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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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65 大掃除中はつい本を読みだしてしまうものである

「一年ってたつのが早いねえ」

 

 そう言って稲わらをねじるのは由紀子の祖母である。祖母がねじって紐で縛ったしめ縄に由紀子は紙飾りや葉っぱをつけていく。最後にミカンをつけて完成だ。


 家で食べる分だけ作っている田んぼの稲わらである。減農薬で作っているため、ニワトリ小屋に敷き詰めたりといろんな用途に使える。機械で刈り取るとばらばらになってしまうため、しめ縄作りのために一部手作業で刈り取っている。


 そのしめ縄はゆうに五十はできただろうか。


「おばあちゃん、どこで売るの?」


 日高家は、生活に困っているわけではないが、やたら働き者である。祖父は祖父で、母とともにのしもちを作っている。


「ホームセンターの前だよ。物好きが買ってくれるんだよ、量産品より味があるってさ」


 にやり、と笑う祖母。それでいて、ホームセンターの前で売る場合は、居眠りをするような老婆を演じるのだろう。

 身内ながら恐ろしい。


「手伝ったから、バイト代頂戴」


 由紀子も由紀子でちゃっかりしているのであるが、祖母は稲わらに残った穂先を眺める。


「今年の米も、親戚に配ることもできず、由紀子が平らげちまったねえ」

「……」


 由紀子のうちの田んぼの大きさは約二反、二十アールである。母曰く、日本の田んぼでは他の国の米に比べて収穫量がよく一反あたり五、六百キロ収穫できるという。まあ、品種や作る地域によっても変わるが。日高家の場合、減農薬で作っているため収量は下がり、一反に四百五十キロほどとれる。


「どうやったら、年間一トン近くの米がジジババ含む五人家族で消費されるんだろうね?」


 これも母曰く、米の一人当たりの年間消費量は六十キロ程度らしい。日高家はパン食をほとんどせず、毎年収量の半分ほど確保してあとは親戚にやったりしていた。それが、ここ数年、親戚に配ることもできず、それどころか米を購入する側に至っている。


 由紀子のせいで、日高家の食費はうなぎのぼりどころではない。


「あんたのコメ代稼ぐためにも、ばあちゃんはこうして内職してるんだよ」


 由紀子はちょっぴり肩をすくませながら、お飾りにミカンをとりつける。


 来年は、休耕地の田んぼを再開させるのを手伝おうか、などと思う。


 カレンダーは十二月、今年もあと数日で終わる。


(来年は受験生かあ)


 祖母ではないが、一年が経つのははやい。このあいだまで、まだ一年生で文化祭をやったばかりに思えたが、もう二回目の文化祭を終え、年末となっている。

 本当に時間が経つのは早い。


 年末といえば大晦日の前に、かな美の嫌いそうなイベントごとがあるのだが、日高家には関係なかったりする。

 由紀子は小さいころから「サンタさんっているの?」と聞いたら、大黒様の人形を指された。街で見かけるのと違うと言えば、


「あれは、西洋かぶれているだけなの。ほら、太ってるし、髭も生えてるし、大きな袋も持ってるでしょ。二十五日は前夜祭で、本番はお正月なのよ。どこぞのおもちゃ会社が、勝手に赤服着せて白髪にするからきっと怒っちゃってるよ、神様は。だから、うちくらいは天罰くだらないように本来のお祝いするよ」


 と、言われ信じ続けていた。


 妙に素直なところがある由紀子は、何年も疑わず、むしろ赤服のじいさんの来訪に目を輝かせる同年代の子どもを見ては、


(天罰くだっちゃうんだ、可哀そう)


 と、見ていた。


 母の嘘に気づいたころには、すでにサンタが来るとかいう可愛いことをいう同年代もだいぶ減っており、由紀子にとってクリスマスといえば、夕方ケーキが安くなる日というだけである。


 今年も、売れ残って一つ五百円でたたき売りされていたものをすべて買い占めてきたのだった。バイトのおにいちゃんには感謝された。


 ハイカラなお隣さん一家なら、派手なお祝い事をやるかと思いきや、山田兄は眼鏡をくいっと持ち上げながら、


「この時期は、エクソシストの強化週間なんですよ」


 と、遠い目をされて言われた。


(どこの年末取り締まりだよ)


