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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
53/141

48 女性に服を贈る意味

 夏休みはさっくりと終わった。

 そうさっくりと終わったのだ。


 海だ、プールだ、キャンプだ、バーベキューだ、そんなことは思い出したくもない。

 それで十分だろう。


 二学期の始まり、全校集会を終え、あとは宿題提出とホームルームで解散だ。


 そんな中、クラスメイトの男子がにやにやしながら由紀子の席までやってきた。


(食事中に何の用?)


 由紀子は、口に頬張ったおにぎりを全部飲み込んだ。


 隣では、いつもと変わらずこんがりチーズのかかった巨大惣菜パンを食べる山田少年がいる。


「何?」


 由紀子は豆乳をストローですする。


「これ、おまえたちじゃないのか?」


 と、携帯の画面を見せてくる。


 由紀子は鼻から豆乳を噴くという女の子にあるまじき行為をしてしまった。


「き、きたねーな」

「ご、ごめ」


むせながら、ハンカチで口と鼻を押さえる。山田が心配そうにのぞきこむ。


「……そ、それ。どこで?」

「暇つぶしに動画見てたら、たまたま見つけた」


 見せてくれた映像は、ひたすらバケツチョコレートパフェを食べ続ける由紀子と山田の姿だった。目元だけは気休め程度にモザイクがかかっているが、見る人が見れば誰だかわかる。


(彩香ちゃん?)


 では、ないだろう。

 彼女は基本写真しかとらないし、先日、あれだけ言っていたのだからこんな真似はするはずない。

 それに、由紀子たちから位置が遠いことから、店にいた客が隠し撮りしたものだろうか。


(そういえば)


 由紀子のお小遣い稼ぎという名の暴食は、回を重ねるごとに観客が増えて行った気がする。店員たちも、どんどん愛想がよくなってきた気がする。


 よく考えればよかった。普通、中学生二人組があんなふうに全戦全勝で食べ続けていたら話題にならないわけなかった。

 去年食べつくした地元では、悪魔の胃袋と商店街の食べ放題を禁止されただけだったが、こちらでは違う方向に有名になったらしい。


 悪魔の胃袋たちは、広告塔として働いていたようである。

 観客が集まることで、客寄せになっていたらしい。


「すっげーな。よくこんなもん、十五分で食べたな」

「すごく美味しかったよ」


 男子生徒の賞賛に、山田がにこにこしながら感想を述べる。


(そこは知らないとか、しらばっくれようね)


 山田少年にそこまで求めても仕方なかった。

 しらを切ってもごまかしきれるものではない。


 それにしても恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

 ただ食べ続けるだけの行為をずっと映像にとられていようなんて。

 もう女の子としてどうよ。


 由紀子は、穴があったら入りたい気持ちを必死に抑える。

 現状をしっかり確認しなくては。


 その心をへし折る言葉をクラスメイトは続ける。


「第三弾ってことはシリーズか。他のは、釜揚げうどんにカツカレーと」


 由紀子は顔を引きつらせる。


「おおっ、再生数すげーな。ランキングのってんじゃねえ?」


 由紀子は耳をそっと塞ぐ。


「タイトルにつられているやつも多いだろうな。多いよな、こういう見出しって」


 何も考えたくないので、そのまま机に突っ伏す。もう何も聞きたくないので、あーあー言って外音を遮断する。


「なんてタイトル?」


 山田がいらないことを聞いてくる。やっぱり聞こえてしまう無駄に良い耳が恨めしい。


 由紀子は見ざる言わざる聞かざるの姿勢でふさぎ込んでいるのに、山田は由紀子の肩をぽんと叩く。


 無視すると、今度は頬をつんつん突き始める。


 さらに無視すると、次は指の隙間から耳もとに息を吹きかけてきた。


「やめい」


 ぞわぞわする耳を押さえたまま、由紀子は仕方なく顔を上げる。


 山田は満足した顔で、携帯画面を見せてくれる。


「美少女フードファイター(笑)だって」


 親指をぐっと立て、笑顔の山田。

 笑顔とは時に、怒りを掻き立てるものである。


 由紀子は気が付けば、その綺麗な顔を吹っ飛ばしていた。


(やりすぎた)

 

 由紀子は、慌てて壁まで吹っ飛ばされた山田にかけよった。


「ナイスパンチ」


 余裕の山田少年であるが、それより周りの視線が痛い。

 クラスメイトを三メートルも吹っ飛ばすパンチを見舞う女の子なんて、ちょっと悪目立ちすぎる。


「日高、すげー」


 周りから、そんな声が聞こえてくる。


「ち、違うよ。山田くんだから、吹っ飛んだんだよ。山田効果だよ」


 由紀子はそんな苦しい言い訳をする。


「そうか、そうだよな。山田だから、こんだけ吹っ飛んだんだな」


 滅茶苦茶な言い訳を鵜呑みしてくれた。

 さすが、山田である。


(こりゃ、やばいなあ……)


