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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
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7 これはふつうデートという 前編


 連休初日の夜だった。由紀子が居間でテレビを見てくつろいでいると、山田姉から電話がかかってきた。


『由紀ちゃん、急にごめんね』

「どうしたんですか?」


 居間に誰もいないので、そのまま会話する。山田姉の声が一オクターブ高い気がする。

 

『うーんとね。明日、暇かな?』


 なんとなく猫なで声をしている。


(嫌な予感する)


 明日もどうせ塾で時間を潰すだけであるが、素直に答えたくない。言い渋っていると、


『暇なの?』


 有無を言わさない言葉に、用件だけは聞くことにした。


「どうしたんですか?」

『明日、お出かけしない?』

「どこにですか?」

『ホテルバイキング』

「行きます!」


 思わず条件反射で答えてしまった自分が恨めしい。

 携帯の向こうで、山田姉がにやりと笑っている気がする。


「よかった、不死男ふじおも喜ぶわ」


 由紀子は即座に返事したことを後悔した。仕組まれた気がしてならない。


「……おねえさんも行くんですよね?」


 確認するようにたずねると、


「送迎はするけど、二人で食べてきて。さすがに三人もいたら、ホテル側も大変でしょ」


(……たしかに)


 由紀子の摂取カロリーを概算したところ、一日八千キロカロリーをこえていた。ちなみに力士の一日の摂取カロリーは四千ほどらしい。

 それでも抑えているほうなので、バイキングという言葉を聞くと、もう食らいつくす勢いで食べてしまうに違いない。


 だからといって、思春期女子としては同級生の異性と二人で食事に行くなど耐えがたいものがある。


(もし誰かに見られでもしたら)


 クラスで冷やかされたら、登校拒否する自信がある。枕を涙で濡らすくらい落ち込む、へこむ。由紀子のそちら方面のメンタルは人並の強さしかない。


 その旨を山田姉に伝えると、


「あっ、そうか。そういうものなのか。私がその年代の時は、十二歳って結婚適齢期だったんだけどな」


(一体、いくつなんですか?)


 喉元まで出かかって、言葉にせずに終わる。なんとなく、その質問をして、死亡フラグを立てた者が無数にいた気がしたからだ。


「まあ、その点はなんとかする。それに、そのホテル、三時からケーキバイキングもあるのよ。もちろん、それも食べるわよね。おすすめは季節のロールケーキとザッハトルテ」


(……ロールケーキ)


 ごくりと喉を鳴らしているうちに、山田姉に肯定ととらえられたようだ。


 こうして、明日の予定が決まってしまった。






 山田姉は手回しも早かった。

 すでに母は、山田母より連絡を受けていた。親戚の子どもが来れなくなった数合わせに、と話が回っていた。山田母と円満なご近所づきあいが続いているようだ。人外一家だと知っているのだろうか。

 由紀子としては、もう少し他人行儀に付き合えばいいと思っている。


「ちゃんとお礼言うのよ。お母さんも行きたいわ」


 よそいきの服を着せられ、お小遣いを渡された。

 

 行きたくない気持ちとロールケーキへの恋慕に板挟みになりながら、山田家につく。インターフォンに山田が出ると、


「ごめんねー。すぐ用意するから入っててよ」


 と、言われるがままに入った。


 扉を開けると、そこには自立歩行する手首があった。

 一昔前のホラーコメディ映画のマスコットのごとく、手首がエントランスを縦横無尽に駆け巡っている。階段の手すりを滑り台のように滑り、シャンデリアに飛び乗っている。その後ろに虫取り網を持った恭太郎きょうたろうが追いかけていた。


