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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
60/141

55 学園祭と婚約者 その壱

「先輩、早速のようなのですが」

「ああ、早速のようだね」


 由紀子と東雲しののめは、どうしようかという顔でその光景を眺めていた。


 山田少年は、織部が用があると言って連れて行ったので二人だ。

 

 時間は九時、一般公開は十時からなので準備はほぼ終わり、最終調整をしていたのだが。


 場所は理事長室の前である。高等部と中等部の間にあるというのが、なんともまあ皮肉な配置だ。

 それでもって小ホールは理事長室の上の階にあるわけで、これまたなんともまあ不幸なことにそういう場面に出くわしたということになる。


 左には、天然スプラッタ製造機こと山田父率いる山田家、今日は山田母はおらず山田兄と恭太郎がついている。

 右には、髭のりっぱなご老人、毛髪は真っ白だがその背筋はまっすぐしており、右手に持った杖はお飾りのようなものである。その後ろに、目つきの悪い細身の男がジュラルミンケースを持って立っている。秘書か護衛か、どちらかだろうか。


「おじいさまがいらっしゃったか」


 由紀子は東雲の親族を、東雲は山田家のメンツを知らなかったが、相手の表情を見れば一目瞭然だった。

 両雄立ち並ぶというものであろうか。なんだか虎と龍が背景に見えそうだが、不思議と山田父の背後にはナマケモノの姿が見える。完全無抵抗主義に雄々しい龍は似合わない。


 しかし、由紀子の思っていたほど、悪い空気ではなかった。


 互いに無難な挨拶をして、ちょうど別れるところだったらしい。山田父がなにかよからぬことを口走るかと思いきや、うまく山田兄がフォローしていたようで何も問題はなかったようである。


 それもそうだ。


 古くからの因縁があるからといって、現代社会において血なまぐさいことをするのは好ましくない。そりゃあ、財閥の関係者なら下手なことをすれば週刊誌に書かれてしまう可能性もあろう。


 由紀子はほっとしながら、階段を上ろうとしたとき。


 恭太郎が、由紀子たちに気が付きこちらに近づいてきた。


(珍しいなあ)


 山田兄や山田父ならともかく恭太郎はそれほど由紀子とは接点はない。恭太郎は由紀子に興味はなく、由紀子も同様なので自明の理だ。

 首を傾げていると、恭太郎は黙っていればクールな顔を残念なくらい眼尻を下げて由紀子たちの前に立った。


「やあ、由紀子ちゃん。こんにちは」

「……おはようございます」


 なんだ、口調もものすごく変だ。というか、名前を呼ばれたのは初めての気がする。

 大変気持ち悪い。なんだこれは。


 どうして、そんな態度をとるのか理由はすぐにわかった。

 恭太郎の視線は、由紀子ではなくその隣にあるグレープフルーツ大のふくらみ二つに集中していた。山田少年曰くGの六十五らしい。もちろん、ほっぺはつねっておいた。


「ところで、隣の子だけど。高等部の先輩かな?」


(……こいつ)


 そうだ、こやつが東雲ほどの豊かな胸部の持ち主に反応しないわけがなかった。


 由紀子は、本来目上の男性に向けるべきでない冷めた視線を向けてしまった。しかし、恭太郎はそんな視線も無視して、東雲を壁に追いやる。手のひらを壁につけて、見下ろす構図は、まさに少女マンガの口説きのポーズなのだが。


 そんなとき、ごっ、と鈍い音が聞こえた。


 細長いジュラルミンケースが恭太郎の側頭部に突き刺さっていた。まあ、突き刺さったということは、頭がい骨は陥没しているわけである。そして、まるでスローモーションのように恭太郎の身体が傾き、そのまま階段をごろごろと転げ落ちて行った。

 普通なら、即死してもおかしくないのだろうが。


「すまんな。手がすべった」


 特に抑揚もない声で言ったのは、東雲祖父のお付の目つきの悪い男である。その左手の薬指にはきらりと銀色の指輪が輝いていた。見たことのあるデザインだ。


「総一郎、おっちょこちょいもたいがいにしろ。早く手当しないと」


(いや、おっちょこちょいって)


 東雲のなんだかずれた言葉に、由紀子は思わず突っ込みを入れたくなった。総一郎と呼ばれた青年は、面倒くさそうにあさっての方向を見ている。


「いえ、お気になさらず。うちの弟は、こういうことには慣れていますので」


(いや、慣れるのはどうよ)


