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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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66 早起きは三文のとく?

『師走朔日、出版社へ行く。妙な団体が来ていた。頻繁ではないが、珍しい光景でもない』


『師走参日、取材のち友人と食事。噂を聞く』


『師走七日、またあの噂、本当にしつこい。人外記事は出版業界で禁忌だと言っているのに。いや、正確には人外ではないか』


 由紀子は、黄色に変色したノートをそっとめくり続ける。力をこめると、崩れそうなほど風化しかかったノートは、元々古いものらしい。父の通っていた大学の印が押してあることから、二十年以上前のものだろう。


 暗くなってきたのに、部屋の電気もつけずにいる。一行一行、父の筆跡を記憶するように眺める。


(よくわかんないけど)


 なんだかきな臭い書き方だ。記者という性分もあるのだろうか、他人が興味を引くような筆致である。

 とりあえず、本人の記憶と照らし合わせないとわからない書き方は妙な想像力を掻き立てられてしまう。


(どんな仕事してたんだろ)


 父は死ぬ前に何をしていたか、ただそれだけを見るために日記を持ってきたのだが。


『師走十日、娘の願書を届けた。賢い子だ、受かるだろう。受からなければ、学校の見る目も落ちたということだ』


『師走十一日、結局ある家に取材に行くことになった。悪趣味だ。だが、後輩が相手に失礼がないよう見届けねばならない』


『師走十五日、常世の狭間を見る一族に会う。いや、門前払いを食らう。ふざけたことにアポを取っていなかった。それどころか、『死神』という言葉を使った。相手が怒るのも無理はない』


(死神?)


 由紀子は聞き覚えのある単語に首を傾げる。

 次のページをめくろうとすると、母の声が聞こえてきた。


「ごはんよー、早くきなさーい」


 もう少し読み続けたかったが、母は呼んですぐ来ないと茶碗をさっさと片付けてしまうので、由紀子はしぶしぶノートを閉じた。






 ご飯を食べて、お風呂に入り、そのままテレビを見た。


 年末のテレビ番組は特別番組ばかりだが、今日はクラスでよく話題にあがるバラエティのスペシャルだった。

 そこまで見たいほどではないが、話に入れないとさみしいので見ておく。中学生というのも大変なのだ。


 おこたで、十五個目のみかんに手をだそうとして、祖母に個数制限を食らう。


「全然、足りない」


 と、言うと、渡されたのはザボンだった。


(いや、味が違うし)


 由紀子はそう思いつつも、皮をむく。包丁で切れ目を入れずともやすやすと向ける力は大変便利だ。

 外皮を全部むくと、祖母はそれを由紀子からとり、代わりに新しいザボンを渡した。


 どうやら、皮をむくのが面倒だったらしい。


 由紀子は酸味の強い実を顔を歪ませながら丸一個食べきった。






(あれ?)


 部屋に戻ると、机の上に置いてあったノートが見当たらなかった。


 由紀子は首を傾げながら、机の下や教科書の隙間に混じっていないか見る。


(絶対あるはずなのに)


 おかしな話だ。


 日高家は、古い家の作りでリフォームはされているが間取りは昔のままである。由紀子の部屋は個室だが、襖を開けると四つの部屋がつながるようにできている。

 なので、やめてといっても、家族みんなが近道に由紀子の部屋を通過することが多い。


(誰かが捨てた?)


 見る限り、黄色く変色した汚いノートだ。だが、勝手に捨てることはさすがに誰もしないだろう。


 では、どうして。


 由紀子は居間に戻る。風呂上りの兄と祖父母がテレビを見ている。母は洗い物をしているようだ。


 由紀子は、声をかけようとしてやめた。


 父の日記をとった者がいる、だが、同時に由紀子が父の日記を読んでいたということがわかってしまう。

 なんとなく、言いづらかった。


「どうした、由紀?」


 兄がこたつでミカンをむきながら、突っ立っていた由紀子を見る。


「……べつに。おやすみなさい」


 由紀子は、家族に疑いの目を向けながらも、歯を磨きに洗面所へと向かった。






「やっぱり、おこたはいいねえ」

「そうだよ、日本の冬だよ」


 祖母とともにのほほんとした光景を作っているのは、なぜか山田少年だった。

 由紀子は、寝癖つき、パジャマ姿のまま襖を開けたら、そんな光景が目に入ったので、勢いよく閉める。


「由紀ちゃん、おはよ……」


 山田少年の朝のご挨拶は途中で中断された。


(信じられない!)


