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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
8/141

8 これはふつうデートという 後編


 ケーキバイキングでも怪しげな男はついてきた。ひたすら、モンブランを取っている。好きなのだろう。本人は目立っていないつもりだが、とても目立っている。他に適任はいなかったのか。


 とりあえず、それは無視して、由紀子は、トレイにケーキ全種を二つずつのせて持ち帰る。制限時間は一時間、食べるだけ食べつくしたい。


 さっきあれだけ食べただろう、とラウンジのホテルマンが見ているがそれはそれ、これはこれだ。甘いものは別腹である。


「次は好きなのとってくるから、どれ食べたいか言ってね」


 美少女姿の山田少年はおいしそうに苺ショートを頬張る。頬に手を当て、見せる可愛らしい仕草に殺意を覚えてしまう。

 自分の典型的委員長マイナス眼鏡的風貌を思うと、悲しくなってくる。


 くやしさをごまかすように、由紀子は、苺のロールケーキを口にする。


(はふう)


 由紀子はとろけるようににやけてしまった。山田少年がそれをにこにこと見ているので、表情を戻し、フォークをすすめる。


(最近は、クリームばっかり、持てはやされますが、ケーキの基本はスポンジだと思うのですよ)


 しっとりした生地に満足しながら食べ続け、トレイが空になったところでレモンティーを飲む。


「次は、フォンダンショコラを五つ」

「フォンダンは焼き立てで競争率が高いので二つまで」


 ちょうどパティシエが、熱々のフォンダンショコラを持ってくる。その場で、皿に盛りつけてくれるようだ。


 由紀子はここでも山田に動かぬように伝えた。彼のことだ、自分で取りに行ったら、なぜかフォークが突き刺さって帰ってきそうで怖い。


 由紀子は一通り食べると、残りはロールケーキと苺ショートばかり食べることにした。

 山田姉の言うように、おすすめのザッハトルテは美味しかったが、ロールケーキと食べると、味を殺してしまうので一つで終わらせておく。

 ロールケーキを段重ねにピラミッドのように配置して四方にショートケーキを置く。ミントとクリームで盛りつけられたフォンダンショコラを二皿、器用に片手で持って席に戻る。


「どしたの?」


 山田少年が何かを見ていた。視線をたどってみると、隣のコーヒーショップで向かい合う男女だった。一人は優柔不断そうな男で、もう一人は険しい顔をした女だった。


 二人は、深刻な話をしていた。

 普通のヒトなら聞こえないはずの距離にいるが、不死人となった由紀子は、視力だけでなく聴覚も上がっているらしい。


 まあ、なんというか。別れないだの、籍を入れろだの、女が男に迫っているらしい。

 昼ドラ展開に気まずくもどきどきしてしまう自分を情けなく思いながら、耳を大きくする。

 山田少年は、よそ見しながら食べるので、溶けたチョコレートが服についてしまった。


「あー、もう」


 由紀子はナプキンで山田の襟元を叩く。山田はよそ見をしたまま、立ち上がった。


「ちょっと、動かないでよ」


 山田少年は由紀子の言葉を無視して、あろうことか先ほどのどろどろカップルのほうへ向かう。


「えっ、ちょ、ちょっと、山田くん」


 由紀子もたじろぎながらついていく。無視してロールケーキを食べたいところだが、ほっておくこともできない。


 いきなり現れた小学生二人に、修羅場の二人は怪訝な顔をする。


「あんたたち、なんなの?」


 メイクで誤魔化しているがクマのはりついたおねえさんがこちらをにらむ。


「おねえさん、困ってるの?」

「見ての通りよ。この甲斐性なしが」


 コーヒーを飲みながら女は男の方を見る。男はいかにも優柔不断そうな顔をしており、へらへらと笑っていればことが終わると勘違いしているらしい。


「お嬢ちゃんたち、俺ら大切な話をしているんだ。向こうに行ってくれないかな」


 そう言いながら、男の目はもっと話をはぐらかしてくれと言っている。


「甲斐性無しってお金ないことなんでしょ」

「そうよ、こいつ、父親になるって自覚ないんだから」


 女はどうやら妊娠しているらしい。そういえば、ゆったりとしたワンピースを着ている。


「だから、おろせって言ったじゃないか」

「なにいってんの! まだおろさなくていいって言ったじゃない」

「だから、あんときは金がなくて」


(ああ、修羅場だ)


