73 合宿へいこう
「えっ? 山田くんスキー合宿参加するの?」
由紀子は驚いた顔で山田を見る。
山田は少し傷ついた顔で、
「ひどいよ、由紀ちゃん」
と、わざとらしくすねて見せる。
由紀子はスキー合宿のしおりを見る。来週あるのだが、まさか山田少年が参加するとは夢にも思わない。
一月の終わりに二年生はスキー合宿がある。合宿というならお泊りである。
山田という危険人物を簡単に外泊させてはいけないと思うのは常識だと由紀子は思っていたのだが。
「それが行くんだな」
なぜか誇らしげに胸を張る山田少年。見た目は大きくなってもやっぱりどっか子どもっぽいところを見るとなぜか安心する。
(たまに妙に大人びたところがあるからね)
正直、そんな山田を見ると山田少年なのか山田青年なのかわからなくなる。たぶん、山田少年なんだろうな、と思いつつも大人びた表情を見ると由紀子としては少し居心地の悪い気分になったりする。
それはともかく、山田少年は山田少年であり、由紀子としてはスキー合宿に参加するのはやめておいたほうがいいと思うのだ。
むしろ反対である。
山田は参加する、絶対すると言いきっているが、由紀子は、
(どうせ、山田姉か兄が反対するだろう)
と、「はいはい」と軽めに返事した。
「……えっと、本当に参加させるんですか?」
由紀子は目を丸くしながら、山田姉の言葉を聞き返した。
「ええ。せっかくだもの」
山田姉はバター茶なのかとかしバターなのかわからない謎の飲み物を飲んでいる。
由紀子はよく練られたココアをいただいている。クリームをのせており、お店のココアみたいだ。
由紀子はいつもどおり山田家に野菜を配達しにきた。
山田姉か母がいれば大体お茶に誘われるのでお言葉に甘えているのだ。
今年はキャベツが豊作なのでたくさん持ってきている。野菜が豊作と言ったら農家は喜ぶように感じるが、実際は違う。野菜あまりがおきて価格が下落するので困りものだ。なので、山田家のように定額で購入してくれると日高家としては大いに助かる。
由紀子の足元にはポチが横たわっており、息子のハチは山田と庭で駆け回っていた。寒波がきているので、外にはちらちらと雪が降っていた。
なんとなく家に居づらい由紀子はこうして山田家でたむろって時間を潰す。兄と顔を合わせたくないためだ。
もちろん、それが根本的な解決になっていないことくらいわかっているが、どうすればいいのかもわからない。
山田姉は、由紀子に山田母お手製クッキーをすすめて、話を続ける。
「だいぶ、あの子もしっかりしてきたから、いい機会だと思って。この頃は、あんまり怪我もしなくなったし」
「そ、そうですか?」
由紀子は首を傾げる。
(そんなにしっかりしているようには見えないけど)
山田姉のことだ、山田父と比較しての話なのかもしれない。
成長したらもっとしっかりしてくれるかと思っていたが、山田のうっかりの頻度は変わらない。むしろ、多くなった気がしないでもない。
「そうなの。フジくんしっかりしてくれるようになっておばさんも助かっているの。お皿の片付けを割らずにできるようになったし」
まるで幼児を褒めるように山田母が言ってくれる。
(山田が皿を割らないなんて、それは稀なことでしょうな)
由紀子はなんだか腑に落ちないまま、ココアを飲み干す。
クリームが上唇の上についておひげのようになった。
「由紀子ちゃん、なんだかすごいわね」
かな美が由紀子の荷物を見て言った。
由紀子は大きなスーツケースに登山用の大きなリュックを背負っていた。
一泊二日の合宿にしてはたしかに過剰な荷物である。
今日と明日はスキー合宿である。
かな美は旅行鞄一つ、他の生徒も似たようなものだった。
「まあね、いろいろと準備してたらこうなったの」
由紀子は苦笑いを浮かべながらスーツケースをバスの荷台に詰め込む。先生は由紀子からスーツケースを受け取ると、想像以上の重さによろけていた。
(詰め込むだけ詰め込みました)
由紀子は登山用リュックだけを抱え、バスに乗る。
席順は自由なので、由紀子が一番後ろの窓際に座ると、山田が隣に座ろうとする。
「ちょっと待った!」
いつものバス通学と同じく座るつもりだった山田が唖然とする。
かな美が山田を押しのけて、由紀子の隣に座った。
「……由紀ちゃんの隣がいいのに」
「私も由紀子ちゃんの隣がいいの」
なんだかもてもてだな、と由紀子は思った。
「由紀ちゃん、真ん中に来てよ」
「えー。窓際がいい」
山田少年はしぶしぶとかな美の隣に座り、その隣には織部が座った。
元気出せよ、と織部が優しく駄菓子を差し出す姿を見て、いい奴だなあ、と由紀子は思う。
ちなみに、おやつは五百円までである。
これからバスで数時間揺られて雪山に向かうのである。途中、パーキングでお弁当が配られそれが昼食となる。
無論、由紀子も山田も食料が足りるわけなく、それには前もって準備をしていた。
「日高さん、それ、限度額こえてるんじゃないかしら?」
先生は、由紀子がむさぼるものを見てそんなことを述べた。
由紀子はドーナツをもぐもぐ食している。一度、口の中のものをしっかり飲み込んでから由紀子は話し出す。
「こえてません。規則は守ってますよ」
由紀子は大量のドーナツを膝の上にのせたまま言った。ドーナツの他に、饅頭とどらやき、カステラとある。
「これは、祖母の手作りです。材料は、うちの二毛作の薄力粉で、砂糖は使わず自家製のはちみつを使っています。油はお歳暮のもらいもので、バターも同じです。あずきは親戚に毎年格安で分けてもらっています」
もちろん、由紀子の言葉が詭弁だとわかっている。だが、おやつ五百円と業務用の幕の内一つで由紀子の腹が満たされるわけがない。
(しかたないのです)
まだ年若い女性教諭は、由紀子のあまりに堂々たる言葉にひるむ。由紀子はたたみかけるように言葉を続ける。
「ちゃんと、今年の小麦のキロ当たりの卸売単価とはちみつの値段も調べてきました。あと、材料それぞれのグラム数もこちらにメモしてあるので、よかったら計算してみてください」
先生は由紀子から山田少年にターゲットをかえることにした。
山田はぽりぽりとスナック菓子を食べている。
「山田くんはこえてないわよね」
山田少年は鞄を先生に渡す。由紀子が登山リュックなのに対して、彼の鞄はとても小さかった。
「手荷物はこれだけ?」
「そうですよ」
スナック菓子を口いっぱい頬張る山田の代わりに織部が答える。たしかに、山田の鞄はそれだけだった。
これなら、たしかにそんなにたくさんのお菓子は持ち込めないな、と先生は山田少年に鞄を返して一番前の座席に帰って行った。
(まあ、普通ならそうだろうけど)
由紀子は、明らかに入らないであろうビッグサイズのスナック菓子を山田少年がとりだすのを見てうらやましく思う。
(本当にどうなってるんだろう?)
山田流収納術を使えば、どんな小さな鞄でも無限にお菓子を詰め込むことが可能なのであった。
クラスメイトも由紀子の食欲を見ていると、「ずるい」などというより、飢えて自分のおやつまで手をださないか心配なようで何も言わない。山田に対しても同じくである。
心外だと思いつつも、やっかまれないだけ楽かな、と思う由紀子は、今度は祖母手作りのどら焼きに手をだすのだった。