69 巫女さまの言うとおり 後編
「ところで、なんでここの神社なの?」
由紀子がかな美に聞く。
たしかに由紀子の家からは近いが、学校の校区を考えるとみんなの家からけっこう距離があるはずだし、他に大きな神社はいっぱいあるはずである。
「知らないの? この神社、ここ数年有名なんだから」
かな美ではなく、他の女子が答える。
声の甲高さからなにやら、女の子が喜ぶような話題があるのだろう。
「恋愛祈願?」
由紀子は疑問符をつけながら答えると、違うよ、と首を振られた。
「惜しいんだけどね。占いよ、占い」
なるほど、それは食いつきそうである。
しかし、神社に占いなんてなんか近いようで遠いような気がする。
「おみくじじゃないんだよね」
「もちろん、違うよ」
占うのは巫女さんらしい。巫女さんといえば、赤い袴で白い着物を着たアレである。実は、黒髪長髪限定でバイト募集をしているアレのはずだ。
「本当はあんまりよくないと思うんだけどね」
かな美がなぜかぶすくれた顔をしている。
(占いかあ)
由紀子はなんとなく気になってかな美に耳打ちしてみた。
「(もしかして、その巫女さんって)」
ご名答と言わんばかりにかな美がきつめの眉をしかめる。
「(……いとこなんだよね)」
なるほど、それはよく当たりそうである。
由紀子とかな美は他の子たちから少し離れて歩き出す。
かな美が戦乙女の家系であることは、由紀子以外知らないだろう。
「うちの家系にもいろいろ能力に差があるのよね」
ほとんどの場合、かな美のようにヒトの生死に関わる内容しか見えないらしいのだが、時折違うものが見えてしまうものもいるという。
「見えるものはかなり限定されるみたいだけど」
かな美が自分の意思で未来視ができないように、その従姉妹も自分と未来が交錯しないものしか未来視ができないらしい。
また、かな美のように実体験したかのような未来視ではなく、視覚もかなり曖昧なものとなるという。
それでも、その情報をうまく読み取ることで、よく当たる占いになるらしい。
「昔は町中で占いやってたみたいだけどさ。ああいうのって、やっぱり常連がつかないといけないからって廃業したのよ」
常連客となれば少なからず、本人の人生と関わってくるだろう。そうなれば、未来視は見えなくなり、必然と占いはできなくなる。
「それで巫女さんとは、なんだか思い切った転職だね」
由紀子としては、職業はやはり公務員か上場企業、中小でも無茶な経営はしない地盤のしっかりしたところがよい、という可愛くない思想を持っている。
「まあね、うちの親戚筋だし。まあ、おじいちゃんちなんだけど」
「えっ! じゃあかな美ちゃんの親の実家なの?」
「そうなる」
でなきゃ、こんなところまで来ないわ、とかな美は言う。帰るのが面倒なので、そのまま祖父の家にお泊りらしい。
たしかに、学校の周りに比べるとやや辺鄙なところである。
(いや、その近くに住んでるんだけど)
なんとなくもやっとしているうちに神社についた。道路脇に屋台が並び、皆白い息を吐きながら境内へと続く階段を上る。
由紀子は結局、腹の虫に負けて相場の三割高い焼きそばと箸巻を三つずつ購入する。
かな美は呆れながら由紀子を見る。
まあ、お味は屋台の味だと言っておこう。
「ところで、女子は占いで食いつくのはわかるけど、男子はなんなの? 占いとか興味ないんじゃない?」
由紀子は言い終わると、箸巻を一口で半分口に含んだ。二口目で割り箸だけが残る。
「そりゃあ、あれでしょ。野郎だけで出かけるのも寂しいのよ」
「そんなもん?」
「うん、そんなもんよ」