 由紀子は、部屋に戻るとパジャマから着替える。パジャマだけでも嫌なのに、冬場なのでどてら着用だ。

 思春期の女の子がどてら着用の寝ぼけたパジャマ姿を家族以外に、しかも同級生に見られるなんて。


 由紀子は霧吹きで寝癖を押さえつけると、再び居間に戻る。


「由紀ちゃん、おはよう」


 これまたいい笑顔であいさつをしてくれる山田少年である。ものの良いセーターを着て、動かなければ大変鑑賞に向いた生き物である。


 由紀子は半眼のまま山田を一瞥し、朝食を食べるために台所に向かう。


「由紀子。ちゃんとあいさつなさい」


 祖母がこたつから由紀子をたしなめる。


「ごめんねえ、せっかく来てくれたのに由紀子が寝坊するもんだから」


(いやいや、まだ八時ですから)


 農家の朝は早いが、それを基準にされても困る。

 この時間に来る山田少年のほうが絶対非常識だ。


「なんでこんな時間に来てるの?」

「母さんが今日は大掃除だから、どこか遊びに行ってなさいって」


 山田少年は戦力外通告である。働き者の山田母にとって、他の家族がいるのは邪魔なだけだろう。

 だからってうちにくることもないのに。


 そうなると、戦力外どころか仕事を増やしてくれるものを思い出す。


「山田くんのお父さんは?」


 山田少年と違い、山田父は簡単に野外に放置しないでほしい。


「ああ、それならじいちゃんと一緒に、のしもち売りに行ったよ」


 大晦日とその前日は、朝市がたっており祖父は毎年野菜と餅としめ縄を持って売りに行っている。


「だ、大丈夫なの? それ?」


 あんなのが人ごみにでて。というより、山田母は一体何時から大掃除をはじめているのだろう。


「大丈夫だろ。ちゃんとおやつにぼたもち持たせたし、隣はマグロの解体だから血の匂いがしてもわかんないよ」


 祖母はお気楽なことを言ってくれる。むしろ、解体用ののこぎりとか包丁がそばにあることを心配してほしい。


 何があっても知らないぞ、と由紀子は思う。


 それにしても。


「山田父が朝市って似合わな過ぎる」


 思わず声に出てしまう。

 見た目だけは超一流、スタイルは外国人モデル並みなのに。

 あんなのが、ビールケースの上に座って野菜売ってたら目を引くだろう。


「大丈夫だよ」


 山田がミカンの皮でウサギを作りながら言った。


「由紀ちゃんのおじいちゃん、ちゃんと朝市に似合う格好させてたよ」

「……」


 祖父の農業ルックを思い出してみる。まず紺色のジャンパーを着ている。ジャンパーである、ブルゾンでもダウンジャケットでもない。首はマフラーでなく、町内の商店で貰ったロゴ入りのタオル、手は手袋でなく軍手である。頭は野球帽を被り、足は作業用ズボンに地下足袋、今日は代わりに五本指ソックスと長靴といったところだろうか。


(山田父ー!)


 由紀子が手放しで褒められる山田父の長所といえば見た目である。そう見た目なのだ。

 

 別に、農作業ルックが悪いとは言っていない。悪いとは言わないが。


「着せてるうちに昔のじいちゃん思い出したよ」


 年甲斐なく顔を赤らめる祖母。


(いや、うちのじいちゃんそこまで格好良くない)


「次はつなぎに挑戦したいって言ってたよ」


 山田少年がミカンを一口で食べながら言う。


(つなぎのほうがまだマシだったな)


 由紀子は、朝っぱらから疲れた顔で、炊飯器に入ったご飯をどんぶりにのせて空にする。


「おばあちゃん、おかずは?」


 台所のテーブルの上も、冷蔵庫の中にもない。いつもなら煮物や焼き魚といった祖母らしい地味なおかずがあるのに。


「うん、おいしかったよ」


 山田の言葉に由紀子は唖然とする。朝早くからいるということは、当然日高家で山田親子が朝食をとったと考えてもおかしくない。

 よく見ると、普段は三つある炊飯器が今日は一つしかスイッチが入っていなかった。


「悪いねえ、自分で卵焼きでも作っとくれ」


 祖母はこたつからでる様子がなく、ワイドショーの年末特番を見ている。


「由紀ちゃんごめんね。父さんがごはんが食べたいっていうからさ」


 代わりにと、朝食用に持ってきたどでかいバスケットを由紀子に渡す。中には、山田母特製のサンドイッチがぎっしり詰まっていた。とても美味しそうである。


(ごはんのおかずにサンドイッチか)