 最近、力の制御が上手くいっていない気がする。


 どっちのことにしても、このままにしとくわけにはいけない。






 由紀子は、ネットは閲覧しかしないので、あげられた画像や映像を削除する方法などわからない。


 なので、家に帰るなり、彩香に電話で相談してみると、


『とりあえず、運営に違反連絡しておくね』


 とのこと。

 彩香がやったわけではないのに、ものすごく申し訳なさそうだった。


『一応、私のブログ、閉鎖するね』

「な、なんで?」


 彩香曰く、顔写真はのせていなくても、文章や写真背景から住んでいる場所の範囲がわかるらしい。

 このあいだ、由紀子が強く言っていたのがきいたらしく、個人情報の流出について調べて、今日この話を聞いて怖くなったと。ブログにも最近、変なコメントが増えていたようであるし。


 言われてみれば、そのほうがいいかもしれない。

 自意識過剰だと言われようとも、歯止めが効かないレベルになってからでは遅いのだ。


(もう手遅れじゃないよね)


 そんな不安もあったが、深く考えないようにしておこう。


 母にも、恥ずかしながら話したら、兄と祖父母を呼んで笑いながら閲覧していた。もちろん、あるまじきタイトルに、である。


 なんという家族であろうか。


(これは駄目だ)


 由紀子は、山田家にも報告しておこうと山田家に向かった。






 山田家につくと、ポチとポチには全然似ていない双頭の子犬が出迎えてくれた。

 先日、ポチがお見合いをして産まれた五匹の子犬の一匹である。

 

 とある事情により、一匹だけ山田家に残っている。まあ、事情と言うのは、頭が二つしかないことと見合い相手の犬にもポチにも似ていないことと関係しているが、由紀子は深く考えないでおくことにした。

 顔はまんま柴犬で、シナモンロールのように丸まった尻尾が可愛い。世の中、かわいければ大体、無問題である。


「ポチにハチ、こんにちは」


 ポチは凛々しい顔に似合わず甘えた声を出してきて、ハチと名付けられた子犬は、舌をだしながら由紀子に飛び掛かってきた。


「こら、ハチ」


 乗っかってきたハチを捕まえるのは、山田兄だった。


「すみません、まだ子犬なもので」

「いえ。気にしてません」


 むしろ、肉球でほっぺたを踏みつけてもらいたかったのだが、それは黙っておく。


 山田兄は、今日は非番らしく、スーツではなく少しだけラフな格好をしていた。


(この人も大変だよな)


 先日、とても見てはいけないものを見てしまった由紀子はしみじみ思う。


 山田父、山田少年だけでも大変なのに、特殊性癖を持つ弟がもう一人いたとなると、胃袋から胃液がダダ漏れになるだろう。


 しかし、以前山田少年が普通に女装をしていたことや、恭太郎の行動に理解がある様子から、由紀子は少し悪い想像を働かせてしまう。


(もしかして、おにいさんもそういう趣味なのでは)


 顔は良いし、線も細いので似合うかもしれない。身長は高すぎるかもしれない。

 でも、由紀子としては、男性は男性らしくしてもらいたいので、肯定的とは言えなかった。


 恭太郎に会った際は、どう反応すればいいだろうか。

 とりあえず、何事もなかったかのように接する努力をしよう。


「不死男なら部屋にいるので呼んできますね」

「あっ、いえ、そうじゃなくて」


 由紀子は、事の詳細を話す。


 あらましを聞いた山田兄は顎をつかみ、考える仕草をする。


「なるほど。そんなことになっているとは」


 なんとかしましょう、と言う山田兄の言葉は心強い。

 山田兄は製薬会社の一サラリーマンという肩書のほかに何か持っているのではないかと思う。むしろ、会社員であることが趣味で、他になにかをしているのが本業のような気がしてならない。


「あっ、それと」


 由紀子が山田家に直接来たのにはもう一つ理由があった。ちょうど山田兄がいて助かった。


「以前、痛みを一般人並にする薬ってありましたよね。あれは、まだありますか?」


 ここ最近、山田へのツッコミがどんどん容赦なくなってきている。それだけでなく、日常生活でも物を壊すことがたまにあるので困っていた。


「……いや、あの、あれを一体ナニに使うんですか?」


 山田兄がなぜか神妙な面持ちで聞いてくる。


「最近、力の加減が上手くいかないので、おさまるまで使わせてもらおうかと」


 そういう薬ではないのか、と由紀子は首を傾げながら返答する。


「ああ、そういうことですか。それはそうですよね」


 山田兄は、眼鏡をくいっとかけなおしながら言った。なんだかごまかすような動きだ。


「それなら、うちにありますので、中で待っていてください。それにちょうどよかった。他に渡すものがあったんです」


(他に渡すもの?)


