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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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70 お話は十分以内でお願いします


 冬休みはさくっと終わり、新年最初の登校日。バスに揺られながら、学校へと向かう。


 隣には、いじけた顔の山田少年がいた。 


 理由については、初詣の件である。せっかく由紀子たちは黙っておこうと口裏を合わせていたのに、おしゃべりな祖母が山田少年のいる前で話してしまったらしい。


 なので大変鬱陶しい。


「山田くん、行儀悪いよ」


 由紀子は、座席の上で体操座りをする少年にいった。ちっちゃい子がするには可愛いかもしれないが、図体は大人並みの大きさである。かなり大人げない。

 バスの最後尾に二人、距離をあけて座っている。


「別に大丈夫だよ。ちゃんと靴脱いでるもん」


(語尾、うぜえ)


 想像していたとおりのいじけっぷりだが、実際やられると大変むかつくものである。


 とりあえず、社交辞令的にご機嫌取りの言葉をいくつかかけると、あとは面倒くさくなって無視することにした。窓際に座り、外を眺めたり、携帯をいじったりする。


 すると、山田少年がちらちらと由紀子の方を見る。そして、器用にも間抜けな動きで座ったまま近づいてきた。


「山田くん、鞄と靴も持ってきてね」


 置いたままの鞄と靴を指して由紀子は言った。


 山田は返事をしないものの、由紀子の言葉通り靴と鞄を持ってくる。


(なんだかなあ)


 昔飼っていたネコを思い出した。ご機嫌でも不機嫌でも気が付けば隣にいて、かまってもらいたそうにちらちらと見るのである。

 ネコならしっぽのつけねをぽんぽんと叩くと機嫌がよくなるのだが、まさか山田少年にそんなことはできまい。


 山田少年は、膝を抱えて座ったまま首を縮めている。


(寒いのかな?)


 由紀子は膝の上にのせているマフラーを持つ。バスの中では邪魔なのでとっていたのだ。それを、山田の首に巻きつける。


(締め上げないように)


 山田は首があったかくなると由紀子の方を見てなにかいいたげに口をもごもごさせていた。ほんのりいじけた顔が、ほころびはじめていた。


 それにしても、男の子なのに赤が似合うなんてどういうことだろうか、と由紀子は思う。


 外を眺めると、そろそろ学校につく頃合いだった。


 それにしても、やはり長期休み明けの初日は本当にだるい。






 三学期初日というのに、早速学校を休んでいるものが二名いた。理由は、海外旅行が長引いてしまったという大変羨ましいものである。もちろん、飛行機は遅延であって、墜落ではない。


 飛行機トラブルイコール墜落という方程式が出来上がっている由紀子の日常って一体何なのだろう。


 由紀子は教卓の上に冬休みの宿題を提出する。漢字、英語の書き取り、問題集を写し取ったノート、それと冬休みなのに感想文の提出まである。高校、大学と進んでいくにつれて小論文を書く機会が増えるので、文章系の宿題はけっこう多い。教科書を丸読みするだけでなく、実践的な力をつけるのがこの学校の特徴だったりする。


 このあと体育館で始業式を行って、教室に戻りホームルームをやったら終わりである。


 由紀子は始業式の前に、と鞄からおにぎりを取り出す。寒い季節はカロリー消費が激しいらしくお腹がすくのだ。


 山田少年も超ロングコッペパンに生クリームとブルーベリージャムを挟んだものを食べている。本当にどうやったら、長さ一メートルはあろうかというパンが鞄に収まるのだろうか。

 織部が山田少年に話しかけてきて、山田少年が振り向くと、織部は可哀そうにコッペパンに跳ね飛ばされてしまった。

 コッペパンが固いのか、それとも織部が弱すぎるのかよくわからない。


 織部は怒りながらも、山田に耳打ちをして何か渡していた。

 山田はちょっぴり不機嫌な顔から、それなりにご機嫌な顔へと変わっていた。


(何、もらったんだか)


 由紀子はおにぎりを包んでいたラップを片付けると時計を見る。そろそろ体育館に向かわなくてはならない。


「山田くん、早く食べて。遅れるよ」


 由紀子が急かすと、山田はコッペパンを口いっぱいに頬張りだして、そして喉をつめた。


 まあ、山田である。


 由紀子はペットボトルを山田の口に突っ込んだまま横抱きにすると、そのまま体育館に向かうことにした。






 寒い体育館で、冷たい床にすわって始業式は始まる。それなのに、校長先生というものはどサドで、無駄に長ったらしいお話を聞かせてくれるのだ。


(せめて椅子を用意してほしい)


