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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
57/141

52 安易に物につられてはいけない

(イベントには無関心な学校だと思ったのに)


 由紀子は、白熱するミーティングを冷めた目で見る。議論内容は、一か月後にある文化祭の出し物についてだ。

 

 体育祭があまりやる気がなく見えたので文化祭も同じようなものだと思っていたがそうでもないらしい。

 催しの質としては、文化祭というより学園祭に近い。元々、別々にあったものを予算と日取りの関係上、一緒にしたらしい。


(展示物はり付けておしまいじゃだめですかね?)


 演劇にするか、お化け屋敷にするか意見が二つに分かれている。

 正直どちらでもよい。


 由紀子の本音は、演劇は子どもに毛が生えた程度の猿芝居になり、お化け屋敷は膨大なごみがでるだけで全く怖くないものになりそうだというものだ。

 もちろん、そんなことをクラスメイトの前では言えない。


 ちなみに、食品関係は許可がいるらしく中等部では許可されていない。

 中等部ではということは、高等部では許可されているということである。


 この学校では、文化祭は中等部と高等部、合同で開催される。

 学園祭と一緒にされていることを考えれば、おかしくない話だが、はなはだ迷惑である。


(比べられるだけなのに)


 十代の数年間の経験の差は大きい。どうしても中等部のほうが見劣りしてしまうだろうに。

 まあ、それもあってか、反対に張り切る要因にもなっているのかもしれない。


 そんなことをぼんやりと考えていると、かな美が由紀子に話しかけてきた。


「由紀ちゃんはどちらがいいの?」


 疑問符をつけているが、目は演劇に入れろと語っている。周りを見ると、おまえの意見でどっちに転ぶかかかっているんだぞ、という目である。


 山田少年といえば、お化け屋敷側らしくにこにこと筆頭の織部の後ろに立っている。たしかにリアルなものが出来上がりそうだが、これはちょっと遠慮したい。血糊でルミノール反応でまくりである。


 だからとで演劇となると、それはそれで怖い。


「どちらも嫌だっていうなら、他に意見があるのか?」


 織部が由紀子にたずねる。


 由紀子はだめもとで別の意見をいうことにした。

 

「マッサージとかだめ?」

『マッサージぃ?』


 予想通りの反応である。白けた視線が由紀子に集まる。


「なんでまた、そんなの?」

「だって、文化祭まで一か月でしょ。予算も決まってる。なら、それほど基本にお金もかけないものにしたほうがいいと思うの。他のクラスとかぶるのも避けたほうがいいし」


 マッサージなら、寝具関係をレンタルすればいい。余った分は小道具にぞんぶんに使える。ちょうど、クラスには整体とアロマ店をやっている子がいるので、教えてもらえばいいのでは、と。


 クラスの数人がなるほど、とうなずきはじめる。意見は二つに分かれているが、どちらも乗り気でない生徒もいるのだ。


「たしかに劇にお化け屋敷なら、かぶる可能性は高いわね」

「だけど、なんか地味じゃね?」


 反対意見もある。それは当たり前だ。


 由紀子は、そこですかさずクラスメイトの一人にスポットを当てる。指さした先にいるのが、狼人間ライカンスロープの犬山だった。


「生の肉球マッサージ、受けてみたくない?」


 クラス全員が感嘆の声を上げる。

 犬山のみ、おろおろして周りを見渡す。


(これはいけるかも)


 でまかせでいったつもりが、なんだかそのまま持っていけそうな勢いである。正直、生の肉球マッサージ、これは由紀子の願望だったりする。ついでに受けられるのではという淡い希望があったりする。


