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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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75 フラグは言われなくてもやってくる 後編

 雪山で遭難といえば絶望的なイメージだが、由紀子のいる場所はそんなにヒトが通らないような場所ではないらしい。

 今現在、雪が降り、日が落ちているから危ないのであって、ヒトが通ったと思われる道はあった。


 残念ながら携帯電話は圏外で連絡のすべはない。


「獣道じゃないよね?」

「違うと思う」


 だからとて周りに人がいる気配はなく、一晩過ごす場所を探さねばならない。

 

(あったかいお風呂入りたいなあ)


 それでもってほかほかのごはんとお鍋を食べるのだ。ニワトリの出汁がしっかりきいた水炊きが食べたい。

 そんなことを考えているとお腹がきゅうっとなった。


(食べ物かあ)


 由紀子はそっとポケットを触ったが、山田少年を見て首を振る。


 きゅうっと鳴るお腹をおさえて、さくさくと進む山田についていく。


 山田少年の足取りは山歩きに慣れたもので、転ぶ気配はまったくなかった。


(今日はなんだかしっかりしてるなあ)


 由紀子は首を傾げる。


 もしかして、と山田少年の目を見てみたが、そこに変化はない。


 ますますいぶかしんでいると、山田少年が足を止めて指をさした。


「あれ、小屋かな?」


 山田の人差し指は、雪と森の木々に隠れた掘立小屋をさしていた。






「お世辞にもログハウスとは言えないね」


 隙間風吹く小屋は、廃材を利用したような簡単な造りだった。土台と屋根はしっかりしているので、雪の重みでつぶれることはなさそうだが、床はところどころぎしぎしと音が鳴る。


