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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
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49 一人下校はフラグの予感 前編

「今日は山田と一緒じゃないのか?」


 言ったのは山羊の角が頭から飛び出た織部くんだ。靴箱の前で、とんとんと上履きを履き、すのこに打ち付けている。


「今日はお休みなの」

「風邪か?」

「ひくと思う?」

「それはないな」


 由紀子は、山田が家庭の事情でお休みだと告げる。正確には、いつもと違う場所で検査を受けるためなのだが、それをいちいち説明するのも面倒だ。


「親戚の法事かなんかか?」

「そうだと思う?」

「それはないな」


 不死者に法事とは変な話だ。織部も同意見らしい。


 部外者なのでよくわからない、と由紀子は答える。半分嘘で半分本当だ。何の検査かわからないのだから。


 織部は面倒見がいいので、山田のことが気になるのだろう。大変、いい奴である。


 それにしても、蹄の生えたあんよがどうやって上履きに収まっているのかとても気になる。

 そのうち観察させてもらえないだろうか、とつい目線が足元にいってしまう。


「じゃあ、一人で下校するときは気をつけろよ」


 織部が廊下の掲示板を指さす。

 期末テストの結果の下に、『不審者注意』と書かれた掲示物が張ってある。


「トレンチコート着てたり、セーラー服着てたりするの?」


 由紀子の小学校の周りに出る変なヒトとは、大体この二種類である。よくわからないが、先生に言われたのは、もしトレンチコートのほうに会ったら、「小さい」と言わないようにということである。言ったら逆上する恐れがあるので、「小さい」とは言わずに走って逃げましょう、と教えられた。


「『小さい』って言っちゃいけないんでしょ」

「おまえ、何言ってんだ?」


 織部が首を傾げる。


 そんなことを言っているうちに教室についた。


 教室に入り、窓際の席に座ると、鞄から教科書を取りだし机に入れる。


(そろそろ、返さなきゃな)


 夏休みは結局、一度しか図書館に行かなかった。以前、借りていた五冊の本がサブバッグに詰め込まれたままである。返却日は、始業式から数えて二週間なのでそろそろだ。


 由紀子はその中の一冊を取り出す。


(シュテンドウジって言うんだね)


 その本は、よくある鬼退治のものだった。

 悪い鬼が山に住みつき、武者がそれを退治するという。


(シュテン……)


 その名前に、由紀子は引っ掛かっていた。

 

(あの茨木って人、そう呼んでたよね)


 山田少年のことをシュテンと呼んでいた。


 何かしらの意味があるのかわからない、ただそれが引っ掛かった。


 そんなことを考えているうちに、チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。

 

 由紀子は、本をしまうと、日直の号令とともに起立した。






「へえ、酒呑童子に興味があるんだ」


 由紀子は昼休み、職員室で担任教師をつかまえて聞いてみた。国語担当だが、古典も教えているため、詳しいのではないかと思ったのだ。

 

 職員室には、他にもわからない問題を聞きに来る生徒がたくさんいる。


「まあ、私の知識だと、素人が聞きかじった程度なんだけど」


 ネットで調べるほうが早いかもよ、と付け加えて担任教師は話を進める。


(ネットで調べるって手があったな)


 彩香のブログの件で怒ってから、パソコンはあまりいじる気がしなくなっていた。元々、そんなに好んで使うほうでなかったので問題はなかった。


 ごく簡単な解決法を試さず、先生の時間を潰してしまって悪いと思ったが、先生は楽しそうに話し始める。教え子が、授業以外にも興味を持ってくれていることがうれしいらしい。


 酒呑童子とは、鬼のことである。話により細かな設定は違うが、その多くは山に住み、そこで鬼の頭領をやっているということ。そして、武者に退治されるということ。

 名前の通り大酒のみとして描かれることが多く、その父はヤマタノオロチという伝説もある。


「伝説っていうのは、やっぱり元となるものがあるのよ」


 例えば、ヤマタノオロチ伝説では、氾濫する川をオロチに見立てて、生贄となるクシナダは稲田のたとえであるとされる。つまりオロチ退治とは、治水工事のことを示すという。


 それでは、酒呑童子の元となるのはどうなるか、というと、


「さあ、鬼の頭領っていうけど、もしかしたら山賊の類だったのかも。朝廷の意向に従わない連中だったとか」


 土蜘蛛と呼ばれる古代の豪族みたいなものではないか、と担任は言う。

 