 由紀子は、言われるがまま山田家におじゃました。






「あら、由紀子ちゃん。いらっしゃい」


 山田母が手を粉だらけにしていた。パン生地をこねているようだ。

 毎度、山田家の手作りパンには感心する。


(どんなオーブンで焼いているのだろう?)


 顔より大きなパンをいつも持ってくるのだが、一般向けのオーブンレンジでは焼けないだろう。


「いらっしゃい」


 山田父は、テレビに張り付くように時代劇を見ていた。ちょうどいいところらしく、挨拶だけすると視線をテレビに戻す。


 山田母は手を洗って、ジュースを持ってきてくれた。


「ありがとうござい……」


 由紀子はコースターに置かれたグラスを見て、一瞬止まる。

 真っ赤な液体が入っていた。


(まさか)


 由紀子は思わず、山田父のほうを見る。


「由紀ちゃん、それザクロジュースだよ」


 由紀子の疑惑を晴らす答えを言ったのは、ちょうどやってきた山田少年だった。


「へえ、変わってるね」


 由紀子は安心してストローに口をつける。酸味と甘みと独特の苦みが口に広がる。


「どお?」

「ちょっと苦いかな」


 正直な感想を述べる。


「苦いのは、たぶん種の成分だね。その種には、いろんな成分が含まれているんだ」


(身体にいいのか)


 なら、多少苦いのも仕方ない。


「山田くん、最近、健康食にこだわってる?」

「そういうわけじゃあないけど」


 山田は自分用にザクロジュースをついでくると、由紀子の隣に座った。


 二人してジュースを飲んでいると、山田兄がやってきた。


「お待たせしました」


 山田兄は例の薬の小瓶の他に、紙袋を持っていた。


(あ、あれは!)


 由紀子の目がつい輝いてしまう。


 山田兄は薬をテーブルの上に置き、紙袋を由紀子に差し出す。


「本当なら、もっと早くに渡したかったんですけど。いろいろ兼ね合いが合わなくて」


 いまさらだが、体育祭のときのお礼だという。


(たしかにあのときはがんばった)


 山田姉とともに選んだらしい。むしろ、山田姉とともに選んだのだから、三か月も前のお礼が今頃になったのだろう。


 紙袋は、由紀子が気になっているブランドのものだった。雑誌で見かけるものの、中学生のお小遣いでは到底手にとどかない代物である。


 由紀子は目を輝かせながら、


「開けていいですか?」


 と、聞いていた。

 失礼かな、と思ったが、山田兄は笑顔で「どうぞ」と答えてくれた。


 紙袋の中には、きれいに包装された箱があり、中には上品なワンピースが入っていた。リボンやフリルがついているが華美でなく、黒基調だが暗くもない。揃いでエナメルの靴も入っている。


 まさに山田姉好みの服の中で、由紀子が好きそうなデザインを山田兄が選んだのだろう。


(さすが山田兄だ)


 惚れ惚れしてしまう。

 これで食生活が異常なことと、女装趣味疑惑がなければ完璧なのに。


 由紀子は顔をゆるませてワンピースを見ていると、


「さすが兄さんだね」


 山田がソファの背もたれに顎をのせながら言った。いつもと同じくにこにことしているが、なんだか違和感を持ってしまう。


 なぜだろう、と由紀子は首を傾ける。


「でも、不用意に女の子に服をプレゼントするのはどうなのかな?」


 山田少年のその言葉に、山田兄は何か気が付いたらしく、急に慌てはじめた。


「あっ、いえ、そういう意味じゃ。それに、これは姉さんと連名で……」


 しどろもどろに山田兄が、由紀子と山田少年を交互に見る。


 由紀子はなにか不都合があったのかな、と首を傾げる。


(返すべきなのかな?)


 由紀子は名残惜しみながら、服をきれいに箱に入れなおす。包装紙はもう破れてしまったので元には戻らないが、それを山田兄に差し出す。


「いえ、大丈夫です。どうか受け取ってください」

「そうだよ、貰ったものは返す必要ないよ。今度からは、貰う前に気を付けてね」


(なら遠慮なく受け取りますよ)


 家に帰って袖を通すことを考えると、正直わくわくが止まらない。

 由紀子はかなり現金な性格なので仕方ないのだ。


 ちなみに、鏡は自室に自分用の大きなものを買ってもらったので、以前と同じ轍を踏む真似はしない。


 山田少年と山田兄は、まだなにかごちゃごちゃ話していたが、乙女心を発揮した由紀子には、そんなものどうでもよかった。



〇●〇


「見ぃつけたー」


 電気も付けていない部屋、パソコンの画面だけが輝く中、ジューダはにやりと笑った。


 もうまずい血液パックは飲みたくなかった。



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