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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
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59 ぶたじるかとんじる、好きな方をお選びください


 由紀子たちがいなくても、学園祭はつつがなく終わったらしい。

 元々、前日働いていたため、一日フリーだったのが幸いした。


 由紀子が山田とともに早退し、夕方にかな美から連絡があった。


(どうしたんだろう)


 山田は、あのあと由紀子が呼んだ山田姉に連れて行かれた。由紀子もまた、山田少年の血を浴びてしまい、到底戻れる状況でなかったので一緒に帰ることになった。


 山田姉は気を使って、着替えだけを渡し由紀子に戻るように伝えたが、由紀子はその申し出を断った。

 なんだか、山田少年はいつも変だけど、もっと変だったからだ。


 こうして由紀子は山田少年について早退したわけだけど、結局何の役にも立たなかった。

 山田少年はあのあとこと切れるように気を失い、そのままずっと眠ってしまった。


 眠ったままの山田少年をずっと見つめながら、なぜ山田少年があれほどあの食人鬼をかばったのかを考えてみた。


(どうして助けたかったの?)


 たしかに山田少年の行動に他人を傷つけるという行為は含まれない。それでも、自己防衛として武器を持とうとする意思はあったと由紀子は思っている。


 それなのに、ヒトである総一郎から食人鬼をかばうのまではさすがにいき過ぎだと思う。


 ただ、由紀子の頭の中で引っ掛かるものがあった。


(あのときの食人鬼)


 去年の夜会に会った食人鬼を思い出した。まるで、山田少年は以前にも会っているようなそぶりであった。

 そして、そのあとだっただろうか、山田少年が急激に成長しはじめたのは。


(なにか関係があるのでは)


 山田少年は学校に現れた食人鬼のことを知っていた。だからかばっていたのだと。


 でも、それでは。


(なんで山田くんの知り合いが、食人鬼なんかなわけ?)


 たしかに、一部の食人鬼は不死人に密接な関係があるようである。


 祝福と呪い。

 

 その言葉を思い出しながら、由紀子はベッドで死んだように眠る山田を見る。時折、息苦しそうに嗚咽のようなものをもらす。


 由紀子にはどうしていいのかわからなかった。

 こういうときは、ドラマなんかでは手を握るのがデフォなんだろうが。


 正直、由紀子はけっこう恥ずかしがり屋さんであるので無理だ。しかたないので、山田のほっぺたをつついておいた。


 何をするわけでもなく、山田少年を見ていると、ノックの音が聞こえた。


 入ってきたのは、山田母であった。


「由紀子ちゃん、ごめんね。ずっと見ていてくれたのね」


 山田母は、いつもはふんわりとしたシフォンケーキのような雰囲気を少ししぼませた様子だった。

 普段なら、あらかたの残酷シーンに見慣れており、朗らかに笑いながら状況を悪化させる立場だというのに。


「もう大丈夫だから」


 しとやかに由紀子に退室をうながす山田母に、首を傾げながら由紀子は部屋を出た。


 由紀子はなんだかしっくりこないまま。とぼとぼと家に帰ることにした。






 東雲先輩から謝罪が来たのは、その日のうちの夕方だった。


 いきなり高級外車で乗り付けられて何事かと思った。


 出てくるなり玄関先で土下座をする東雲と、無理やり頭を下げられる総一郎を見て面食らった。


「うちのが大層失礼した」


 どうやら東雲は、文化祭が終わるまで事の詳細を知らされてなかったらしく、反応に遅れた自分を悔いているらしい。いきなり現れて玄関先で土下座をするなんて、なんだか少し豪快なところがある先輩である。


(いや、謝罪は山田家だけで十分ですから)