かな美が男子のほうを見る。よく見るとなんだかいつもより女子に優しくしているように見えなくもない。
気のせいだろうか。
「そろそろ彼女の一つでも欲しい年頃なのね」
かな美が鼻で笑うように言った。
「でも、こっちには全然こないね」
由紀子は「嫌われてるのかな」と言うと、かな美は呆れた顔をした。
「由紀子ちゃん。悪い虫でもテリトリーがあるのよ」
「なにそれ?」
「つまり、山田がいる限り由紀子ちゃんには、それより悪い虫はつかないってこと」
山田が害虫のようである。
由紀子はふうん、と曖昧にうなずきながら、焼きそばを食べた。
「先着三十名様って」
「うわー、ありえない」
看板には達筆でそのようなことが書かれていた。人だかりの向こうには御簾で遮られた場所がある。巫女らしき女性とこれまた客らしき女性が向かい合って座っているようである。
参拝の列に並びながらだとよく見えなかった。
「無制限にすればいいのに」
クラスメイトの言葉に由紀子は簡単に言うな、と思った。
占いの時間を一人十分とすれば、三十人で三百分、五時間である。
多少、暖房器具は置いてあろうが基本壁の遮りのない部屋に五時間もいるのはどれだけ辛いかわからないのだろう。
(消費者的考え方だねえ)
由紀子は、家業から生産者の立場なので、サービスを供給する相手がどんなものかつい考えてしまう。
由紀子たちは占いの間を横目に見ながら、お賽銭箱に五十円玉を投げ入れる。『五円』と『御縁』をかけるので、お賽銭は五の倍数だが、さすがに五百円は奮発できないので五十円である。
がらがらと鈴を鳴らし手を叩く。まあ、正しいお参りの仕方とは違うかもしれないが、人が込み合っているのでしょうがないのである。
それにしても、神社の雰囲気はやはりいいものだ。建物や周りに大きな木があるのも素敵だ。
大きなしめ縄や赤塗の柱、狛犬、少し燻がかった感じがまたよい。
(誰もいないときにゆっくり来たいなあ)
なにをするわけでもなく、ご神木の近くのベンチに座り、木漏れ日を浴びるのは気持ちよさそうである。もっとも季節柄、春になってからの話だけれど。
由紀子たちは、お参りを終えると売店へと向かう。女子たちは恋御籤を買い、きゃーきゃー声を上げる。由紀子も同じものを買う。別に買いたかったわけじゃない、女の子には付き合いというものがある。
(金運おみくじが良かったなあ)
一人だけ違うものを選べない由紀子だった。
由紀子はお金を売店の巫女さんに渡すと、大きな筒を受け取る。これから出てきた棒の番号を見て、傍にある引き出しを選ぶのだ。
(六十八番は)
由紀子は引き出しからおみくじを取ると、中を見る。
「どう? 私は中吉だったけど」
かな美が可も不可もない顔をしている。
「小吉なんだけど」
「どんな内容?」
かな美がのぞきこんでくる。
『流されるべからず。逃げ道がなくなる』
「……」
由紀子はなんとなく当たっているような気がしたが、逃げ道とはどういう意味だろうと首を傾げる。
「すげーな。おみくじもよく当たるんだな」
織部が少し背伸びをしてのぞきこんでくる。それにしても、蹄でどうやってつま先立ちするのだろうと由紀子は疑問に思う。
あまりに納得するので由紀子は、ちょっともやっとした気分になった。
「私、そんなに流されてるかな?」
「流されてるというか、うまく誘導されてると思うわ」
だから、気を付けてね、とかな美が言うものだから、とりあえずうなずいておく。
おみくじを近くの木に結び付ける。
(そういえば、お参りしておみくじ引いたら何をすべきなんだろう?)