 犬山は犬山で、狼狽えすぎてボブの頭から犬耳がぴょこんと飛び出ている。髪型から犬なのに猫娘っぽい。


 可愛いもの好きでわんこにゃんこ大好きな由紀子にとってこれは垂涎の光景である。はあはあと変な息遣いが漏れないように注意しながら、犬山に近づく。


「犬山さんの肉球をどれだけの人が求めてるかわかる? あなたにはただの肉球でも、他の人にとっては黄金の肉球なんだよ」

「で、でも」


 犬山は素直に首を縦に振らない。

 そうだ、肉球は安売りしていいものではない。


 たしかに、犬山の肉球はそれだけで主力商品になる。でも、せっかくの肉球が、一日浪費されたらかさかさになってしまう。

 それでは元も子もない。


「大丈夫、犬山さんだけに苦労はかけない」


 そういうと由紀子は、織部を指さす。


「織部くん」

「な、なんだ?」


 織部もまた面食らった顔で身構えている。彼の足は、どういう構造になっているのかわからないが、きれいに上履きに蹄がおさまっている。


「実は、一度くらい織部くんに踏みつけられてみたいって思っていたの」

「う、うそだろ?」


 由紀子の告白に、織部は驚きを隠しきれない。頬を紅潮させ、もじもじしている。


 しかし、告白というものには便乗が生じることもある。


「じ、実は俺も」

「私もひそかに」


 ぽつぽつと手をあげる生徒がでてくる。

 そうだ、あのぽくぽくあんよに背中を踏まれてマッサージされたらどんなものなのだろうか、気になるものもいよう。


 大体、せっかくの蹄あんよなのに上履きを履いていることが間違っている。裸足で、廊下をぽくぽく歩いて、牧歌的な空気を漂わせて皆を癒すべきなのだ。広大なアルプスの山々を思い出させてほしい。んでもって、ふわふわの髪に隠れる角を触らせてほしい。


「そ、そんな。俺ってそんな風に見られていたのか? いいのか、俺ってそんなにかっこいいわけじゃないぞ」


 自分に自信が持ちきれない様子の織部。


「何言ってんのよ。男は顔じゃないわ。性格と性癖と年収よ」


 かな美が、なんだかとても真剣な顔で織部に語る。彼女は十数年という人生の中で、どんな男性との付き合いがあったのか気になるところである。

 どんな性癖だったのだろう。


 『年収』という言葉に、女子生徒及び担任はしきりにうなずき、男子生徒は冷めた目でその様子を眺める。


「もちろん、二人は看板で、他の人もマッサージをします。二人は特別コースのみで。これならどうですか?」


 由紀子の言葉に、賛成する意見はだいぶ大きくなっていた。中には、指名制にしたらどうだ、他のみんなも犬耳猫耳つけて接客したらどうだ、遮光カーテンをつけて薄暗くしてリラックスできるようにしたらどうだ、などと具体的な意見がでてきた。


 もう出し物はそれに決定したかのように意見が飛び交うので、クラス委員の織部はその意見をノートにまとめていた。

 先生の許可ももらい、


「じゃあ、早速学年主任に提出してくる」


 と、出て行った。






 十五分後、肩を落としながら帰ってきた織部。


 中学生で風俗店をやるとは何事だ、と怒られたとのこと。


 こうして、紆余曲折の末、無難にお化け屋敷をやるとこにあいなったのである。





 

