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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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74 フラグは言われなくてもやってくる 前編

「お腹すいたね」

「それは言わない約束よ」


 由紀子は空のお弁当を重ねる。一応、予備の分を由紀子と山田で二つずつもらったが、言うまでもなく足りない。最低五人前はほしいところだ。


 お昼は早めに十一時ごろとった。

 おなかがあまりすいていない子もいたようだが、由紀子はそれがうらやましかった。


「ちゃんとお弁当は何個ずつ食べるかアンケートを取るべきだよね」


 山田がふてくされた顔で言う。

 常識外れとしかいえないが、由紀子はその言葉に同意するしかない。


「いや、それはおまえらだけだから。俺だっていろいろ我慢してるんだぞ」


 織部が山田少年にツッコミを入れる。

 ガチ草食系の織部は、食べられないおかずを山田少年に渡していた。山田がお返しにピーマンをあげようとしていたので、由紀子はほっぺをつねってあげた。


 それにしても、学校側の配慮が足りないことは由紀子も納得だ。


「スキーかあ。あと一時間バスだっけ? あんまり滑る時間ないよね」


 どうせ先生の話が入るので滑るのは二時前くらいになるだろう。冬場の日の短さを考えると二時間滑ればいいほうだろうか。

 何を考えているのか、一泊二日なのに一日目はすぐ終わってしまう。


「昼食はペンションで食べればよかったのに」

「まあ、そうなんだけど、いろいろ準備が大変みたいよ。あんまり団体さん受けてないところみたいだし」

「へえ」


 大人の事情って面倒だね、と話すのだった。


 由紀子はみんなのごみを持つと、片付けに行った。






「スキーとか、意味わかんないんですけど」


 かな美が今更ながらに言った。

 その両足は、初心者らしい八の字を作っている。


(はじめてだったんだね)


「う、うん。すぐに慣れるよ」


 由紀子は月並みな言葉をかな美にかける。ちなみに由紀子は、スキーは二回目であり運動神経も悪くないのでそれなりに滑れるのだ。怪我をしてもあまり問題ない身体になると、恐怖心がなくなり上達も早いようである。


 山田少年も今のところ怪我もなく、雪だるまにもなっていない。むしろノリノリでスノボをやっている。


 由紀子は止めようかとうずうずしているが、下手に手をだすと惨事が起きそうな気がしてならない。

 とりあえず山田の周りに他のヒトは近づいていないようなのでそのままにしておく。


(それにしても)


 今のところまともな山田に対し、他のクラスの女子の評価がうなぎ上りのようである。

 黄色い声というのだろうか、あれは。由紀子は半眼のまま、ボードで回転ジャンプをする山田を見る。


「由紀子ちゃん、あれはゲレンデ効果ってやつだからね」

 

 かな美が憎々しげな顔で由紀子に言った。つまり、山田だからかっこよく見えるのではなく、ゲレンデだからかっこよく見えるのだと言いたいらしい。


「いいなあ、山田」


 羨ましそうに織部が言った。

 どうやらぽくぽくあんよの織部くんにはゲレンデ効果は発揮されないらしい。


 可愛らしいあんよにはスキー板がしっかりついている。本当に中の構造がどうなっているか気になる。すっぽ抜けないだろうか、心配になる。


 山田少年は最後に空中で一回転ジャンプをすると由紀子たちの前で止まった。


 ゴーグルを外してにこにこした顔で由紀子を見る。


「由紀ちゃん、見てくれてた?」


 まるで、とってこいができた子犬のようである。しっぽがあれば、振り切れそうなくらいふりふりしていることだろう。


(つまり褒めろと言うことか)


「ああ、うん。すごいね、すごいすごい」


 まったく感情のこもらない口調で由紀子はとりあえず褒めてあげる。

 山田少年はそれでもうれしいらしく、スノボを脱ぐとまた上の方にのぼっていく。もう一回やるから見ていて、とのことらしい。


 由紀子が面倒くさそうに山田少年が転ばないか見ていると、かな美がじっと由紀子を見る。


「由紀子ちゃん、ゲレンデ効果なのよ。ゲレンデ効果なんだからね」

「う、うん」


 時々、かな美は怖いなあ、と思いつつ、由紀子は八の字でよたよた滑るかな美がこけないかじっと見てあげた。


 夕ご飯もお腹いっぱい食べられるかわからないので、由紀子は省エネモードに入り、初心者コースでちまちま滑ることにしている。

 体温低下も防ぐため、かなり着ぶくれている。まあ、着ぶくれているのは、体温保持以外にも理由があるのだが。


(おなかすかないのかなあ。もう)