今更、占いに行こうと言っても、先着三十名は終わっているだろう。みんなの諦めが早いことから、かな美は親戚の神社だと言っていないだろうし、そうくれば由紀子も空気を読んで黙っておくべきである。
「お汁粉食べようか?」
その誰かの一言で次の目的は決まった。大きな鍋からぐつぐつと湯気がたっており、その横では切り餅が炭火できつね色の焼き目をつけられていた。
「一杯三百円だけど、千円払えばおかわり無制限だって」
「そんな人いるの?」
「いないいない、いたら見てみたい」
けらけらと笑いながら汁粉の椀を持った女性二人組とすれ違う。
「いや、ここにいるんだな」
由紀子の心の声を読み取ったかのように織部が言った。
由紀子は織部の言葉を否定したかったが、いつのまにかお財布に手が伸びていた。そして、一番使い慣れたお札を差し出すと使い捨てじゃないお椀を差し出された。
みんなが呆れる中、由紀子は元手を十分とれるほどお汁粉をいただくのだった。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
一人がそう言いだすと、流れは解散に向かう。
由紀子は大なべを一つ空にし、その後、たこ焼きとポン菓子を買った。お小遣いは使い切ってしまったが、お正月なのですぐに懐は暖まるだろう。
由紀子は家が近いため、必然的に最後まで残っていた。もう一人残ったのはかな美である。
「由紀子ちゃん、これからどうする?」
「私もそろそろ帰ろうかな、って」
由紀子が言うと、かな美は携帯電話の時計を見る。気が付けば、もう五時になっていた。
「ちょっと、時間くれない?」
由紀子は特に用もないので了解した。不死者になってから、睡眠はあまりとらなくても平気な身体になったようで、徹夜になろうとしているのに眠くないのだ。
母からはまだ電話はない。朝までに帰れば問題ないだろう。
つくづく放任主義である。
由紀子はかな美に言われるまま彼女について行った。
かな美が連れてきたのは、社務所だった。由紀子は小さく「おじゃまします」というと中に入る。
玄関から板張りの廊下を進んでいき、奥の座敷に入る。
障子を開けると、ストーブがつけてあるらしく暖かい空気が流れてきた。照明は行燈の炎のみで、不思議な光のゆらめきをばらまいていた。
「その子なのね」
落ち着いた女性の声が聞こえる。
部屋の中には、中年の女性が一人座っていた。その姿は着物に赤い袴である。
「早苗さん、お願いします」
かな美は畳の上で正座をすると、丁寧に頭を下げた。由紀子はよくわからないが、とりあえず真似するように頭を下げる。
「(かな美ちゃん、この人は?)」
由紀子が耳打ちすると、かな美は強気な眉を少し下げた。
「ごめん、由紀子ちゃん。悪いけど、早苗さんに占ってもらって」
「えっと、それって」
(このヒトが従姉妹さん?)
かな美の従姉妹と聞けば、もう少し若いかたを想像していたが、由紀子の母と変わらないくらいである。
失礼なことを考えたな、と由紀子は思った。
それにしても、占ってもらうなんて。
いや、むしろ断る理由はないのだろう。
特別な占いをやってもらえるチャンスなんて滅多にないだろう。
(もしかして)
かな美が初詣に誘った理由はこれだったのではないかと思った。
しかし、なんでまたかな美は由紀子だけ特別なはからいをするのだろうと、由紀子は考える。
かな美は口を一文字にして、まっすぐな姿勢で座っている。
従姉妹の早苗さんとやらも、かな美とよく似た眉をきりりとさせて由紀子を見る。
「もう少し近づいてくれる?」
早苗の言葉に由紀子は従い、うながされた座布団の上に座る。
「よろしくおねがいします」
互いに頭を下げる。
早苗は座った由紀子をじっと見つめる。ほうれい線の入った頬は年相応の老いを感じさせたが、その眼力は強く見つめられるとどぎまぎしてしまう。
こげ茶色の瞳の奥に自分の姿が見える。炎の揺らめきで、その姿はゆらりゆらりと形を変えているように見えた。
ふらりと、由紀子の意識が遠くなった気がした。
だが、それは一瞬のことで早苗のぱちんと手を叩く音で由紀子は正気にかえる。
長いような短いような時間は、実際の時間に換算すると二分足らずの内容だったらしい。柱時計を見ると、長針が数歩前進したのみである。
由紀子は急激に喉が渇いてきた。それを見越したかのように早苗は、かな美を呼び湯冷ましを持ってこさせる。
かな美から貰い、由紀子は湯飲みの半分を飲んだ。ほんのりと薬草の味がした。
「どうだった? 早苗さん」
かな美が心配そうに由紀子をのぞきこむ。
早苗はゆっくりと首を振った。
意外な返答に由紀子もかな美も目を丸くする。
「ごめんなさい。よくわからなかったの」
いろんなものがぐちゃぐちゃになって見えたと思ったとたんに何もかも見えなくなったという。
これは、たまにある話だと、早苗は言う。
「かな美の友だちだからかもしれないけど、どこかで縁がつながっているのかもしれない」
(縁?)