 などと思うけど、そうなると片付ける手間が面倒なのでやめたほうがいいだろう。


 ステージの上だけ、ちゃっかりストーブが置いてあるのがずるい。


 校長先生の話では、冬休みのあいだに生徒のまわりで大きな事件はなかったらしいが、それは間違いである。

 少なくとも、冬休みの間にご近所で三回の爆発音を聞いた。それ以外にも、マグロ人間がいた時点で事件だと思うのだけれど、それはカウントされないらしい。


 山田家なので仕方ない、で済まされているのだろう。


 先生のお話は他に、冬場は変なヒトが増えるので登下校は気をつけろ、と言うものだった。

 あれだ、トレンチコートのおじさんだったり、セーラー服をきたおじさんだったりする、あれである。


 それにしてもいつも注意されるのは『おじさん』なのだが、『おばさん』や『じいさん』『ばあさん』『おにいさん』『おねえさん』はいないものかと考えてしまう。


 そんなくだらないことを考えているうちにようやく校長先生のお話は終わるのだった。






「……やっぱり、でたのかな」

「うん、かもしれないね」


 始業式が終わり、ホームルームも終わったころ、クラスの女子二人がなにやら話していた。


 別に聞き耳をたてたつもりはないが聞こえてくるので仕方ない。

 どうやら、先生の言っていた変質者の話のようだが、少し内容が違う。


 年相応に好奇心もある由紀子は、思わずその内容を聞いた。


「ねえ、それってどんな話」

「ああ、日高さん。昔いた食人鬼オーガの話よ」


 食人鬼と聞いて由紀子は顔をひきつらせた。いやなくらい関係がある話である。


「それって、二、三年前の話だよね?」


 由紀子が確認すると、二人は首を振る。


「違うよ。それは連続殺人鬼の話でしょ。前っていうのは、十年くらい前の話だよ」


 なるほど、あの事件は表向きそのように処理されていたらしい。


 それにしても十年くらい前、そんな話あっただろうか。


「まあ、最後に現れたのは、私たちが幼稚園のときの話だから覚えてなくて当たり前だけどさ。それまで何年間も現れ続けて被害者も十人以上いたらしいよ」

「そうそう。私も親に言われなきゃ知らなかった話だよ」


 由紀子はそんな事件があったのか、と首を傾ける。


「それにしても、食人鬼ってすごいね」


 由紀子が言うと、二人もうんうんとうなずく。


「そうそう、殺された死体はすべて食い散らかされてたんだって。当時の被害者はだからお葬式にも表にだせない形だったらしいよ」


 完全に他人事の二人は顔を見合わせながら、怖がりながらも噂話を楽しんでいる。


(食い散らかされた)


 そして。


(表にもだせない形)


 由紀子はごくりと唾を飲み込む。

 

「由紀ちゃん、帰ろう」


 いきなり袖を引っ張られ、由紀子は後ろを振り返る。子犬のような目をした山田少年がいた。

 機嫌は完全によくなったらしい。


「ああ、山田くん」


 由紀子は、天井を仰ぎながらあまりよくない反応をした。


「どうしたの?」

「ええっと。ちょっと図書館に寄ろうかな、と思って」


 由紀子の言葉に山田少年は言うまでもなくついてくるという。


(別に面白くもなんともないんだけどな)


 お昼は持ってきていないので、さっさと用事を済まそうと由紀子たちは図書館に向かった。






 由紀子が向かった先は、図書館の資料室である。古い新聞記事を引っ張り出す。


「何日のやつ?」

「八年くらい前の今頃のやつ」


 由紀子は縮小され冊子になった記事をぺらぺらめくる。頭の痛くなる細かい記事の集まりだが見落とさないように丁寧に眺める。


 指先で記事をたどりながら、由紀子はある一点で指先が止まる。


 見覚えのある名前がそこにあった。

 顔写真付で、被害者として。


 冴えない壮年の男は、荒い新聞写真をさらに縮小したものであっても、誰であるか間違えるはずはなかった。


「名前、間違ってるよ」


 そこの新聞記者が書いたものだろうか。そこにある氏名は名字が間違っていた。『日高』ではなく、旧姓が書かれていた。まあ、フリーライターとして旧姓をそのまま使っていたらしいので、そこのところで間違ったのかもしれない。


 それともわざと『日高』の姓を使わなかった可能性もあるかもしれない。


 父は事故で死んだと聞いていた。


(なるほど、事故かあ)


 間違いではないのかもしれない。

 食人鬼はヒトではない。他の人外と違い、人権もない。事件の定義を犯罪性のあるものと考える場合、食人鬼の行為は犯罪として扱われない。法律の外に生きるものだからこそ、事件でなく事故として取り扱われる。


 由紀子は深く息を吐くと、薄暗い照明を見上げた。


 だるいような、疲れたような、納得してしまったような気がした。


 ぼんやりとしていると上から、ぱさりと赤いものがかけられた。


「由紀ちゃん、返すね」


 朝、山田にかけたマフラーだった。


 山田少年が、いらない冊子を片付けている。落としたりしないか不安になるくらいたくさん抱えていたが、珍しく足取りもしっかりして持って行っていた。


(なぜに今頃?)


 由紀子は姿勢を戻すと、顎からなにかのしずくが垂れていた。

 顎のしずくのあとをたどると、頬からながれその源泉は眼尻だった。


 由紀子は頬を手のひらで拭うと、マフラーを巻く。そして、コピー機のほうへと向かった。


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