 山田兄の言葉に、裏手ツッコミを入れたくなる由紀子。まあ、慣れている理由はわからなくもないけれど。


「ってー、何するんだ! 脳みそが減るだろ!」


 側頭部にかすかなハゲを残して回復した恭太郎が足音をたてながら、階段を上ってくる。


「すまんな、手がすべった」


 大切なことなので二度言ったが、その態度はあくびをしながら首の後ろをぽりぽりかいている。反省などという言葉はもとよりない。


「総一郎、謝罪はちゃんと誠意をもってするものだろう。自分の不注意が悪いのだから、ちゃんと謝れ」


 言っていることはもっともである東雲先輩だが、根本がずれている。どう見ても、不注意ではなく故意だろう。


「遊子、まだ文化祭の準備の途中じゃないのか? どこの馬の骨と会話している隙があれば、早く行ってこい」


 恭太郎は馬の骨のようである。


 『遊子』というのは、東雲先輩の名前である。


 馬の骨は、眼尻を釣り上げて、総一郎の前に立つ。


「だーれが馬の骨だ? 脳細胞、壊れちまったじゃねえか」


 不死者といえど、壊れた部位は少しずつ目減りしていく。山田父があそこまでパーなのも、どたまを何度も壊しているからかもしれない。


「そうか、脳みそはちゃんと機能していたか。てっきり、下半身でものを考えているので、動いていないと思っていたが」


 ものすごい毒舌である。


 メンチを切る恭太郎に、冷めた目で見下すような総一郎。


(怖い、ものすごく怖い)


 なんだ、せっかくいい感じで何事もおこらないように見えたのに、なんでこうなるんだ。


「総一郎、おまえは無愛想なんだから、初対面の人に対してそんな表情をすると誤解されるぞ」


(いや、誤解とかそんなもんじゃないから)


 東雲先輩は根本的な理由が自分にあることにすら気づいていない。

 やばい、このヒト、クールなツッコミ役に見えて、実は天然のボケツッコミタイプだ。


 由紀子はこの総一郎という男が、東雲の言う幼馴染だということがわかった。

 そして、東雲は気が付いていないがものすごく嫉妬深いヒトだということが一目見てわかる。


「いいなあ、早速、東雲さんちと仲良くなれたんだね」


 山田父がまったく空気の読めていないことを言う。


「あれは少々やんちゃですが、大丈夫ですかな。それと、まだ、我が家の一員になったわけではありませんので」


 おひげのおじい様は、なんだかさらっと辛辣なことを言った気がする。

 山田父と同じく、止める様子はない。


 では、最後の望みをかけて山田兄の方を見ると、


「ほどほどにしておけよ。ここは学び舎なんだぞ」


 などといいながら、何を携帯で写真を撮っている。撮っているのは、弟の側頭部ハゲの部分だ。完全に傍観者だ。


 由紀子は何もせずこのまま場を去りたかったが、東雲がずれた仲介に入っているので立ち去れないでいる。もちろん、仲介は火に油を注ぐ形となっている。


 由紀子があわあわしている間に、二人の口論はヒートアップしていた。


 恭太郎は、東雲と総一郎が揃いの指輪をしているのに気付いたらしい。落胆しつつ、やっかみを入れている。


「このむっつり野郎。なに未成年に指輪なんざやってんだよ。もしかして、ロリコンか? おまえロリコンか?」

「そっちには関係ないことだろう。大体、さっきまでその未成年に声をかけていたのは誰だったか? 不死王の血族なら、俺よりよっぽどおっさん、いや爺さんだろ」

「そうか、爺とな?」


 総一郎の言葉に反応したのは、恭太郎ではなく、後ろに立っていた東雲祖父だった。


「あっ、いえ、大お館様のことでは……」

「ふむ、気にしとらん」


 いや、絶対気にしている。それにしても『大お館様』ってなんだか言いにくい言葉だ。


「怒られましたねー、大変ですねー」


 恭太郎が実にむかつく口調で総一郎の周りでわめく。クラスに一人くらいいそうな実にうるさい奴だ。本当に山田家には残念な美形しかいない。


「お嬢さん、こんな奴見捨てて俺に乗り換えない? こんな眉間にしわを寄せた奴と一緒にいても楽しくないだろう?」

「いや、そんなことを言われても」


 恭太郎がすかさず東雲先輩の手を握ろうとしたので、総一郎が東雲を抱きかかえるように確保した。

 まあ、婚約者なら当然の態度といえるが。


 そのときだった。


 なにか素早いものが、総一郎の真横を通り過ぎた。髪がはらりと落ち、左ほおに赤い一筋の血が流れた。

 通り過ぎたものはその先の壁に震えながら突き刺さっている。


「いやはや、手が滑った」


 なんだか、また聞き覚えのある台詞である。

 発したのは、東雲祖父だった。


 東雲祖父の持っているのは杖の先で、よく見ると鞘になっている。


「おじい様、仕込み杖のロックはしっかりかけてください」

「最近、齢でな。つい忘れてしまうのだ。いや、わざとでない」


(絶対、わざとだ)


