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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
88/141

77 溶かして固めただけでも手作りです

 日本という国はお祭り好きである。


 ついでに神さまが好きである。

 無神論者が多いと自国民および他国民も思っているかもしれないが、そうではない。


 無駄に神さまが多すぎて、神様ひとつひとつが身近になりすぎて、それが信仰というより生活となっているからそのように見えるのである。


 先日、社会の先生が言っていた言葉だ。昔は民俗学とやらをかじっていたとのことで、よく授業に関係ない話で時間を潰す。

 大抵の生徒は、またはじまったよ、と呆れた顔をするが、一部の生徒には人気だった。


 由紀子もまたその一人だったりする。


(ほんと、お祭り好きだよな)


 商店街は赤とピンクとハートの装飾にまみれており、テレビコマーシャルはお菓子会社のものばかりだ。

 本屋さんでは、人気パティシエの特集が行われた雑誌やお菓子作りの本が平積みにされている。


 大昔の聖人とやらもまさか自分の命日が、チョコの日になっているとは思うまい。


 というわけで、思春期まっさかり、箸が転がってもおかしい年頃の女子たちの会話は、その話題でもちきりだ。


 いつもなら一緒にいる山田少年だが、気が利く織部くんが別の場所に連れて行ったので、女子オンリーである。


 みんなで買い物に行こう、とか、誰かのうちに集まって手作りしよう、とか大変可愛らしい話をしている。


(一か月後は三倍になります)


 そんな黒いことを考えている女子は、どれだけいるだろうか。

 一方で、そんな律儀なことをしてくれる男子はどれだけいるだろうか。


 由紀子にとって、本命とかそういうものを渡す相手などおらず、やるとすれば義理くらいだろう。

 去年、一昨年とスルーしてきた話題であるが、なんか話の流れで渡さなければならないようになりつつある。


「じゃあ、みんなで作ったやつ交換ね」


 一緒にごはんを食べている間にそんな話になってしまった。

 由紀子もまた、一緒にご飯を食べている以上、強制参加らしい。


「ちゃんと、誰にチョコあげるかも教えてよ」


 みんなキャーキャー言っている中、由紀子ともう一人黙っている人物がいる。


(珍しいなあ)


 かな美だった。

 いつもなら顔面を歪めつつ、唾でも吐き捨てそうな顔をして否定するのに。

 去年、そんな話が持ち上がらなかったのもかな美がいたせいである。


「かな美ちゃん、聞いてる?」


 由紀子のかわりに念を押す女子に、かな美は首を縦に振っている。


「う、うん。わかったわ」


(やっぱり、なんかおかしい)


 かな美はここのところぼーっとしている回数が多く、由紀子と話していてもどこか上の空であることばかりだ。


 かな美はだまっていれば可愛いのに、とげとげしい態度で周りか一歩引かれるのがもったいない。

 少しぼーっとしていたほうが、彼女のためかな、とも思う。けれど、かな美はどこか別のことで悩んでいるようにも見えて、由紀子は少し心配だった。


 でも、思春期の今頃、悩み事の一つや二つあるものなので、特に何をするということはしなかったのだが。


(重症だよな)


 由紀子は、友だちとしてなにかできることはないかと思った。






『それは、恋だよ』


 電話越しに聞く彩香の声は、とても楽しそうだった。


「ちょっとそれは違うんじゃないかな?」

『しゃらーっぷ!』


 由紀子の否定の言葉を否定する彩香。

 やはり、大変楽しそうだ。


『そりゃあねえ、女の子は恋のひとつもすれば変わるの。わかる? 変わるのよ! 今まさにさなぎの年齢の私たちなのよ、いつちょうちょになってもおかしくないの。思春期、青春、二次性徴期、そういう時代なの、お年頃なの! 身長ばっかり無駄に伸びてるだけの由紀ちゃんは、まだ芋虫だからわかんないかもしれないけどそういうことなの!』


 まくしたてるように言われた。

 由紀子は芋虫らしい。

 否定したいところだが、彩香よりも大人の知識が深いわけではないので何も言えない。


 でも、かな美のことに関してはやはり首を傾げてしまう。


(なんか違う気するんだけどなあ)