 もしくは。


「大陸から土着の信仰とは違う教えが入ってきた。そのため、それで居心地の悪くなった人たちが集まってたとか」


 少数派の信仰は、いつの時代でも肩身が狭いものである。


 由紀子はなるほど、と話を聞いていたが、担任の次の言葉でぴくりと身体が動く。


「面白いわよね、千年くらい前の話だけど、四天王とかあるのよ。金熊童子とか、茨木童子とか」

「い、茨木童子ですか?」


 聞き覚えのある名前であった。


「そう茨木童子。これは四天王とは別に酒呑童子の腹心とか言われているわね。まあ、一説には女の鬼で、酒呑童子の奥さんだってのもあるけど」


(……奥さん)


 由紀子は首の裏をかく。


「もしかして、そういう伝説って、本物の鬼がやっていたというのもありえるんですよね」

「まあね。その可能性も高いけど。でもそういうのって、あんまり声高に言えないのよ」


 歯にものが挟まった言いかたである。人外なのに人権を与えられている世の中なので、そういう問題を教育者がとやかく言うのは難があるのだろう。


「本人が生きているからですか?」


 由紀子の質問に、先生は苦笑いを浮かべる。


「さすがに生きてないわよ。たしかに鬼は、私たちよりも長生きだけど、寿命はせいぜい数百年って聞くわ」


 千年も生きているわけない、と。


 たとえ人外でも、千年も生きる個体は少ないのだと。


「じゃあ、山田くんのお父さんとかは」

「かなり特殊な例よ。おかげで、昔は生き字引として、とても助かったって聞くわ」


 と、先生は机の一番下の引き出しから、古めかしい古語辞典を取り出す。

 そして、指先でタイトルの下を撫でる。


「山田撫子?」

「ええ。山田くんのお母さんの名前よ」


 由紀子は、驚きで間抜けにのけぞってしまった。

 あの天然母がそんなことをしていたとは。


「これね、五十年以上前に作られたものなのに、最近まで増刷されてたのよ。それだけよくできた辞書ってことね」

「五十年……」


 それまでは、数多くの古典の現代語訳や監修をやっていたらしいが、あるときを境にまったく仕事を受けなくなったらしい。


「惜しいわよね。当時、生きていた人だからこそわかる解釈があるのに」


 先生は残念そうに辞書の背表紙を撫でる。


(山田母にそんな一面が……)


 由紀子はふと、五十年という単語が頭に浮かぶ。


(そういえば)


 以前見たアルバムの母は、今とは雰囲気が違っていた。


 山田母がその辞書を作っていた頃とは、そのときだったのではなかろうか。


 よその家庭事情に首を突っ込むのは、下世話なことだと思っている。

 でも、気になって仕方なかった。


 山田母のこともだが、茨木のことも。


(山田家長男……)


 いまだ見たことがない山田家の一員を思い出す。


 山田少年のことを茨木が「酒呑」と呼ぶのも、彼が酒呑だからではないか、と。


 由紀子がそんなことを考えているうちに、予鈴が鳴った。


(図書館行く時間なくなっちゃった)


 由紀子は、先生に礼を言うと、職員室をあとにした。






(遅くなっちゃった)


 昼休みに返せなかった本を放課後返しに来たのだが、つい長居をしてしまった。


 由紀子は、赤みを帯びた空を眺める。学校が閉められるのは日没時刻の三十分前と決まっており、もうその時間に近い。


 ポケットから定期入れを取りだし、裏面を見る。バスの時刻表が挟まれている。


「うわー、最悪」


 思わず声をだしてしまった。


 由紀子の降りるバス停まで一本でいけるバスは、三十分後である。乗換は面倒なのでする気はない。

 

 由紀子はバス停のベンチに思わずどっかり座ってしまった。古びたプラスチック製のベンチはみしりと音を立てる。


(いかんいかん)


 由紀子はゆっくりと座りなおす。つい、自分の身体がヒトのそれより密度が高いものと忘れてしまう。


 由紀子はポケットから小瓶を取り出す。

 

(飲むの忘れてた)


 一粒だけ取り出すと水無しで飲み込む。


 普段、いるはずの山田少年がいないのでいろいろ感覚がずれているらしい。


(なんだかなあ。それって)


 由紀子はそんなことを思いながら、目がとろんとしてくるのを感じだ。どうにも薬を飲むと眠くなるという体質らしい。


(睡眠薬なんて入ってないと思うんだけど)


 由紀子は鞄を抱え込むように持つと、そのまま顔を伏せた。


 バスが来れば気が付くだろうと、目を瞑る。


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