 そういえば、ハロウィンのときも、


「大変なのよ、取り締まりが厳しくて。せっかくお父さまが自由にできる日だと思うのに」


 と、山田姉が言っていた。だからとて、山田父を野放しにされては困る。


 エクソシストとはまるで、交通機動隊のようである。


 海外もののイベントごとは、そういうわけで山田家にとってタブーとなる場合が多いらしい。


 まあ、もっとも山田家がパーティをするとなれば、なんとなくごちそうの材料は目に浮かぶようである。シチメンチョウに対抗して丸焼きになった山田父を想像しそうになってやめておいた。


 お飾りを段ボールに片付けていると、母がやってきた。


「由紀子、あんた服ばっかりで部屋がいっぱいでしょ。着ないものはさっさと捨てなさい」

「えー、どれも着るよ」

「着てないじゃない。それなのにあんたってば、どんどん新しい服ばっかり買って。お腹がすくだろうから、今までおおめにおこづかいあげてたけど、邪魔なものばかり買うなら、なしにしないとね」


 母の言葉に由紀子は顔を真っ青にする。


「それだけはやめて。お願いします、やめて、片付けるから、片付けるから!」


 すがり付く由紀子を見ながら、母は残酷に笑いながら部屋の掃除とついでに納屋の片付けを命じたのだった。






(そういや、片付けようとは思ってたんだよな)


 由紀子は納屋の立てつけの悪い戸を開ける。漆喰の壁はひび割れ、何度も補修された痕がある。屋根瓦は苔むして、ところどころに草が生えている。

 

 中は真っ暗で、外から入ると照明が必要だが、由紀子の目ならなんなく作業ができよう。


 ちょっと寒いが、動けばすぐ暖まるはずである。


 下は古い農機具や使わない食器の類、上はロフトのようになっておりたくさんの書物が積み上げられている。


(お父さんの書斎だ)


 父の読んでいた本はそのまま置いてあるはずだ。虫干しもせずに放置していたのでかなり傷んでいるだろう。


 由紀子は上につながるはしごの強度を見る。由紀子の体重だと、古いものだと折れてしまう可能性がある。

 床も心配だが、下から見てもかなり頑丈に補強されているので大丈夫だろう。


 婿養子だった父は、いろいろ肩身が狭かったのだろうか。母屋でなく、納屋のロフトにこんなものを作っているのだから。


 由紀子はぎしりぎしりとはしごをきしませながらのぼっていく。埃が舞い、むせそうになる。


(とりあえず下ろそうかな)


 今日は曇りなので虫干しにちょうどいい。下の荷物を片付けたら、空間が空くだろうからそこに配置を変えよう。


 由紀子は本を持てるだけ担ぐと、そのままはしごを使わずに飛び降りる。

 不死者になってから、身体が丈夫になり運動能力が上がったため、ついこのような所作をしてしまう。


(こうやって、段々麻痺していくんだな)


 由紀子はそう思いつつも、時間短縮行動をやめたりしなかった。






(やばい、いそがなきゃ)


 由紀子は、曇り空がいつのまにか重い色にかわっているのを見て足を速める。いらない壊れて使えないものは納屋の外にそのまま、残りを中に入れる。最後に余ったスペースに父の書籍を置くと終りである。


 由紀子は積み重ねるだけ積み重ねて持っていこうとしたが、重さには耐えられてもバランスはうまくとれなかった。積み上げられた本はばらばらになって落ちる。


「もう!」


 思わず声にでてしまった。


 一冊一冊拾い上げる。父の蔵書は、関連性のないものが多い。政治の本だったり、マーケティングの本だったり、民俗学の本だったりする。


 雑誌記者だったのだが、どんなふうに仕事をしていたのかは見たことがない。しかもフリーなので収入が安定せず、生前から母が稼いでいた。


 由紀子は頭を抱え、よくよく考えると父方の血筋って父を含めてろくでもないのしかいないのではないか、と思った。


 そうやって拾っていると、一冊、厚みのない冊子がでてくる。本ではなくノートで、日付が表に書かれている。


(日記?)


 由紀子は思わずページをめくってしまう。中身は確かに日付とその日の出来事が書いてあったが、内容は覚書に近い。


(メモかな?)


 誰に会ってインタビューした、どこの出版社に行った、その手の内容ばかりである。あまりに、必要事項しか書かれていないので、由紀子は罪悪感なくページをめくっていく。


(あれ?)


 由紀子はページをすすめていくうちにあることに気が付いた。表紙の日付の年度と最後のページの日付を見る。


 八年前の冬、そこで日記は終わっていた。


 そして、その日付は思い入れのある日の前日である。


 父が死んだのは、八年前の冬。由紀子がお受験の真っただ中のときであった。


 由紀子はノートをとりあえず別の場所に置くと、散らかった書籍をかき集めて納屋の中に入れた。


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