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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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81 嘘には真実も織り交ぜよう

 結局、兄の手は捻挫していた。包帯に巻かれた右手は持ちにくそうに箸を持っている。変わらない表情のまま、黙々とご飯を口に運ぶ。

 部活もやっていないし、朝の課外授業もないのに兄はずいぶん早く起きる。もっとゆっくり寝ていてもいいのに。


「ごちそうさま」


 由紀子は、ご飯のおかわりを五回で終わらせると、席を立つ。お腹はまだ足りないが、見ているだけでいたたまれないのだ。


 あの後、母に問い詰められたのは言うまでもない。

 襖を壊し、仏間の畳は黒焦げで、兄は右手を怪我した。


 何があったと言われて、何もなかったとは通じないだろう。


 しかし、兄の言った言葉は、


「由紀が俺の日記見つけて読もうとした。だから、燃やした」


 と、まったくありえないことを言った。


 兄が日記なんてやるタマではないし、母もそれは重々承知である。

 捻挫に関しては、「畳で滑って体重がかかった」とのこと。


 本当のことを言いなさい、と問い詰める母に、颯太はそんな嘘しか言わなかった。母が由紀子に聞こうとすれば、無理やり遮って「自分でやった」と強調する。


 結局、由紀子は本当のことを言えず、そのまま数日が過ぎた。


 お茶碗を片付けながら、テレビを見る。話題は変わらず連続殺人事件の話だ。年末と二月、そして昨日、三人目となる被害者が見つかったらしい。

 時系列としては、三人目ではなく二人目の可能性が高いらしい。山奥に捨てられていたので発見が遅れたが、遺体の一部が白骨化していたという。


 それだけ遺体の損傷がひどければ、同一事件として見る確証は減りそうだが、遺体が若い女性であること、二つの事件現場の近隣であること、時間経過を考慮しても著しく損傷した状態で放置されていたことで、マスコミは連続殺人事件と銘打っている。


 朝の話題にふさわしくないニュースである。


 兄は箸をくわえたまま、チャンネルを変える。他のも同じ事件のニュースか、星座占いだったので、テレビのチャンネルを切った。


 由紀子は流しに茶碗を置くと、洗面所に向かった。






 学校についても由紀子の憂鬱はなおらない。

 気がつけばうわの空でため息をついてしまう。先生にあてられて、うまく返事ができず怒られた。


「由紀ちゃん、どうしたの?」


 山田少年まで心配する始末であれば、末期だろう。


「だから、お兄ちゃんと喧嘩したの」

「そうなの?」


 本当のことを言っているのに山田は疑り深く由紀子を見る。


 どうにもそれなりに知恵をつけてきた山田少年は面倒くさい。


「山田くんは兄弟喧嘩しないの?」


(しないだろうな)


 わかりきったことを聞いてしまった。山田少年と他の兄弟とでは年齢は離れている。山田少年としても、青年としても。

 そんな中で喧嘩が起こるとは思えない。


「たぶん、ないと思う」


 『たぶん』というのは、山田青年のことを含めてだろうか。

 山田少年はどこまで山田青年のことを認識しているのか、気になってしまう。


「でも、姉さんたちはよくやってるよ。よく恭太郎兄さんがメイデンさんのお世話になってるし」

「喧嘩と折檻は違うよ」


 メイデンさんとはずいぶん親しみ深い呼び名であるが、言うまでもなく親しみたくない拷問器具の事である。一体、山田家の何リットルの血がこびりついているかわからない代物だ。


 由紀子は朝食で足りない分、おにぎりの量を倍にしてもぐもぐと食べる。何気に具なしの塩むすびなのは、母の無言の圧力と言える。

 兄がわかりきったごまかしをする中、由紀子も母に本当のことを言っていなかった。たとえ、兄がどういう思惑か知らないが由紀子をかばっていることは、母にはお見通しなのである。


 最後の数ページが破り取られたノートは由紀子の手もとにある。残ったページは由紀子が読んだところばかりだった。


(一体、お兄ちゃんは何がしたかったの?)


 破いたページに何が書かれていたというのだろうか。

 読み返すうちにあることに気が付いた。

 

(これはかな美ちゃんの家のことだったのか)


 取材に行って門前払いを食らった家というのが、それだろう。父の遠回しな表記でわからなかったが、よく考えてみると戦乙女の血筋の家だと読み取れる。

 かな美が父の未来を見たのもその日のことだろう。


 由紀子がそんな風につい考えると、邪魔するように思考を遮るのは山田少年である。


「山田くん、そんなに顔を近づけてご飯食べないで」


 山田は由紀子の顔をじっくり観察するように見ている。見ているだけでも気が散るのに、口にはもぐもぐとイギリスパンのサンドイッチを咀嚼している。


「ああ、もう。パンくずこぼさないでよ」


 由紀子は机に落ちたパンくずをティッシュでかき集める。山田少年の口の周りにも、マヨネーズがついているので、新しいティッシュで拭う。


「日高、そいつ調子にのらせてんのは自分の責任だってわかってんのか?」


 織部が山田少年のサンドイッチを勝手につまみながら言った。具はベーコンとレタスとトマトで、ベーコンだけはじいて山田のサンドイッチにのせる。


「ものすごく同意」


 かな美が山田の顔を押しのけて入ってきた。

 秘密を話したことですっきりしたのか、少しだけいつものかな美に戻ってきたのはよかったと由紀子は思う。一部の男子諸君には、おとなしいかな美のほうが評判がよかったが、それとこれとは別である。