 由紀子は、別に総一郎の行動は間違っていないと思うことと、問題なのは山田少年のほうだということを伝えた。


 東雲はそれでも表情の曇りは晴れず、それに加えなにかいぶかしんだ様子であった。


「さすがに山田家を訪問するのは問題がある」


 私立とはいえ学校といういわば公共に近い場と違い、山田家の私有地に入ることは、東雲の人間としてはタブーになるのだろう。

 くっきりした眉を歪める様子を見て、由紀子はいたたまれなくなって山田姉に電話をすることにした。


 東雲から見れば十分第三者なのだろうが、こうでもしないと少々空気の読めなさそうな先輩が何かしでかしそうな気がした。


 電話をつなぎ、東雲先輩に渡す。


「ありがとう」


 パチンと携帯電話を閉じ、由紀子に返す東雲。


「もうすでに、おじい様のほうと話はついているらしい。後日、会談の予定を組んでいると」

「だから言っただろ。別に行く必要はないって」

「総一郎!」


 東雲はようやく息が落ち着いてきたらしい。いつのまにか、祖母がお茶菓子とお茶を用意して玄関に置いていた。


「お茶でもいかがですか?」


 由紀子は、立ちっぱなしも難だと家に入るように勧めるが、東雲はお茶をいただくだけでけっこうだと断った。

 総一郎は、不機嫌な顔のまま、突っ立ったままである。


「もうしわけない。夜に失礼だった」

「じゃあ今度は昼間にゆっくり来てください」


 由紀子の言葉に、東雲はほんの少しだけ頬をゆるめる。


「なんだか日高さんは、とても普通の中学生に見えないときがあるね」


 なにげなく言った東雲の言葉に、由紀子はびくりと身体を揺らせた。


「そ、そうなんです。これでもけっこうしっかりしているって言われるほうなんですよ」


 愛想笑いが引きつってなければよい、と思いながら東雲たちを見送る。

 

 東雲が先に車に乗り込んで、総一郎が乗り込もうとしたとき。


 総一郎は、由紀子のほうを振り返った。


(な、なんですか?)


 よくよく考えてみれば、当たり前のように日本刀を振り回していた男である。先ほどは食人鬼に気を取られていたが、こちらも十分恐ろしい人物である。


(新之助さんとどっちが危ないだろうか?)


 ふとそんな疑問が浮かんでくる。


「あの餓鬼。まるで酒呑童子と同じだったな」


 由紀子に聞かせるためであろうか、それともたまたま独り言をこぼしただけであろうか、どちらでもよい。

 由紀子は思わず聞き返していた。


「どういう意味ですか?」


 総一郎は、これまた独り言をもらすように答える。


「東雲の伝承では、酒呑は自分から首を斬られた。殺される部下の命乞いのために」


 そして、斬られて転がる首が見たのは、命乞いの意味もなく殺される部下たちの姿だった、と。


「力を持ちながら生かしきれない馬鹿は本当に馬鹿だな」


 嘲るように、憐れむように総一郎は車に乗り込んだ。


 車の窓を開け、一礼する東雲の向こうで、総一郎は口をぱくぱくと動かしていた。

 普通の人間なら聞こえないような小さな声でしゃべっているだろうその言葉は、由紀子をびくつかせるのに十分な内容だった。


『おまえ、本当に普通のヒトか?』


 とのこと。


(ば、ばれてる?)


 由紀子は冷や汗をかきながら、いかつい高級車が去るのを見ていた。






(今日で一週間か)


 由紀子は、カレンダーの日付を数える。

 文化祭から一週間が経ったが、山田少年はまだ学校に来ていない。


 山田の家にも学校のプリントを届けたり、野菜の配達をしたりして行ったが、いつものように顔をだすことはなかった。聞いてみるとずっと寝ているとのことで、由紀子はあがっていくこともなく玄関先で帰った。


 由紀子はため息をついて、どすんと畳の上に座った。

 そのまま寝そべると、とんとんとまな板と包丁の音がする。


(ごはん、ちゃんと食べてるかな?)


 祖母が味噌汁を作っている。豚肉と生姜の匂いがするので豚汁だろうか。


 そんなことを考えていると、祖母が味見用の小皿を持ったままやってきた。


「由紀子、ちょいと山田さんのうちまで持ってってくれないかね?」


 そう言って指さすのはどでかい寸胴鍋である。

 なみなみと豚汁が入っている。いや、よく見ると豚肉は入っていない。かわりに、焼いた豚肉がテーブルの上のタッパーに入っていた。


「どうしたの?」


 由紀子の疑問に祖母は頬に手を添えて答える。


「山田さんち、不死男くんの病気で大変みたいなの知ってるでしょ。奥さん、かかりきりでご飯は出前ばかりみたいだから、偏っちゃうだろ? それに、旦那さんも今日会ったら、ずいぶん痩せた気がしたからね」


 なるほど、ベジタリアンな山田父のためにお肉は後入れ式らしい。寸胴の他に重箱も別に用意されている。


 おせっかいなのか、世話好きなのか。


 お洒落な美形一家に豚汁はどうよ、とは思うが持っていくことにする。


 由紀子は寸胴を熱くないように手ぬぐいで包み、重箱を抱えた。






「いらっしゃい、由紀子ちゃん」


 巻き髪が特徴のゴージャス美人は、なんだかみだれ髪のやつれたおねえさんに変貌していた。

 たしかに、数日前に会ったときも疲れていたが、その比でないくらいくたびれていた。


(一体、何が)


