている。


「由紀ちゃん、お肉好きだよね?」


 山田家のこの言葉にどれだけの恐ろしいフラグが詰っているかは言わずもがな。


 由紀子は、舌のとろけそうな美味しいお肉を泣きながら食べる羽目になった。家族が来る前に全部処分してしまわねばならない。おいしいけど食べたくない、そんなお肉はもちろん一種類しかない。


(今年は絶対断ってやる!)


 毎回、いじけたり、しおらしくしゅんとなっている姿を見ると断れなくなってしまう。それがいけないのだ。

 流されてはいけない、それを頭に叩き込むべきである。今まで散々失敗してきたのは、そこがいけないのだ。


(明日からはちゃんとしゃんとした態度で接しよう)


 由紀子はぐっと拳に力を入れる。


 でも、決意は『明日』からなので、今日はまだ無理なのである。


(二時間くらい時間を潰せばいいかな?)


 由紀子はぶらぶらと街を歩き回ることにした。






 バスの中からいつも見ている風景なのに、近くで見ると違って見えることはあるんだな、と由紀子は思う。

 何気なく通過していた雑貨屋さんが案外自分の好みだったり、おいしそうな飲食店を発見したり。


(この公園、前に映画で見たような風景だなあ)


 由紀子は少し高台にある公園の階段を上る。振り返ると街が一望できる。


(空に浮かんでる気分になるなあ)


 青い空が広く見え、浮かんだ雲が流れていくのを見ると、雲が動いているのか自分が動いているのかわからなくなっていく。


 由紀子は階段に座り込むとぼんやりと景色を眺めることにした。


 柔らかい風に花の匂いが混じって心地よい。

 元気な子どもの声が聞こえるが、それもまたBGMのひとつだと寛容に受け入れることができる。


 電柱が並び、秩序なく立ち並ぶ住宅もまた、それはそれで趣があると由紀子は思った。海外の整然とした町並もいいが、由紀子は営みが感じられる雑多な感じが好きなのだ。


 雑多に一つ一つが小さく見える住宅の中で、いくつかとびぬけて大きな家が見えた。その中の一つ、古いお屋敷だろうか、塀に囲まれて中は大きな平屋と日本庭園が見える。


(もしかしてあれって)


 東雲先輩の家ではないだろうか、と由紀子は思った。たしかこの近辺に住んでいたはずである。


 そしてもう一つ大きな屋敷を見る。対照的に近代的な雰囲気の家で、山田家のような洋風のお屋敷だ。

 由紀子のとびぬけた視力には、見事なアーチのある庭園とアフタヌーンティーができれば最高であろう東屋が見えた。


 敷地面積からして、東雲家に対抗できることからかなりのお金持ちだろうな、と予想される。


 由紀子はなにかを思い出して、鞄からがさごそとカードケースを取り出す。


「桜さんのおうちかな?」


 先日、パーティで知り合った泣きぼくろの美人さんである。名刺をもらっていた。会社の住所の他に、裏側に手書きで自宅の住所とメールアドレスが書き加えられている。


「ちょっと気が向いたら連絡くれない?」


 と、渡されたのだ。

 実は、山田兄と同じく仕事で化粧品を取り扱っているらしく、先日由紀子にくれたグロスも新商品らしい。


 正直な感想が欲しくて、あんな回りくどい方法で渡したのだという。


「なんかモニターさんだとどっか気を使って話している感じがして意見がぴんとこないの」


 だそうだ。


 由紀子は正直、あのグロスは色が可愛いと思うし、匂いも好きだった。


 でも、そのあとのことでいっぱいいっぱいで何も返信していなかった。


(今更だけど)


 由紀子は、携帯を取り出すとメール画面を開いて送ることにした。






 返信が来たのは、由紀子が家に帰りお風呂からあがったころだった。


 落ち着いた文体は年相応の女性らしいが、一か所だけデコレーションがされてあるのが可愛らしかった。


 由紀子は髪の毛を拭きながら、早速返信をすることにした。


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