 由紀子は行き場のない自分をどうしようか、考えていた。何も考えずロールケーキを頬張りたかった。


「おにいさん、おねえさんが可哀そうだよ。責任とらないと」


 第三者の山田くんは遠慮なしに言ってくれる。


「お金がないなら、作ればいいんだよ」

「簡単に言ってくれるね、お嬢ちゃん」


 にやにやしていた男が、不機嫌な顔に変わる。


「そんなに言うんなら割のいい仕事でも教えてくれるんだろうね」


 口うるさい餓鬼を黙らせるために意地悪なことを言っている。なかなか性格が悪いが、山田の言っていることは余計なお世話なので仕方ない。


「うん。おにいさん、たばこ吸わなさそうだし、若いし、それなりに高く売れると思うよ」


 なにやら、話がおかしい。山田以外の皆が首を傾げる。


「ねえ、なんのこと言ってるの?」


 由紀子は恐る恐る山田に聞いてみると、


「臓器だよ。それが一番てっとりばやいでしょ」


 にこやかに言ってくれる。笑顔なのが逆に怖い。


「まあ、心臓とか無理でも、肝臓は再生するし、腎臓は二つあるから大丈夫だよ。まあ、あとで健康管理気を付けないといけないけどね」

「いや、それ違法だし」


 由紀子は突っ込みを入れる。


「ははは、冗談がすぎるよ」


 男が笑うと、


「……なにが冗談よ」


 女は椅子から立ち上がり、男の手を掴む。


「ねえ、君。それ、どこの病院ならやってくれるの?」

「な、なにいってんだ!」

「うるさい! あんただけ逃げるなんて許さないんだから」


 なかなか本気らしい女は、目を見開いて山田を見る。さっきから見ていると、女の方はけっこう追いつめられているようだ。


「うーん。とりあえず大きな病院当たるのがいいんじゃない?」


 にこにこと笑う山田少年を呆れた由紀子が見る。

 山田は笑いながら、足元を指さしている。


 由紀子は視線を落とすと、そこにあるのは荷物入れの籠で、女の鞄が入っていた。鞄の隙間から、さらしに包まれた棒状のものが入っている。


(……包丁だよね)


 背筋に汗を感じながら、由紀子は目をこらす。柄の部分が見えるので間違いないだろう。いやはや、本当に昼ドラの修羅場だ。


「ああ、もう、なんで俺がそこまでしなくちゃいけないんだよ」

「じゃあ、私ひとりにかぶれっていうの!」


 男女の口論に周りの人間が注目し始める。

 ヒートアップした二人はおかまいなしだ。


「いつもあたしばっかり。あんたは、何とかなるっていっていつも無計画で」

「それはおまえもだろうが。大体、腹の子だって誰の子か……」


 男は言葉を言いかけて、はっと目を開く。

 言ってはいけないことを言ってしまった。


 女は悔しそうに涙をとめどなく流し、


「殺してやる……」


 と、つぶやいて振り返った。


(やばい)


 由紀子は、咄嗟に女の荷物が入った籠を掴むと、床に滑らせる。籠はフロントのカウンターまで滑って行き、中身をぶちまけた。さらしがほどけかかった包丁がお目見えする。


「……あっ、ああ」


 男はよくとがれた刃先を見て、女が一体どこまで追い詰められていたか気が付いたようだ。そして、自分の命が狙われていたことを考えると、ぶるぶると震えだした。


 女は足がもつれながらも、飛び出た包丁を取りに向かうが、傍にいたボーイがすぐさま拾う。


 女は奪い返そうとするが、周りに取り押さえられる。手足をばたつかせ、警備員にひっかき傷を作る。


「なんで、あの人が殺そうとしてるってわかったの?」


 由紀子は率直に山田に聞いた。


「研ぎたての鉄の匂いがしたんだ。よく母さんが、きれいに研いでるからわかるんだ」


 なるほど、常人にはわからない理由だろう。

 しかし、山田母が包丁を研ぐ理由については、簡単に想像がついて怖い。とれたて産地直送をやるためだろう。


 それにしても、他人の危機がこれだけ感知できるのなら、自分の危機くらい避けられないのだろうか、と疑問に思う。死ぬことに関しては、ガンジーどころか、ナマケモノ並に抵抗がない気がする。


「おい。逃げたぞ」


 由紀子がそんなことを考えているうちに、例の女は警備員から逃げ出したらしい。思い切り噛みついたらしく、警備員がぽたぽた血を流しながら、腕をおさえている。


 女は必死の形相で走っていく。運の悪いことに、エレベーターがちょうど到着した。乗っていた客を蹴りだして、女は上に上がる。最上階まで行くエレベーターだった。


「僕、おねいさんについていくよ。由紀ちゃんは、お外でできることお願いするね。たぶん屋上に向かうだろうから、何しようとするのかわかるよね」


 犯人は崖の上や屋上で自白するってやつだろうか。


 口調は普段と変わらないのに、的確なことを述べる山田少年は別人のようだった。あの天然死亡フラグとは思えない。


 それにしても、いつのまに『由紀ちゃん』になったのだろう。


(あれ?)