「なーにやってんだ?」


 部活帰りの汗臭い颯太が聞いてきた。


 由紀子はノートを広げて、パソコン画面とにらみ合っていた。


「文化祭、お化け屋敷やることになって、会計になったの」


 最低限、必要なものの値段をネットの価格と比べてどの程度資材が買えるか計算している。


「へえ。予算いくらだ?」

「五万円」


 正直多いのか少ないのかわからない。一見、多いようにも感じるが、必要経費を合わせてみると足るのか微妙である。


「元はとれんだろうな」

「うん、確実に」


 だらしない現代っ子の兄であるが、金勘定に関しては目ざとい。それは日高家の血筋というもので、祖父母が節税を趣味としているところにも通じる。


「壁の仕切りをどうするかによるんだよね、たぶん、教室区切ることになるから」

「パテーション借りたらどうだ?」

「難しいと思う。展示物いっぱいあるし。無難に暗幕天井から吊り下げるしかないと思う」


 基本、頼まれた仕事はしっかりする由紀子である。


 颯太も興味のあることには首を突っ込みたがる性質なので、あれやこれや指図してくる。


 ようやく一通りの金額を見積もったところで、由紀子の携帯電話のアラームが鳴った。時間は十九時を示している。


「なんかあんのか?」

「うん」


 由紀子は居間から仏間に通じるふすまを開ける。そこでごく自然に家主のように昼寝をしている人物のほっぺたをぺちぺちと叩く。


「なんでこいつが寝てるんだ?」

「なんかお線香の匂いが落ち着くみたいで」

「成仏したがってるんじゃないよな」


 兄はまだ不死者をゾンビ扱いしているらしい。


「いや、それはないから」


 それなら由紀子もまた、成仏してしまう。


 由紀子はまだ寝ぼけ眼の山田少年の上半身を起こす。


「……あと五分」

「だーめ。お迎え来るよ」


 一度、家に来たとき眠そうだったのでお昼寝させたのが運のつきである。ずるずる日課のようになってしまった。


「じいちゃんたち、何も言わないのか?」

「言うと思う? それにお得意さんだし」


 由紀子のお泊りを気にしていないと同様に、山田の入り浸りも気にしていない。そういう家庭なのだ。


 その上、最近、野菜の出荷先に山田姉の知り合いのレストランが増えたのである。山田家にはけっこう潤わせてもらっているらしい。


 玄関からチャイムの音が聞こえる。山田家のお迎えが来たのだろう。由紀子は仕方なく、眠ったままの山田少年を俵担ぎする。


 颯太は呆れた顔でその様子を眺める。まったく手伝おうとしないところが、兄である。


「おまえ、どんどん浸食されていくな」

「……」


 由紀子は反論できなかった。


「そのうち、うちの子になりそうだな」


 大変不吉なことを颯太が言うものだから、由紀子は言いかえすことにした。


「うん。お母さんが素直な息子が欲しいって言ってたよ」


 素直じゃない息子は、面倒くさそうにごろんと畳の上に寝そべった。


 由紀子は素直なほうを担いだまま、玄関に向かった。






 翌日、織部のもとに見積もった価格を持っていくと、織部はふわふわの頭をかきながら腕組みをしていた。


「どうしたの?」

「ああ。ちょうどよかった」


 織部は、由紀子が来ると、もう一人、かな美を呼んだ。しっかり者の彼女は、文化祭実行委員ではないが、仕切ってくれるので補佐という形を取っている。そうなると、役に立たないがとりあえず山田少年も来る。何もしないが。


「場所なんだけど」


 お化け屋敷の場所が、意外にも小ホールが取れたらしい。中等部と高等部の間にあり、広さからも人気の高い場所なのだ。


「よくとれたね、そんなところ」


 てっきり教室でやると思っていた。場所が広くなった分、やりやすくなったかもしれない。


「それがな」


 高等部のクラスもお化け屋敷をやることになっていて、それと合同になったという。いい場所が取れたというのは、こういうわけだ。


「うわっ、めんどくさ」


 かな美の言葉の通りだ。正直年上と一緒にやるのは気づまりする。


「なんでまた。よく向こうが了承したね」

「それなんだが、あっちから言ってきたんだよ」


 聞くに、高等部の三年、しかも特別進学クラスらしい。それを聞いて由紀子もかな美も納得する。山田少年だけもぐもぐとオレンジピール入りのパウンドケーキを食べている。おいしそうなので由紀子も半分もらう。


 特進クラスになるとこの時期受験勉強に忙しいだろう。正直、文化祭に熱心に取り組む生徒は少ないと思う。


「なんでまた、それなのにお化け屋敷なんて面倒なものやってるのよ」

「担任がけっこう面倒なヒトみたいでな。ここの卒業生みたいなんだ。学園祭は派手にという考えらしい」


 それでもって、高等部の他のクラスをリサーチしたところかぶらずにそれなりに派手なものを選ばされたということらしい。


 なので結局、表向きは合同で行い、実際は由紀子たちのクラスだけで取り仕切ることになる。


「そんなの断っちゃえばいいのに」

「いや、それがな」


 織部は、机の横にかけられた紙袋の中身を机の上にのせていく。


 由紀子とかな美はそれをじっくりと見ると、だんだん顔をほころばせていった。山田少年だけはイチゴ豆乳オレをごくごく飲んでいる。差し出されたのでありがたくちょうだいする。


「これを差し出されて断れるか?」


 由紀子とかな美は首を横に振った。


 そこには中学三年間のノートのコピーとケーキバイキングチケットと遊園地フリーパスがご丁寧にクラスの人数分あった。


 ずいぶん気前のよいパトロンが存在しているようである。


「一応、進路の決まった何人かは手伝いにくるらしいけど」


 と、まあこういうわけで、体よく厄介ごとを押し付けられたのであった。



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