 かな美は隣の椅子を借りて座る。手には、紙切れがあった。


 織部はそれを見てげんなりする。


「俺、まだ出してねえよ。それ」


 『それ』とは、進路調査の紙である。この学校のほとんどの生徒はそのまま高等部に進学するのだが、一部生徒は他の学校に移ったりする。より高いレベルの学校を目指す生徒もいれば、逆についていけなくて去る者もいる。


「また、同じクラスだといいね」


 山田がにっこりと笑う。口の端にパンくずがついたままである。


 由紀子、山田、かな美、織部、気が付けばこの四人で行動していることが一番多い。

二年進級時はクラス替えがなかったが、三年になれば進路や成績を考慮してクラス替えがある。


「俺は理系コースで、今の成績だとA組かB組か際どいとこだな」


 織部の成績は上の中くらいで由紀子も大体同じ順位である。

 明言はされていないが、授業効率をよくするため、三年時のクラス替えは成績順にわけられる。上昇志向の高いこの学校の生徒は、言うまでもなくよりよいクラスに入ろうとするのである。


 理系希望はA組からD組、E組以降は文系となる。


「私は完全に別れるわね」


 文系コースのかな美が寂しそうに言う。


「山田も理系だったな」

「うん、由紀ちゃんと一緒がいいんだ」


 その山田の言葉に由紀子はにっこりと笑い、


「山田くん。古典と英語得意だから、文系クラスにいきなよ。今なら間に合うよ、今すぐ行こうよ」


 と、言った。


 山田青年としての知識が山田少年の頭の中にあるらしく、古典や英語については暗記の必要がまったくないという羨ましさである。ただ、知識は山田少年と青年が共有していたとして、記憶がどうとなると別物なのだろうと、由紀子は思う。


「そうだな、得意科目は伸ばした方がいい。ぜひ、文系コースをお勧めする」


 織部も同意する。

 

 山田はああ見えて、頭が良い。困ったことに頭がよいのだ。おばかそうで何も考えずに遊んでばかりいるような奴が簡単にテストで九十点以下をとったことがないのを見てしまうとヒトはどう思うだろうか。


(殺意がわいてくる)


 Aクラスの定員は四十名である、そういうことである。


「うん。いま、人間のエゴというものをひしひしと感じたよ」


 山田がバナナ豆乳を飲みながら言った。


「うん、山田くんはヒトの悪意をもっと敏感に感じ取るべきだよ。いい傾向じゃない?」


 それは由紀子の本心である。

 食人鬼にすら同情する、それが異常すぎるのだ。


山田は、はじめて会った頃とだいぶ違う印象が変わってきている。それがいいのか、悪いのかわからないが、より普通の男の子に近づいている気がするのは気のせいだろうか。


「由紀子ちゃんは誰かの下心をもっと敏感に感じ取るべきよ」


 かな美が目を細めて由紀子と山田を見比べる。


「俺は山羊だから関係ないね」


 織部が時計を見ながら、自分の席に戻る。


 由紀子もおにぎりを包んでいたラップを片付けて、授業の準備をし始めた。






「ちゃんとハンカチ持った?」

「持ったよ」


 由紀子はスポーツバッグを肩にかけ、反対の手には先日貰ったドレスが入った紙袋を持つ。

 中には一泊分の着替えが入っている。


 お泊りの理由は、先日、山田兄に招待されたパーティである。都内であるため、前日から入っておくらしい。


 基本放任主義の日高家は、一泊のお泊りでは何も言わない。なにせ海外旅行に行った挙句、バカンス延長という滅茶苦茶な理由で滞在をのばしたことにも「へえ、リッチだねえ」で済ませたくらいである。実際は、トラと格闘するサバイバル旅行だったのだが。


 兄は昨日の夜からずっとゲームをしていたらしく、十時を回っても起きてこない。山田家との付き合いで出かけることが気に食わないのだろう。包帯ぐるぐるの手でよくコントローラーが持てるな、と思う。


 自然と由紀子と兄は顔を合わせないようにしてしまうため、いまだ怪我をさせたことを謝れないでいる。


 由紀子は鞄の肩紐をぎゅっとつかむ。中には着替えの他に、破れた父のノートが入っている。留守中に兄が何かするのでは、と考えてしまう自分がいる。


(今更、なにかわかるとも思えないけど)


 それでも、日記をなくすわけにはいかなかった。


 靴のつま先をとんとんと鳴らし、


「いってきます」


 と、玄関を出た。


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