 由紀子はクマのぬいぐるみを抱っこしたまま、彩香のとめどないお喋りを聞いた。

 内容はともあれ、女の子の長電話は楽しいものだ。






 バレンタインデーといえば、山田が騒ぎそうなイベントに思えるが、そうでもなかった。むしろ、どこか影のある表情をして、去年、一昨年と大人しくしており、由紀子としてはクリスマスやハロウィンと同様に宗教的な問題でも関係していると思っていたが。

 

(これが原因か)


 由紀子は目の前の異様な匂いに鼻をおさえた。

 野菜の配達にでてきただけなのに、こんな匂いをかぐ羽目になるとは。


 鉄を凝縮した匂い、それに糖分とミルクを混ぜ込んだ匂い。


 そんなものを山田母は木べらで混ぜていた。

 その隣に山田父が半分干からびた顔で、腕に点滴の管らしきものをつけている。点滴であれば透明な液体が流れているはずだが、管の色は赤かった。


「あら、由紀子ちゃん、いらっしゃい」


 にこやかでお花をとばす山田母の微笑みだが、今は地獄の釜をゆでる魔女にしか見えない。

 ぐつぐつとたぎる鍋にはどす黒い異様な液体が入っている。


「うふふ、毎年張り切って作り過ぎちゃうの。だって女の子が勇気を出す日だもの」


 たしかに、山田母は少女といっても違和感のない容貌をしている。服の趣味も可愛らしい。到底、四人の子持ちに見えるわけがない。


「パパには一番大きいのをあげるわね」

「あっ、ありがとう、ママ」


 いつもならノリノリの山田父だが、さすがに自分を原料にしたものは食べたくなかろう。

 

 ベジタリアンになんてものを食べさせるのだろうか。それとも、自分のだからノーカウントだろうか。


 由紀子が呆然と眺めていると、後ろから声が聞こえた。


「昔、チョコが日本に入ってきたばかりのころ、原料は牛の血を固めたものだって噂が立ったんですよ」


 眼鏡を押し上げてため息をつくのは山田兄だった。

 なるほど、原料にカカオを使わないわけだ。まともな材料を使ったら、山田母ならとても美味しいものができあがるはずなのに。


 鉄臭いどす黒いものには、どうしても食欲がわかない。


「毎年、大変ですね」


 由紀子は月並みなねぎらいの言葉をかける。


「ええ。日高家のみなさんは和菓子しか食べない設定になっているので、母の前では言動に気を付けてください」

「ありがとうございます」


 兄の颯太も、祖父も山田兄に感謝するべきだろうが、そんなものを山田母が作っていることすら知らないだろう。無知はある意味幸せである。


 どんなにもてようとも、身内から爆弾をいただくなら、年に一度のチョコレートの日は迷惑極まりないものだろうに。


 ふと、由紀子は山田兄を見て思った。


(山田兄はマメだよな)


 一部性癖に問題があるものの、基本は紳士だ。

 

(服の趣味もいいし)


 由紀子は荷を山田兄に預けると、今考えていたことを家に帰って実行することにした。






「何食べてんだ? 山田」


 クラスメイトが山田少年に話しかける。

 山田少年はごりごりと石炭のようなものを食べている。


 まあ、二月の十四日で、山田母の手作りのものだ。


 普段はにこにこしながらもしゃもしゃする彼であるが、今日はなんだか影のある雰囲気である。


「ヘモグロビン」

「なんだそりゃ?」


 山田の言葉の意味がそれでわかるものはどれだけいるだろうか。


 由紀子はほお杖をつきながらそれをながめる。由紀子にすすめてこられたらどうしようか、と思ったが、山田少年は黙々と石炭のような塊を食べている。


 山田の残念さ加減は、もうクラスどころか学年中に知れ渡っているが、一部の面食いがまだ残っているらしい。可愛いラッピングが靴箱の中から落ちてきたのを見てしまった。


(食べ物を靴箱にですか?)