 由紀子が疑問に思っていると、その答えはおのずとわかった。


 山田家の玄関から、漂ってくるのは独特の生活臭であった。なんといいますか、洗濯物のたまった匂い、ごみを捨て忘れてたまっている匂い、閉めきり換気を怠った匂い。


 玄関の外には、大量の出前丼が重なっていた。一応、水洗いしているが、洗い方が雑でところどころ汚れていた。夏場でなくてよかったと思う。


 由紀子はなんとなく気が付いた。


 山田姉は美人である。ゴージャスである。憧れるようなキャリアウーマンである、が。


 そのネイルサロンに仕上げてもらった爪は到底家事には向かない。

 巻き髪は家事に邪魔である。

 計算はできてもやりくりは下手そうだ。


 仕事はできても家事はできないという女性は多い。

 同様に、部屋を片付けられない女性も多い。

 

 山田家の家事は、多少の手伝いをのぞき、山田母しかやっていないことに気が付いた。


(これはもしかして)


 由紀子の脳裏に『片付けられない女』という言葉が浮かんだ。


 お洒落できれいな山田姉の短所を発見。まあ、ほかの山田家に比べると残念度はあまり高くないが。


「あ、あの。おばさんはずっと山田くんの看病をしているんですか?」

「ええ。ちょっと不死男のことでは、少し心配性なところがあるから」


 由紀子が寸胴鍋と重箱を置くと、ひょっこりと二つの顔が飛び出してきた。山田父と恭太郎である。二人ともすこぶる顔色が悪い。


「……め、めしだ」

「……ご、ごはん、ご、ごはん」


 まるでゾンビのような動きでのっそりと近づいてくるので、びっくりしてのけぞってしまった。


 なるほど、祖母が山田父を心配するわけだ。


「ちょっと、お父様、恭太郎。みっともないでしょ! ご飯なら私が作っているじゃない」


 山田姉が憤慨すると、


「姉貴、レーズンバターは料理じゃねえよ」

「パパ、サラダにはバターは合わないと思うんだ」


(まだ、オリーブオイルのほうがましだね)


「つーか、脂っこすぎるんだよ。塩入れすぎんな。出汁を使え、出汁を。おふくろの手伝いしてたら、そんなことわかるだろうが」


 由紀子の頭の中にさらに『メシマズ』という言葉が加わる。山田姉の残念度アップである。


 弟の暴言に、山田姉の踵落としが見事に決まる。その後、サンドバッグのように殴りはじめたので、由紀子はひもじそうな山田父のために寸胴を持ったままキッチンを借りることにした。山のように積みあがった食器が、流しに積み重なっている。


(使える食器ないなあ)


 片付けられた食器は平皿ばかりでどんぶりがないので、由紀子は鍋を火にかけている間、食器を洗うことにする。

 ある程度暖まったところで、どんぶりに豚汁をつぎ山田父に渡す。


(うわあ、残念すぎる)


 由紀子は飢えた山田父が豚汁を貪る姿を見て思った。


 大層美しい山田父、だが食べるのは豚なし豚汁。


 人間を超越した美貌を持つ山田父、だが涙を浮かべながら重箱のいもの煮っ転がしを食べている。


 外国人モデルのようなスタイルを持つ山田父、さすがに寸胴を丸々ひとつ空にすると、腹も出てしまう。


(一体、どんなひどいご飯を食べていたんだ?)


 由紀子は、食後のお茶を山田父に渡す。勝手に使っていいかわからなかったが、賢いポチがこれを使えと言わんばかりに茶葉の入った缶を持ってきたからいいだろう。

 由紀子はお礼に、山田父が食べなかった豚肉をあげる。味付けはしていないから、いいだろう。ハチとともにむしゃむしゃ食べる。


「由紀子ちゃん、とてもおいしかったよ」

「それはよかったです」


 由紀子は重箱も空になったところで、鍋と一緒に持って帰ることにした。


 山田家に来ると、本当に残念なものがたくさん見れるなあ、と思った。


 由紀子は山田の容体を聞こうかと思ったが、この様子だと変わりないのだろう。山田母も現れない。いちいち聞くのも、疲れさせるだけだと何も聞かなかった。


 寸胴を洗い終えたころ、ようやく山田姉の折檻が終わった恭太郎がやってきた。


「……あっ」


 空の寸胴と重箱を見てがっくりとうなだれる恭太郎を見て、すっかり彼がいたのを忘れていたことに気が付いた。



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