小話 雪蛤
拍手小話です。読まなくても本編にはさしつかえありません。
「アヒムー、パソコン貸して」
オリガは弟に向かってそう言った。
アヒムは、面倒くさそうにオリガを見る。
「なんでですか? 家族兼用のがあるじゃないですか?」
几帳面な弟は、自分のものが姉に使われることがあまり好きじゃないらしい。
「だって、あれ、最近ウイルスがどうとかうるさいのよ。それに、ネット通販できないじゃない」
「その通販のIDは僕のなんですけど」
意外なことにアヒムはネット通販が好きである。
「お金は着払いなら問題ないでしょ。不死男に頼まれたのよ」
「なんですか?」
しぶしぶながら、アヒムが自分のノートパソコンを立ち上げる。
「あんた、商品履歴すごいわね」
天狗柄の下着に、アニメプリントシャツ、子ども銀行券ときた。すべてが、もう一人の弟をいびるためにやったことだと理解できる。
そのためにいくら使ったかわからないが、ポイントがかなり貯まっている。
「何が必要なんです?」
「ああ、それなら」
オリガはキーボードに『雪蛤』と打つ。
「なんですか? それ?」
「珍しいデザートらしいわ。食べてみたいんですって」
「どんなものなんですかね?」
検索すると、ゼリーのような写真が写っている。
細かい説明が写真の下に書いてあった。
「……これまた妙なものを」
「ええ。ちょっと気になったけど、やっぱ食べたくないわ」
「ずいぶん、高級食材みたいですね」
「材料はアレなのにね。だからか、効用がアレなのも」
「部位が部位ですからね」
うなりながら二人は、説明文をじっくり読む。
しかし、頼まれた以上、頼んでやる二人である。
カートに入れると、ポチっとクリックする。
「あら、いらっしゃい、由紀子ちゃん」
「こんにちは」
ご近所の女の子は、家の手伝いで野菜を持ってきてくれた。
あいかわらずしっかりした子である。
オリガは大量の野菜を抱える。
「由紀ちゃん、あがってよ」
不死男が二階から降りてきて、半分降りたあたりで転げ落ちる。
「おやつ食べて帰ってよ」
不死男にぐいぐい引っ張られる由紀子を見る。毎度、面倒を見てもらってすまなく思う。
オリガは貯蔵庫に野菜を持っていくことにした。
オリガが戻ってくると、二人はおやつを食べていた。
「なんか変わったゼリーだね。これ」
「うん。珍味ってやつだよ」
二人は、グラスに涼しげに入っている金色のゼリーのようなものを食べている。
オリガは、目を細める。
それは記憶が確かならば、数日前に通販で注文した品物だった。
「けっこういけるね」
「でしょ。おかわりあるからどんどん食べて」
「じゃあ、早速お願いできる?」
気に入ったらしい由紀子は、空になったグラスを不死男に渡す。
オリガは、何かを言いかけたが何も言えなくなった。
食べた後で言うのは、酷すぎる。
『雪蛤』
古代から美容や滋養強壮のために食べられていた高級珍味。
コラーゲンやエストロゲンを含む。
原材料は、アマガエルの一種である。メスの卵管には、豊富な栄養が含まれている。
知らないほうが幸せなことってたくさんあると思う。
それにしても、なぜ不死男がこの食材にこだわるのかがよくわからなかった。