 山田の紅茶色の目を見ると、猫の瞳孔そっくりになっている。人間ではありえない、縦線を一本ひいただけの獣の目になっていた。


「もうせっかくのデートが台無しだよね」


(何言ってるんだ、こいつ)


 山田は、由紀子を置いてエレベーターに乗り込む。


 由紀子は混乱しながらも、山田の指示に従うことにした。






 由紀子はホテルを出るなり、隣のビルのテナントを見る。ギフトショップらしく、ウインドウには大きなビーズクッションと寝具一式が飾られていた。


(なにかしなくちゃ)


 由紀子は店に入ると、作業途中の店員を呼びつける。


「すみません、こちらにあるクッションや枕、布団なんかあるだけください」


 由紀子はトートの中のお金を全部出す。自分の財布の中もひっくり返す。


「足りない分はあとで払います。すぐお願いします」


(たぶん、山田姉が払ってくれると思う)


 店員はいぶかしみながら、封筒を確認すると、


「少々お待ちください」


 と、バックヤードに消えた。


 由紀子はもたもたする店員にいらいらした。

 由紀子の目には、ホテルの屋上でなにやらもめている人影がうつっている。周りの人間は気づいていない。


(早くしてよ)


 不死化とともに格段に上がった視力は、半狂乱の女をうつす。そばにいるのは、山田と騒ぎに気付いたホテルマンだった。


 女がフェンスに足をかけ、上りこえる。


 由紀子は店内を飛び出し、ショーウインドウの前に立つ。左手に力をこめると、手の甲をガラスに打ち付けた。血管の浮かんだ左手は、信じられないくらいいともたやすく、ウインドウを粉々にする。周りが驚きで金切声をあげているのを無視し、飾られていたギフト用の布団とクッションを掴み、マットレスを抱える。ところどころ血がでているが、それほど痛みは感じなかった。


(間に合わない)


 由紀子が視線を屋上に戻したとき、すでに女の身体は宙に浮いていた。


 しかし、その女の身体に飛び掛かり抱きかかえる者がいる。


(山田!)


 由紀子の周りの時間がゆっくり進む。


 山田は女を抱えたまま、空中で身体をそらせ、空いた左手をホテルの壁につける。重力に逆らえず落ちていく身体と、それを摩擦によっておさえようとする左手。まるで摺鉦すりがねにかけられた林檎のように、山田の左手は削られていく。


「どけ!」


 山田らしからぬ、荒い声だった。

割れたショーウインドウを見る通行人は、ようやく空から落ちてくる少年と女性に気付く。


 由紀子は、少年がちょうど落ちてきそうな場所に特大クッションを投げる。通行人その壱の身体を吹っ飛ばしながら、予想通りの着地地点に落ちる。自身も、足の筋肉を引きつらせながら走って布団とマットレスを運ぶ。


(間に合わない)


 山田が庇っていても、あの高さから落ちたら女は無事でないだろう。クッションの上に落ちたとて、どれだけ軽減されるか問題だ。

 どの程度、落ちる衝撃を和らげるかわからない。だが、なにもしないよりはマシだった。


 山田が壁に身を削られながら、速度を落としているが間に合いそうにない。


 そんなときだった。


「苦情は後で聞く」


 いきなり襟首をつかまえられて、身体が宙に浮くのがわかった。

 飛んで不安定な中で見えたのは、サングラスに帽子をかけた恭太郎きょうたろうその人だった。


 着地地点はちょうどクッションの上だった。

 由紀子はクッションをマットレスの上にのせる。かぶった布団の隙間から、上を眺める。


(間に合った?)


 現在落下中の山田がにこりと笑う。

 そのさわやかな笑みに由紀子もつられて笑う。


 山田が擦り切れた左手を女性に回し、柔らかく包み込む。右足で、壁を蹴り、着地地点を調整する。


 由紀子は落ちてくる山田たちを見ながらあることに気が付いた。


 由紀子がいるのは、マットレスと布団の間。その真上には、山田少年がいる。


『あっ……』


 不幸なことに、由紀子の下にマットレスがあった。布団ひとつでは衝撃は吸収できない。


 間抜けな声が二つ重なってからいくらもせず、由紀子の胴体に山田少年の頭部がめりこんできた。内臓が圧迫され、折れた肋骨が刺さる感覚がした。血が口から吹き出し、鼻血も出ているだろう。


(ああ、この服もう着れないや)


 どうでもいいことが頭の中を巡った。


 次の瞬間、意識がぷつりと消えた。


 由紀子は生まれて初めて死亡した。


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