早苗に会ったのは今日が初めてのはずである。それなのに縁があるというのはどういうことだろうか。
「縁は未来に通じるものも含まれるの。これから先、縁があるのかもしれないし、もしかしたら、間接的につながっている場合もある」
そして、深く息を吐きながら言った。
「占いは見えなくても、貴方がすごく波乱万丈なことくらいはわかるわ。かなり濃い人生おくってるでしょ?」
早苗の言葉に、由紀子は言葉を詰まらせるしかなかった。
(なんだかなあ)
もしかして、かな美にも不死者だと気付かれてるのではないかなあ、と思っていたが、それは確信になりつつあった。
だからわざわざ由紀子を特別扱いしたのではないのだろうか。
かな美もまた未来が見える。それは、本人の意思で見ることはない。
もしかしたら、由紀子の未来でなにか不穏なものが見えたのだろうか。
正直、そんなものは雨上がりのタケノコのごとくぼんぼん生えてくるものであるが。
山田家ほどではないものの、由紀子もまた死亡フラグがくっついて生きているようなものであるからして。
由紀子は早苗さんにもう一度お辞儀をする。すまなそうな早苗とかな美に見送られながら家に帰ることにした。
〇●〇
「早苗さん、本当に見えなかったの?」
かな美は、いぶかしみながら早苗に聞いた。
由紀子と早苗にはまったく接点がないと思っていたからだ。
「ええ、見えなかったわよ」
早苗はあくびを噛み殺しながら、電気をつけ、行燈の炎を消す。行燈の光は、雰囲気をだすためのものであるとかな美は知っている。
かな美は、由紀子の未来を見たことがある。まあ、なんというか少し、いやかな美にとってはかなりアレな内容だった。それを回避させようと、いろいろ由紀子には働きかけていたのだが。
それとは別に違う未来も見えてしまった。
コマ送りの世界は、最初なにかわからなかった。
かな美の見る未来は映像が鮮明なものの、いつの未来かわからず、またアングルが見えにくいものが多い。
能力はおそらく戦乙女の中でも抜きんでているが、万能ではない。
もう一つの未来とはまた違った未来。
運命と言い切れば簡単だが、それで納得できるほどかな美は大人ではない。
それが来れば、由紀子は悲しむだろう。クールそうに見えて情にもろい部分がある。
早苗の力であれば、かな美と違った角度での未来が見えるのではと考えたのだが。
かな美が腕を組んで考え込んでいると、早苗が髪をほどきながら近づいてくる。
「ねえ、かな美。あの由紀子ちゃんって子」
もしかして、お父さんいない、と聞いてくる。
「いないみたいだけど。なんか事故で死んじゃったって言ってたわ」
「そう」
早苗はほどいた髪を手櫛で整えながら、
「名字はなんていうの?」
と、たずねた。
「日高っていうけど。それがどうしたの?」
「日高ねえ」
別になんでもない、と社務所の仮眠室に向かう早苗。
かな美はいぶかしみながらも、自分もまた睡魔におかされているのだと気づき、社務所の渡り廊下から本宅の方へと向かった。
どうにかしないと、とつぶやきながら。