 東雲先輩もわざと言っているのか、と問いただしたくなってくる。


「それにしても総一郎。少々、馴れ馴れし過ぎやしないか。まだ、結納も済ませていないのだぞ」

「……申し訳ありません。大お館さま」


 なんとなく由紀子が見ていてわかるのは、東雲先輩の婚約が少なくとも祖父には歓迎されていないようである。

 それを素肌で感じた恭太郎は、にやにやしながら総一郎を見ている。


「遊子、羽目を外しすぎないように」

「わかりました。おじい様」


 東雲先輩が、実にきれいなお辞儀をすると、東雲祖父と総一郎は仕込み杖を片付けてさっさと高等部の校舎へと歩いて行った。


「おじい様、やはりお歳には勝てないか」


 東雲先輩が実に心配そうな顔でその後ろ姿を見ている。

 いや、心配するべきなのはおじい様のほうではない気がする。


「先輩。銃刀法違反って知ってますか?」

「ん? どうした?」

「いえ、なんでもありません」


 由紀子はなんだか、あの目つきの悪いおにいさんがどれだけ苦労して婚約したのだろうかと考えると、哀れに思えた。そして、その苦労を東雲はまったく気づいていない。


 恭太郎は恭太郎で邪魔者がいなくなったと、ナンパの続きをしようかと考えていたみたいだが、今頃になって山田兄が説教を始めた。

 もっと早くやれと言いたい。


 そのあいだ、目が離れた山田父は普通に開いた窓から外を眺めていたが、廊下を走っていた中等部の生徒にぶつかられ、そのまま落ちた。

 一階で助かった。丁度、落ちたところに大きな尖った石があったが、無問題である。せいぜい、頭が割れた程度だ。これでまた脳みその容量が減ったに違いない。


(本当に大丈夫なんだろうか?)


 由紀子は、愛想よく手を振る山田父を不安に思いながら小ホールへと戻ることにした。


 今回は、体育祭のときと違い山田姉が「秘策があるの」と言っていたので、それを信じよう。






 小ホールに戻ると、その前の廊下にはまるでハロウィンパーティのようなメンツがそろっていた。


 白装束に、ミイラ男に、ゾンビ。

 他にも、ぼろぼろのドレスを着て血糊をまき散らせていたり、首から上を黒布でかぶせて、片手にマネキンの生首を持っていたり。


「もう、遅かったじゃない」


 かな美が髪をざんばらにして、血糊のついた包丁もどきを持ってやってきた。偽物とはいえ、刃先をこちらに向けて近づかれるとびくっとなる。

 男に二股をかけられて無理心中した女の幽霊という設定らしい。なぜ、そんな設定にする。


「ごめん。ちょっとあってさ」

「まあ、別にいいけど。午前中は受付なんだから、ちょっと髪型いじろうか」


 と、かな美は包丁を置くと、受付机の上に置いてあったポーチをとり、ブラシと輪ゴムを取り出す。

 手際よく髪を梳いて輪ゴムでまとめて、後れ毛をピンでとめていく。


「そういえば、山田くんは?」

「ああ。織部がかなりいいアイディアだしてくれたのよ。結局、ホールの真ん中空いちゃったでしょ。そこに山田の拷問器具おいて、ヒトがきたら自動的にナレーションを流す仕組にしたの」


 山田はそのためのナレーションの監修に付き合わされたらしい。内容は、拷問器具の説明でナレーターは一年生でありながら声楽部のバスを担当するクラスメイトだ。


 それにしても、山田の拷問器具って嫌な響きだ。


 昨日は、ギロチンの刃を外し、厚紙にアルミホイルを巻いたものを取り付けたり、鉄の処女を開閉できないようにぐるぐる巻きに鎖で固定したりと大変だった。


 そのあいだ、ご丁寧に山田の手首が落ちたり、いないと思ったら鎖を巻きつけていた鉄の処女の中に入っていたりと、久しぶりにはっちゃけてくれた。

 暗闇で誰も気づいていなかったのが幸いである。まあ、さび臭さは残ったので、鼻の良い狼人間ライカンスロープの犬山が怪訝な顔をしていたが。


 山田父も心配だが、場所を考えると山田少年についておかなければならない。


 山田少年は午前中、由紀子と同じく受付なので、その無駄によろしいお顔でうまく客をつってもらいたい。


(採算はとれないだろうけど)


 入場料は二百円である。まあ、妥当なところじゃないかと思う。


 由紀子が携帯の時計を見ると、あと十五分で一般公開の時間だった。ロッカーから、小さな金庫を取り出して、おつりの確認をする。


(何も起こらなきゃいいな)


 すでに起こってしまったあとで言うのもあれであるが、はかない希望を持ちつつ受付席に座った。


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