 よたよたすべるかな美が由紀子にすがりつこうとするが、スキーでそんなことをしていたら正直危ない気がする。


「ゆ、由紀子ちゃん。見捨てないでね」


 普段、気が強いかな美がそんなことを言うとなんだか可愛く見えてきて思わず笑いそうになるが、かな美のプライドを傷つけないために我慢する。


「もう、上級者コース挑戦する人たちって意味わかんない」

「まあね、滑れるならいいんじゃないかな」


 と、由紀子は返すものの、上級者コースのリフトに上がる者の中にはさっきまで初心者コースを滑っていたものがいる。

 ちょっと慣れてきたからと調子にのってしまうのは、中学生男子の特徴だろう。


「あーあ。怪我してもしらないから」


 自己責任と言えば自己責任であるが、それで監督責任をとらされる先生たちの身にもなってもらいたい。

 二百人近い生徒を十名足らずの先生で見ることに完璧を求められても困ることだろう。


(山田少年のせいでもあるなあ)


 これみよがしに上級者コースからすいすい降りてくるやつがいたら真似したくなるものである。

 山田が悪いとは言い切れないが、ちょっと彼には自重してもらおうと由紀子は思う。


「ちょっと、山田くんにもあんまり上のほうで滑らないように言ってくるよ」

「由紀子ちゃん、気を付けてね」


 かな美の視線はずっと下を向いていて由紀子のほうを見ていない。


(あんまり下見ても上手くならないと思うけど)


 あとでアドバイスしよう、と由紀子は思う。


 再び技を繰り返しながらスノボで降りてくる山田に手を振る。

 スキー板をはいたまま、山田のほうへと一歩一歩近づいていく。


「山田くーん」


 由紀子の姿に気が付いた山田は滑らかな滑りで速度を落としながら由紀子の前で止まる。


「なーに? 由紀ちゃん」


 にこにこしている山田に由紀子が話そうとしたとき、なんだか上のほうから騒ぎ声が聞こえる。

 

「由紀子ちゃん、逃げてー」


 背後からかな美の叫び声が聞こえる。

 しかし、由紀子の前には山田少年が立っていて、彼の身長でゲレンデの上の方がどうなっているのか見えない。

 山田もスノボをつけたままなので後ろをうまく振り向けないでいる。


 まあ、ここまできたら何が起こるのかおわかりだろう、

 山田の背中にすごい勢いでなにかがぶつかる。


 ぶつかった何かは山田に当たったことで転倒し、代わりに山田の身体が傾いていく。そして、その身体は由紀子も巻き添えにして滑り出す。由紀子は雪面にスティックをさしたままにしていた。スキー板をはいた足では、踏ん張ることもできない。


 由紀子の頭の中に、雪面上の摩擦率と押された力、そして傾斜の角度があいまいに浮かび上がっていく。


 そうだ、忘れていた。


 たとえ、山田がしっかりしていても周りの環境がそれを許さない。それが不死王の血筋である。

 因果律さえ捻じ曲げる、それが不死王の血脈である。


 由紀子と山田少年は、コースを外れ林へと突っ込む。そのまま、バランスを崩した山田少年とともに木々にぶち当たりながら雪だるまのようになる。大きな雪だるまはそのまま、林をつききると、立ち入り禁止の柵を壊して崖へと落ちていく。


 まあ、お約束である。






「山田くん、被害状況はどう?」


 由紀子は襟から入り込んだ雪をはらいながら山田に聞いた。


「うーん。このお腹のすき具合だと、あばらが五本くらい折れたレベルかな? 由紀ちゃんはどう?」

「私もそれくらいだと思う。あと全身脱臼してたっぽい」


 まるで台風の被害状況でも語るように自分の身体の異常を報告する自分たちを恨めしく思う由紀子。残念ながら、実際あったであろう怪我は由紀子たちが気を失っている間に治ってしまっている。


(ええっと、たぶん落ちた時間は三時ごろくらいだと思うから)


 もう空はほんのり薄紫色を残す程度で暗闇になりつつある。さらさらとした雪が降っており、気温もだいぶ下がっていた。


 日の入りを考えると二時間近く気を失っていただろうか。


 見上げるとけっこうな断崖であり、雪の上とはいえ普通のヒトなら死んでいるかもしれない。でなくとも、骨折で動けなくなり、そのまま凍死もあり得る。

 

 だからとて、不死者でよかったという感想は浮かばない。


 まさに「トホホ」という古典的擬態語にぴったりの状況である。


「由紀ちゃん、どうする?」

「どうするもなにも」


 お腹はすいたし、寒いし、このままずっとここにいるのもあれである。遭難したらできるだけ動かないほうがいいとかも聞くが、このまま待っていても雪だるまになるのを待つようなものだ。


 柵が壊れているところを見つければ、由紀子たちが崖から落ちたことに気が付きそうだが、林はずいぶん広かったし、崖を降りるのもぐるっと山を回っていかなければならないだろう。


 その間にもどんどん体の熱量が奪われていく。

 

 幸い、由紀子たちは夜目がきいた。明かりはなくともそれほど苦労はしない。


「とりあえず、風が当たらないところ探そうか」

「うん」


 由紀子と山田はとりあえず歩くことにした。


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