 由紀子にとって理解しがたい思考だ。

 仮にも食べ物をあげるという行為なら、ちゃんと手渡しで渡すべきである。冬とはいえ、食中毒もあるのだから。


 由紀子がそのことを他の女子に話すと、むしろ冷たい目で見られた。


「女心をわかってないわ、由紀ちゃん」


 らしい。


 かな美なら同意してくれるかと、思っていたのだが、ぼんやりと生返事をするのみだった。


(やっぱ変だな)


 クリスマスと同じくらい、かな美の舌打ちが多い日だと思うのに。


 由紀子は友だちと交換したお菓子を食べながら首を傾げるのだった。






 恋する女の子の中には、靴箱や机に忍ばせる内気な子だけでなく、直接山田少年を呼び出す猛者もいた。

 そこまでやるのだったら、一人で行けばいいのに周りには付き添いの女の子が二人ついている。


 正直、三対一はフェアじゃないと思う。


 だからといって、由紀子が行くのは、どう考えても場違いだ。

 一方で、山田がへまをしないか気になってしまう。


 そんな空気を読んでくれるのは、くるくる頭の可愛い織部くんだ。ため息をつきつつ、山田とともに裏庭へと向かう。

 付き添いの女子たちに「なんであんたも来るの?」と、自分を棚に上げた言葉をかけられることも予想しつつ行ってくれるのだ、本当によいヤギさんである。


(あとで、織部くんにも渡さなきゃ)


 由紀子は気持ちばかりの小さなラッピングを織部のために用意している。


 織部のことだから、外面は興味なさそうなふりをして、ズボンに隠れた尻尾がぴくぴく動くのだろう。

 

 由紀子は鞄から、友だちと交換するお菓子を取り出す。


 やる気のないかな美が鞄からただの板チョコをとりだすさまを見て、


(やっぱりおかしいなあ)


 と、由紀子は思うのだった。



〇●〇



 損な役回りだと、織部は思った。


 なんでまた、友だちの告白現場に立ち会わなくてはならないのだろうか。

 自分で選んだこととはいえ、ため息をつきたくなる。


 その友だちこと、山田は端正な顔に人受けのよさそうな笑みを浮かべたまま立っている。

 自分とは違いまったく普通のヒトと変わらない姿をしているが、その生命力はゴキブリやプラナリアをはるかにしのぐ。


 そんな彼に、目の前の女の子はもじもじしながら、『告白』というものをしていた。その両隣には、友だちらしき女生徒二人が立っている。そんな中で、山田の付き添いに織部がついていることに関しては、「何であんたも来るの?」だそうだ。

 本当に女って怖い。


 もじもじする女の子は、自分がずっと山田を見ていたことや、山田の笑顔が好きだとか、そんなことを述べている。

 顔立ちも可愛くて、なにより織部よりも小さい子だ。もし、自分が告白される立場なら、その場でうなずいているかもしれない。


 山田が終始笑顔のためだろうか、最初は緊張していた女の子の面持ちも少しずつほぐれ、つらつらと山田の長所といかに自分が本気かと自己アピールしたのだった。

 そして、最後にこう聞くのである。


「山田くん、もしかして日高さんと付き合ってるの?」


 そりゃそうだよな、と織部は思う。あれだけ四六時中一緒にいれば、そのように勘違いされても無理はない。むしろ、そうなっていないことが疑問である。


 最初、織部もそのように見えたのだが、付き合っていくうちに思ったのは、「なんか違う」だった。山田から日高への感情はともかく、日高から山田への感情は、「仕方ねえ」という心の声がにじみでている。面倒見のよい性格の彼女は、山田の保護者として振舞っている気がする。いやいやそうに見えるがあれもまた、母性本能の一種ではないだろうか、と織部は考える。


 日高の幸せを考えれば、「さっさとこんな奴、見捨てろよ」と言いたいところだが、山田ともまた仲が良い織部はそんなことを口に出せずにいる。


 どんなに潰してもちょん切っても死なない山田よりも、おそらく日高のほうがずっと適応力が高いためだ。山田はああ見えて、周りに適応するのが苦手なように思える。日高は山田がいなくても社会に適応できるが、反対だと山田が上手く社会に溶け込むようには思えなかった。