「贅沢は言えないよ」


 由紀子は帽子を脱ぎ、ついた雪をはらう。


 周りを見渡すと薪が置いてあり、小屋の中心に暖炉替わりに灰の入った箱が床に埋められていた。


「マッチかライターかないかな?」

「うーん。多分あっても無理だと思うよ。新聞紙かわらがあれば別だけど」


 山田少年の言葉はもっともで、薪はそのまま火をつけるには大きすぎるものだった。


 由紀子と山田はなにかないか家探しする。襤褸切れのような毛布が二枚でてきた。


「けっこうばっちいね」

「贅沢言わない」


 由紀子は一番上のジャケットを脱ぐと襤褸切れを羽織る。濡れたジャケットを着ていては体温を奪われてしまう。


 山田少年は、まだなにかないか探している。

 古い箪笥を利用した物置をあさっていてなにかを見つけたらしく由紀子にこっちに来い、と手を招く。


「これ、あったかそうだよ」

「……たしかにあったかそうだね」


 山田が得意げに見せるものを由紀子はしらけた目で見た。


 たしかにぬくぬくのもふもふなものだ。羽織るとあったかいに違いない。


「そうでしょ、くまさんの毛皮」


 雪山で『遭難』の次に聞きたくない言葉である。

 これ以上フラグは増えてもらいたくない。


 どうやらここは猟師小屋であったらしい。


 毛皮は一枚しかないらしく山田少年は床に敷くと由紀子に座るように促した。


 由紀子は複雑な思いで座ると、ちくりとした少し硬い毛の感触がしたが、床に直に座るよりずっとあったかかった。


 山田少年は家探しを終えると、珍しくため息をついた。

 食べ物や火をおこせるものは見つからなかったらしい。


 濡れた上着を脱ぐと壁の用具かけに引っかける。由紀子ほど厚着していない山田少年は見ているだけで寒くなってくる。


 さすがに山田少年も堪えているらしく、眉間にしわをよせていた。のっそりと由紀子の隣に座ると真剣な顔をする。


「由紀ちゃん、このままだとけっこう危険なんだ」

「どういうこと?」


 まあ、かなり寒いけれど、一晩くらいならなんとかなると考える由紀子だったが。


 山田少年は前髪をかき上げながら言葉を続ける。


「僕らの筋肉は普通のヒトとは変わった造りをしている。それにより基礎代謝量もヒトの数倍多いんだ」

「それは、食べる量を見ればわかるけど」


 毎日、ヒトの五倍から十倍の食事を不死者は欲している。筋肉の密度は高いが、スタイルが変わらないところを見ると、一日の食事はそれで適正ということだろう。


「基礎代謝は季節により変わるんだ。冬場は体温を上げるためにより消費が激しい」


 だから、僕たちは普通のヒトよりも危険な状態にいるんだよ、と山田は言った。


 由紀子は首を縮める。


「それって、どうすればいいの?」


 由紀子の言葉に山田少年はじっと由紀子を見る。ヒトにはあまり見られない琥珀色の目に由紀子の顔が映し出される。見ていると、まるで自分が琥珀に閉じ込められた虫にでもなった気分になる。


「体温をできるだけ下げない努力をすべきだよ。そのためには……」


 由紀子は真面目な山田少年の顔を見つつ、一瞬視線が少年の指先のほうにうつった。

 毛布からはみ出た指はなぜか、わきわきと奇妙な動きをしていた。


 由紀子はなんとなく一晩くらいじゃどうともならないのだな、と確信した。

 むしろ違う意味で危なそうだ。


「うん、わかった。おやすみ」


 由紀子は半眼になると、山田少年の言葉を最後まで聞かずに毛皮の上に丸くなった。

 いっそ何もせずに寝てしまうのが一番の体力温存方法だと思った。


「ゆ、由紀ちゃん。寝ないでよ。寝たらだめだー、寝るなー、寝たら死ぬぞー」


 山田がお約束の台詞を言ってくれる。


「はいはい、死んじゃう死んじゃう」


 由紀子はめんどくさそうに返す。


「死んじゃだめだから、一緒に寝ようよ」

「それは嫌」


 身体を揺り動かす山田の手をうざったそうに振り払い、由紀子は起き上がると壁にかけたジャケットに手を伸ばす。まだ全然乾いておらず、着るのはやめておいたほうがよかったが、目的はそれではない。ポケットをあさって何かを取り出す。それを山田少年に投げる。


「はい、大切に食べてね」


 山田に投げたのは板チョコである。


 由紀子は違うポケットからもう一枚板チョコを取り出す。

 遭難してチョコレートで生き残るというのも定番だろうか。


「由紀ちゃん、規則違反」

「うん、山田くんには言われたくない」


 異空間につながる未知の鞄を持っているくせにそんなことを言うのか。むしろ、今、それがないことが残念だ。


「山田くんはなにも食料は持ってないよね?」

「残念ながら」


 両手を広げてないない、を強調する。持っているのは携帯電話くらいらしい。


(やっぱあげずに隠れて食べればよかった)


 由紀子がやたら厚着だったのはこういうわけでもあった。キャリーケースの中には、明日用のチョコレートが詰っている。明日は人目を忍んでもしゃもしゃ食べるつもりだったのだ。


 予算額内です、と担任にアピールするため祖母の手作りおやつを堂々と食べていたわけだが、それでも由紀子には足りなかったのである。

 一応規則を守ってます、というところを見せて隠れて規則違反をするところがなんとなく自分が小賢しい生き物だな、と由紀子は思う。


 山田は少々つまらなそうな顔をして「ありがとう」と小さく言うと、毛皮の上で胎児のように丸くなっもしゃもしゃ食べ始めた。


(もう図体でかいってのに)


 大変、残念な美少年の図である。

 まあ、身を縮めることは体温の低下を防ぐ面で役に立つので、格好などどうでもよいのだろうけど。


 由紀子も山田少年を見習って丸くなる。毛皮の大きさもあり、山田少年に背中合わせになるように寝そべるしかなかった。

 

(たしかにあったかいんだけどね)