 なんか違うよな、と思いつつ由紀子はむしゃむしゃと食べだすのだった。






 由紀子よりついてなかったのは、兄の颯太だった。

 由紀子は自分が最後に起きたものと思って、炊飯器を空にして山田から貰ったサンドイッチを全部平らげた。


 真っ赤な目をこすりながら、居間にやってきた兄は、山田少年を見て由紀子と同じ反応をした。そして、何もない台所を見てまた同じ反応をした。


「ごめん、食べちゃった」

「食べちゃった」


 山田が由紀子の真似をする。声変わりをし、自分の身長をとうにこえた年下に言われて颯太はさらに機嫌を悪くする。


(まあ、本当は年上なんだけどね)


 由紀子が平均より大きい身長に比べて、兄は高校生になったというのに伸び悩んでいる。由紀子よりかろうじて大きい程度、百六十五あるだろうか。同じ親から生まれた兄弟でも、由紀子の体格は父方に似たらしい、不愉快なことに。あの父の母親と妹はけっこうでかいのだ。


 由紀子の身長は大きな伸びはないものの百六十三センチになった。毎日豆乳を飲んでいるのが効いているのかもしれない。

 山田少年の身長をこえるのは諦めたが、とりあえず目標は百六十五センチなのでそれには届きそうである。


「颯太が夜遅くまでゲームしてんのが悪いんだよ」


 祖母が朝食代わりにとミカンを投げてよこす。


「してねえよ」


 その割に目が真っ赤なのはどうしてだろうか。


(ゲームのどこが面白いのかな)


 サブカル系にほとんど興味を持っていない由紀子はそんなことを思う。


「ちゃんと寝ないと、身長伸びないよ」


 山田少年は的確に兄の弱点を突いてくる。

 颯太は、口をぎざぎざに歪ませながら山田を見る。


「十日も眠り続けたら、身長は十センチ伸びるのか?」

「うーん、伸びたのは八センチだよ」

「何食べたらでかくなる?」

「ご飯は一食につき一万キロカロリーが目安かな?」

「い、一万? マジか?」


 兄は半分真剣な顔で山田少年を見る。


(いや、それは特別だから)


 由紀子はそれを口にださず、祖母とともにテレビを見る。


「おっ、そろそろ時間だね」


 祖母は、全国ネットから地元ローカルのチャンネルにかえる。見慣れた景色が映し出される。


「じいちゃんが朝市の終わりごろにテレビがくるっていってたからね」


 露天の商品がまばらになる中で、リポーターが次々とインタビューしていく。


 その中で、ビールケースに座る男性にリポーターがマイクを向けたとき、明らかにリポーターの目の色が変わった。


 一見、ただの農家のおっちゃんルックであるが、そのスタイルと顔は外国のモデル雑誌から飛び出たかのようである。


「父さんだ」


 その通りである。仕事のはやい祖母は、その場で録画ボタンを押している。


「うわー、すげー格好してんな」


 颯太は呆れた声をだす。

 由紀子の想像したとおりの異色の格好をしている。


 祖父は、片付けをしているらしく画面には映っていない。


 由紀子は生唾を飲みながら画面にくぎ付けになる。


(早く終われ、早く終われ)


 由紀子の願いも虚しく、顔を紅潮させたリポーターが次々質問をしていく。山田父は山田父らしくひどく頓珍漢な回答をしているが、それでもいいらしい。


(早く終われー)


 由紀子の願いは不名誉な形でなされた。


 なぜかテレビの音に誰かの「あっ!」という間抜けな声が聞こえるとともに、画面外からマグロの頭が降ってきた。


 やたらでかいマグロの頭は放物線を描き、パクリと山田父の頭を飲み込んだ。


『……』


 リポーターの叫び声が聞こえるとともに、『しばらくお待ちください』のテロップが流れるのだった。


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