 どこか、浮世離れした雰囲気が周りとの接触を拒んでいるように思えた。


 山田のいつもにこにこした表情からは到底考えられないことであるが、ごくたまにそう思う。他のみんなはまったくそのように思っていないだろう。

 山田と同じ人外だからこそ、織部はそのように感じるのかもしれない。


「ちがうよ」


 山田は、笑顔のままそのように答えた。


 女子三人は嬉しそうにひそひそ話をする。まるで、告白が成功したかのような反応だ。


 続いた言葉は、お約束のあれだ。『付き合ってないイコール自分と付き合ってくれる』、の方程式が彼女たちの頭にはできあがっている。


 どうせ、断るだろ、と織部が面倒くさそうに裏庭の木の葉っぱをむしっていると、山田は意外な答えをだした。


「いいよ」


 おいおい、とつっこみたくなる織部の一方で抱き合いながら喜び合う女子。


「でも、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 山田はにこにこしたまま、質問する。


「僕のいいところを知っているのはわかったけど、僕の悪いところはいくつ知ってる?」

「えっ?」


 山田の言葉に女子たちは言葉に詰まる。


 織部だったら即座に十でもいえる、日高なら百をこえるほどいえるかもしれない。

 そんな欠点だらけの山田の短所を「いつも見ている」と言っていた本人が言えないのだ。


「ええっと、よく怪我するんだっけ?」


 疑問形だ、おそらく人づてに聞いたものだろう。

 つまり、表面だけ見ていたことに他ならない。その程度の『本気』なのだ。


「うん、そうだよ。僕は人外だからね。それは知っているでしょ?」

「えっ、ええ」


 旗色が悪くなったと感じた女子はまたもじもじし始める。いや、もじもじというより挙動不審だろうか。


「人外と付き合うのはすごく大変だよ。見た目は似ていても、性質や生活習慣が違ったりするし」


 そうだ、見た目は普通でもやたら体重が重くて、無駄に食事をとる。山田は抑えているつもりだろうが、たまにやたら力が強く見えるし、何より不死身だ。

 これが不死者の特徴だろうか。


 それらを考えると、織部の頭の中にある疑念が浮かぶが、それは追及しないでおく。隠しているということは、そういうことだろうから。


「ねえ、君の本気はどれくらいなの? 僕の駄目なところも受け入れてくれる? どれくらい一緒にいても大丈夫なの?」

「そ、それは……」


 相手がどもるのもわからなくはない。たかだか女子中学生にそこまで言うほうが重いのだ。


「僕は不死者だよ。君がおばあちゃんになっても、僕はきっと若いままで、死んでも何百年も生き続けるんだよ。化け物だけど、それでもいいの?」


 告白した女の子は、目に涙を浮かべて、そのまま走って行った。

 取り巻き二人も「サイテー」と、捨て台詞を吐いて追いかけていく。


 織部は「あーあ」と、木に寄りかかる。


「もっとうまく断る方法はないのか?」

「じゃあ、教えてよ」

「そういう経験ないから無理」


 あの子たちには悪いが、山田は軽そうだが重い、重い奴なのだ。


「僕の断り方、悪かったかな?」

「悪いとは言わないけど、あいつらにとって『振られる』イコール『サイテー』なんじゃないか? まあ、何言っても同じだよ」


 ついフォローしてしまうのは、やはりお人よしだからだろうか。


「そんなもん?」

「そんなもん」


 一応、日高が心配していたので山田についていったが、そんなもの杞憂に過ぎない。


 今の山田はけっこうしっかりした奴だ。


 むしろ、日高が心配するから問題なのである。


「なあ、山田。普段からそうしてろよ。日高が喜ぶぞ、手間が省けるって」

「何言ってるんだい? ジンギスカンくん」

「俺はヒツジじゃねえ!」


 しらばっくれるのが本当に腹が立つ。


 もう昼休みも終わりに近い。


「お前のせいで昼休み潰れたわ」

「ごめんね、お礼に干し草ロールあげるね」

「いらんわ!」

「じゃあ、スズランなら……」

「そりゃ、毒だ!」

「観賞用としてだけど」

「……」


 しっかりしていようがしていまいが、やっぱ疲れる奴だと織部は思う。

 そんな奴となんだかんだで仲が良いのも、やっぱり自分もまた日高と同類なのか、と思った。


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