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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
73/141

小話 父の日


「どうしますか? アレ」

「どうしようと言われてもね」


 アヒムは姉のオリガにアレを指しながらたずねたが、曖昧な言葉しか返ってこなかった。


 アレ、その指先は不死王こと父に向いている。


 父はカレンダーを見ていた。わざとらしく六月の第三日曜日に花丸がついている。カレンダーにマジックできゅきゅっと過ぎた日付にばつをつけながら、アヒムやオリガを見ている。


「テレビでデパートのコマーシャルがあるたびに、ちらちらこちらを見るんです」

「新聞のチラシを見ても同じことをするわよ」


 六月の第三日曜日、それは父の日である。


 先日、アヒムたちははじめて母の日というものを祝った。まあ、還暦を過ぎたり、一世紀以上生きていたり、千年紀の半分生きてました、というものたちがやるには、つたない祝い方であったが。

 気持ちというものが大切らしい。

 

 お隣の女の子に手伝ってもらって、料理らしきものを食卓に並べただけで喜ばれた。


 オリガは面倒くさそうに、ちらちら見てくる父と目を合わせないようにする。


「(どうするんですか? 完全に期待していますよ)」


 今更、考えてないなんて言えない。


「(とか、言われても、何するのよ? お肉?)」

「(材料に材料与えてどうするんですか?)」


 小声で二人は話す。


 それを聞き取ろうと、耳を大きくする父であるが、いつも日高家の茶房に行っておはぎを買う時間になると出かけて行った。


「さあて、どうしましょう」

「どうしますかね?」


 とりあえず、めんどくさいけどそれっぽいことを計画することにした。






 自宅警備員と不死男、それからなぜかポチとハチもまじえて会議を行う。


「別に何もしなくていいんじゃない?」


 最初から、ネガティブな発言をしたのは、意外にも不死男だった。


「いや、元はお前が母の日、祝いたいからって言ったんだろ?」

「由紀ちゃんの家ではしてないよ」

「いや、由紀子ちゃんの家はお父さんいないし」


 彼女が小さいころに亡くなっている。


 不死男はそれでも興味なくソファの上に寝転がると、まだまだわんぱくが抜け切れないハチとじゃれはじめた。


 戦力外だ。


「はい、次はニート。発言はお肉以外ね」


 ここのところ、バイトもせずお小遣いの無心ばかりする駄目弟にオリガは真実だが辛辣な言葉で呼ぶ。大人としてはだめだが、恭太郎にも恭太郎なりにいいところがあるというのに。


「姉貴ひでえ、傷ついた。慰謝料として、小遣いくれ」


 前言撤回、ただのクズだ。


 優しい姉は、微笑みながらチョークスリーパーをくらわす。


「姉さん、失神したら発言ができないのでやめてください」

「それも、そうね」


 半分落ちかけたところで手をはなす。

 恭太郎は口の端からよだれを垂らしていた。


「それで、意見をどうぞ」

「……」


 姉の行動をいさめてあげた優しい兄に対し、愚弟はなにか冷めた目線を見せる、一体、いつからこんな奴になったのだろう。


「カーネーションでいいんじゃね?」

「普通すぎて面白くないんじゃなかったのか?」

「母の日だとな」


 アヒムは、母の日に蹴られた自分の意見をここで使われるとは思っていなかったが、正直面倒くさいのでそれでいいことにした。


 オリガも同様である。


「ところで、どれくらいいるんだ?」


 恭太郎がたずねる。


「どれくらいって何がだ?」


 アヒムが聞き返す。


「そりゃ、花だよ。あれだろ、齢の数だけやるんだろ?」

「そうなのか?」

「そうなのね?」


 正直、父の年齢などわからない。

 二千年以上は軽く生きているのだろうが。


「あらやだ、思ったより面倒ね」

「通販だと一度に発送は難しそうですね」


 アヒムはノートパソコンを開きながら言った。


 店で注文するにも、難しいかもしれない。


「どうしようか? まだ、時間あるけど」


 三人で唸っていると、話に入ってこなかった不死男がじゃれていたハチをおろして言った。


「由紀ちゃんのおうち、お花つくっているよ。カーネーションはないけど、聞いてみたら?」


 なるほど、と三人はうなづく。






 アヒムが日高家に電話すると、話は早かった。父の日の前日に、ちゃんと山田家にまでに届けてくれるらしい。


「ところで、何色にするかなんですが」


 電話をしながら、日高家の主であり由紀子嬢の祖父に聞かれた。

 いろんな色が混じったほうが、安価ですむというのだが。


「せっかくなんだから、一色でそろえたほうがよくない?」

「そうだな。母の日が赤いカーネーションなんだから、父の日はやっぱり……」


 恭太郎の言葉になにか引っ掛かりながらも、アヒムはその色を電話で伝える。


 すると、由紀子嬢の祖父はなにやら神妙な声になった。


 どうにかして、手に入れるから、と強調して言った。


 アヒムは首を傾げながら、電話を切った。






 土曜日に頼んでいたものが来た。

 軽トラにいっぱい、カーネーションがつまれている。


「こんにちは」


 デニムのつなぎを来た由紀子嬢が、軽トラの助手席からでてきた。


「こんにちは」


 挨拶を終えると、由紀子嬢は祖父とともに、荷台のカーネーションを下ろしていく。ご老人と女性にばかり仕事をさせるわけにはいかないとアヒムも手伝うが、窓からテレビを見ながらふんぞり返っている愚弟がいたので、首根っこをつかまえて手伝わせる。


 不死男も手伝おうとしていたが、由紀子嬢が、


「じゃあ、山田くんはカーネーションの数、数えて」


 と、やってもやらなくてもいいどうでもいい仕事を与えた。もうだいぶ死ににくくなった不死男であるが、たまに派手なうっかりをやってしまうのだ。

 ほんとうに由紀子嬢は、不死男の扱いが上手い。


 荷を全部下ろして、アヒムは姉から預かっていた料金の入った封筒を渡す。


 由紀子祖父は、頭を下げながら、なぜか眉を下げていた。

 由紀子嬢もまた、同じ顔をしている。


 なぜ、そんな顔をしているのかは、アヒムにはわからなかったが、次の発言でようやく理解できた。


「大変ですね。どなたか、近しいひとが亡くなられたんですね」


 ご愁傷様です、と市場のセリ番がついたままの帽子を脱ぐ。

 神妙な顔つきのまま、視線はカーネーションに移る。


 そこには、真っ白な花がところせましと並べられていた。


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