小話 育成
拍手で書いていた小話です。
とばしても本編には関係ありません。
「不死男はなにやってんだ、姉貴」
首の裏をかきながら、恭太郎は姉のオリガに聞いた。
庭を掘り返して泥だらけになっている不死男を指す。
オリガは庭にいる不死男のほうを見る。
「ああ、あれね。不死男が嫌いな野菜食べないってお母様が愚痴ったら、お隣さんがくれたの」
なるほど、だからあんなに土だらけになっているというわけか。
植えているのは、たぶんピーマンあたりだろうか。
「お母様、食育って言葉好きだから」
「好きだよな、本当に」
不死男は、父にも似ているが母にも似ている。オリガやアヒム、恭太郎があまり両親に似ていない分、一人だけそっくりなのだ。問題は、似ている部分がいいほうに働くか、であるが少なくとも父親から受け継がれた性質は、まったくもって迷惑なものだということだ。
「また、ろくでもないことにはなんねえのか?」
「大丈夫じゃない? たかだか、庭の一画畑にするくらいで」
せいぜい、バラ園の景観が崩れるだけだ、と姉は返す。
そんなもんかね、と恭太郎はあくびをした。
恭太郎は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、丸一本飲み干し、二度寝することにした。
「だいぶでかくなってきたな」
恭太郎はテラスの椅子に座り、せっせとプランターに水と肥料を与える不死男を見る。虫がついたら丁寧に筆で払い、農薬のかわりに薄めた牛乳を振りかけている。
最近、ようやく花が咲き実をつけ始めたのを数えては喜んでいる。
「別に、そんなことしなくても、普通に買ったほうが楽でいいだろ?」
手間を考えるとずっと効率がいいのに、なんでまたこんな非効率なことをやっているのかわからない。
不死男は、首を横に振る。
「恭太郎兄さんって風情がないよね」
「生意気なこというな、おまえ」
恭太郎は不機嫌そうに不死男を見やる。
不死男は、牛乳スプレーでアブラムシが落ちたのを確認すると、流し落とすように水を振りかける。
「だってそうでしょ。由紀ちゃんのお母さんが言ってたよ。お野菜にしろなんにしろ、その過程を知ることが大切なんだって。もしかしたら、悪い病気にかかっているかもしれないし、変な薬を使っていて大きくなったのかもしれない。悪い人は、成長促進剤を混ぜたりするし、遠いところから来たお野菜は、腐らないように薬漬けにする。どんなにきれいに陳列されていても、本当によいものなのかわかんないんだよ」
「……ああ」
なんだか、野菜の話をしているはずが、恭太郎は違うものを想像してしまった。何を想像してしまったかといえば、まあそういうことである。生理食塩水は遺伝子情報とも成長環境とも関係ない、とだけ言っておく。
小さいけれど少しずつ大きくなっていく実を数える不死男。
なぜだかわからないが、恭太郎は言い知れぬ不安を持つのであった。