 これが映画の中であれば、シュールだが微笑ましい光景に見えなくもなかろう。しかし、走り回る手首の断面は骨と筋肉が見え、血管から血しぶきがとぶ。

 大きさからして、成人男性のものだろう。


「おやじ、わがまま言うな。大人しく留守番してろ!」

「嫌だ。パパだって、チーズケーキが食べたいんだ」


 山田父が、階段の上から息子を見下ろしている。右手には手錠がかかり、左手の手首から先はなく、とめどなく血を流している。どうやら脱走を試みたらしい。


「もう石みたいな堅いごはんはやだ」

「あらあら、パパったら。そんなんじゃ、カルシウムとれないでしょ」


 天然山田ママは、ふりふりのエプロンをしたままでてきた。

 由紀子は、そっと玄関の扉を閉めると、壁に寄りかかり、深いため息をついた。


 室内が静かになったところで、再び扉を開けると、そこには山田母によく似た美少女が立っていた。

マカロンに糖蜜をかけたような恰好をしている。かなり人を選ぶ服装だが、東洋人離れした顔立ちにはとても似合っていた。正直、嫉妬するくらい可愛かった。


 なので、無言で扉を閉めた。

 まず、どれからつっこみを入れるか、指を折って数えた。






「じゃあ、連絡があれば迎えに行くから」


 と、山田姉は去って行った。


 由紀子の隣には、人形のような女の子、もとい人形のように手足を外せる男の子がいる。父親の真似をして、山田姉から拳骨を食らっていた。


(なんとかするってこういうこと?)


 山田姉は弟を女の子にすることにしたらしい。たしかに、これなら間違って知り合いに見られても山田少年と気づかれないだろう。

しかしながら、よそいきを着た由紀子よりよっぽどかわいいので、殺意に似た嫉妬がこみ上げてくる。まあ、首を掻っ切ったところで本人は平然としているだろうが。


 山田姉本人は常識人に見えるが、それは山田家において相対的に見てのことであり、やはり一般の感性とはずれている。


「早く入ろうよ」


 見るものをほんわかさせる笑顔を浮かべて、山田が言う。


 携帯を見ると、十二時まであと五分だった。


 由紀子はバイキングチケットとお小遣いを山田姉から預かっている。現金を他人に預けるのはどうか、と言ったら、


「不死男に持たせるほうが危ないわ」


 と、説得力ある言葉をかけてくれた。


(金持ちだよな)


 万札三枚が入った封筒はトートバッグに入れてある。お年玉くらいしかもらえない額だ。


 由紀子はホテルのラウンジに入ると、チケットを見せて半券を預かる。連休中なのでそこそこ人は入っていた。


 案内された席につくと、由紀子は山田少年の前にあるフォークとナイフと箸を奪い、スプーンとティースプーンだけ置いた。


(普通、箸が危ないものなんて認識しないんだけど)


 この少年にかかれば、鉛筆さえ死亡フラグである。


「取ってくるから、動かないで。何が食べたい?」

「カルボナーラとシーフードマリネとパンはバターとアプリコットで、飲み物はミルクで」

「わかったから、絶対動かないでね」

「らじゃ」

 

 敬礼をする山田少年を置いて、由紀子はトレイを二枚持ち、パスタコーナーに向かう。とりあえず、トレイにカルボナーラを山盛りにして、もう一枚に蟹のトマトソースを盛る。 


 一度、席に戻り、


「先に食べてて」


 と、伝えると、次は持ってこられたばかりの焼き立てパンを皿にのせるだけのせる。サラダ、マリネも同様に、肉類も忘れない。


「マナー違反でしょ」


 どこぞのおばさんから、注意を受けたが、ひたすら食べ続け皿を空にしていく美少女を見ると、納得してなにも言わなくなった。

 

 由紀子がいくら持ってきても、山田少年が食べてしまうので、なかなか口に入らない。仕方ないので、ホテルマンに薄切りに切る前の食パンを一斤のせてもらい、山田少年に与えた。長さ五十センチもあればしばらく持つだろう。


 ようやく落ち着いて食べられると、由紀子はテーブルに並んだ皿をどんどん片付けていく。

 由紀子は顔をほころばせてひたすら食べる。山積みになった空の皿をホテルマンが驚きの顔で片付けていくが、そんなの気にしない。


 テーブルの上が一通り片付いたところで、由紀子は二巡目に向かう。ホテルマンどころか、周りの客も引いている。


(次もあるから、これくらいにしとくか)


 パスタを山盛りにして、炭酸ジュースをジョッキについで席に戻った。


 口の周りにトマトソースをたっぷりつけた山田に、紙ナプキンを渡す。山田はむぐむぐと口を拭う。


 由紀子たちが食べるのを終えて一服しているのに、コックさんはまだ忙しく動いている。


「僕たちの他にも、たくさん食べる人いるんだね」


 山田少年が見る方向に、由紀子たちと負けず劣らず皿をはべらせている席がある。由紀子もそちらを向くと、帽子とサングラスをかけたいかにも怪しげな男が、びくりと肩を揺らし、わざとらしくそっぽを向いた。


「……」


 怪しすぎる男は、なぜだか恭太郎に似ている気がしたが、由紀子は気づかなかったふりをしてあげることにした。


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