 くっついた背中は毛布越しでも体温を感じられた。たしかにくっついて眠れば体力の温存には役立ちそうだが、由紀子とて乙女である。こんな場合でもそういうことはできるだけしたくなかった。


 お腹がすべてのチョコレートを欲するのに対し、由紀子は半分だけ食べるとポケットにしまう。

 

 寒さより飢えとの闘いのほうが由紀子には厳しいのかもしれない。


 ぐるぐると鳴るお腹の音をごまかすのは無理っぽい。山田少年の腹の音も重なり二重奏になっている。


「ねえ、由紀ちゃん」


 山田が背中合わせのまま由紀子を呼んだ。


「なに?」


 由紀子はちょっと面倒くさそうに返事する。さっさと寝てしまいたいところなのに。


「お腹がすいて仕方がなかったら、僕を食べてもいいよ」

「……絶対、いや」


 あの父がいて、この子ありと言ったところだろうか。

 おかげで食欲がかなり減退した気がした。


「なんでそうなるの?」

「由紀ちゃん、お腹すいているでしょ。多分、朝までにもっとお腹がすくんだ。だから、僕を食べてもいいんだよ」

「嫌だって」

「遠慮しないで」

「遠慮してない!」


(ああ、もう疲れる)


 由紀子は深く息を吐く。呼気は一瞬で真っ白になり、霧散する。


「じゃあ、山田くんは私を食べたいの?」

「……まあ、それは」


 由紀子の質問に、山田が一瞬躊躇したように思えた。


「そうなんだけど」


 肯定の意味を答えられて由紀子はびっくりする。


(なにそれ、怖い)


 朝までにお腹のすいた山田少年に噛みつかれたらどうしようと思ってしまう。何度も食人鬼に食べられそうになったり、食べられたりしてきたが、まさか山田少年がそんな危険な思想を持っていたとは。


 冬眠から目覚めたクマならまだしも、山田少年が相手だと勝てるとは思えない。同じ不死者といえど、体格差があれば不利になる。


 それにしても、クマ相手ならまだしも、と考える自分の慣れが怖い。


「由紀ちゃん、それは嫌だよね」

「誰だって嫌だよ!」

「うん、だから我慢する」

「そうして。食べられるくらいなら、食べるほうに回るから」


 由紀子はなんだかんだで山田少年に言いくるめられた気がした。


「優しく食べてね」

「それって無理だし」


 山田少年は納得したのかそれからしばらく黙っていたが、三十分ほどするとまた話し始めた。


「由紀ちゃん、寝ちゃった?」

「……」


 まだ、眠りについていないが由紀子は面倒くさいので返事はしなかった。


「寝ちゃったんだね」


 山田少年は、それでも話を続ける。

 由紀子に語りかけるというより、独り言のようだった。


「もし、僕がね、違う僕になったらどうする?」


(そんなことあるわけないよ)


 とは、口に出せなかった。


 狸寝入りがばれる云々よりも、由紀子にはそんな確信がなかったからだ。


 今の山田少年は一体どれくらい山田青年になりかけているのだろう。それとも、山田少年はある日突然消えて、山田青年になってしまうのだろうか。


(それはちょっと嫌だ)


 由紀子にとって山田少年と青年は別物である。たしかに、山田青年になることが本来の彼の正しい姿かもしれない。でも、山田少年がなかったことにされるのは、あまりにひどいと思う。


 また、山田少年が成長してしまえばどうなるのだろうか。


 由紀子にはわからず、当の本人にもわからない。


 だから不安になる。


 由紀子はどうすればいいのかわからずに、寝返りをうつ。振り向いた先には、由紀子よりも大きな背中がある。


(これはクマのぬいぐるみ)


 由紀子は自分に言い聞かせた。


 包み込むように抱っこすると、頬を背中に押し付けた。毛羽立った毛布は少しちくちくしたが、背中合わせよりもずっと温かかった。


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